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吾輩は『ねこ』なのである。 6

 舎弟のテンションが常時高い。

 吾輩は疲れていると言っているであろう。

 昨晩は、特に何も無かったのだが、色々な事を考えすぎていたせいであまり寝れてはおらんのだ。お前のように、毎日が遊びとご飯しか無いのとは違い、吾輩は色々と考えなければならない程に物の量が違うのだ。

 今だけでもいい。お前はオババに相手をしてもらうのだ。その方が、オババも喜ぶだろうて。

 吾輩は、人の行き来が一番見やすい窓でただじっと眺める。老若男女はもちろん、その者共を乗せた乗り物も音を立てながら通り過ぎていく。その行き来する中に主がいるのではないのかと、目を見開いては観察を続けているが、未だに成果はゼロ。

 主は、今日も姿を見せてはくれんのだろうか。

 吾輩は、あの家に帰りたいぞ。そこまでの道のりは、あの織の中でしか観察していないが故、よくわからないが、外観は、うっすらと覚えておるぞ。随分と高い建物だったはずだ。

 空を眺める。綺麗な青に、消えてなくなりそうな薄い雲が陽射しをわずかながらに遮っている。

 吾輩が求むあの家は・・・無さそうだ。

 このような人の流れを見るのも、少し疲れてきたな。

 ここまで何も進展がなければ、あくびの一つも・・・

 大きな口を開け、瞼も重たくなってきた頃、何か不可思議な音が家中に響いた。

 誰かの足音も少しずつ大きくなってきたと思ったら、部屋の前をオババが通り過ぎ、そして小さくなっていく。そして次に聞こえたのは、紛れもない主の声だった。

 何か別のところでオババと主の会話が聞こえてくるのが気になり、吾輩も声の方へ向かうと、主は安心しきったかのような表情になっていた。

 やはり来たか、と。

 吾輩はここに来るのを待っていたぞ、と。

 そう心の中で留めている間、主の足元へ近づくと、記憶にもまだ鮮明に残っている主らしい手つきが吾輩の毛をゆっくりと撫でてくれた。

「それで、ご用件は?」

 しかし、オババの口調はこの平穏な空間を引き裂いてくる。主も、吾輩を撫でる手を止めたと思ったら、緊張感が臨界点を超えそうな硬い顔に変わっていた。

「ちょっと、お話がしたくて・・・」

 主よ。

 その強張った顔はなんだ。

 だらしがないぞ。

 吾輩のように、常に胸を張って。自信を持って過ごさねば、思いは相手に伝わらぬし、何より舐められるぞ。

「娘から事情は聞きました。随分とだらしのない生活を送っているそうで」

「あぁ・・・いや、まぁ・・・」

 主のしどろもどろさにオババはもちろん、吾輩もため息が出そうだ。後ろを振り向くと、舎弟が壁の角から顔だけを覗かせて吾輩たちの様子をうかがっている。

 主と出会ったのは今回が初めてではないだろうに、困った舎弟だな。

「少しだけ、お互いにじっくり考える時間を作った方が良いんじゃなくて?」

「・・・・・・」

「娘は私の方から説得しておきます。貴方が改心し、もう一度やり直したいと思ったその時、ここに再び訪れてください。もっとも、娘がどう変わるかは保証できかねますが」

「・・・わかりました」

「この子はウチで預かります。貴方と娘が別れる決断に至った時に、引き取りに来てください」

「はい・・・」

 主の声が、緊張とはまた別の声質に変わった。主の目を見ると、主も吾輩の目を見てきた。

 そうか。

 ようやく吾輩の思いが伝わったのだな。

 さすがは吾輩だ。

 さぁ、そろそろ共に元の家へ戻ろうではないか。

 しかし主は、大きく首を垂れながら、次の一言を最後に吾輩の顔を見ずに去っていった。

「それでは、失礼いたします」


 吾輩には、何が何やらわからなかった。

 主が最後に見せた、あのやわらかい表情は何だったのだろうか。

 あの顔を見たからこそ、吾輩はようやく主と過ごせる空間が出来ると思っていた。

 試しに大声で、主が消えた原因を作った壁に向かって叫んでみたが、反応は主ではなく、側にいたオババだった。

「さ、もうすぐお昼ご飯にしましょうかね」

 わき腹を挟まれ、オババの声と同時に吾輩は彼女の腕の中にすっぽりと納まってしまった。

 離すのだオババ。

 吾輩は、主と共に過ごすのだ!

「痛っ!?」

 無理矢理持ち運ばれたのなら、吾輩だって抵抗する権利はあるはずだ。爪を立て、オババの二の腕を引っ搔いてやったら、簡単に解放してくれた。

 待っていろ主よ。

 今すぐ、あの壁を攻略して、主の足元まで向かってやるからな。

 再び担ぎ上げられる前の場所へ行き、そこで爪を立てる。しかし、音は立つが手ごたえは一切ない。

「コラ」

 後ろからオババの声が聞こえたが、吾輩は構わず爪を立て続けた。

 直にオババの両手が再び吾輩のわき腹を挟んだが、必死の抵抗で振り払う。

「そんなにウナウナ言って。よっぽどあの人の元に行きたいのね・・・」

 オババが言っているが、それが何かは吾輩にはわからない。

 だから、必死に目で訴える。

 ここを開けろ、と。

 開けて、主のもとへ連れていけ、と。

 それが出来ないのであれば、吾輩はわずかな隙間をこの家から見つけてでも主のもとへ行くと。

「はぁ・・・」

 吾輩は、決めた。

 主が吾輩を連れて行かなかった。しかし、あの主の目は、決して吾輩を見捨てたわけではない。

 絶対にだ。断言できる。

 だからこそ、吾輩は主に最後までついていくと、ここに誓う。

 だからこそ。

 だからこそ、ここを開けるのだ!

「しょうがない・・・か」

 しかし、その壁が開くことはなく、オババの気配も吾輩の背後からゆっくりと足音と共に消えていった。

 気づけば、舎弟の視線も感じなくなったのは、辺りが真っ暗になってからだった。

次回公開は15日0時になります。

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