贈り物
2
「はいっお疲れサン! 今日も無事に終わりって何よりだよ!」
二時間という長いプログラムを終え、団長が満点の笑みで団員たちに拍手を送った。
団員たちもまた拍手を送り、テントの外で遅すぎる夕食をとる。
観客たちが帰った後も熱気が冷める様子はない。
疲れていようが明日に備えることが大事だと言われようがそんなことは関係ない。彼らが一番に考えているのは‘今’をより楽しく生きること。
団員のほとんどは何等かの事情を抱え居場所をなくした者たちだ。
つまり、アルバーナ・サーカス団は流れ者や孤児たちの集まりで、中にはエルフとタルクトの争いに巻き込まれ、命からがら逃げ延び、このサーカス団と出会い身を置くことを選んだ者もいる。
そんな彼らだからこそ、命の大切さを命の大切さを一番よく知っていて、今自分たちが生きていることがどんなに幸せかと何より感じている。
「私さっきあなたのファンですってプレゼントもらっちゃった」
「私は皆さんで食べてくださいって差し入れもらったわよ」
「どーれ、俺が一口味見してやろう」
「わ、ずりぃ!それ一口じゃねーじゃんっ」
空中曲芸の者や動物曲芸の者など、団員一人一人が生き生きとしている。
早朝からそれぞれの練習やリハーサルを繰り返し、万全な体勢で本番を迎える。
そして、観客たちから盛大な拍手や歓声を思う存分浴びた後は、祭りの様な晩餐会が始まるのだ。
サーカス団のテントは町よりやや外れた場所に設置され、ところどころに城跡が地面から顔を出している。
ここから少し離れたところには草木が生い茂り、大きな湖が広がっている。
昼間でも薄暗いこの場所は、夜になれば一層光を遮り近づこうとする者はいない。
しかし、彼らにかかれば、どんな暗闇にも負けない光を灯し、一瞬で見る者を惹きつける楽園の地へと姿を変えるのであった。
そんな連中が肩を寄せ合い何度目かの晩餐会に絶え間なく笑い声が響く。
皆が笑顔でいられるのは単なる‘寄せ集め集団’でないからだろう。
幸せの考えかたは違えど、行きつく先は同じだからに違いない。
そんな中、第一幕を飾った少年、ゼロの姿が見当たらない。
「ゼロは今日もばっちり決めたね、すごい歓声だった!」
「あの登場の仕方はスッゲエ心配したけど、流石の身のこなしだったなぁ」
「あれ、そういえばさっきから本人が見当たらないけど、また一人で食べてんのか?」
「この大所帯だからな、夜の部の俺たちだけじゃなくて、昼の部の奴らもいるだろうし」
「リンなら知ってるんじゃない? あ、いた。リン! リーン! ゼロどこにいったか知らない?」
道化芸の団員達に呼ばれ、リンと呼ばれた動物曲芸の女性が振り向いた。
どうやら彼女もゼロを探していたらしく、二人分も食事を持ったまま、目を皿の様にしてあたりをうろうろしていた。
「あーらら、教育係はたいへんだねぇ」
道化芸の男がふぅと声をもらす。
「まぁ今に始まったことじゃないし、ゼロもリンにしか心開かないしね」
「俺らにも心開いてくんないかねぇ」
そばにいた他の道化芸の男女が言葉を交わす。まだ明りが残っているテントへ向かう彼女の背中を見送った。
*
ゼロは講演を終えた後、いつものように性別もろくに判断できない自称ファンたちの握手に適当に付き合い、プレゼント類は大人たちに渡すようにとあしらった。
観客たちは帰ったことだし、早く行かないとまたリンの小言が増える。
そんなことを考えていた時だった。
「あ、あのこれ、もらってほしいの!」
突如緊張で震えた少女の声とともに、目の前に突き出された茶色の毛玉。
近すぎて正体はわからないが、他の観客と同じようにあしらった。
「ずいぶんな言い方をするもんだ。でもなんか安心したよ、舞台を降りたら何ら変わらないガキだってね」
少女の声とは別に男の声が聞こえ、目の前の毛玉をどかし、ソイツの顔を見た。
ぼさぼさの赤茶の短髪に、無雑作に巻かれた灰色のバンダナ。そんな彼の服装は動きやすさを重視してのものなのか、ただ買う金がないからなのか、そういった印象を受けるものだった。
「僕は受け取らない。他の団員に渡して」
ゼロの揺るがない言葉。
自分より頭一つ分低い少女は毛玉を胸の前できゅっと握り、今にも泣き出しそうな顔でゼロを見つめた。
「このウサギのぬいぐるみはな、この子が作って一番大切にしていたものだ。それをお前に持ってて欲しいんだと」
それウサギだったのか。
少女の両手に握られた茶色の毛玉を再度見つめ、頭と思われるてっぺんから二本の耳がある。
まぁ、言われたわかる。そんな出来栄えなウサギである。
「大切ならなんで僕に……」
男はやれやれと首を振り、金色の石を中央にはめ込んだバングルをポケットから取り出し、ぬいぐるみの胴体にはめるとゼロに差し出した。
「よう少年、ソイツは俺からの餞別だ」
金色の石をはめ込んだバングルとウサギのぬいぐるみ。
どんな餞別なんだ。
断ろうとして男と目を合わした瞬間、ゼロは彼を見たまま動けなくなった。
金縛りにかけられたわけではない。
なぜか、彼の眼に自分と何かをつなぐものを見た気がしたのだ。
「……どうも」
気づいたら、受け取ってしまっていた。
「良かったな、ここまで頑張ってきたかいがあった」
男は少女の頭を撫でてやると、少女も無邪気に笑っている。
はっと我に戻ったゼロは、
違う。なんでと自分に言い聞かせた。
「まだ、こんなところにいた。ゼロ、探しちゃったわよ」
「っ! リンっそれはこの人たちが」
両手に二人分の食事を持ったリンの声に振り向き、彼らがいた方へ視線を戻す。
「この人たちって?」
そこには誰もいなかった。この数秒で帰ってしまったというのか。
「あら、あんたが客からプレゼントもらうなんて珍しい……それウサギ? 可愛いものもらったわね」
にこにこしながらゼロの分の食事を渡す。
「ほんとは貰うつもりなんてなかったんだ」
視線を泳がしながらもごもごと答えるゼロ。
「そうでもないように見えるけど? なんなら、団員の子供にあげたら?」
「……僕が持ってる」
「そう? 今日のゼロは珍しいことばかりね、気味が悪いほど」
ゼロは、にんまりと笑うリンをぎっと睨みつけ、彼女持ってきた食事、シチューをぐびっと飲んだ。