第14話 偶然未来
前回までのあらすじ: ついに、異貌都市に襲来したBISHOPとドクター、メイベルが邂逅し、対話が始まる。BISHOPは、ある目的を胸に。ドクターとメイベルは、微かな違和感と強い警戒心、そしてとある疑いを胸に。異貌都市という盤面に指される次の一手が明らかになるとき、求め続けた真実もまた姿を現わす。
「この街は、何というか……すごく剣呑だね」
ビショップが薄い笑みで一室を見渡す。まるでこの部屋が異貌都市の全てであるかのように。
「それは、屍者の街ですから。元々は、政府が危なっかしい屍者たちを封じ込めておくためにつくったのがこの街です」
ドクターの皮肉にも、ビショップは相好を崩したまま頷く。
「うんうん、そうだね。この街は少々分断されすぎている。生者と屍者、神皇国派と帝国派。分断が多い分、摩擦も大きい。光の当て方で様々な貌を見せるからこそ、陰も至る所に潜んでいる」
ビショップは、漆黒の瞳でドクターとメイベルを見つめる。
「そんな異貌都市から陰を一掃してやろうというのが、私がこの街にやってきた理由なんだ」
ビショップは異貌都市の外からやってきたらしい。
「メイベルさん、報道は見てる?」
突然話を振られて、メイベルは背筋を伸ばす。
「はい、一応は」
「数週間にわたって十三体の無作為な屍者が、十七体の帝国派の屍者を破壊した、屍者連続破壊事件。そして、先日、南区のアンケミア社第一屍者技術開発研究所――と、孤児院を兼ねた複合施設への襲撃。二つの事件には、かつて〝大戦〟において前線で活躍した科学者、マディソン・モートがかかわっているとされる……。これが、最近の異貌都市の話題なんだけど」
「ええ……。何度も見ました」
「今、異貌都市は爆発寸前なんだ。主に帝国派が、神皇国側の陰謀を疑っている。神皇国の技術なら、屍者を無差別に操り、事件を起こさせることが可能なんじゃないかと、そういう理屈みたいだ。その疑念は、アンケミア社への襲撃でほとんど確信に変わったみたいだね」
ビショップは目を輝かせていた。まるで幼児のような無邪気さが垣間見えた。
「おもしろいだろう? レキュロス連邦が大規模軍事演習を行い、帝国が神皇国に連携を迫っているこの時期に、この一大事だ。火花を少し散らしてやるだけで、都市全土に火の手が広がるだろうね」
「誰が燐寸を擦るんでしょうね?」
ドクターが呟く。ビショップの話に合わせてはいるが、様子を窺い、正体を探ってもいる。
「誰だと思う?」
ビショップは勿体ぶるように聞き返す。
「見当もつきません」
「きっと、アンケミア社でも、帝国派の誰かでもない。彼らでさえ、もっと大きな体制に突き動かされる駒に過ぎない。君たちや、マディソン・モートも、舞台の上で踊っているだけなんだ」
「ちょっと想像がつかないですね」
ドクターは真面目くさった顔ですげなく返す。そうすることで、今の状況、相手の言葉を客観視しようとしているようだった。
「まあ、あまり興味なさそうだし、この話はやめておこう。では、本題に入らせてもらう」
ビショップは、託宣を告げるかのように、言う。
「神皇国軍中枢特殊部隊の円卓軍――その最高司令官。そして、神皇エスラムタニアⅥ世の意志決定補佐官〈巫女〉の一人である私の護衛を、君たちバスターズ・オフィスの執行官に頼みたい」
「……なんだって」
ドクターが間を置いて、震えた声で呻いた。
円卓軍――〝大戦〟にて、屍者が一体も配属されていないのにもかかわらず、セインフロド共和国の包囲網を壊滅させた精鋭。その実、負傷者が出なかったがゆえに、隊員を屍者にする必要が一切なかったとすら伝えられる、伝説的な部隊だ。
そして〈巫女〉。高齢で病の治療を繰り返す神皇エスラムタニアⅥ世に助言をするという名目で、彼の意志を実質的に掌握する、至高の賢者たち。
その両方の肩書きを持つ怪物が、目の前にいる。
ビショップの微笑みは動かない。
「言っただろう? 異貌都市の陰を一掃すると。そのためにわざわざ私はここに来たんだ。……グレイ、資料を二人に送ってあげてくれ」
