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③引っ越しソバ。



 「いやぁ、お隣さんが居なくなった時は、随分と面倒なのが来て、バタバタしたけれども、あなた達みたいな若くても礼儀正しいヒトが越してきてくれたら、わたしは嬉しいねぇ~♪」


 俺は昨夜の越冬騒ぎで眠れぬ長い夜を凌ぎ、何とか生きて朝日を拝めた……隣で待機状態だった人工知能ちゃんが、霜に覆われていたのを見た時は心臓が止まるかと思ったが……。


 で、今朝はお隣さんのお宅に引っ越しソバを届けに来たんだが、そちらで一人暮らしの上品なおばーちゃん、絹田 十一(とい)さんに招かれて、人工知能ちゃんと二人でお邪魔しているって訳だ。


 「それにしても団地って、案外寒いもんなんですね……昨日の夜は寒くて良く眠れなかったんですよ」

 「あらあら……それは難儀でしたねぇ……ウチは電気毛布とオイルヒーターがあるから、何とか寒さは気にせず居られるけどねぇ」


 そうなのか……道理で暖かさが段違いなんだな。確かに寒さは全く感じないし、ポカポカしている訳だ。うーん、電気代さえ何とかなれば、寒さ対策は案外と楽なのかもしれん。


 「それにしても、奥さんはまたべっぴんさんだねぇ? お名前はなんというんだい?」


 ……あ、そーだ。まだ人工知能ちゃんに【新しい名前】を付けてなかったか……人工知能……じんこう……ちのう……?


 「あ、はい! 彼女は【千乃(ちの)】って言いまして、まだ正式に婚姻届は出してないんですが……」

 「まぁまぁ!! それはそれは……すまないねぇ、随分と仲良しだったから、てっきり新婚さんかと思ってましたよぅ!」


 うんうん、そりゃそうだな……だって、といさんの部屋に上がってから、ずーっと俺の腕にしがみついて離れないんだからな。俺の体温で発電するネタが気に入ったからだと思ってたが、そーじゃないのか?


 などと思っていたら、千乃が俺の腕を掴みながら小声で囁いた。


 (……博士、私の名前は、千乃なんですか?)

 (……すまん、つい勢いで付けてしまって……今は取り敢えず話を合わせて、嫌なら後で他の名前を決めて……?)


 そう言い訳する俺だったが、千乃はふるふると頭を振ってから、昔に戻ったような屈託の無い微笑みを浮かべてから、


 (博士が付けた名前は、千乃なのです。ありがとうございます。

大切に……大切に、致します)


 そう、まるで大事な宝物を眺めるような表情で、俺に宣言したのだ。千乃か……思い付きで付けちまったが、案外と悪くないな……。


 「ねぇ、千乃さんや?」

 「はい、なんでしょうか」


 俺と千乃の様子をニコニコと笑いながら眺めていたといさんが、ふと思い出したように彼女の名前を呼び、彼女が答えると、


 「私が昔着ていた服がまだ沢山残っているんだけど……よかったら貰ってもらえないかい?」

 「……宜しいのですか」


 千乃はといさんと俺の顔を交互に見ながら暫く逡巡していたが、ふわりと頬を緩めてから俺に向き直って頷くと、丁寧にお辞儀をしてから、


 「……お借りします、()()()()()()

 「千乃さんや、そんなに畏まらなくても良いですよ? 古着ですから流行外れだし、若い娘さんに似合うようなモノが見つかるといいんだけどねぇ……」


 はてさて、よっこいしょ……と言いながら立ち上がり、慣れた手付きでタンスから服を取り出したといさんだったが……


 「……実はねぇ、私……あんまり目が見えないから、どんなのが良いか見立ててもらえないかい?」


 と、意外な事を言うので俺は少し驚いてしまった。上品でとても弱視には見えない立ち居振舞いだったので気付かなかったが、老人性白内障か何かなのか……なら、問題は無いか。


 俺は千乃にマイクロマシンの調整を頼み、どうやって投与するべきか考えてみる。経口摂取でも可能だが、それでは余りにも不自然だ。やはり……直接塗り込む方がいいか?


