⑨戦闘員Aとヒグマ怪人。
こう言っては語弊があるかもしれないが、彼を組織に入れたのは自分ではない。総統が「いいんじゃない?」と簡単に加入を認めたからだ。
総統が【GG団】なんて物々しい名前を付けて積極的に活動したお陰で、キチンと《危険な思想を掲げる非公認団体》扱いになってしまったが、【GG団】の名前の由来はgreat genius(偉大なる天才)の略だ。誰が天才かと言われれば微妙なのだが……総統の「みんな天才の素質は有るもんなんだよ」の一言で決めた訳だし、結果的に語感は悪くないせいで単語だけ独り歩きした感は否めないんだよなぁ。
彼、【戦闘員A】こと益田 郁郎がGG団に加入した経緯は、全くの偶然である。行き倒れ寸前だった彼を総統が発見し、一時的に保護する事になったのが切っ掛けなのだが、出会ったばかりの頃は本当に脱け殻みたいな状態だった。
思い起こせば、【GG団】は大学生の先輩だった総統が、何気無く立ち上げたサークルが発端である。二才年上の先輩が、在学中に会社を設立した時に必要な人材を入手する為、ちょっとした思い付きで大学内にノートパソコンと資料を広げられる場所を確保できる【GG団】という求職サークルを作ったのだ。
「……先輩、幾らなんでも仰々し過ぎません?」
俺は色白で長髪の先輩に、センスの無い名前は如何なものかと思いながら言ったのだが、
「全然!! 誰だって天才の気質は有るもんさ!! たーだ発揮出来る機会に恵まれないだけだって!!」
大学内の一角、使われていない空き部屋の入口に【自由スペース・求職サークル《GG団》】と書かれた紙看板を貼りながら、うんうんと頷きつつ満足そうに微笑んでいた先輩は、俺の方に振り向きながら言ったのだ。
「……そんな訳で、【GG団】加入第一号は君だ!!」
「……丁重にお断りします」
「何でだよ!! お前だったら即答だろ!? 天才なんだし!!」
手を前に組んで恭しく断った俺に向かって、勢い良く食い付く先輩。ああ……こんな頃もあったなぁ。懐かしい。
……総統だ何だって、持ち上げられてしまい、気付けば神輿の天辺に掲げられるまでは、至って普通の先輩後輩の間柄だったのに。
「……博士、どうしました。白昼夢ですか」
「……ん? あ、ああ……心配ないよ。ただ、昔の事を思い出していただけさ」
千乃に背後から声をかけられて、現実に引き戻される。甘美な過去の思い出に浸っていても、勝手に未来はやって来る。そうさ、俺は【博士】。今じゃ立派なマイクロマシンを操る魔法使い級の凄腕技師……って、昔はそんな柄じゃなかったのにな。
まぁ、自らが望んでいようといまいと、現実の状況が変わる訳じゃない。出来るだけの事をやって、結果が引き起こす事象を観察する位しか、人間に生まれた俺は出来やしないんだから。
「千乃、MM制御率を一段階上げて。」
「はい、畏まりました、博士」
俺が千乃に指示を出すと、彼女は独特の周波数を伴う起動音を立てながら体内のMM群に初期命令を出し、活動を開始する。
俺が作り出したMM制御の道筋は非常にシンプルだ。作動を促すポリマー樹脂に包まれた初動MM達は、小さな管を抜けて放出される時に単純な命令……プログラムなんて言いたくもない程の簡便なコードに従って、次のMM達の中に飛び込んでいく。
最初はうんと小さかったMMだが、そうして幾つかのプログラムを経ながら新たな素材とMMパーツを取り込み、次第に複雑な作業を行える大きさに成長し……と言っても、まだ目には見えないけれど。
やがて千乃の中で、命令を実行できるだけの大きさに組み立てられたMM達が、専用の小さな小瓶に集められる。
でも……その光景って、千乃が灰色のヨダレを小瓶に溜めてる感じなんだよなぁ。小さなプラントで十分だし、持ち運ぶよりも千乃の体内に貯蔵庫兼加工炉を設置した方が便利だと思ったけど、いつかキチンとした場所が確保出来たら、そこに移設するべきか?
