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第19話 異貌の者は闇の中に

前回までのあらすじ: 帝国を救う――エンダーの目的は、初めから決まっていた。レキュロス連邦が帝国派兵士の武装蜂起に合わせて進撃を開始するも、渾沌の都市軍は動けない。厄災が迫る中、爆弾を抱えた異貌都市を、ノエル・ルインたちが奔走する。過去との因縁の決着のために。あるいは、課せられた責務のために。

「潜入させておいた部下の報告では、反乱した帝国派をまとめ上げる〈死の舞踏(ダンス・マカブル)〉のメンバーは四人いる」


 戒厳令が敷かれ、無人と化した表通りを、車が走る。

 後部座席のビショップが通信する。横にノエルがいるが、今回、ビショップは別の車内にいるメイベルとドクターにも声を届けている。


 一枚目の画像が、宙空に表示される。


「まずはマディソン・モート、暗号名(コードネーム)〈マミー〉。全身が包帯で覆われている。骸冑(アーマー)は、包帯の下の体表に形成した〈肉種〉という、転生繊維(リブート・ファイバー)でできた寄生体を相手に植え付け、瞬く間に増殖。相手の転生繊維(リブート・ファイバー)を読み取ることで知能を獲得しつつ、相手を食い殺す。寄生体は自律して動くことが可能だが、基本的にマディソンの命令に従う」


 マディソンの経歴が並んで表示される。


「彼は元々未開の屍者科学を切り拓いた科学者の一人でもあった。〝大戦〟では、スロベルク帝国が神皇国に支援物資と共に派遣した部隊を屍者化し、何度も戦地に送り出した。だが、このことは神皇国によって全て秘匿・隠蔽されていた」

《なぜ、マディソンは屍者に?》


 メイベルがたずねる。


「セインフロド共和国の爆撃だ。それで帝国部隊と共に消し飛んだ、とされている」

《実際は違う?》

「いや、そこは本当かもしれない。でも結局、マディソンはこの街で屍者(レヴェナント)となった。主に、アンケミア社の手を借りてね」


 メイベルが息を呑んだのが、ノエルには伝わってきた。


「なぜそこでアンケミア社が出てくる?」

「どさくさに紛れて帝国に屍者の技術をもたらすためだろうね。当時、帝国はアンケミア社に屍者科学の研究を行わせていた。異貌都市が帝国との共同統治を始めてから、その研究は表立って行えるようになったけど、当時は世間からの批判を恐れて秘密裏だった」

「マディソンを屍者化することができれば、彼の知識を手にすることも可能だったという訳か」

「そういうこと。じゃあ、次」


 二枚目の画像が浮かび上がる。


「ドレニア・アルクーネ。暗号名(コードネーム)〈リッパー〉で、切断魔。骸冑(アーマー)は、体表に形成した極細の糸鋸を操り、あらゆる物体を切断するほか、物体に吸着し、遠隔で振り回す」


 経歴が表示される。


「彼は、元々〝大戦〟で活躍した屍者だったが、後に異貌都市に来ることを拒み、逃亡。皇都ミュースクスで切り裂き魔として名を馳せたが、逮捕される。極北のタルシス監獄に幽閉されていたが、脱獄していたことが確認された。その次」


 三人目は、画像がなかった。経歴もほとんどなく、短かった。


「メゼンダ・ゼヴ。暗号名(コードネーム)〈エトランジェ〉。異邦人を意味する誘拐魔。骸冑(アーマー)は、あらゆる機械の探知を無効化する皮膚を体表に形成し、かつ身体を透明化する。君たちのところにいたミリィ・ブランシェットを攫ったのはこいつだと考えられる。その身体は常に透明化されているがゆえに多くの情報が秘匿されている上、基地内でもその存在を知る者自体、少ない。そして最後に」


 最後の画像と、ノエルの目が合う。


「エンダー・ゴート。暗号名(コードネーム)〈デーモン〉。〈死の舞踏(ダンス・マカブル)〉を統率する隊長。かつてはスロベルク帝国から神皇国に派遣された部隊に所属していた。これが、マディソン・モートが施術を担当した部隊でもある」

《エンダーとマディソンは顔なじみだった訳だね》

「そう。残りの二人がどのような経緯で集まったかは不明だ」


 前方に基地が見えてきていた。灰色の城壁がそびえ立ち、その(ふもと)には警察車輌が並べられている。物々しい機動服に身を包んだ隊員たちが、建設された仮設の天幕の下で動いている。


