とある転生者の大誤算~というか、本来ならこうなるんじゃね?という話
人とは誠実に付き合おう、という話。
廊下の角を曲がろうとしたとき、女生徒の集団にぶつかった。
バランスを崩したあたしは、無様にも転んでしまったけど、ぶつかった相手を見て驚いた。
「わぁ、悪役令嬢のグレース・フォーサイスだ……」
超美人! 超スタイルいい!
でも彼女とぶつかるイベントなんてなかったよね、と思い直したあたしは慌てて逃げた。彼女と知り合うのは王子と出会ってからでないと!
取り巻き令嬢のモブがなんだかブーイングしていたけど、どうせモブの言うことだしどうでもいい。
とりあえず、今は温室にいるはずの先輩のところへ行かなきゃと、あたしは走り始めた。数分後に廊下は走るなと先生に怒られたけど構わない。だってその自由奔放さが王子たち攻略対象者の注目を浴びるんだもん。
天真爛漫で自由奔放。明るい性格で心優しい少女。それがあたし、マリア・カーペンター。ゲームアプリ『恋アナ』の主人公!
攻略対象者は王子、騎士団長の息子、宰相の息子、隣国からの留学生、商会の息子と数多い。どうせなら出来る限りスチルゲットしたいもん! この時間のどこに彼らが現れるのか、スケジュール調整が難しいんだから大変なのよ。
だってゲーム期間は一年しかないんだからね!
てきぱき進めないとね!
なんて、思っていたら。
悪役令嬢とぶつかったあのとき側に居たモブ令嬢のひとりが、教室まであたしを訪ねて来た。
「明日の放課後、グレース様のサロンにご招待しますわ。ぜひともお越しくださいませ」
優雅にそう言って去っていったけど。
明日の放課後? 明日は騎士団長の息子のダン・ウェイマスとの語らいがある日だよ。
あと留学生のアンヘル・フェートンか、商会の息子のルイ・チャタムのどっちかと会ってポイント稼がないと! 逢瀬の回数が高くないと見れないスチルがあるから、大変なんだよ? 悪役令嬢の呼び出しなんてイベントあったかなぁ~。なかったはずなんだけどなぁ。だってまだ王子との出会いイベント済ませてないし。学年が違うとそれだけで大変なんだからね!
……というわけで、悪役令嬢の呼び出しは無視しよう。
どうせ彼女とは王子と仲良くなったら関わるんだもん。
肝心の断罪は一年後だし、まだ時間はある!
早々に関わる必要なんてないない!
なんて思ってマル無視してた。
なんと次は正式なお茶会の招待状が来ちゃった! グレースの侍女だと名乗る女性から手渡しされたそれは、ちゃんと白いキレイな封筒に入ってて、封蝋? っていうの? 赤い蝋燭で固めてなんかハンコみたいの押されてて、なんかいい匂いがした! 周りの女子がきゃーきゃー言って、凄い凄いってあたしを褒めるのっ! で、みんながすっごく中身を見たいっていうから封筒を手で破って中身を確認したら、これまた綺麗な便箋にお茶会の招待っていう内容だった。今度は一週間後。
まじか! この悪役令嬢、どんだけあたしに関わりたいんだろう。
……違う。これはもしや、悪役令嬢も転生者パターンなんじゃないの? だからあたしと仲良くなって断罪はしないでねって意思表示なんじゃない?
あーはいはい、そういうことですか。
うーん。でもどうしよう、迷うなぁ。ぶっちゃけあたしが狙っているのは逆ハーレムルートなんだよね。
逆ハーか、王子ルートが悪役令嬢にとって最悪の断罪になるルート。悪役令嬢としては、あたしがどのルートを選択するか知りたいんだろうなぁ。
これ、どうしようね。返事を書くべきなのかなぁ。もうちょっと日が近づいたらちゃんと考えよう。悪役令嬢だけど、今はまだ何も悪い事されてないし、彼女との共闘もアリっちゃ有りかな。
まぁ、それもこれも彼女本人と会ってから決めよう!
