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住宅営業『斎藤』の物語

私は人がキライだ。



あなたもこんなことはないだろうか。



学生の頃好きだった音楽が流れると、その時にあった嫌なことを思い出す。



同時に当時嫌いだった人が頭をよぎる。



そしてしばらく嫌な気分になり、不甲斐ない自分が嫌になってくる・・・



学生時代はそれでも人と付き合わなくてはいけないし、何よりも付き合わないと余計に辛くなるから、

嫌でも人と付き合ってきた。



そんな付き合い方しかしていないから、学生時代からの友達なんて一人もいない。



唯一、幼少からの付き合いの友達と年に数回のやり取りをするだけ。



今度帰ったら飲みに行こう。



地元の話を聞かせてよ。



・・・本当は地元なんて興味もないし、お酒だって飲めないし。



そんな自分がキライだから、人はもっとキライになる。



付き合えば付き合うほど、自分のことが否定されるみたいだから。



だから人をキライになることは、自分の中では当たり前だった。


でも、本当はもっと輝いた道を歩きたかった。



クラスの中心にいて、皆と馬鹿話をして、放課後は約束してどこかに行って、毎日が楽しい!

卒業旅行はどこに行こう、連絡先を教えて、同窓会は絶対に出ろよな!・・・



そんな道を歩きたかった。



あがいたこともあった。



でも、出来なかった。



やろうとしても、答えのない道をずっと迷っているようで怖かった。



そんな自分が嫌になるのが嫌だから、人はキライだ・・・



********************


28になったある年。



俺は誰が住むんだと言わんばかりの豪華な住宅の前で、その家の庭掃除をしていた。



そしてその家の前には、同じような豪華な家、その隣も、その隣も・・・



そうここは住宅総合展示場。



家を買う人が数多く押し寄せる、夢と希望が溢れる場所だ。



俺は新しい職に転職した。



会社の名前はスマイルフレンドリーホーム。



略してSFホーム。



職種は住宅営業。



お客様に直に合って、提案をして家を売る仕事。



お客様は自分の将来の家を何千万円もの大金を払って買いに来る。



そのお客様が家を買えるように色々なことをする仕事だ。


・・・・


さて、これまでのことを読んでくれたあなたに問いたい。



俺に出来ると思うか?こんな仕事。



俺は人がキライだ。



それは30前になったこの歳になっても変わらない。



むしろ学生時代よりもその気は強いとも言える。



だから卒業後は、調理師や工場、交通整理人など、人と付き合いが薄い職場をあえて選んで

生きてきた。



大人は良かった。



学生のように、無理に付き合わなくても問題はなかったし、仕事をしていれば誰からも

後ろ指は差されない。



さらにはしっかりと仕事をしていれば、お金ももらえるし、上司からも評価される。



そのお金で好きな物は買えるし、好きな物も食べられる。



こんなに自由で自分がキライにならない時間はないとも思えた。



そんな人生をこれからも送るはずだったのに、どうしてこうなった・・・・




『斎藤君。ぼーとしてないで、もうそこはいいから展示場の中の拭き掃除をしてくれ』



『はい。分かりました』



『私は今から現調に行ってくるから、他の人にも伝えといて』



『はい。分かりました』



掃除をしている手を止めていると、中年だがスーツをピシッときて、いかにも出来ます!って

男が声をかけてきた。



彼は大場店長。



ここSFホーム浜松店の店長である。



年齢は50近いと聞いたが、180を超える身長にスタイル良く整った顔。



多分高級なブランドであろう質が良い生地に、折れ目も綺麗なスーツが良く似合う。



俺と同じ転職組だが、その実力と実績で社内で一気に評価を得て、入社2で新店の立ち上げと店長を任されている、実力派の営業マンだ。



ただ、年相応に薄くなっている髪を気にしているのか、毎日同じ髪型でセットをしてくるのが特徴的だ。



大場店長は俺に一言『じゃ』と言って、駐車場に向かっていった。




********************


『大場店長、現調に行くみたいです』



掃除を終えて、展示場内にある営業事務所で俺はそこにいる人たちにそう言った。



『え?!なんで!どこに行ったの!?この書類にハンコ押してもらわないと、これ提出出来ないじゃん! 斎藤君どこに行くって言ってた?もう困った~~~!』



そう、事務所中に響くような大きな声を出しながら慌てて声をかけてきたのは、同僚の田中さん。



俺よりも2か月早く入社していた女性社員だ。



歳は俺よりも3つ上で、整ってはいるのだが童顔な顔で、しているのかどうか分からないくらいの

薄化粧のお蔭で、実際の年よりも随分若く見える。



