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春をひさぐ女・下

 翌朝。ぐるーぽっぽっぽと言う音でセヴァンは目を覚ました。昨夜は気が付かなかったが、鳥かごがあって一羽の鳩が飼われていた。

 その鳩に娼婦はパンくずを与えていた。


「おや、起こしてしまったかい」

「・・・・・・」

「この鳩は大聖堂に巣食っていた鳩の一羽さ。羽を怪我して仲間のところにいられなくなっちまって。ドジなやつなのさね」


 娼婦はどこか哀れむような目で鳩を見つめている。その話で妹のシルフィも目を覚ましたようだ。


「お姉ちゃん。大聖堂に通っていた時は良く鳩に餌をあげていたよね」


 シルフィがベッドから起き上がった。昔大聖堂に通っていたと言うことは、かつては信仰深かったはずだ。それがいまや僧侶を毛嫌いしている節がある。なにがあったのだろうか。


「あたいは生まれ変わるなら鳥になりたいよ。そして自由に大空を飛びまわりたい。だから飛べないこの子の怪我も治してやりたくてね」


 娼婦は優しげなまなざしで鳩を見つめた。本来ならば今のような境遇はふさわしくない女性だったのだろう。普通の町娘として生きていけたはずだ。


「・・・・・・」


 セヴァンは黙って姉妹を見守った。


「もうすぐ怪我は治るのさ。そうしたらまた大聖堂に返してやりたくてね」


 娼婦は嬉しそうにそう語った。それは彼女の数少ない笑顔だった。

 その時、ドンドンドンとドアが叩かれる。


「はいはい、なんでございましょう」


 妹がドアを開ける。そこには少々目つきの悪い男が一人いた。


「邪魔するぜ」


 男はずいっと部屋に上がってきた。


「おや、集金人さんじゃないのさ。こんな朝早くからご苦労なことだねぇ」


 娼婦は相手の男を知っているようだった。


「おべっかはいらんぞ。払うモノを払って貰えればそれで結構」


 男は借金の取立てに来たようだった。その反応に娼婦の顔色が曇った。


「それがあいにくとお金は準備できなくて・・・・・・」


 娼婦が口を開いた時、集金人はドンとテーブルを叩いた。びくりとする娼婦とシルフィ。


「今月の支払い銀貨50枚。払うものを払って貰おうか!」


 集金人はまったく遠慮も何もしなかった。最後通告を突きつけるだけである。姉妹は困り果てていた。この分では娼婦はてんで客を取れていなかったに違いない。


「服も調度品も売り払って、もう売れるものもほとんど無いんだよ・・・・・・」


 娼婦は泣きそうな声でそう呟いた。


「あぁん? まだ売れそうなものがあるじゃねえか。その妹にも客を取らせりゃあいいのおよ! なんなら俺が客第一号になってやろうか? オォン?」


 男は嘗め回すような視線でシルフィを見つめた。彼女はまだあどけなさが残る顔をしている。客を取るにもまだ幼すぎるだろう。だが、男は鬼畜だった。


「あたいがなんとかするから、それだけはなんとか!」


 娼婦は焦った表情でそう切り替えした。妹にだけは同じ目にはあわせたくない様だった。


「だから、何とかなっていねぇじゃねえか、馬鹿やろうが!」


 男は立場にモノを言わせて言いたい方題している。


「あと10日。あと10日まっておくんなまし! そうすれば必ず用意いたしますから!」


 娼婦は懇願した。今はどうあっても持ち合わせが無いのだ。だからといって10日あれば用意できるかと言うとそれも怪しいのだが。


「おいおいおいおい。うちの親分はお前らの両親に良かれと思ってお金を貸しになられたんだよ。お前達がやっていることはその親分の厚意に泥を塗るような真似をしたんだ。わかっているのかよ、えぇ?」


 集金人の剣幕に姉妹はおろおろするばかりだった。

 その時である。集金人の目の前のテーブルにぽんと皮袋が投げ込まれた。


「これで足りるか?」


 皮袋を投げ込んだのはセヴァンだった。


「あん? なんだてめぇは!」


 集金人はじっと壁際で座っていたセヴァンに気が付いていなかったようだ。


「昨夜の客だ。礼を渡すのを忘れていたので、今渡した」


 セヴァンはそう呟いて皮袋を顎でしゃくり確認するように促がした。

 集金人は皮袋を開けて中身を確認する。・・・・・・そこには確かに銀貨50枚が入っていた。


「金は確かにあるようだな・・・・・・まぁいい。今日をやり過ごしたところで、こいつらに次はあるかな? はーっはっはっは!」


 集金人は皮袋を手にして家を出て行った。その様子に姉妹は胸をなでおろす。


「すまなかったねぇ。世話をかけてしまったようで」


 娼婦はセヴァンに謝った。


「娼婦の家に一晩厄介になったのだ。それなりの礼は必要だろう」


 セヴァンは気にするなといった風にそう言ってのけた。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんばかりに無理はさせられないよ! 私もお仕事を手伝うから・・・・・・」


