表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

黒き鎧の聖戦士・上

 ぎゃあぎゃあと鳥が喚いている。地には「枯れ果てた」人の躯。しゃれこうべが虚空を見上げている。あらゆる憎悪が大地を蹂躙し、悲しみが風となって悲鳴を上げる。人里離れた地に安息は無く、悪徳と不正と魔物ばかりが蔓延る。無法の世である。

 乱雑な木の柵が取り囲む地。中には粗末な木や藁で出来た家のようなものが建つ。しかしその集落に生気はなく、静まり返っていた。


「ひょお! ゴブリンどもの巣が壊滅してやがるじゃねぇですか! 誰がやったんだ?」


 一人の男が集落に立ち寄っていた。獣の皮をなめしたソフトレザーの鎧。そして腰にはショートソード。申し訳程度の自衛の装備。それほど腕は立つようには思えない。彼の名はホーイット。しけた盗賊団のちんけな下っ端をやっている。頭領の使いっ走りで町まで酒を買いに走らされていた。だが、その途中で魔物の集落に異変があり覗いていたのだ。


「お宝でも残してありゃあいいんですがねぇ」


 ホーイットはゴブリンの巣を荒らす。合法的に火事場泥棒が出来るので、これぞチャンスとばかりに飛びついたのだ。

 地面に転がっているのは緑色の肌をした薄汚い子鬼達。どいつもこいつも何かと戦って力尽きた形跡があった。

 粗末な住居の中には人骨らしきものがあった。ゴブリンの犠牲となった人だろう。ならばこのゴブリン達に同情は不要だ。無法の神でも神罰を下すことはあるらしい。周辺の人里に度々被害を与えていた魔物の巣は壊滅している。


「ゴブリンどもがお宝を持っている事なんざねぇですか・・・・・・おや、あれは?」


 ホーイットは地面に落ちていた何かに気が付いた。金目の物が落ちていないかと探す癖があるホーイットだから見つけられたといっても良い。

 ホーイットは落ちていた物を拾う。それはその場には似つかわしくないロケットペンダント。彼はロケットペンダントを開いた。中には傷だらけの顔をした男とその妻らしき女性、そして娘と思われる者の絵だった。一見して幸せそうだと思える家族の絵。それが何ゆえかゴブリンの巣に転がっているのだ。


「ゴブリンどもを葬った奴の落し物でやんすかね? 大事そうな物を落としていくとはまぬけなやろうめ。見つけたら謝礼くらいはくれるかもしれねぇでやすな!」


 ホーイットはロケットペンダントをポケットに仕舞いこんだ。そしてその場を立ち去る。


 この世界を歩き回るのは危険だ。魔物がいる。それは人の脅威である。人に仇為す恐るべきもの達。人々はそんな魔物達に怯えながら生きている。神などいないと嘆く者も数知れず。今日を知れず、明日の事など考える余裕すらない絶望。悲しみよ、過ぎ去りたまえ。朝とともにそう祈り、明日はきっと違うはずと願いながらその日を眠る。終わり無き無為なる希望は数え切れず。今日も明日もろくな事にはならんだろうと、酒を喰らって眠るだけの者達のほうが、まだ幾分か利口だ。

 そんな世界で人里離れたところで暮らすのはそれなりの理由があるからだ。ホーイットもアウトロー。人の社会からのはみ出し者。頭領は名の知れたお尋ね者となっており、街中には入れない。彼はそんなお尋ね者の手下をやっている。元貧農の家の生まれで、金が無く親に奴隷商人に売り渡され、資産家に売却された先で主を刺殺して逃亡。彼もまたお尋ね者なのだ。同じようなすねに傷持つ者同士で盗賊団を結成し、近隣の険しい山を根城にしている。

 ホーイットの懸賞金は安く、誰も見向きもしない。盗賊団でもっとも懸賞金が安かった。盗賊団では懸賞金の額で格が決まる。当然ホーイットは一番の下っ端だ。懸賞金が安くて誰にも見向きをされないおかげで街中をうろついていても平気なのであるが。


 近場にある地方都市。交易都市として栄え、商人が出入りする街。ゆえにそれなりに規模は大きく豊かであった。赤つくりのレンガの建物が立ち並ぶ。石畳で舗装された道。大勢の馬車が行き交う。人が多いという事はホーイットにも都合がいい。誰もが自分を気に止めないからだ。ホーイットはいつものように酒場へ向かった。

