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吾輩は『ねこ』なのである。 5

 オナゴの、ただいまという声と同時に、吾輩の目の前を覆いつくさんばかりの壁がゆっくりと開いた。記憶の片隅に残っている臭いを感じながら、オナゴとは違う声が聞こえてきた。

「どうしたの?」

「うん・・・」

 オナゴの声がか細い。さっきまでの声はどうしたというのだ。吾輩をここに連れてくる前の、あのいつも通りの明るい声は。

 そう思いながらも外の景色がゆっくりと移動しつつ、藺草の臭いがまだ残る空間で足元がしっかと床に着いたのを確認した。その刹那、目の前の扉がサビの音と共にゆっくりと開く。

「出てきなさい」

 オナゴの目の奥にある訴えが、吾輩にはなんとなくわかった。だが、いくら記憶の中に残っているとはいえ、ここに来る時は主と一緒だった事が多かった。それが、今回は違う。その違和感に、なけなしの不安が吾輩の中を過ぎり続けているのは何故だろうか。

 しかし、ここから出ないとオナゴも動く気は無さそうだ。

 そう思いつつも、姿勢を低くしながら外へ出ると、たしかに見覚えのある空間。

「ん?」

 オナゴの鼻先に吾輩の鼻先をぶつける。ご機嫌だったオナゴのオーラは、今ではほとんど感じられない。

 オナゴよ、どうしたというのだ。

 相談には乗るが、まずは飯を用意せい。

 あの忌まわしき場所へ向かうのかと緊張していた分、腹が減って仕方がないのだ。

 オナゴの鼻先をスリスリと擦り付けると、オナゴは吾輩の後頭部から背中の先までを三度撫でてからゆっくりと立ち上がり、消えていった。

 それと入れ替わるように、この家にいる後輩ねこがやってきた。

 前にあったのが、まだ桃の花が咲いていた時期だったはずだが。随分と大きくなった事に、吾輩の中に眠っていた先輩風が目覚めてきた。

 だが、あの時は全身が真っ白だったのに、どこか茶色くなっている。

 面白いやつだ。

 その面に免じて、今日からお前は吾輩の舎弟と認めてやろう。

 その舎弟が、さっそく遊ぼうアピールをし始めてきた。吾輩は疲れておるのだ。この後に来るであろう飯を譲ってくれるのであれば相手をしてやらんでもないぞ・・・

 というわけにも行くまいか。

 仕方がない。あの12個の数字が書かれた円盤。あの動き続けている針が一周したら、それで終わりだ。

 そして、吾輩はその場でゆっくりと腰を落とし、しっぽをぶんぶんと振り回し続けた。

 それに昂ってきている舎弟であったが、その時、オナゴの泣き声が部屋のどこかから響いてきた。

 この泣き声は、主と激しくぶつけあいをしていた後にも聞いた声だ。そこへ行けるであろう第一の関門は、あの部屋と違ってしっかりと開いている。

 おい、舎弟よ。急用ができた。遊ぶのは中止だ。

 落としたばかりの腰を持ち上げ、ゆっくりとその場へ向かうと、オナゴはこの家に住むオババの腕の中で大粒の涙を流していた。

「ほら、心配して見に来てくれたわよ」

 そうオババが吾輩の顔を見るなりオナゴの背中をトントンと叩いているが、オナゴは吾輩の顔を眺めてはくれなかった。

 その後を追うように舎弟が吾輩のしっぽに触れる。こんな空気なのに、まだ遊びたいと言うのか・・・

 困り者は、オナゴだけで十分だ。

 だが・・・今のオナゴの姿を見て、果たしてその一言で片づけることが出来るだろうか。

 吾輩は、何をするのが最善なのだ。

 主がいれば、もしかすると何とかしてくれるやもしれぬのに。何故主はいないのだ。

 そう思い続けながらも、今日一日はこの家で過ごすことになってしまったのだが、主の姿はおろか、声を聞くことも出来なかった。


 主よ―――

 一体どこへ行ったというのだ。

 吾輩は、主との時間を共にしてきた事の方が長かった。その主に会えないのは、吾輩にとって心が痛い。

 吾輩は、主に会いたいぞ。主は、吾輩に会いたいのか?

 このように別々になったのは、主が仕向けたことなのか?

 舎弟が横でぐっすりと寝息を立てている中、吾輩はうっすらとしか見えない星空をじっと眺めていた。

次回公開は13日0時になります。

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