後ろで沈黙していた老人が端末を操作し、データを転送してくる。異貌都市の地図と、顔写真が表示される。
「このデータは、二分後に破棄されるようになっている。情報漏洩を防ぐためにね。グレイ、説明を」
「はい。ビショップ様は、二日後に北区のニルゲアホテルで会談を開きます。会談の相手は、スロベルク帝国の最高議会長であるサイロ・ヨーグ――の腹心であるミナルト・ズズィ」
ドクターとメイベルは食い入るように資料に目を通す。
「バスターズ・オフィスの皆さんには、当日、ニルゲアホテルの警備及びビショップ様の護衛をお願いします。万が一、ミナルト・ズズィ側がビショップ様に危害を加える場合に備えて、あなた方にはビショップ様の側にいてもらいます」
「そんなに緊迫した会談になるんですか? それに、外部の我々が話し合いの席にいて大丈夫なんですか?」
「もちろん、うっかり聞こえてしまった会話の内容は他言無用だね。今回は特別な事情があって、私の可愛い部下たちを連れてくるわけにもいかなかった。そこで、君たちの出番というわけだ」
ビショップは続ける。
「それに、今回の会談の内容はあらかじめ決まっている。内容だけでなく、話の着地点も」
「――どういうことですか」
「レキュロス連邦の鉱脈が底をつくのは、予定されていたことなんだよ」
ビショップは脚を組み替える。
「連邦に潜らせておいた屍者の工作員たちがやってくれた。鉱山資源は連邦の懐に入る前に、神皇国に運び込まれている。工作員たちは巧妙な骸冑によって生者となんら変わりがないように動いてもらった」
「……っは?」
ドクターは困惑を隠せない。
「……つまり、連邦に侵略を計画させ、帝国との会談を開くように仕向けた?」
「そう、順序が逆なんだ。連邦の侵略が噂され、帝国が私たちと結びつきを強めたいこの時期に、例の屍者連続破壊事件が起こったわけではない。屍者連続破壊事件が起こったからこそ、連邦の資源を奪って政局を揺らがせた。帝国派がいきり立っているからこそ、本土との会談を実現させた――と、そういうことだ。そして、この二つが限りなく同時に、そして偶然起こったように見せかけたんだ」
「……なんてこと」
メイベルも愕然と呟く。
「だからこそ、何が話題に上がり、何が問題になるのか、向こうが何を望んでいるのかも、少し考えればわかるんだ」
「でしたら、襲撃者が来るのか来ないのか、来るなら正体が何なのかも、わかるのでは?」
「……ふむ」
ドクターの疑問に、ビショップが興味深げに彼女を見た。大きな瞳にドクターが映り込む。
「それはまだ教えられないな。君たちが来てくれる保証がなくなってしまうからね。代わりといってはなんだけど」
ビショップがメイベルに視線を移した。
「私が会談の場で一番重要視する話題は、拡張自我式流動粒子炸裂爆弾。通称、アネモネについてだ、と言っておこう」
メイベルが勢いよく立ち上がった。拍子にテーブルと脚がぶつかり、音を立てた。
後ろの老人――グレイが、片手を前に突き出した。
ドクターは固まっている。ビショップは不動の笑みを浮かべ続けている。
メイベルは、向かいにいる黒衣の存在に掴みかかりたい衝動を抑える必要があった。グレイの突き出した制止の手が目に入り、ゆっくりとソファにへたり込んだ。
「それは、何なんですか?」
ドクターは平静を装いつつ、たずねる。ビショップは立ち上がりながら言う。
「会場で聞き耳を立てていてくれ。二日後にまた会おう。当日は、オフィスに迎えを寄越すよ」
ビショップとグレイが去った後も、二人は動けずにいた。疲労と、拭いきれない思考がせめぎ合っていた。
やがて、ドクターが端末を操作した。すでにグレイから送られた資料は消えている。
通信をかけると、間もなく繋がった。
「ノエル、終わったよ。確証はまだないけど、疑いは強まった」
ドクターは続ける。
「呼び出した相手――ビショップは、やっぱり君のボスかもしれない」