……そう思ってとりあえず放置しちゃった。
それが悪かった。ここにはスマホが無かったからすっかり忘れていた。忘れていたことにも気がつかなかった。頭の中のスケジュール帳には、いつどこで攻略対象者と会うべきかっていうのは事細かに記載されているけど、それ以外はポンコツだったあたし。
悪役令嬢に誘われていたお茶会。
思い出したのはそれが終わり一週間以上経過してからだった。
やばいとは思ったけど、悪役令嬢グレース・フォーサイスからの接触はそれ以降無かった。
だから、あたしは安心して(?)攻略対象者たちと、いかに効率よくポイントを稼ぐか、に重点をおいて毎日を楽しんだ。
悪役令嬢とのイベントは攻略対象者と仲良くなった後半からだからね。あと半年は先だし!
みんな笑顔であたしを待っていてくれたし!
ラッキースケベもあったし!
これからポイントをガンガン稼いでもっと仲良くなるぞー!
◇◇◇◇◇◇
出会いがしらの興味深いひとことがわたくしの耳に木霊する。
今、彼女はなんといったのかしら。
あくやくれいじょう。
悪役令嬢。
『悪役』というからにはお芝居の演目なのかしら。
令嬢が悪役。
令嬢というのは物語の主人公である王子様に守られる人物、もしくはその王子様に愛を請われる人物だと認識していたけど、違う側面もあるのかしら。
……耳に新しく、実に興味深いこと。
しかもその悪役令嬢とやらにわたくしのフルネームが付随された、ということは。
わたくしが、悪役令嬢?
「あなた! なんてこと言いだすの⁈ なんという無礼!」
「不敬です! 今すぐ謝りなさいっ!」
わたくしと行動を共にしていた令嬢が、血相を変えて怒鳴った。
淑女がそうコロコロと表情を変え怒鳴るなんてはしたない。
そうは思うけれど、それもこれもぜんぶ彼女たちの優しさゆえのこと。
わたくしに対して不敬を働いた学生を庇うためだ。
わたくしは公爵家が一女グレース・フォーサイス。
皆に傅かれ、わたくしの機嫌ひとつで相手の首が飛ぶ立場にある。もちろん、それは比喩ではない。物理的に。
少しでもわたくしの意に添わぬことがでないよう、哀れな下々の者がでないよう、おとなしく波風立てずに生活しているのだけど。
……下々の人間から考えれば横暴、ということになるのかしらね。
だからこそ、悪役令嬢などと言われてしまったのかしら。どちらにしてもとても興味深い人間であることは間違いない。
「あの子、初めて見たわ。どこの人間か、おまえ知っていて?」
側に控える侍女に問えばカーペンター男爵の庶子マリアだという返事。最近転入してきたのだとか。
だから、なのね。
あの子、廊下を走って逃げていってしまったわ。貴族令嬢が走る、なんて珍しい。
「走る、なんて……悪漢に襲われたときか、家が火事にあって逃げるときか……あるいは、何か悪さをしているのが咎められ暴かれたくないから逃げるときか。……そのくらいしか思いつかないのだけど。
ターニャさま、あなたはどう思われまして?」
先程はあの子の為に怒っていたターニャ嬢だけど、わたくしの問いに小首を傾げてしばらく考えたあと、意見を述べた。
「良からぬことを企んでいたのかもしれません。それが後ろめたくて逃げたのでしょう。あるいは――、“お花摘み”の時間が迫っていたのかも」
「まぁ」
「ターニャさまったら」
わたくしの取り巻きを兼ねた護衛の女生徒たちに笑顔が戻る。
「妙なことを口走っていましたわね。あくやくれいじょう、と聞こえましたわ」
とても興味深い女生徒に出会ったわたくしは、ターニャ嬢に伝令役をお願いして、明日の放課後わたくしのサロンでお茶会をする、是非とも出席してちょうだいと伝えた。
いろいろと思考を巡らせとても楽しみになってきた。
これはなにかのお芝居に、悪を司る令嬢が出てきて、わたくしの名を冠している、ということなのかしら。
それとも何かの揶揄?