また、150cmあるかどうかの身長がそれにより拍車をかけている。



ただ、スタイルは良く、下衆な言い方をすれば、男好みのするスタイル。



そんな容姿と誰にも好かれるようなキャラクターのお蔭で、入社半年も経たないうちに

社内でのアイドル的な立ち入ちにまでなっている。



本人にはその自覚は無いようで、そこがまた男受けする要因ともなっている。



『ねえ!?聞いてる!店長はどこ行ったの!?』



『あぁ・・・すいません、そこまでは聞いてなくて・・・』



『えぇ!・・・もういい。電話する!あぁ~~~困った~~~~!』



そういうと彼女はスマホを持って外に出ていった。



ふぅ、展示場の拭き掃除をしなきゃな・・・・




******************



『斎藤君、この案件を君に任せたい』



『初の予約案件だと思うが、頑張って対応して欲しい』



そう言って、大場店長から一枚の紙を渡された。



そこには、来場予約表と書かれており、お客様の名前や住所、また年齢などが色々と書き込まれていた。



『了解しました。頑張ります』



そういって俺は自分の席に戻った。



『斎藤君!やったじゃん!初来場予約おめでとう!』



大場店長から紙を渡されたことを話していないのに、いきなり田中さんからそう声を掛けられた。



不思議そうな顔して田中さんを見ていたら・・・



『ふっふ~。じゃん!これな~んだ!』



と言って見せてきた紙には、大場店長から渡された紙と同じ内容が書いてあった。



『実は、今回は私の新人教育デビューでもあるんです!』



そういって自慢気な顔でこちらを見てくる田中さん。



『あぁ。よろしくお願いします』



『え?え?それだけ?もっとこうなんか無いの!やったーとか、すごいですね!とか』



『はぁ・・・特にはないですね』



『もう~。そんなんじゃ取れるお客さんも取れないよ!もっとこうなんだ・・・・元気にいこう!!!』



『俺、そういったの苦手なんで・・・』



『はぁ・・・まぁいいや。・・・と言うことで、斎藤君の教育係になったので、これからはよろしくね』



そういうと、後ろから見ても機嫌が良さそうなことが分かる足取りで、田中さんは自分の席に戻っていった。



時間は10:00。



昨日片づけていない仕事を午前に片付けて、午後からこのお客様のことに取り組もう・・・




***********************



『斎藤君。じゃー現調にいくよ!』



お昼も食べてそこそこな時間。



田中さんから声を掛けられた。



『現調ってまだ、昼休憩時間ですよ。せめて1時になってからにしませんか?』



『え?まだお昼食べてなかったの?』



『お昼は食べてますが、休憩時間は1時までですよね?』



『あ~。斎藤君って確か前職工場勤務だったよね?なら勘違いしてもしょうがないけれど、営業職には昼休憩なんてないんだよ?』



『え?求人の求職票には、昼休憩1時間とありましたが・・・』



『なるほど・・・そういうこというタイプってことね・・・まぁいいや。じゃー質問です。



斎藤君に与えられた仕事ってなんですか?はいっどうぞ!』




『え?営業職ですよね』



『はいっ正解!じゃー営業職って何をする仕事なの?』



『あー契約を取ってくるのが営業だとか言いたいんですか?それに関しては確かにまだ取れていませんが、与えられた仕事はしっかりとこなしています。それも仕事ではないですか?』



『・・・・不正解』



『は?そんなに契約をとってくることが大事だって言いたいんですか?


確かに田中さんは前職も営業で慣れているだろうし、契約もすでに何件も上げていることは知っています。


きっと素晴らしい仕事をしているでしょうし、俺にはまだ出来ていません。


だけど転職してまだ数か月で、素人の俺にその考えを押し付けるのってどうなんですか?



ましてや、田中さんって俺の上司でもなんでもないですよね?



教育係か何だか知りませんが、ただの同僚じゃないですか?



どうしてもお昼に俺を仕事させたいんだったら、上長の許可でももらってきてくださいよ。』




いけない!そう思ったがもう言葉は出てしまった・・・



田中さんにこんなこと言ってもしょうがないのに、わざわざ自分から嫌われること言わなくてもいいのに・・・・



『斎藤君・・・・それも不正解・・・・』



『ただ、ごめんね。私、ちょっと配慮が足りなかったみたい。』



今日は無しにして、明日の午後から行こう。



スケジュール空けといてね』




そういうと、田中さんは事務所の外に出ていった。



いつもの陽気な後姿は無く、頭も床を見ていて、下がっていた。



悪いことをしたなと反省の気持ちはあったが、やはり納得がいかない部分が残り、その日1日が嫌な気分になった・・・









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