表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

⑦狩人の少女。



 「……博士、観測データが揃いました」


 いつものように秘書のような濃紺のスーツとタイトスカート姿の千乃が、手にしたデータのプリントを俺に向かって差し出した。


 「ありがとう……うーん、思った以上に早いな……」


 俺は資料に目を通しながら内容を把握し、予想より早い展開に若干驚く。


 「……もう少し時間が掛かると思ってたんだがな……さすがにヒーロー相手じゃあ、甘かったか」


 俺は追跡を阻む為に講じた様々な手段が、次々と突破されていった事を読み解き、ほんの少しだけ落胆した。


 ……ハッキリ言ってしまえば、俺達は見つかってはいない。そう、()()()、だが。




 先程のデータは、この一週間の【ヒーローに関連した処理業務】が発生した件数と、その他の消防や警察から発表された事案事件の報告を重ねて表示してある。そこに、俺が各所に点在させておいた『シェルター』絡みの検挙や逮捕をリンクさせると……あら不思議! あっという間に撒き餌を食い尽くした追手が、俺達に少しづつ近付く様子が手に取るように判るって訳だアハハハハハハ……嫌な喩えだな。


 ……撒き餌とは、俺が様々な機会で知り合った非合法な連中に、似通った特徴の要素(男3女1の組み合わせ等)を付与し、『シェルター』に潜伏させる事だ。『シェルター』とは格安のアパートやマンションを他人名義で借り受けておき、ビザ切れした外国人労働者等に又貸しする。で、必要になればチョイと間借りして仮の宿にする訳なんだが、時には同居人の方が見つかって強制送還されて消滅する。まあ、その現場に居合わせでもしない限り、俺に繋がる証拠は出ないんだが。


 で、その『シェルター』全てに、さっきの()()()()()()()()を潜伏させておいたのだが……一週間で捕まってしまったのだ。それも五組全員が、である。たぶん、こんな離れ業をしてのけるのは……ヒーローの中でも俺をやたらと目の敵にしてきた【魔法少女ティンダロス】だろうなぁ……俺、アイツだけは凄く苦手なんだよ……やたら執念深いし、それにアイツ、絶対に……頭おかしい。




 質素なアパートの室内から、中肉中背の浅黒い肌の男が外の様子を窺うが、人の気配は見つけられなかった。だが、徒歩で買い出しに向かった仲間の一人が、三十分以上も連絡を絶っている状況から、何かが起こっている事は明らかである。


 「……もう、諦めてワタシ達だけでも逃げようよ……」

 「バカ言うな! に、逃げるって一体何処に行くんだよ!?」

 「いや、それも無理かもしれん……」


 一人目の男の背後で、二人の男女が言い合いを始めたが、その決論が出る前に浅黒い男が遮った。


 彼の視線はカーテンの隙間から窓の上へと向けられていたが、その先には足場も無い上空に浮いたまま、真っ直ぐ彼の居る部屋を射抜くような視線を放つ、一人の【魔法少女】の姿を捉えていた。


 「……くそっ、よりによって【魔法少女ティンダロス】じゃないか……最悪だ……」


 そう口走りながら、押し入れを開けて段ボール箱の中から、梱包用フィルムに覆われた狩猟用クロスボウを取り出し、力を籠めて弦を引き絞ってクロスボウボルト(ステンレス製の矢)をつがえた。


 彼の行動を不安げな眼差しで見ていた女の脇で、同じ形のボウガンを居間の隅に置かれたキャビネットの中から取り出したもう一人の男も弓部分に足を掛けて、歯を食い縛りながらギリギリと音を立てて抵抗する弦をロック部まで引き上げてから、矢じりの無い鋭利な先端のクロスボウボルトを装着し、照準越しに【魔法少女ティンダロス】を捉えた。


 「本物、かよ……悪い冗談みてぇだ……」


 二人目の男が窓を開けるべきか躊躇しながら呟いたその時、音も無く飛来した矢が窓ガラスを紙のように易々と貫通し、彼の持っていたクロスボウを部屋の端まで弾き飛ばした。


 「きゃあっ!? そ、そんな……何故、カーテン越しに見えてるの!?」


 女が恐怖にひきつった表情のまま叫んだが、彼等の部屋に置かれたノートパソコンが起動され、そのライブチャットカメラが広範囲視野で室内の様子を外部に伝えていた事には、誰も気付いていなかった。


 



 ……夕刻を迎えかけた郊外。住宅が点在する田んぼと畑だらけの一角で、平屋の住居の庭に男性二人と女性一人がぐったりと横たわっていた。僅かに身を捩らせたり、苦悶の声を上げたりはしているが命に別状はなさそうである。


 その傍らに一人の女性が立っていたが、彼女の姿はまるで日曜朝のアニメから飛び出してきたようなピンク基調のドレスを身に纏っていた。しかしその衣装だけではなく、手に持った鋭い矢尻の付いた弓矢と、どのような力が働いているのか判らないが支えも無いまま空中に留まっている事が、彼女の異質さを物語っていた。


 彼女の右手には黒いショートボウ(短い丈の弓)が握り締められ、左手には先端が球状に鈍らされた矢を持ち、緊張感を伴いながらいつでも放てるよう、油断無く三人の姿を視野に納めていたが、やがて力を抜き、一度だけ溜め息を吐いてから、耳に着けたハンズフリーマイクを操作して誰かと通話を始めた。



 「……報告です。対象が抵抗したので三回スタンボルトを放って無力化し、庭先で確保しました。で……先に一人目を捕えてコンビニの駐車場に置いてきたけど、たぶん生きてます……」