 壁の向こうでは煙が立ち上っている。神皇国派閥と〈死の舞踏(ダンス・マカブル)〉率いる帝国派の抗争が起こっていると、ビショップから聞いていた。

 ノエルたちが車内から飛び出すように降りた。


 天幕に近づいていくと、


「ルイン、シュピーゲル、所長」

「……ランドルフ警部補」


 ハンクが声を掛けてきた。無愛想な目つきで、三人を(へい)(げい)する。


「無事そうで何よりだ」


 出てきたのは、(いたわ)りの言葉だった。


「記憶捜査に協力できず、すまなかった」


 ドクターが頭を下げる。


「そちらにはそちらの事情があったことを察せないほど、俺は傲慢ではない。突入の話は聞いているか?」

「ああ。だけど、いいのかい? 屍者に突入させるって」


 ハンクは嘆かわしげにため息をつく。


「機動隊は誰もやりたがらない。屍者の戦場に飛び込むという責任重大な任務を。いつもは屍者に仕事を奪うなと敵視するくせに、今だけはお前たちを黙認する腹づもりのようだ」


 そう言って、ハンクは周囲を見渡す。せかせかと行き交う機動隊員は、全員ノエルら屍者に気づいていないかのように振る舞っていた。誰もこちらを見もしない。茶化しもしない。


「お前たちこそ、いいのか? 今度こそ帰って来られないかもしれないぞ?」

「大丈夫だ。絶対に帰ってくるという約束の下突入し、異貌都市の破滅を食い止める。これが一連の作戦だ」


 ノエルの不敵な笑みに、ハンクが面食らったように目を丸くする。


「……突入は三〇分後。それまでに作戦を詰める」


 ノエルとメイベルが力強く頷いた。



 灰色の一室。四つの存在が一堂に会する部屋があった。


 異貌都市軍基地監視室という名前を付けられた部屋は、無数の立体光学映像で埋め尽くされていた。そこには、基地内の映像が全て集結していた。


「神皇国派との交戦は未だ続いています」


 全身を包帯に包まれた男が、報告する。


「主に(エリア)Cまで後退したものの、予断は許さない状況です」

「問題ない。そうだろう、〈リッパー〉?」

「はい。(エリア)Cと(エリア)D、そして上へ上がる昇降口付近には(われ)の糸を張り巡らせました。今ごろ仕掛けに気づき、切断されている頃合いでしょう」


 金色の髪をした男の顔が、立体光学映像の光で浮かび上がっている。そこには、酷薄な笑みが湛えられていた。


「ミリィ・ブランシェットの方はどうだ、〈マミー〉?」


 包帯の男が報告を再開する。


「はい、起爆コードは回収しました。もはや生かしておく意味はあまりないかと」

「ふむ……確かに、アンケミア社の女神としては役立たずだな。だが、あの男をおびき寄せる餌ぐらいにはなるだろう」

「〈ファントム〉――ノエル・ルインですね?」

「そうだ……あの男だけは、俺がこの手で葬る」


 男が、灰色の拳を握りしめた。


「しかし……懸念が一つある。ビショップが言っていた〝ファントム〟とかいう感染症(ウイルス)。それが俺たちに感染しているらしいが……」

「ファントム……因縁を感じずにはいられませんね」

「我はただのはったりだと考えますが」

「〈エトランジェ〉、お前はどう思う?」


 男が問う。


〈エトランジェ〉と呼ばれた存在の言葉に、男が頷く。


「そうだな。俺たち全員、症状が確認されていない。ただのくるしまぎれの嘘と考えるべきだろうな。〈リッパー〉、レキュロス連邦と帝国軍の動向は?」

「帝国軍は、都市軍の支援を受けられないまま迎撃を余儀なくされています。神皇国軍の到着までに、碧海と港湾都市アザンの占領が完了するでしょう。ことが上手く運べば、異貌都市を消し飛ばす必要もないかもしれません」

「いや、どのみち異貌都市は吹き飛ばす。神皇国の戦力を削ぐためにも。この先、レキュロス連邦が帝国を再生させるにあたって、奴らの邪魔が入るのは確実だからな」


 そのとき、映像の一つに、影が映り込んだ。男には、それが誰だかすぐにわかった。


「ノエル・ルイン……! やはり来たか!」


 男は映像を食い入るように見つめた。それから、凶悪な歪みを顔に宿した。


「どうしますか? あなたが処理をするのなら、ここに来るまで放っておきますか?」

「いや、適度に迎撃しろ。そして、ここまで迎え入れろ」

「わかりました」


〈マミー〉が頷く。〈リッパー〉も動きだす。〈エトランジェ〉の気配もその場から消えた。


 一人残された男――〈デーモン〉は、地の底から鳴り響くような声を出す。


「俺を追ってこい、ノエル・ルイン……! 貴様を、俺がこの手で終わらせてやる――」


 (にび)(いろ)の拳を握りしめる。〈デーモン〉は心を躍らせていた。今日という日が、かけがえのない思い出になることに。

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