⑤商店街へ行きましょう。
「あのぉ……せめて着替えてからじゃダメ?」
「おねーちゃん命令だから今すぐです」
千乃さんが手にぶら提げた買い物カゴ(古風な編み物調!)を掲げながら、制服のままの私の手を引いて歩き出す。あれ? 随分と手が冷たいなぁ……。
「寒くない? 手、冷たいよ?」
「……問題有りませんが、千海さんの手は温かいです」
最初に会った時の第一印象は【ピシッとした真面目そうなヒト】だったけど、こうして話してると案外そうでもないな。表情に出ない代わりに、何と言うか……雰囲気が変わるって感じ。
「で、何を買いに行くの?」
「決まってません。お店に有る物で間に合わせます」
うわっ、結構アバウトなんだ……で、団地から少し離れた小学校の近く、こじんまりとしたお店が軒を連ねる【朝日町商店街】に着いたけれど、界隈を歩く人の姿はチラホラで、私にとっては退屈な場所……なんだけど、
「豆腐を売っている専門店なんですね。これは豆腐を買わなければなりません」
……えっ? お豆腐屋さんが初めてなの!? 千乃さんって帰国子女なのかな?
「あー、ビニールでいいかい?」
「成る程、容器は無いのですね」
「今はすぐゴミが出るとか、何だかんだだからねぇ。ウチはここ最近はこうして売ってるよ」
口を縛ったビニール袋に入れられた豆腐を受け取って、お金を渡す千乃さんは、
「団地に越してきたので、これからも買いに来ます」
「あら、そうだったの! じゃあ宜しくね!」
千乃さんはおばちゃんに丁寧にお辞儀してからお別れして、次の場所に向かいます。
「千海さん、あのお店は何ですか」
「えっ!? スーパーマーケットだけど……見たこと無い?」
「スーパーヤノハン……ですね。確かにスーパーと書いてあります」
う~ん、何だか面白いヒトだなぁ。見た目と全然違って、小さな子供みたいにヤノハン、ヤノハン……と繰り返しながら、自動ドアを抜けて店内に入っていくよ。
「お魚は……干物ばかりです。お肉は……加工肉ばかりです。野菜は……種類が多くありません」
「うん、ヤノハンさんは近所のおばーちゃんとかが、置いておいて欲しいモノを頼んでおいて、それを売る感じだからね」
入り口から店内を回り、あっという間に惣菜売り場まで来た千乃さんだったけど……昔と違って、スーパーって言ってもお客さんが少ないから、沢山の量と種類を置いておけないんだって、おばーちゃんが言ってた。
「千海さんのオススメは何ですか」
「わ、私のオススメ? ………う~ん、何だろう……」
私が悩んでいると、ちょうど揚げたてのコロッケを店頭に並べに来たお店のおばちゃんが私達を見つけて、
「さ、揚げたてだから美味しいよ! 一つどうだい?」
「四個ください。それは袋に入れて、あと一つは直ぐに食べるので封はしないでください」
まだジュージューいってるコロッケを指差しながら、サクサクと買い物する千乃さんだけど……一個はどーするのかな?
お会計を済ませた千乃さんは、私に向かってコロッケ一個入りの封筒を差し出しながら、
「千海さん、召し上がれ」
「ええっ!? こ、ここで食べ歩き!?」
まさかの召し上がれ宣言ですか!! た、確かに揚げたてで美味しそうだけど……いいのかな?
「お店の外でなら食べても差し支えは無いでしょう。ご遠慮なさらずに召し上がってください」
「う~ん、じゃ、じゃあ……いただきます」
いきなり食べろって言われても……
(あたたかいよー ほら、揚げたてだから香ばしいよー)
「あの、千乃さん……食べるんでコロッケにアテレコするの止めてくれませんか?」
「シズル感を倍増させるつもりだったのですが、効果なかったのです……」
「食べますから!!」
無表情のまましょげてる(たぶん?)千乃さんを尻目に、とにかく一口目をガブッ!!
……あ、あふぃ(熱い)……れも、おいひぃ……
うん、うん……挽き肉と玉ねぎのバランスもいいし、ほっくほくのジャガイモも甘味が有って美味しいねぇ……衣も軽くて柔らかいし、揚げ過ぎて苦かったりする所も全然ないや!
「とても美味しそうに召し上がります。差し上げた甲斐がありますね」
「千乃さんも、一口どう?」
満足そうに頷く千乃さんに向かって、口を付けてないコロッケの袋側を向けようとすると、右手を軽く挙げて左右に振ってから、
「大丈夫です。後程頂きますので、遠慮なさらず完食してください」
「揚げたてなのになぁ……まあ、そう言うんなら、いいんだけど……」
で、結局全部頂きました。うーん、千乃さんの唇が油でテッカテカになってるの見たかったんだけどなぁ。何となくだけどさ。
「ちなみに、あの煙突は何ですか」
「あー、あれね……朝日湯っていう銭湯だよ……えっ、まさか千乃さん……?」
スーパーから少し歩いて商店街の端っこまで来た千乃さんは、煙を上げる銭湯の煙突を見ながら暫く停まってたけど……
「いえ、今日はひとまず帰りましょう」
「き、今日はっ!? どー考えてもいずれは行く気まんまんじゃん!!」
「ええ、その際は千海さんと一緒です」
……千乃さんの好奇心は、着地点が読めません……でも、相変わらず無表情だけど、何となく楽しそうに見えるのは、私だけなのかな?
カタカタとキーボードを叩きながら、溜め込んでいた様々な仕様書や設計図を整理していると、玄関の扉が開いて千乃が帰ってきた。
「只今戻りました。博士、商店街は結構閑散として寂しげでした」
「帰宅早々に商店街の扱いが冷たくないかい?」
「いえ、見たままの率直な感想です」
帰って来るなり、千乃はそう言いながら買い物カゴをテーブルに置いて中身を冷蔵庫に移してから、俺に向かって呟いた。
「……でも、楽しかったです。そして、もっと賑やかだったら、そして、博士と一緒だったら、もっと、楽しかったと思います」
……そうなんだ。何だか急に、昔に戻ったみたいな言い方だね。
「だから、今度は博士も一緒に行きましょう」
「よし、明日行ってみようか。で、何の店に行きたいんだ?」
「朝日湯という銭湯です」
俺は、キーボードに載せていた手を止めて、思わず千乃の顔を見上げてしまった。その表情には冗談のじの字も浮かんでいなかった……。
「……マジで!?」