生活に困窮した下々の者が、為政者の噂話などを面白おかしく論い溜飲を下げるなんてよくある話。そういう類のお芝居でもあるのかもしれない。
あのマリアという女生徒は詳細を知っているみたいだし、彼女からどんなお話が聞けるのか楽しみで堪らない。
ひさしぶりにワクワクした気持ちで明日のお茶会の準備を手配した。
待てども待てども招待した相手はサロンに現れなかった。
落胆を覚えるけれど、これは相手の都合を考えなかったわたくしの落ち度だろう。
「一週間後なら、予定を空けてくれるかしら」
今度は口頭ではなく、ちゃんとした招待状を送った。我がフォーサイス家の家紋を封蝋した正式なものだけど、場所は前回と同じく学園のわたくしのサロン。
我が公爵家に誘ったりしたら、大事になってしまうだろうし。
そう配慮したつもりだったのだけれど。
二度目のお茶会の招待にも、マリアという女生徒は姿を現さなかった。わたくしの周囲の女生徒たちは彼女の不遜な態度に皆顔色を無くしている。
実に、面白い。
なんという興味深い人間でしょう!
このわたくしの誘いを二度も無視するなんて!
こんな人間、生まれて初めて遭遇しました!
俄然、興味が高まったわたくしはマリア・カーペンターについて徹底的に調べ上げた。伯父さまにお話ししたら面白がって王家の影を貸してくれた。わたくしの従兄も興味津々で耳を傾けてくれたから、一緒に観察しましょうと話が纏まった。
調べはすぐについた。
なんとマリアはわたくしの一度目の招待の日、騎士科の学生の応援をしていたのだとか。
応援といっても試合があるわけではない。
普通に剣の自主練習をしていたのを木の影からじっと見つめていたのだとか。その練習が終わると彼に駆け寄り、タオルと手作りの何かを差し入れして、たいした会話もせずに立ち去ったのだとか。
その後、裏庭にある温室へ赴き、そこで薔薇の植え替えをしていた先輩の手伝いをしたのだとか。
わたくしからの招待状。彼女はお教室で受け取り、クラスメイトの前で開封したらしいのだけど、指で封筒をびりびりに引き千切ったのだとか。なぜ誰かにペーパーナイフを所望しなかったのかしら。絶対だれかの侍女なり侍従なりが持っているはずなのに。待つ時間も惜しかったのかもしれないけれど、彼女の余りの粗野な行動に、クラスメイトたちはそれ以降、全員関わるのを止めたのだとか。
わたくしが正式に招待状を送ってお茶会を主催した日も、図書館で長い時間、ただぐるぐると歩き回り誰かを待っている様子だったとか。彼女が待ち焦がれていたのは宰相閣下の息子ヒューイ・ブリスベン。彼が調べものを始めたのを確認すると、すかさず話しかけ邪魔をし鬱陶しがられていたとか。でも学業か何かの質問をされたらしい彼は、渋々教えたのだとか。人がいいわね。
それ以降も監視を続けると、どうやら彼女はある決まった特定の人物との接触を図っている節があると判明。
「聞いてくれ、グレース! あの魔女は僕にも声をかけてきたぞ!」
従兄がなんだか嬉しそうに報告してくれるけど。
「魔女なんて言い方、ヒドイと思うわよ?」
「魔女だよ。どうしてそんなに僕のことを知っているんだい? って訊いたら『あたしはなんでもお見通しなのよ』と言って笑っていたぞ?」
まあ! なんという言い草でしょう!
