⑥そろそろ秘密基地化に本格的着手。
揚げたてのコロッケに、肉野菜炒め……それと麻婆豆腐。まあ、肉はスパムミートだし、コロッケは千乃が買ってきたお惣菜だ。麻婆豆腐は定番のマブちゃんだし、味にハズレは無かろうな。
色々と有ったが、今夜は無事に引っ越しが終了したお祝いと言う訳で、ささやかな宴を催す事にした。
「……さて、それではまず……我々の新しいアジトに……乾杯!」
「「「かんぱ~い!!」」」
と、料理を前に景気良くグラスやら何やらを重ねたはいいが、俺以外は酒を飲まないので、各々の飲み物はノンアルコールである。千乃に至っては普通の水だ。まぁ、気分的なモノだから構わないんだが。
「博士。結論として我々の潜伏先が落ち着いて、とても嬉しいです」
千乃がグラスを握りながら語り、その意見に【ヒグマ怪人】も賛同する。
【だよね! いや~、前のアジトから脱出する時は、これからどうなるか判らなくて気が気じゃなかったよ?】
「……最悪、橋の下での暮らしも、考慮していました……」
そう続ける【戦闘員A】の言う事ももっともである。何せ物的証拠を出来るだけ残して逃げ出さないと、俺や彼等に新たな追跡が掛かってしまう。脱出前のアジトには俺の替え玉として身体だけ成人まで育てたクローン体に、C4(高性能の爆薬)を抱かせて残して来たが、おかげで持って逃げ出せたのはノートパソコン一台だけ。当然ながら逃げる際に使った移動手段は、安心安全な公共交通機関のみ……まるでサラリーマンの出張みたいだな。
「ところで博士、今後の予定は」
「うーん、それはだな……君達も身に沁みて判っている事だとは思うが……まずはっ!!」
千乃の問い掛けに、俺は思いっきり溜めを籠めてから……言い放った!!
「……住環境の改善であるっ!!」
……あ、あれ? 何か三人の反応が薄いぞ?
【あのね、博士。ボクは別に寒くても気にならないけど?】
「いやいやいやいや、君の場合は冬眠スイッチ入るから気付かないんだろうけどさ、部屋の中で吐く息が真っ白とか、普通は耐えるの無理だからね?」
相変わらず無表情のままで、タブレットのボクっ子ボイスで答える【ヒグマ怪人】に反論していると、
「……うん、寒いのは辛いです。それは同意します……」
おお、流石は【戦闘員A】だ、空気の読める奴だと信じていた。千乃の顔に(私は別に構いませんが)と書いてある所をスルーした点も高く評価したい。彼女に寒さ対策を説く気は最初から無かったからなぁ。
「では、どのようにして寒さ対策を講じるのですか」
「うん、それはだな……」
千乃の問い掛けに対し、俺は説明し始める。床下からの猛烈な冷気、コンクリート空間特有の冷えきった肌寒さ、そうした様々な要因を払拭する為に必要な手法は幾つか考えてある。だが、それらはまず……
「……団地居住者増加作戦……ですか」
千乃は顎に手を添えながら考え込む素振りをし、【ヒグマ怪人】【戦闘員A】の二人は顔を見合わせた。
「そうだ。この団地の凋落の一因は【住人の減少】にある、と俺は思っている。住人が少なくなれば設備投資に回せる資金は乏しくなり、それが元でまた住人離れに繋がり……と、負の連鎖が引き起こされる訳だ。ならば、それを食い止める為にはどうしたらよいか……と、俺は考えた」
テーブルに座り向かい合った三人は、俺の話がどうなるのかと思いながら聞き入っている。
「……この団地は駅から近く、その駅から出る電車も東京都心部まで直通になっている。乗り換えせずに都心部まで行けるのだから、利便性は高い。それに格安の入居費は魅力的だ。だが、設備の老朽化と時代遅れ感は半端じゃない。ならば、どうして改善すべきか……だが……それはな……」
次の日の朝、俺と千乃は二人で自治会長の元を訪ねた。俺が立案した計画の詳細を説明し、様々な許可に必要な承諾を得る為……まぁ、平たく言えば……悪巧みに巻き込む為、だ。
「あら、お二人お揃いでどうしましたか~?」
うん、相変わらずのバリトンボイスな会長さん。今日も一段と化粧が濃いが、やっぱりおヒゲも濃いようである。
「おはようございます。今日はですね、先日お話した件でお邪魔致しました。それでですね……」
俺は手にしたノートパソコンを開きながら、プレゼンテーションの為に作ったプログラムを起動させ、画面に映し出された画像を指差しながら説明を始めた。
……それから小一時間程経過し、自治会長さんはふむ、と一息ついた後、軽く微笑みながら口を開いた。
「……成る程ねぇ~。一階部分は店舗を誘致して多目的スペースにして、二階から住居……屋上は展望を生かしたレストランやカフェテラスに活用……でも、それだと各棟で格差が生じない?」
