表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

第25話 夕陽の下の悪鬼たち

前回までのあらすじ: 幾度もの武力衝突と謀略、立ち上がる亡霊の愛憎を経て、ノエルは自分なりの決着を望む。忘れ去ってしまったノエルの過去を追うエンダー・ゴートとの戦い。そこに、未来へ繋がる道はあるのか。どちらが生き残り、どちらが死に絶えるのか――。ついに牙を剥くエンダーとの、最終決戦が始まろうとしていた。

《エンダーは、屋上にいる》


 ドクターから通信が入る。ノエルは今まさに、階段を上っていた。最上階のその先へ続く道を。


《彼の姿を、報道用の飛行船が捉えている》


 扉は、閉ざされていた。ノエルは刀身を形成し、全ての準備が整っていることを確認した。

 ここまで、兵士は一人としていなかった。マディソンも、ドレニアも、メゼンタすらも。


 エンダーの計らいだという確信があった。彼が、最高の人生を始めるための舞台を整えたのだ。


 過去の断頭台と、未来への玉座。その二つは、等しい存在だった。エンダーにとっても、ノエルにとっても。


 因縁の決着は、神々しい夕陽の下だった。日が傾いていることに、ノエルはそこで初めて気づいた。


 奇襲はなかった。敵は、あるべき位置に座っていた。


 屋上の中央に着陸して動かない飛行船。その屋根から脚を投げ出し、こちらを見ていた。

 恐ろしいほどに昏く、しかし獰猛な光を宿す目が、ノエルを捉えた。碧く光り輝く双眸。ただの火炎よりも熱く燃え上がる、青空の色。または、(へき)(れき)の色。金の長髪は、夕焼けに同化しそうだった。


「――これで最後だ、ノエル・ルイン」


 エンダーが言い、その場で立ち上がる。ノエルを(へい)(げい)し、歯をむき出すようにして笑みを浮かべた。


 不思議と狂気は感じなかった。むしろ、あるべき姿だと思った。最悪が終わり、最高が始まるこの瞬間を、彼は永遠とも思える間、待ち望んでいたのだろう。


「どちらが未来の盤面を進むに相応しいか。今日、決着がつく。今日が、思い出の日になる。そして、ここから始まっていくのだ」


 恍惚とした声音だった。恋をしているかのようでもあった。


 エンダーが、地面へと降り立った。ノエルとエンダーの視線が、対等な高さで噛み合う。どちらからでも始められる。そして、どちらからでも終わらせられる。相手の息の根を止めることで。


 はたして、エンダーが動いた。

 予備動作無しで、猛然と走り出す。ノエルが刃を光らせ、迎え撃った。


 ノエルの刃が、円弧を描く。エンダーが(かかと)に力を込め、急停止。衝撃でコンクリが削られ、ノエルの顔面に浴びせられた。

 しかしノエルは目を瞑ることすらせずに、エンダーの移動を追う。横薙ぎの斬撃は、エンダーが姿勢を低めることで回避していた。そうしながら、エンダーはそれ以上間合いを詰めてこない。


 ノエルの中で違和感が一瞬にして膨れ上がった。すぐさま危機感に昇華される。


 ノエルの刀の最適な間合いを、エンダーは駆け抜けていた。ノエルの背後へ回り込むように、しかし距離は詰めずに。


 刀の射程(リーチ)を見抜かれている――。エンダーの顔には悪鬼のごとき笑み。


 そして、それだけではないことは明らかだった。エンダーの左腕が、鈍色の輝きを放っていた。いつかノエルが奪ったはずの腕。赤光を浴びて輝くのは、金属の光沢ゆえだった。

 ノエルが刃を返す。瞬間、閃火と金属音が散った。あまりに早いエンダーの一撃だった。どうにか弾くことができたのは、奇跡的な直感のおかげだった。


 エンダーの金属の腕が繰り出された――ノエルはそう思ったが、違った。


 エンダーが豪速で距離をとった。その彼の右手には、刀が握られていた。

 それは、ノエルの手に握られた(わざ)(もの)と全く同じものだった。


公平(フェア)に行こうじゃないか、ノエル・ルイン。互いに同じ状況で貴様を殺してこそ、意味がある」


 ノエルは、エンダーの骸冑(アーマー)の一端を理解した。自身の両腕を流体鋼で補い、その形状を自在に変えることができるのだ。ときには刀に変え、さらに身体から分離させることで操るのだ。


(擬感骸冑(アーマー)の研究は、そういった知覚強度の低い部位に、骸冑(アーマー)を形成することを促す技術です。それだけでなく、右腕の再生能力を失った屍者に擬感骸冑(アーマー)の技術を施せば、骸冑(アーマー)として右腕を再生させることができるのです)


 ミリィの言葉が蘇った。メイベルとドクターがビショップとの面会を果たしたあの日のことだ。


(これは、ミリィに伝えるべきではないな――)