 妹がそう話を切り出したとき、娼婦は激怒した。


「馬鹿をお言いじゃないよ! あんたは気にするでないって話さ! お前は普通の人生を歩みな!」


 それは精一杯の姉から妹への愛だった。自分と同じ目にあわせたくないという一心。


「でもお姉ちゃん!」


 引き下がらない妹。彼女も姉の苦労を理解していた。


「でもも何もないよ!」


 ぱぁんと言う音。娼婦が妹を平手打ちしたようだった。シルフィは呆然として頬を押さえる。


「お姉ちゃんの馬鹿!」


 妹は泣きながら部屋を出て行った。


「客人のあんたには恥ずかしいモノを見せてしまったねぇ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 セヴァンは口を挟みこめなかった。とても気軽に口を挟んでいい内容ではない。


「神なんて、どこにもいやしないのさ」


 娼婦はぽつりとそう洩らした。神への失意。それが神聖なる者への憎悪へと代わった事を思わせる一言。

 セヴァンは肯定するも否定するもなかった。ただ、その思いを理解した。


「・・・・・・邪魔したな」


 セヴァンはそう呟き、娼婦の部屋を後にした。一人取り残された娼婦。


「・・・・・・さて、客を取らない事にはどうにもならないネェ・・・・・・」


 最近は一向に客を取れないことで焦りを募らせていた。その焦燥がなおも深まる。


 娼婦は普段の持ち場を離れて、少し大通りへ近い場所へと立ち位置を変えた。そうすることで客を捕まえやすくしようとしたわけだ。


「ねぇ。そこの旦那。ちょいとあたいといいことしていかないかい?」


 今日も娼婦は客を取る。

 娼婦は一生懸命に生きた。必死で客を取ろうとした。だが、その頑張りは誰にも理解されるものではなかった。

 男達は娼婦の身なりを見るなり顔をしかめて過ぎ去っていく。男共は着飾らない花などに興味は無いのだ。


「だめだねぇ・・・・・・あたいも顔は人並みかとうぬぼれていたんだが、こんなざまなのさネェ」


 娼婦は自分の無力さで涙を流しそうになっていた。自分の力で何とかできると息巻いていた自分の愚かさを呪いたくなっていた。

 己の惨めさに泣く時とはつらいものだ。

 だが、女は持ち前の力強さで持ち直す。泣いていても誰も助けてくれないのだから。

 女は通りかかった男へと近づいた。


「そこの色男。春を買っていかないかい?」


 そう言いながら、娼婦は男の腕にしがみついた。そしてめいいっぱい胸を押し付けてセックスアピールをする。


「・・・・・・物乞いよ。そんなみすぼらしい格好のどこに春があるというのだ」


 男はそういうと腕にしがみついた女を振り払った。


「まぁまぁ。そんなつれない事を言わないで・・・・・・」


 それでも女は懸命に相手に執着した。何が何でも客を取りたい一心がそうさせた。


「やめろ。離れろ、薄汚い女めが!」


 男は娼婦を突き飛ばした。娼婦はよろめいて路上へと出て行く。そこに、あろうことか馬車が通りかかった!


「邪魔だどけどけぇーーーー!」


 馬車の御者が怒鳴り声を上げる。


「ああぁぁぁぁーーー!」


 娼婦は叫び声を上げた。


 その頃、セヴァンは仕事の報告を済ませていた。依頼のあった魔物退治を終えていたので、後はギルドに報告すれば金をもらえるだけだったのだ。だから見知らぬ名も知らぬ娼婦へと気前よく金を差し出せたのだ。

 懐を温かくして、今度はもっと暖かい南の地域を目指して旅をするだけだった。

 ふと、大通りを歩いていると何かが騒がしい。人々がざわめいていた。


「・・・・・・・・・・・・」


 セヴァンはそんなことに気を取られるような男ではなかった。無視して先を急ごうとする。すると近くの人々のささやき声が聞こえてきた。


「なんでも娼婦が馬車に跳ねられたらしいぞ」「なんだってこ汚い娼婦がこんな大通りにいるのだ」「こんな女が堂々とのさばるようになるとは、世も末だねぇ」と、人々は言いたい放題言っていた。


