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第15話 隊列

前回までのあらすじ: 皇都の精鋭部隊の最高司令官、そして神皇エスラムタニアⅥ(ろく)世の意志決定を司る補佐官。二つの肩書きを持つ怪物・ビショップは、本当にノエルの過去を奪い、彼を異貌都市に送り込んだのか? 砂漠の国の暴走と侵攻を誘い、スロベルク帝国との会談にこぎ着けたビショップは、何を見据えているのか。ビショップが導き出した因縁は、極秘会談の場に収束する。

 迎えの車は三台だった。


 音もなく街角から現れ、すでに玄関先で待機していたノエルとメイベルの前に滑り込んでくる。三台とも黒い宝石といった感じの高級車だ。ノエルは人通りを見渡す。早朝ということもあり、見ている者はいなかった。


《――来たね。全方位に気をつけてくれよ》

「一番に、どこに気をつければいい?」


 ノエルの問いに、ドクターが間髪入れずに答える。


《ビショップのいる方角だ》


 ドクターの皮肉に、ノエルは口角を上げる。ビショップを警護すると同時に、ビショップ自身の行動にも気をつけろという意味だ。

 真ん中の高級車の後部扉が開いた。


「やあ、メイベルさんと、ノエル・ルインくん。ご機嫌(うるわ)しゅう」


 ビショップの中性的な微笑みが、ノエルの微かな冷笑とぶつかる。


「メイベルさんは、前の車に乗ってくれ。ノエルくんは私の隣に」


 やはりノエルが狙いか。メイベルが視線で訴えてくる。気をつけなさいよ、と。

 ノエルは真ん中の車の後部座席へと身体を潜らせた。メイベルは緊張した面持ちで前の車の後部座席へ。


 間もなく、黒い車列が発進する。


「さぁてと」


 ビショップは我が家にいるかのように脚を組み、欠伸をした。ずいぶんとくつろいでいるな、とノエルは思った。


 それから、ビショップは首を傾げ、覗き込むようにしてノエルを見る。長い黒髪が垂れ下がる。繊細な睫毛が目に入る。その行動を見る者が見れば、あざとく蠱惑的な美女に見えなくもなかった。

 ノエルは自分の認識が歪むのを感じた。男と女という境界を揺らがせてくるのだ。


「ノエルくん、まずはおもしろくもない話を――」

「あんたは屍者(レヴェナント)なのか?」


 ビショップの声が遮られる。

 ビショップは信じられないものを見たかのように、一度目を瞬いた。それでも、すぐに取り繕われてしまう。奇妙で、挑戦的な微笑が戻ってくる。


「ノエルくんはどう思う?」

「あんたがもし屍者なら、骸冑(アーマー)で中性的な容貌を保っているのかと思ったのだが……違うか?」

「変装なら私の部下のグレイの方が上手いよ」


 ビショップは曖昧に笑い、曖昧に話題を変える。


「そういえば、ノエルくんの骸冑(アーマー)なんだけど」

「俺の骸冑(アーマー)?」

「うん。あらゆる屍者(レヴェナント)骸冑(アーマー)を解除させる君の特異性についてだ」


 ノエルは研究所でのことを思い出す。マディソン・モートの放つ怪物を溶解させた、自分の腕を。


「知りたいな、君の秘密を」


 身体を寄せながらビショップは甘ったるい声を出し、くすくすと笑う。

 ノエルはいつからか表情を消していた。


「仲間には、流体電気(ガルヴァニズム)が通常の屍者と違って逆位相だから、骸冑(アーマー)を解除できるのだと言われたな」

「もう、そんなことを聞きたいんじゃないよ」

「俺に秘密などない」

「人はみな秘密を持っているものさ――気づかないうちにね。教会の懺悔室や、十字架の前ではそういう秘密は丸裸にされる。あるいは、寝具の上とか」

「どれもありそうにない話だ」

「へえ。私と一緒の寝具では寝られないと?」

「あんたが女なのか、怪しいものだ。それに、屍者はほとんど性的欲求を持たない。あるとすれば、転生繊維(リブート・ファイバー)の誤作動と、()()の記憶の中だけだ」

「ふぅん、真面目なんだね。でも、逆の可能性もあると思うよ」


 ビショップは笑みを色濃くする。


「たとえば、君の方こそ女だったり、とか」


 ノエルは思わずビショップの方を見た。声色にできる限り感情が出ないようにする。


「話が見えない」

「今の屍者科学の進歩はめざましいという、この先に待ち受ける明るい未来についての話だよ」


 あくまでビショップは(ひよう)(ひよう)としている。


「今の科学技術なら、過去も未来もつくりだせる。望んだようにね。例えば、自分は今までずっと男だったと思い込ませることもできる。そして逆に、過去をなかったことにしたり、未来を否定することもできる。ちょうど、君が過去を忘れているようにね」