 それは安酒を提供する店。ホーイットは酒代を預かっているが、安い酒でごまかして浮いた金をちょろまかせるつもりだった。当然酒の味でばれるのかと思いきや、盗賊団の頭領はそんなものなどわかりやしない。だからホーイットは使い走りでもあまり文句は無かった。

 彼はバーテンから何本か酒瓶を預かる。高級そうな酒瓶に安酒を入れて売って貰っている。バーテンにもキャッシュバックを渡し、相互利益の関係を築いている。彼はいつもこの手で頭領を騙していた。

そしてホーイットは浮いた金で自分も酒にあずかろうとする。久しぶりのエールを手にして今まさに飲もうとした時であった。がつりと何者かとぶつかる。


「おおっと、何だこのくそガキァ! やろうってのか、ええ?」


 ぶつかってきた相手はいかつい酔っ払いだった。既に相当飲んでいるようだ。自分でぶつかってきておきながら喧嘩を売ってきている。ホーイットが貧弱そうなので強気に出てきているのだ。ホーイットはジョッキを手にして立ち上がった。


「ま、まっておくんなまし! あっしは悪気があったわけじゃあありませんぜ!」


 情けない事にホーイットは相手を見て怯み、咄嗟に謝罪の言葉を述べる。


「じゃかあしいわボケ! おらぁ!」


 酔っ払いは殴りかかってくる。しかし、酔い過ぎて足がもつれ、ホーイットの隣の男へとよろめいて倒れ掛かった。

 ホーイットの隣客の杯が地面に落ちる。


「・・・・・・・・・」


 隣客は無言だった。その男は異様な気配を漂わせていた。傷だらけの顔。黒く塗りつぶされた鎧は本来であれば煌びやかな装飾をしていたと思われる。そして背中に背負った大剣。その鞘はとても荘厳な雰囲気を漂わせ、神気を持った白と金色のアーティファクトが目を引く。しかし、中に納まる剣の柄は赤と黒の色合いで、とてつもなく禍々しく邪悪な気配を漂わせた剣。魔法に長けた者でなくともそれが名のある剣だとわかる。刀身に限らず全体が黒きオーラを帯びているのだから。ただ事ならぬ威容な気配を纏う男だった。


「てんめぇ、やりやがったな! このやろう!」


 酔っ払いの男は相手を見誤り黒い鎧の男に殴りかかる。しかし、黒い鎧の男は相手の顔も見ずに手甲の一撃を相手に見舞った。ソードブレイカーのようなぎざぎざの入った手甲が、酔っ払いの顎にめり込んだ。


「あらっばぁ!」


 顎に強烈な一撃を受けた酔っ払いは二、三歩後ろによろめいて倒れ、泡を吹いて気絶した。黒い鎧の男はため息一つで終わらせる。つまらん者と関わったとでも思っているのだろう。


「あぁ、助かったでやんすよ。おや、あんたは・・・・・・」


 ホーイットは相手に礼を言おうとして、相手の顔に見覚えがあることに気が付いた。面識は無い。そう、ゴブリンの集落で拾ったロケットペンダントに描かれていた男なのだ。


「・・・・・・・・・」


 その黒い鎧の男はホーイットには無関心だった。俺には関わるなといわんばかりに拒絶する。


「へっへっへ! 旦那ぁ! 落としモノをしておりやせんかね?」


 ホーイットのそんな言葉を聞いて、黒い鎧の男はぴくりと反応した。


「お前、なぜそれを知っている?」


 ようやく黒い鎧の男は口を開いた。その視線がホーイットのほうを向いた。


「ゴブリンの巣でこれを拾っていやしてね。持ち主が困っているんじゃないかと思って拾っておいたのでさぁ!」


 ホーイットはそう言ってロケットペンダントをポケットから取り出した。それを見て男は反応が変わった。


「・・・・・・言え、何が望みだ。謝礼として銀貨五枚くらいなら渡そう」


 黒い鎧の男はそういうと銀貨袋を開いた。

 ホーイットは瞬時に計算をめぐらせる。おそらくこの男はゴブリンの巣を単独で壊滅させている。先ほどのようにケンカも強い。そして背中のマントの国章だ。今は亡き聖戦士の国、ラストヴィン王国のもの。伊達や酔狂で纏う国章ではない。かの国の聖戦士は恩義には必ず報いたという。そして一番目を引くのは、何よりもやばそうな魔剣を背負っていることだ。恩を売っておいて損はなさそうだ。


