表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

⑧魔法少女とティンダロス。



 「はああぁ……疲れたぁ~!!」


 どだん、とバスの中の椅子に腰を降ろし、ぐったりと背凭れに身を預けながら、【魔法少女ティンダロス】こと益田(ました) めぐみは溜め息を吐いた。


 長い道程を歩いた先にあったバス停は、一軒の店仕舞いした商店の前にポツンと佇んでいた。勿論ベンチ等といった洒落た存在等皆無で、有名清涼飲料水メーカーの自販機が明かりを灯すのみの寂しい場所だった。


 【青少年育成を阻む悪書自販機に近付かない健全な教育を!】と書かれた物々しい立て看板を背に、長い時間をひたすら立ち尽くして待つめぐみは、寒々しい夕刻を恨めしく思いながら道の先を眺め、真っ暗闇を切り裂くライトの明かりと共に現れた乗り合いバスの姿を見つけた時は、思わず泣きそうになっていた。



 ……プシューッ、と圧縮空気を放出しながら扉が開き、他に誰も乗っていないバスの車内へと乗り込んだめぐみは、自動発券機からチケットを取るとバスの一番奥へと進み、やっと座れた事への安堵から思わず声を漏らしたのだった。


 (……それにしても、おにーちゃんもバカだよ……就職失敗しただけでこの世の終わりみたいに嘆き悲しんで、挙げ句の果てに妙な連中と絡むようになっちゃったんだから……)


 席に座りながら夕闇に染まる窓の外の景色に眼を向けていためぐみは、いつものように堂々巡りになると判っていながら、失踪した兄の事を考えてしまう。




 四歳上の兄、郁郎(いくろう)は大学在学中の就活が見事に総滑りし、失意の就職浪人と化した今年の春、家族に何も告げぬまま、突如失踪してしまったのだ。


 何の前触れも無く兄が居なくなり、両親共々心配しては居る筈もない街中を探したりと、めぐみは彼女なりに方々手を尽くしてみたものの、只の学生の彼女が偶発的に見つけられる筈もない。


 諦めかけていたある日、めぐみは突如巻き込まれた学校内でのテロ騒ぎの最中、偶然が重なって巡り会った【ティンダロス】と契約(彼女にとっては、だが)を結び、数ある【超越者(ギガ・ウェーバー)】の魔法少女になったのだ。


 その【ティンダロス】によれば、この世界には様々な【超越者】が存在し、在る者はヒーローとして人々を救い、また在る者は社会の根底を覆すような異能を発揮し混沌を広めたりしているそうだ。


 魔法少女になっためぐみは彼女の存在を知った【ヒーロー管理本部】に招聘され、他の登録者と共に警察や自衛隊では対処し切れない不法を成す【超越者】と戦う事になった。


 無論、只の学生だっためぐみが言われるまま素直に【ヒーロー管理本部】と手を組んだ訳ではなく、自らを管理される代わりに非番の際は失踪した兄の足跡を辿る事と、何らかの情報が有った時には必ず報せる事を条件とした。しかし、現金な彼女は「学生の自分がアルバイトも出来ない状況になるのなら、金銭的な援助も無ければ困る」と言い張り、かなりの額を毎月振り込ませる事も付け加えさせたのは当然といえるだろう。



 そうした日々を過ごしながら、時には遠方まで足を運び兄を探し続けていたのだが、遂に兄が見つかったのだ。


 しかし……その行き先は彼女の予想の遥か彼方へと超えていた。



 【ヒーロー管理本部】から直接届いた報せは、彼女のスマホに届いた簡素なメールだった。


 《貴女の兄、益田 郁郎は肉体改造を受けて【戦闘員A】になり【GG団】の一員として活動している模様》



 そのメールが届いたその日から、彼女は【GG団】と構成員達を相手に、凄絶な戦いを繰り広げていったのだが……肝心の兄、【戦闘員A】の足取りは掴む事が出来なかった。


 そして、三ヶ月が過ぎ……【GG団】の総統が病死したのを切っ掛けに勢力は低下、遂に【GG団】は自壊を迎えたのだが、その時を最後に兄の行方は再び判らなくなったのだ。


 そして、幾度かの【GG団】残党狩りを経て、有力な手懸かりも掴めぬまま今日に至るのだが、事態は彼女の知らぬ内に少しづつ動いていた。





 めぐみが疲れきった身体をバスの中で休めているその時、スマホの内部から情報網の複雑な経路を辿りながら進んでいた【ティンダロス】は、自らと同様に電子の回路に身を投じている同類がたむろする溜まり場にやって来た。


