春をひさぐ女・上
秋を過ぎ去り冬となった。世界は静寂に停滞し、生命の営みは次の季節へ向けた休みに入る。それは人の町並も同じである。
大きな港町もまた、今にも雪が降りそうな重い雲に覆われている。吹き付ける北風は冷たく、通りを行きかう人々は、はやく暖かい部屋へ行こうと足早に先を急いでいた。
そんな通りの裏通りにて、一人の女が街頭に立っていた。
「ちょいと、そこの旦那。あたいと一晩どうだい?」
女は娼婦だった。行き交う男達に声をかけている。
「邪魔だ! 俺は先を急いでいるんだ!」
男達の反応は冷ややかなものだった。別段娼婦が不細工なわけではない。だが、身なりが貧しすぎるのだ。女の顔色は悪く、それでありながら口に目立つ紅が引かれていた。客を取るためのせめてもの工夫のようであるが、それも役に立ってはいなかった。
「なんだいなんだい。どいつもこいつも。寒いのは天気だけってわけじゃないのかい!」
娼婦は悪態をついた。遊ぶ金も持っていないような貧乏な男達が悪いのだと言わんばかりの態度であった。娼婦は冷たく悴んだ手へと白い息を吐きかける。寒さは女の体を蝕んでいた。本当ならば暖炉のある暖かい部屋で、これまた温かいスープでも飲んでいたかったことだろう。だが、それはできなかった。できない事情がある。
「参ったねぇ・・・・・・この分では今日も客無しかねぇ・・・・・・」
女は無念そうに肩を落とす。その時、一人の男が通りかかった。女はこれでダメなら今日は仕舞いにしようと男へと声をかける。その男とは黒い鎧を纏った男、セヴァン。
「ねぇ、旦那。あたいと一晩、よろしくしないかい?」
女はしなを作って男の腕にしなだれかかった。
「・・・・・・断る」
セヴァンはきっぱりと断り、自分の腕を取ろうとしていた娼婦の手を引き剥がす。
「なんだいでかい図体して! 竿はお粗末なものでもぶら下げてんのかい!」
娼婦は逆上してセヴァンの足を蹴り上げた。ごつりという音がする。脚甲に足が当たったようだ。娼婦の女は転倒した。
「・・・・・・・・・」
セヴァンは娼婦を見下ろすと、先を急ごうとした。
「いたたたたた・・・・・・」
娼婦は立ち上がろうとして再び転んだ。足をくじいてしまったようだ。どうやら立てないらしい。女はまたしてもこけて尻餅をついた。
「・・・・・・・・・・・・ちっ」
セヴァンはそんな様子の娼婦をちらりと見たが、先を進もうか迷った挙句に女に手を差し伸べた。
「なんだい。同情かい?」
娼婦はまるで自分が哀れまれたような気がしていらだった。
「その怪我くらいは治してやる」
セヴァンは女の足に手をかざして、治癒魔法を唱えようとした。
「なんだなんだ。あんた。まさかそんななりしてお坊さんだったってのかい! 神の下僕の施しは受けないよ!」
娼婦はセヴァンの治癒魔法を拒んだ。僧侶によっては治癒で法外な金を要求する者もいる。そういった輩に引っかからないようにするための処世術だろう。
「・・・・・・・・・」
セヴァンは治癒魔法を諦め、女に手を貸す。
「客は取れないわ足は怪我するわ、今日は散々だわ・・・・・・」
娼婦はそういうとセヴァンに手を借りて立ち上がった。
「家までは送ってやる。今日はやめておくんだな」
セヴァンはため息をつくと、女に腕を貸した。
「そこまでしてくれるんなら、今日一晩相手になってくれてもいいじゃないのさ?」
女はここぞとばかりに話を進めようとした。
「それはできない。このまま捨て置くぞ?」
セヴァンはそういうと女の腕を引き剥がそうとする。
「わかったわかった! 今日の客引きは諦めるから、家まで連れて行っておくれ」
娼婦は折れたようだ。どの道くじいた足では、やることもできないのだから。
入り組んだ路地裏を進む果てに女の住処はあった。割れた窓ガラス。ひび割れた外壁。隙間風が入る。暖炉に火をつけてもこれでは寒いだろう。
「お姉ちゃん。お帰り!」
家の中には女の子が一人待っていた。
「シルフィ。ただいま。今日は客連れだよ」
娼婦はセヴァンの腕に掴まったまま家へと上がる。
「・・・・・・俺はすぐに帰るが」
セヴァンはそう答えようとしたが、その言葉をシルフィが遮った。
「お客様! 珍しい! 今お茶を出しますわ! どうかゆっくりなさってください」
シルフィはそう言うと急いでお湯を沸かそうとした。
「外はもう暗い。どうせあんたはこれから宿でもさがすつもりなんだろう? 明日までうちに泊まって行きな」
娼婦はぶっきらぼうにそう言った。
セヴァンはちらりと外を見た。娼婦の言うとおりで、もう明かりも見えない暗闇となっている。これから宿を探すのも難儀する事だろう。
「・・・・・・・・・・・・」
セヴァンは無言となる。何かを言おうとした矢先にシルフィがやってくる。
「まずはお茶で体を温めになって。お姉ちゃんも」
シルフィが差し出したお茶はかろうじて色が付いているだけのような貧しいものだった。セヴァンはカップを受け取る。
「・・・・・・いや、俺は」
セヴァンが何かを言いかけた。
「今日は客を取れないんだ。客にもならんような宿無し男を一泊させようがたいした問題じゃないさ」
娼婦はそういうとぐいっとお茶を飲み干した。
「まぁっ、お姉ちゃんたら、お客様に何てひどい言い草なのかしら!」
「仕方ないじゃないのさ。この男が客になってくれないんだから!」
姉妹が軽く口げんかを始めた。この分では妹の方は姉の仕事を知っているようだった。
「お姉ちゃんがそういう仕事をするのは、私は反対だったのよ」
「生意気お言いでないよ!」
姉妹の雰囲気が悪くなる。娼婦はそのまま黙ってベッドに潜りこんだ。シルフィとセヴァンが二人きりになる。
「申し訳ありません・・・・・・姉も昔はあんな風じゃなかったんですが・・・・・・」
妹が姉の事を弁明する。
「・・・・・・・・・・・・」
セヴァンは何も言わなかった。
「親がしていた借金のおかげで、姉は相手に迷惑は掛けられないと婚約破棄をしたんです。それからはずっとあんな生活で・・・・・・。大聖堂の鐘楼に祝福されながら、ウェディングロードを歩む事をあんな楽しみにしていたのに。可哀相なお姉ちゃん・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
シルフィの言葉にセヴァンは黙って目を閉じた。口を挟める雰囲気ではなかったので、そうするしかなかったのだ。
「そうだ。ベッドはないけれど、ソファーならあるのでこちらでお休みくださいまし」
シルフィはおんぼおろの一人掛けソファーを用意した。
「いや、壁があれば結構」
セヴァンはそういうと床にドカッと座って、壁に背をもたれかけさせた。
「・・・・・・そうですか。では、おやすみなさい。異国の剣士さん」
シルフィはそういうとふっとロウソクを吹き消した。部屋が暗くなる。明かりが灯っているのは暖炉の残り火。まだしばらくは部屋を暖める事だろう。