 ノエルが踏み込んだ。エンダーも同じように大きく接近。


 ノエルが刃を上へと繰り出す。半円を描きつつ、銀の軌跡が風を唸らせる。エンダーは大きく仰け反ってこれを躱す。


 上へ突き上げた刀身を、下へと振り下ろす。落雷のような一撃が、エンダーの頭部から股間までを一直線に切り裂こうとした。エンダーは背後へと身体全体を回転させる。一瞬だけ両手をアスファルトにつけている瞬間が生まれた。


 ノエルは逃さず、さらに切り込む。再度上へと突き上げられる凶具に、エンダーは適切に対処する。

 エンダーの()()が、ノエルの一閃を弾き返した。ノエルは驚愕しつつも、すぐに頭で情報を更新した。エンダーは、脚すらも流体鋼で覆っているのだ。

 しかし、その武器を与えるきっかけとなったのは、拷問を行った過去のノエル自身だった。


 過去の行いに対する報いが、今、ノエルに追いついていた。猛烈な殺意として。


 エンダーは翻りつつ起き上がる。瞬間、刃が空中に放たれた。


 鋼は、低空を水平に回転して迫る。ノエルはすぐさま跳躍し、回避。


 エンダーが一瞬の隙を狙った。かつてノエルとメイベルがドレニア相手に取った作戦のように――宙空にいる相手は重力に縛られ、身動きができないという法則を利用した。


 だが、あまりに段違いの反射神経だった。ノエルは刃を跳んで躱すだけだ。それはただの一瞬で、しかもノエル自身最低限の高さのみを跳んでいた。にもかかわらず、エンダーはそこを逃さなかった。


 身体が宙空にある間は、身体を支える地面がなく、また力を加えづらい。

 エンダーが猛烈な突進を開始。神速とでも言うべき速度に、金髪が尾を引く。


 ノエルが咄嗟に刀を前に出す。


 エンダーの突きが繰り出される。あらゆる無駄を省き、身体に穴を空けるためだけの一撃。


 未だノエルの脚は地面につかない。移り変わる視界に、ノエルは全神経を集中させた。迫り来る銀の煌めきを捕捉し、自身の刃を(たて)とする。


 はたして、凄絶な火花が視界を染め上げた。だが、ノエルの身体は押されていた。エンダーの刃の(みね)を力点に、ノエルに恐るべき重圧が加えられた。

 そこで、ようやく脚が地面についた。だが、全てが遅れていた。ノエルは姿勢を維持できず、ただエンダーの刃の切っ先に突き転がされた。


 ノエルは足掻くように転がりながら、エンダーの動きに目を凝らす。今度はエンダーが跳ぶ番だった。その彼の足の裏に、鋭い短剣の列が生え揃っているのが見えた。


 ノエルの身体が鉄柵に到達。背中からぶつかり、肺から空気が抜けていった。激痛を堪え、すぐに手を地面につき、脚で蹴る。


 だが、やはり遅い。エンダーの全体重が、ノエルの背中にのしかかった。


 同時に、針の列が突き刺さった。ノエルの横っ飛びが押さえつけられ、身動きできなくなる。


 ノエルが上半身を捻り、刃で半弧を描く。上に乗るエンダーは難なく対応。同じ銀の軌跡で弾く。

 そして、エンダーの(いかづち)が落とされる。


 しかし、ノエルは両手で刃を受けに行く。さしものエンダーが驚愕に目を剥いた。エンダーの刃が、ノエルの両手で止まった。というより、止められていた。あれほど強靱だった刃が。見ると、鋼が溶け出していた。


 ノエルの骸冑(アーマー)が、エンダーの骸冑(アーマー)で造られた刀身を分解したのだ。エンダーはそれを理解しつつも、愕然とせざるを得なかった。

 ノエルは、この好機を逃さない。受けた両手からとめどなく血が溢れている。それをエンダーに振るい、古典的な目眩ましとする。


 同時に刃を再び繰り出す。エンダーは目を瞑りつつも、ノエルの動きを理解し、後ろへと跳んだ。


 エンダーの凶悪な足裏の針が抜ける。ノエルは苦痛に吐き気を催しながら、体勢を立て直した。


「やるな、ノエル・ルイン。さすがは亡霊(ファントム)を率いる男」

「どういう意味だ?」

「そのままだの意味よ。貴様が所属していたセインフロド共和国の拷問部隊の名前。それが亡霊(ファントム)だ」


 エンダーはその場から一歩も動かず、ノエルに声を掛ける。


「そういえば、貴様はファントムという単語を聞いたことがあったか?」

「あるとも。頭の中で誰かが責務を果たせと呟いている。俺を亡霊と呼んでな」

「――まあいい。結局はビショップのはったりだ」


 エンダーが刀を握っていない左手を空へ掲げる。


「貴様もようやく骸冑(アーマー)を使ったな。では、そろそろ趣向を変えていこう」


 その手が、どろどろとマグマのように溶け出していた。

今日から完結予定の木曜日まで、毎日投稿となります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