「いや、謝礼は結構でさぁ。ささ、受け取っておくんなまし。ご家族とのお集まりの絵なのでしょう」


 ホーイットはロケットペンダントを黒い鎧の男に渡す。


「恩に着る・・・・・・」


 黒い鎧の男はロケットペンダントを受け取り、それを大事そうに仕舞った。


「あっしの名はホーイット。けちな盗賊でさぁ。旦那は?」


 そういってホーイットは黒い鎧の男の隣に座った。


「・・・・・・俺に関わらん方が良い。不幸になりたくなければな」


 黒い鎧の男は仲良く談笑しようと言う気はないようだった。


「そうですかい。なにやらわけありのお方のようで。背中のご立派ないちもつはなんなんでさぁ? あっしでもそれが名のある剣だとわかりやすぜ!」


 黒い鎧の男はぎろりとホーイットを睨んだ。


「この魔剣には関わらん方が良い。死にたく無ければな」


 まったく会話にならなかった。ホーイットは少々後悔した。こんな様子では恩を売るどころではない。銀貨五枚に換えたほうがましではなかったのだろうかと後悔する。


「つれないお方で。じゃ、あっしはもう行きますんで。次からは大事なもの、無くさないでくださいよ?」


 ホーイットはぐいっとエールを飲み干して席を立った。あまり時間が掛かりすぎると頭領にどやされるからだ。

 ホーイットは酒瓶を何本か入れた皮袋を背負って立ち上がる。帰り道は結構重労働なのだ。

 彼は夕焼けの荒野にて酒を背負い一人で歩く。そうすると、時折自分が下っ端のままである事が悲しくなる。良い事の一つもやったのだから、少しくらい良い目にあってもいいんじゃないのかと悪態をつきながらアジトへと戻った。

 盗賊団のアジト。そこはむくつけき男どもがたむろする洞窟。どいつもこいつもガラが悪い。腰みの一つにバスターソードを背負った男。角ある覆面を被ったマッスルな男。顔に十字の傷ある人相の悪い男。どいつもこいつも賞金首の手配書に名を連ねる男共ばかりだった。


「おい、ホーイット。相変わらずしけた顔してんなぁ」


 盗賊の一人がホーイットに話しかける。


「あぁ、今日はある男に恩を売ったつもりがただ働きになっちまって、むくれておりやしたのさ。やばそうなオーラを放った魔剣を持った奴でしたがねぇ。あんな黒いオーラを放つような魔剣なんざ見た事ねぇでやんすよ」

「骨折り損のホーイット! だからお前はいつまでも下っ端なんだよ、はっはっは!」


 ホーイットは仲間にコケにされた。いつだって馬鹿にされて見下されている。だが、ホーイットはいつもへらへらしてそれをやり過ごす。力や剣の腕でも負けているのだから歯向かわないのだ。そうであっても、ここ以外では彼の居場所も無い。ならばこそ息を潜めて生きるしかない。

 ホーイットはそのまま頭領の部屋へ向かった。そして頭領の付き人の娼婦に酒瓶を渡す。これで彼の仕事は終わりだ。ホーイットはそのまま仲間達のところへと戻った。


「よう、ホーイット。賭け札をやらねぇか? 数併せに参加しろよ」


 ホーイットは仲間に博打に誘われた。盗賊団は暇な時には酒を呑むか博打ばかりをやっている。いつもどおりにホーイットも博打に興じた。

 ホーイットは博打にはそこそこ強かった。ホーイットの手札が強くて掛け金を総取りした流れが何度か続く。


「かーっ! 運だけのホーイットめ! 俺が本気を出せばてめぇなんざ目じゃねぇんだぞこの野郎!」


 盗賊団の男が掛け札をテーブルに叩き付けた。


「はっはっは! まーたお前のオケラかよ! ツキがねぇ野郎は早死にするぜ! ホーイットはほんと賭けには強いじゃねぇか。こいつの唯一の取り柄って奴だ」


 仲間達が悔しがる中、ホーイットは掛け金を懐に仕舞いこんだ。


「今日はたまたままぐれでやすよ。予期せぬ善行を積んだあとですしなぁ」


 ホーイットは博打で勝っても調子に乗らなかった。喧嘩じゃ勝てないこともあるが、なによりツキと言うものが気まぐれなのを知っているからだ。


「おい、ホーイット。お頭が呼んでいるぜ」


 と、使いの者がやってきて、そう一言だけ告げて去っていった。


「なんだホーイット。お前また何かやらかしたのか?」

「いや、そんなことはないはずでやすがねぇ」


 そういうとホーイットはお頭の部屋へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 江戸っぽい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