 セヴァンは随分と娼婦が多い街なのだなと思って、事故現場を通り過ぎようとした。


「・・・・・・!」


 そしてセヴァンは気が付いた。道路で横たわっていたのは、つい先日世話になった女だったのだ。セヴァンは急いで女に駆け寄った。

 女はすでに息絶えていた。

 周りの人々は汚物を扱うかのように女の躯を眺めていた。セヴァンはそんな女の躯を抱きかかえる。


 セヴァンが女の躯を家まで運んだ時、ちょうどシルフィが戻ってきたところだった。


「お、お姉ちゃん?」


 妹は目を見開き、ベッドの上に横たわる姉へと駆け寄った。


「・・・・・・見つけたときにはすでに手遅れだった」


 セヴァンが首を横に振る。


「そんな・・・・・・お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・・・・」


 妹は泣き崩れて姉の躯へとしがみつくばかりだった。


 娼婦の葬儀は翌日行われた。鐘楼のある大聖堂にて厳かに葬儀は行われる。そこには姉妹の身内はいなかった。もとよりもはや身寄りは無いのだ。近所で縁のあった者達ばかりが集まっている。だが、そこには集金人とその主の姿があった。その主とは、かつて疫病がはやった村から木材を買い叩いた商会の会長である。


「おお、なんとしたことだ! 若くしてそなたまで命を落としてしまうとは!」


 会長は大げさな身振り手振りで悲しみを表現していた。


「会長にお越しいただいて、姉もきっと光栄の事でしょう」


 シルフィは会長に挨拶をした。それは親の恩人という扱いでもあるのだから丁重にもなる。


「おお、シルフィと言ったか。此度は残念な事になった。だが、気を落とすでないぞ・・・・・・」


 会長は同情するような言葉をシルフィへと投げかけた。

 やがて娼婦は粗末な棺へと入れられて土葬された。人々は不幸な女の死を悼む。そして人々は退散していった。

 そこにはセヴァンも立ち会っていた。彼とシルフィだけが墓の前に残る。


「名も知らぬ剣士さん。一つ頼みがあります。この鳥かごの鳩を、大聖堂の鐘楼に解き放ってきてくださいませんか? 私は来客の皆さまのお相手をしなければいけませんので。せめて姉を弔った日にこの鳩には自由になってもらいたくて」


 シルフィはそういって鳥かごをセヴァンへ託した。セヴァンは黙って鳥かごを受け取った。

 セヴァンは鐘楼へと向かう。そして階段を上がって頂きを目指す。頂上には大きな鐘が紐で中吊りになっていた。その屋根の下に鳩たちが身を寄せ合っている。セヴァンは鳥かごをあけようとした。

 その時である。階下のほうから人の声がしてきた。それは集金人とその主である。


「まさや親分までも顔をお出しになるとは!」


 集金人は主にこびへつらっている。


「あぁ。借金を残して女がくたばってしまったからな。どうやって残りを取り立てたものかと思っておって様子を見に来たのよ。シルフィと言ったか。あの女から取立てが出来ようぞ」


 会長はほっほっほと笑った。


「あぁ、みてくれはまぁまぁの女ですからな! 奴の担当はわたくしめにお任せください!」

「うむ。しかし哀れな姉妹よなぁ。あやつの親が死んだ時、偽りの借用書で借金をでっち上げてやったら見事に騙されおってからに!」

「さすが親分! なんと知恵の回るお方か! どこまでもついていきやすぜ!」


 大鐘楼の一階からそんなやり取りが聞こえてくる。セヴァンは怒りを感じた。そして大きな鐘を吊るしている紐を見る。鐘は悪党共の真上にあった。


「神は、在った」


 そういうとセヴァンは鐘の紐を短剣で切り裂いた! 落下していく大きな鐘。やがてごぉぉぉぉんと言う大きな音がする。

 落下した鐘は下にいた会長の頭を叩き潰し地獄へと落とし、集金人には主の後をついていかせていた。


「きたねぇ音でなんだが、弔いの鐘を鳴らしてやったぜ」


 そういうとセヴァンは鳥かごをあける。そして鳩を群れへと解き放った。

 こうして名も知らぬ娼婦の弔いを済ませた黒き聖戦士は、疾風となりて大聖堂から離れて行った。

 後に残されたのは悪党達の躯。彼らは事故死として扱われた。こうして偽りの借金による不幸の連鎖は断ち切られたのだった。やがて妹はあの鳩のように、自由に飛び立つ事だろう。


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