 『……はい、お疲れ様。【ティンダロス】さん、事後処理は一般警察の皆様にお任せして、貴女は本部に帰還してください』

 「判りました、戦闘態勢(バトル・モード)を解除して待機状態に戻ります……ありがとう御座います」


 会話を終えると同時にヒラヒラと宙に舞っていた各所のリボンが浮力を失い、身体にペタリと張り付くのと同時に赤いブーツの爪先が地面を捉える。


 【魔法少女ティンダロス】と呼ばれる存在が、手にしたショートボウとつがえていた矢を矢筒に戻すと、足元に音も無く近寄ってきた漆黒の生き物が、ゴロゴロと喉を鳴らしながら彼女の脚に顔を寄せる。


 「……今日も不発だったかぁ……あ~、もう!! ホントに何処に隠れてんのよっ!?」


 不意に感情を爆発させた【魔法少女ティンダロス】だが、脚に纏わり付いていた生き物の一部分がキューッと細長くなりながら上に伸ばし、彼女の顔に近付けると小さな開口部が出現し、そこから間延びした女の声が発せられた。


 【そうあんまりカリカリしなさんなって……原因はカルシウム不足? それとも生理で頭に回す分の血が足りなくなってるぅ?】

 「うるさいっ!! 両方とも違うから!! あと、もうじき警察さんが来るから姿を変えなさいって……」

 【……はいよ、じゃあ……キャリアウーマンでいくかぁ~】


 奇妙な相手と会話していた【魔法少女ティンダロス】だったが、黒い生き物が身を縮めてどゆんと丸くなり、ムクムクと膨らんだと思うとあっという間に黒いスーツを身に纏った女性へと姿を変えた。


 「さて……これからどうする? 潰せる所は大体当たってみたけどさ」

 「そうねぇ……でも、資料に残ってた場所は全部終わっちゃったし、当てがある訳じゃないし……」


 【魔法少女ティンダロス】の脇に立ったスーツ姿の女性は、キッチリと刈り揃えられた髪の毛先を弄びながら、自分より背丈の低い相手に気さくな口調で訊ねると、問われた方の少女は腕組みしながら背後の住居に近づいて来るパトカーのサイレンを無視し、思案に暮れていたのだが……



 「ねぇ……今までの隠れ家ってさ、郊外の静かな場所ばっかりだったよね?」

 「……ん? そーねぇ……確かに畑の傍だったり、工場が点在する人里離れた場所だね」

 「だよねぇ……でもさ、そーゆー場所ってさ、目立たなくて隠れるだけならいいけどさ、不便じゃない?」

 「そりゃあ、確かにそうだけど……それがどーしたん?」

 「……いや、今思い付いたんだけどさ……」


 言いながら【魔法少女ティンダロス】は、スカートの何処からかスマホを取り出すと当たり前のように触りながら、


 「ほら……Wi-Fiも入らないや……ねぇ、最新技術を覆すような大発明も当たり前にやってのける【超越者(ギガ・ウェーバー)】の博士がさ、ネット環境も整ってないようなド田舎に隠れ住むと思う?」

 「そんなん……まー、無理難題だね。ネカフェにいちいち行かないと何も出来ないんじゃあ、不便だしなぁ」


 そう返す黒服の女性に、【魔法少女ティンダロス】はどや顔で迫りながら、


 「でしょ!? だからさ……違うアプローチしてみた方がいいと思う!! 例えば……一ヶ月以内に加入されたWi-Fi通信で、バッカみたいなデータ送受信してる場所とか判れば簡単に捕まえられると思うの!!」

 「はぁ……そーねぇ、でもアンタ、顔近過ぎだから少し離れなさいよ……」


 眼をギラギラと輝かせながら力説する顔を押し戻しつつ、黒服の女性は自らの顎に手を宛がいながら、確かにね……と肯定的に頷いてから、


 「うん、それは見るだけの価値有りそうね……じゃ、早速()()()調()()()()()から、少し時間を頂戴?」

 「いーわよ! そんじゃ、宜しくぅ~♪」


 そう気軽く答えた【魔法少女ティンダロス】が、手にしたスマホを彼女の前に突き出すと、先程のように黒い流動的な物体に姿を変えた黒服女性が、明るく輝く画面の中へと吸い込まれて消えていった。



 「……後は待つだけ……か。それにしても()()()()()も何を考えて博士にくっついてんのかなぁ……」


 スマホを仕舞った彼女は、その姿をきらびやかな魔法少女チックなヒラヒラ衣装から普通のブレザー姿へと戻し、目についた足元に転がる小石を軽く蹴り跳ばしてから、


 「毎回毎回……あと少しって所で逃げられちゃうんだもん……判っててやってんじゃあ、ないよねぇ……?」


 ボソッと呟いてから、あっ!! といきなり慌てて大きな声をあげた。



 「そうよっ!! こっからどーやって私ゃ帰ったらいーんだよっ!! おいコラ【ティンダロス】っ!! せめてバス停の場所位教えてよぉ!!」

 【……今、忙しいから、後にしてくんない? ……ああ、バス停はここから六キロ先、そんで到着時刻は三時間後の最終だってさ……道、真っ直ぐだから迷わないわよ……じゃ、頑張ってねぇ……】

 「きぇいいいいいいぃ~っ!? マジでえぇ~っ!!?」



 ……【魔法少女ティンダロス】、田舎のお約束にハマり一回休み。







 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