「……博士、完了しました。でも本当に行うんですか」
「んむ……こういう事は、早めに準備しておくべきさ。何事も早め早めが肝心なんだぞ?」
千乃から受け取ったMM達を団地の基礎部分に撒くと、あっという間に吸い込まれていった。見た目はアレで仕事初めは遅速だが、気付けば立派に職務を全うする。MM達は実に働き者なんだ。ただ……MM達からは中間報告とか一切無いし、完了すると勝手に自壊して消えていくから、種を蒔いて芽が出るまで放ったらかしで待つ、って感じかな。
世間で行われているMM制御は、人体の病状改善や欠損箇所の再築等の医療分野や、素材の分子構造を変化させて新たな資源を生み出す産業分野が主体だ。だが、俺が培ってきたMM制御は……そんな生易しいモノじゃない。向こうが単純な作業で物質を変化させるだけに対し、俺が行うMM制御を駆使すれば……
……ま、それはともかく、毎日の日課を始めるか。
「おーい、二人とも!! 【検査】の時間だぞー」
【はーい、博士~、今行きま~す!】
「……はい」
定位置のテレビの前から立ち上がり、ドスドスと畳を撓ませながら近付く【ヒグマ怪人】と、床を滑るように静かにやって来た【戦闘員A】君。二人に小さな電極パットの付いたコードを取り付けてパソコンに繋げてから、カタタとキーを叩いて検査項目をアップし、経過観察を始める。
……よしよし、二人とも拒絶反応は無いみたいだな。【ヒグマ怪人】の方は、元々が冬眠に失敗して市街地に出没し、捕まって殺処分される予定だったヒグマを「可哀想だな」と総統の一声で平和的に確保して、ほぼ人間の域まで改造したんだが、本人は特に不満は無いらしい。以前聞いてみたら【ヒグマの頃の記憶? 全然無いよ?】とサラッと言われたのだが、まぁ……幸せなら良いだろう。
【戦闘員A】の方は……過去の事はあまり話したがらないので、無理に聞き出そうとはしていない。一度だけ家族の元に帰らないのか、と尋ねてみたが、「……そのうち、キチンと帰省します」とだけ言ったので、そのままである。本人次第で良かろう。
【ねぇ、博士。何でボクはみんなみたいにお話しが出来ないの?】
パットを外して自由になり、暫く自分の掌を眺めていた【ヒグマ怪人】が聞いてきたので、
「うん、君の頭蓋骨はね、見た目は人間と良く似ているけれど、顎の内側と舌の周りはヒグマの構造が残ってるから、舌を使った発声が難しいんだよ。喋ってみたいなら、そのうち改良してみても良いけど、直ぐには無理だぞ?」
彼の顎の辺りに触れながら説明すると、ゴロゴロと目を細めて喉を鳴らしながら、
【……うーん、そのうちでいいや。今もそんなに不便じゃないし、急に話したくなった訳でもないしねぇ……】
そう締めくくり、立ち上がるとテレビの前まで歩いて行き、ズシンと座り込んでから動画投稿サイトの閲覧を再開した。
「……博士、僕は……大丈夫?」
「あ、ああ……何も問題は無いぞ」
俺は返答しながらパットを外し、改めて座ったままの彼の姿を見る。以前と変わらぬ線の細い容姿は、女性的にすら見える。だが、彼は歴とした【戦闘員A】なのである。俺が施した改造手術は、中途半可なモノじゃない。ただ……彼は今も変わらず戦いを望んでいない。だから、その能力は当分の間はお蔵入りだろう。
……今はまだ、それでいいんだ。
「なら、いいです……博士、一つ聞いてもいいですか?」
「……ん? 何だい」
口数少ない彼が珍しく尋ねてきたので、俺は椅子を回して彼の方を向いてから、言葉を待った。
「……あの、いつか……元の身体に戻りたくなったら、戻れますか?」
「ああ、そいつは心配ない。君の身体データは保管してあるからね。少しばかり時間と培養槽に漬かって貰うが、確実に戻れるさ」
ポツポツと、繋ぐように尋ねる彼に、俺はハッキリと答えてやった。すると、珍しくホッとした表情を浮かべてから、
「……隣のお孫さん……妹と同じ位の、年に見えたから……」
そう言うと、有り難う御座います、と言いながら会釈し、【ヒグマ怪人】の隣にチョコンと座って画面を眺め始めた。
……ん? 彼、いつの間にお隣のお孫さん、見たんだ?
俺は不思議に思い、彼に尋ねてみようとしたが、思い直して止めた。