「それは確かに、……魔女ね。そうでなければ……間者、かしらね」
「うん。彼女は知り過ぎている。怪しいにもほどがある」
学園側にも要注意監視人物として連絡し、それとなく彼女の行動を見張るようになった。
三ヵ月後。
「隔離しよう。このままあの魔女を放置していたら、国際問題になりかねない」
学園の先生方と生徒会、そして王宮の上層部、皆の意見が一致しました。
問題はレイナルド王子殿下を始め、上層部の子息を狙い付き纏い、彼らの行動の先回りをし、行く先々を知っているかの如く待ち伏せていること。
それだけならいざ知らず、隣国からの留学生、アンヘル・フェートン王子殿下のプライベートな時間まで邪魔するようになったこと。
どうして彼がお忍びで城下を散策しているのに悉く出くわすのか。お忍びとはいえ、彼の身に万が一があるといけないからこっそり影の護衛はつけていた。その護衛が、殿下が通る道を知っているかのように待ち伏せしているマリアを幾度となく目撃している。
殿下がその日、ふいに思いついて予定外の行動をすると、笑顔の彼女と出会う。
「偶然ですね!」
といって。彼女にはとうてい意味をなさない場所で。
ちなみに、アンヘル王子殿下はわたくし、グレース・フォーサイスの婚約者。彼の国と我が国との友好の為の婚約だけれど、もうずいぶん長く交流がありお互いの為人は把握している。
彼には毛色の変わった男爵令嬢の話はしてあったお陰で、行く先々で待ち伏せされる事実に怯えていた。
「グレース! あの娘、怖いっ」
そう言いながら抱き着いてきたのは、怯えたフリをした彼の戦略だったかもしれない。散々わたくしを抱き締め、髪にキスを落とし
「充填完了!」
と満足そうに呟いて帰っていったから。まったく、困った方だこと。
それにしても。
こんな恐ろしいことってあるのかしら。
どこでどうやって、要人の行動予定なんて情報を知り得るの。
それも予定外の行動でさえ察知することが出来るなんて、彼女は本物の魔女なのかもしれない。
もし、その情報を敵対国の暗殺ギルドが握ったとしたら。最悪の結果が待ち受けているかもしれない。我が国の王子殿下さえ、ターゲットにされかねない。
しかも。
「あの魔女、僕が小さい頃から犬が苦手だなんて、ごく身内しか知らない情報まで握ってたぞ」
と、青い顔をした従兄のレイナルド王子殿下が言うように、彼女は些細な情報まであの小さな頭に詰め込んでいるようなのだ。恐らくは、アンヘルの情報までも――。
彼女を野放しにして事が大きくなったら我が国の信用問題に発展する。
なによりもわたくしは、アンヘルを守らなければならない。
疑わしきは罰せず、なんて悠長なことを言ってる場合ではない。不安の芽は若いうちに取り除くに限るわ。
◇
マリア・カーペンターは突然学園を自主退学し領地に帰った。親の都合だという。
と、いうのは表向き。
本当は王立騎士団の第四師団、つまり隠密活動に専門特化した部隊により捕獲、隔離施設に強制収容された。『第四師団預かり』になると、その者は王国の戸籍から抹消される。カーペンター男爵家も蟄居させられ、王国にたいして謀反の意思がないと判定されるまで監視、および幽閉状態になる。
これから拷問紛いの取り調べがあると聞く。
わたくしは詳細を知らないけれど、時間が掛かれば掛かる程、身体に欠損箇所ができるのは当たり前の拷問、いいえ、取り調べなのだとか。早めに全てを自白すれば、精神的にはダメージを受けるけれど肉体的には無事なのだとか。
彼女がどこかの間者ならば、どこの手の者か口を割らせる。
彼女が本当に魔女ならば、その特殊能力を王国の為に使えるか徹底的に教育を施す予定。使えるのなら彼女の生命は長らえる。使えないなら……
彼女の健やかな余生のためにも、速やかな自白を願うばかり。
「グレース様。なんだか退屈そうですわね」
「そうね。最近、面白い仔犬がいたから観察していたけど……ケルベロスの仔だったかもしれないから処分したの。皆の安全には代えられないでしょう?……でも、観察した日々が楽しかった分、心に空白ができたような心地だわ」
うららかな日差しの中、公爵令嬢グレース・フォーサイスは優雅な仕草でお茶の香りを愉しんだ。
【おしまい】
ご高覧ありがとうございました。
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