 「おー、久し振りぃ。元気かい?」

 「うん、まぁまぁだねぇ。そっちは?」

 「んー、ボチボチかなぁ」


 自らと同じように電子の海に適応した同類と言葉を交わす。勿論、空気を振動させて音声を出力している訳ではなく、お互い電気信号に変換させた情報をやり取りしているのだが……


 ……彼等【ティンダロス】は厳密に言えば生物ではない。元になった【ティンダロスの猟犬】と命名された個体から派生した、実態の希薄な存在である。食事や排泄といった生命活動を成さなくても身体を維持し、寿命といった概念も存在しない。だが個体として存在し、人間にも接触出来るだけの知性を備えているのだが……。


 とは言え、彼等の事を説明せずに進行するのは少々乱暴に過ぎるので、手短に紹介しておこう。



 【ティンダロス】の元となっている【ティンダロスの猟犬】とは、時空も次元も異なる世界に存在し、遥か永劫の昔から、絶えず飢え続け獲物を狩る異世界の個体である。


 何故、【ティンダロスの猟犬】が産み出されたのかを知る者は居ない。超古代文明が作り出した兵器の一つなのかもしれないし、不老不死を目指した何者かが、度重ねた実験の果てに自らを変貌させた姿なのかもしれない。ただ、【ティンダロスの猟犬】は全く異なる世界に存在し、何らかの切っ掛けで時空が繋がった時のみ解き放たれておぞましい執念で犠牲者を追い、一度でも捉えれば命を喰らい尽くし、そして忽然と消え去っていくのである。


 出会えば必滅の存在だった【ティンダロスの猟犬】であるが、その長きに渡る時の流れの中で、何かに気を取られて一瞬でも立ち止まり振り返る事は無かった。……だが、




 ある時……ふと、跨ぎ越した犠牲者の亡骸の向こうに、不思議な光を放つ箱が有る事に気付き、次元を超えて帰還しようとしていた足を停めたのだ。


 それは何処にでも有るごく普通のノートパソコンで、画面には文字入力を待つポインタが点滅していただけなのだが、その光に細く引き絞られた眼を向けた【ティンダロスの猟犬】は、存在してから初めて他の何かに《興味》を持ったのである。


 だが、【ティンダロスの猟犬】は一瞬だけ意識を振り向けただけで、やがて次元の裂け目に身を投じて姿を消した。


 しかし……立ち去ったその場所には、ポツポツと小さな黒い染みのような何かが転がっていた。それらは暫くその場所から動く事も無く、特に何も起きなかったのだが、


 ……どれだけの時間が過ぎたのだろうか。


 小さな黒い染みはやがて次々と纏まりだし、遂に幾つかの小さな球体になるとコロコロと転がり出し、物理法則を無視しながらテーブルの足を遡ると天板まで辿り着き、とうとうノートパソコンのキーボードの上へと到達したのである。


 小さな粒々はその場を動く事無く、画面の前で固まっていたのだが、突如小さな【声】を発し出しながら、小刻みに震え出したのだ。


 「や」「あ」「ん」「お」「ひ」「す」「へ」……


 「ああ」「まぁ」「へぇ」「んふ」「ほぉ」「おっ」……



 「たのし」「うれし」「にょほ」「もっと」「もっと」「つぁとぐぁ」「ちしき」「もっと」「ちしきを」「もっと」「たくさん」「ちょうだい」「もっともっと」「ちしきよこせ」……


 【……もっと、ちしき、ほしい……もっと……ッ!!】

 


 少しづつではあるが、複雑に単音を羅列させながら発声を繰り返す小さな【ティンダロス】達。時には分裂し、またある時には隣同士が癒着しながら発声を続けていく内に、増減を繰り返していた個体が五つ程に纏まると、遂に画面へとペタリとくっつき、吸い込まれるように消えて行ってしまったのだ。



 ……その後、画面の中に消えていった【ティンダロス】達に訪れた変化は、正に《激変》と呼ぶに相応しいものだった。


 複雑な電気信号の奔流と同化しながら、物質としての境界を容易く超えてながらも個体を維持しつつ、怒涛の勢いで突き進みながら様々な情報を取り込み、渇き切った大地に水が染み込むような速度で新たな知識を獲得し続けていく。その姿はやがて小さな球体から流麗なフォルムの確固たる存在へと昇華されていき、やがて情報ネットの小さな溜まり場で停止すると、互いの得た情報を交換し合いながら更に更に変化を重ねて知識を蓄えて……今に至る。





 【ティンダロス】は、こうして新たな飢え……《知識の渇望》を獲得したのだが、詳細はまたいつか、語るとしよう。





 ……まだ、彼等の渇きは癒されていないのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