「そこは一定の階層に渡り廊下を設置し、各棟を繋げて移動を容易にすれば解消されます。それぞれの棟が有機的に繋がれば住人間の隔たりも無くなり、孤立感や差別感も解消されるでしょう」
俺はこの日の為に練り上げた構想を披露し、実現化に向けた具体案を提示した。
「スゴく素晴らしいとは思うけど……これ、実現化には相当なお金が掛かるわよ?」
「……でしょうね。試算ですが、各棟当たりで億単位の資金が必要かもしれません」
「……で、それはどうするの?」
当たり前のように尋ねられるが、俺はいとも簡単げに答えた。
「……聞いた事有りますよね? クラウドファンディング、ですよ」
「……確かに、それが上手くいけば資金繰りに悩む事は無くなるわね……でも、果たして居住者が増える事と、改築された店舗スペースが合致するのかしら?」
至極当然の疑問を投げ掛ける自治会長だったが、俺は動じなかった。いや、むしろ想定内なので望む所である。
「敢えてクラウドファンディングを持ち出したのは、只の融資とは違った魅力を提示して、融資者を居住者に変えてしまいたいから、なんです」
「そんなに住む事に魅力が生じるのかしら……まあ、景色は悪くないとは思うけど……」
「……有るんですよ、この団地じゃないと見られない、いや、だからこそ住んでみたくなるような物が有るじゃないですか……」
俺は自治会長に、この作戦の肝と言うべき秘策を教えた。
「……!! あ、成る程ねぇ……だから、屋上に展望スペースを確保した飲食施設を配置するのね?」
「……そう、クラウドファンディングの利点は、正にその一点を狙って募れるのですから……」
「確かにそうね……永住しないと得られない特権ね、正に……」
そう結論つけた自治会長は、俺の案を理解したようでニヤリと笑いながら、
「それにしても……良くそんな事を思い付いたわね……」
と、手にした許諾証書を眺めながら、認可に必要な役所への申請を出す方法を俺に教えてくれた。これで、先ずは第一歩を踏み出せるな。
【夢のような住環境!! 都心から直ぐの利便性!!】
空撮された団地の上空映像を背景に、ネット上の広告ページを縦横無尽に魅惑的な文字が通り抜けていく。
【多様な嗜好に対応可能なアトラクション性に富んだ営業区域と、落ち着いた雰囲気の静かな居住空間が同居する、新時代のアパートメント!!】
流れる字幕を背景に、金髪のカツラを被った千乃が満面の笑顔で水着姿を披露し、所狭しと跳ね回る。
【駅から五分の好立地に貴方が望む全てが……有るのです!!】
木々が生い茂る屋上、敷物の上で陽の光を浴びながらゴロゴロと横に転がり、うつ伏せになりながらカメラに向かって手招きする千乃。
【さぁ……ご希望の皆様は直ぐコチラをクリック!!】
画面下に表示された赤いボタンを指差す千乃の胸元に、カメラがグーッと寄って寄って……
「……このような破廉恥極まりない画像に転換されるならば、一切協力は致しませんでした」
クラウドファンディング誘致のホームページを点検していた俺は、背後に立ちブツブツと不平を並べる千乃に向かって、
「まあ、そう言いなさんなって……お陰でこれだけの力作に仕上がったんだから許してくれないか?」
そう言い繕っていると、いつの間にか集まった【ヒグマ怪人】が、
【ゲスいなぁ……確かに千乃さん、スッゴく可愛く仕上がってるけどさ、全部があざとさ満点だよね】
「わざとだよ、わざと! この位インパクト無いと見て貰えないだろ?」
相変わらずの無表情ながら、しかし千乃を誉めてくれているのは流石である。偉い。俺はインパクト重視な動画に満足しながら、そこに至るまでの苦労を思い出す。
まず、千乃に複数のドローンを飛ばしてもらい、空撮映像を複数確保し、それを繋げて団地全体をダイナミックに映しながら部分的に画像を修正して外観を整え、
次に緑色のタイツを身に纏った千乃を3Dモデル化(一応水着は後で被せた)し、あたかも屋上に居るかのように見せながら、殺風景だった屋上も某西海岸風にアレンジして冬のイメージを払拭し、
最後は千乃に何回も「お願い」して極上の笑顔を……あー、何だか千乃にばかり悪い事をさせているみたいだな……まぁ、そのうち彼女の喜ぶ事をして埋め合わせしてやろう。
「でも……千乃さんも楽しそうじゃないですか」
……唐突にボソッと【戦闘員A】が呟くと、千乃は今までと同じく無表情のまま、
「……た、楽しくなんて……た、たぶん無いです、きっと……」
と、言い返してはいたけれど……どもってるじゃん? ふ~ん、あーいうのが楽しいんだぁ……。
「……博士、良からぬ事を考えているならば、お止めになってくださいませ……」
心を読んだようにピシャリと断じる千乃だったが、俺は心のノートに【千乃はバカンスがしたい】と記しておいた。