「……やはり、あんたが俺をこの街に送ったボスなのか?」

「どうしてそう思ったの?」

「まず、市庁舎に召集するためにメイベルにかけた通信では、そちらは俺の存在に気づいていないかのように振る舞っていた」

「うん」

「そして、数多くある執行官の事務所の中で、俺とメイベルとドクターしか人員がいない弱小のバスターズ・オフィスを護衛に選ぶ意味がわからない」


 それでも、ビショップの鉄仮面は崩せない。


「――結論を急ぐのは好きじゃないんだけど、あえて一言で言うなら、違うよ」


 ビショップは明らかに真実を知っていて、ちらつかせている。だがそちらに気を取られていれば、足を掬われそうな気がしていた。思わぬところに落とし穴が仕掛けられているような気がする。

 そして、ノエルのは、ビショップがさらに恐ろしい何かを数重に巡らせているという確信もあった。


「二言目を付け加えるなら、過去を奪われた君に、名前とある程度の知識を吹き込んだのは、私の指示だ」


 ノエルの眉間に皺が寄る。


「さらに付け加えるなら、君の過去を奪ったのは私だ」


 ノエルの瞳に明確な敵意が宿る。


 ノエルは、自分の根幹に無遠慮に踏み込んでくるビショップに、警戒を強めていた。

 ビショップはまるでそれに気づいていないかのように、自嘲気味な嘆息をする。


「それでも、私は君をこの街に送りたくはなかったんだ。君を利用するような真似は……」


 そこで、ビショップが顔を上げる。


「ビショップ様、間もなく到着です。ご支度を」


 運転手が告げる。

 ビショップが再度欠伸をする。それから、ノエルに無邪気な笑顔を見せた。


「おもしろかったよ、亡霊(ファントム)のノエルくん。君は君の責務(デユーティー)を果たしてくれれば、何の問題もない。今度は落ち着けるところで話せればいいな」


 前方に、巨大な赤(れん)()の古風な建物が見えてきていた。



 ニルゲアホテルは貸し切り状態だった。ロビーにはビショップとその取り巻き、ノエルとメイベルのみが訪問客だった。

 メイベルが視線を送ってきていた。何かわかったのか、と聞きたげに。

 ノエルはまさかビショップ本人の前で動く気にはならなかった。


 そういえば、とノエルはビショップを取り巻く護衛たちを見て思案する。ビショップと共にやってきた護衛の他に、すでにホテルで待機していた護衛もいるのだが、


「グレイはいないんだな」


「ああ。()()は別の任務で忙しいんだ。といっても、今、私の護衛に紛れ込んでいても、見分けることは難しいだろうね。()()は身長や身体つき、つまり骨や筋肉、それに血液まで偽装することができる」

「――女だったのか?」


 これには、ノエルも声を上ずらせた。


「ほんの冗談さ。皇都ミュースクスの富豪たちの間で大流行中の社交辞令」

「何というか……とても不愉快な冗談だ」


 ビショップは可笑しそうに喉を鳴らした。


「君が皇都で暮らすのは難しそうだね」

「無用な心配だ。一度この街に入った屍者は、二度と出られない。あんたが屍者運用基本法レヴェナント・レジームを改正してくれれば、俺は外に出られるし、帝国派も祖国に帰ることができる。ひょっとしたら、屍者連続破壊事件も片がつくんじゃないか?」

「ふふ、私ならそれが実現できてしまうから、恐ろしいものだね」


 メイベルの目つきがきつくなる。どうやら、おふざけはそこまでにしておけということらしい。ノエルとビショップの(やく)(たい)もないやりとりに、明らかに苛立っていた。

 と、そのとき、ビショップの側近がビショップを囲い込むように動いた。


「お客様が到着されました」


 護衛の一人が呟く。


 ホテルの廊下から、隊列が現れた。総勢七人。鋭い瞳たちが、こちらをねめつける。


 ビショップが護衛を手で制し、下がらせた。いつもの微笑みで、国境を越えてやってきた客人に歓迎の意を示す。


「ようこそ遙々いらっしゃいました、ミナルト帝国=異貌都市軍統合大臣」

「ビショップ閣下、今回はこのような有益な話し合いの場を設けてくださったこと、感謝致します。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、まず初めに来てくださったことに感謝せねばなりませんでした」


 ミナルト・ズズィ帝国=異貌都市軍統合大臣もまた護衛を下がらせた。優美な微笑こそあれど、瞳には光がない。


 社交辞令が終わり、二つの勢力の筆頭が歩きだす。他の護衛たちも散開。会談場所に至る廊下に待機し、素通りすることになる全ての扉の奥を確認。襲撃者に備えるためだ。


 メイベルはいち早く会談の行われる部屋の前で待機していた。逸る気持ちを抑え切れていなかった。


 アネモネ・シュピーゲルの真実に、一刻でも早く近づきたかったのだ。

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