 (……千乃、然り気無く、といさんの目蓋に触れてみてくれ。目尻からナノマシンを投与出来れば直ぐに結果が出る)

 (かしこまりました。然り気無く……ですね)


 俺がそれとなく耳打ちすると、小柄な千乃は軽く頷いてから立ち上がり、といさんの隣に腰を降ろした。


 「おばあ様、失礼します。ちょっと宜しいですか」


 千乃の姿がぼんやりと見えていたのか、ふと横に首を振ったといさんの頭を、優しく包み込むように抱え込んだ。


 「千乃さん、どうかしましたか……?」

 「……私は、おばあ様の事をまだ良く存じません。でも、仲良しになりたいと思います。ですから……」


 といさんが不思議そうに訊ねると、千乃は小さな子供をあやすようにといさんの真っ白な髪の頭をゆっくりと撫でながら、


 「……私の顔を、良く見てください。しっかりと、見てください。」


 そう言いながら、指先の小さな射出孔から無味無臭のナノマシンを噴霧した。


 「見て、と言われてもね……もう、うっすらと光を……?」

 「……といおばあ様、私が……見えますか」


 戸惑っていたといさんだったが、繰り返す千乃の言葉を聴きながら、中空をじっと見つめて、


 「……光しか感じられなかったのに……こ、こんな事が……」

 「見えますか、といおばあ様」


 ややもすれば無機質な言葉尻の千乃を、今度はハッキリと視界に納めようとしながら首を曲げ、そして遂に認められたのか、目尻からほろほろと涙を溢してから、


 「はい、はい……良く見えますよ……ほんに、べっぴんさんの千乃さんのお顔が……見えますよ……」


 まるで、暗い地の底から光に満ち溢れた地上へやっと顔を出せた者のように、目を細めながら眩しげに見詰めたといさんは、繰り返し何度も何度も千乃の顔に手を添えて、


 「ほんに……何が起きたかは判りませんが……千乃さんのお顔、よーく見えますから……ありがたいねぇ、ほんと、ありがたいですよ……」


 感極まったように呟いていた。うん、良かったな……こっちまでもらい泣きしそうだが……。


 「といおばあ様、見えるようになって良かったですね。但し、一度は眼医者さんに診てもらった方がいいですから、忘れないでください」


 千乃はそう言ってといさんの肩を優しく撫でたが、そのといさんが急に何かを思い出したように、


 「そうですよ、千乃さん! お着物を見立ててあげませんと!!」


 そう言いながらタンスに向かって進み、引き出しから和服を取り出したんだが……い、いや……流石に着物なんか詳しくない俺でも安物には見えないんだが? 【結城紬(ゆうきつむぎ)】とか収納袋に当たり前みたいに書いてあるし。


 「まあ、古いですからねぇ……虫食いが無いと良いんですけど……」


 手慣れた感じで次々と広げられていく着物は、黒や紺、黄緑色の穏やかな色彩の生地に、金銀の糸で精緻な刺繍を施された手抜かりの無い仕上げが見る者の目を釘付けにする豪華な物ばかり……一体、幾らするんだ?


 「綺麗な和服ですね。でも、使われた感じがしませんが」

 「……昔ね、私がお店を営んでいた頃の物なんだけど……人から貰ったりして、数だけ増えていってねぇ。ひとまず若い千乃さんにも似合いそうな物を出してみましたが……」


 そう言いながら、千乃の肩に帯を載せて、肌の色合いと比べながら見立てていく姿は、とても若々しくて、おばーちゃんなんて呼ぶのもおこがましいと思える程だった。誰が言ったか覚えてないが、【女は産まれてから死ぬまで女、男は産まれてから死ぬまで()()】って格言を思い出しちまう。






 【ふぅ~ん、それで人工知能ちゃん、ご機嫌なんだねぇ】


 帰ってから【ヒグマ怪人】に千乃の事を含めて話すと、そう言って納得していた。しかし、先刻まで人工知能ちゃん、と呼んでいた存在が、帰宅していきなり千乃、と改名したなんて簡単には馴染まないかもしれないだろう。


 【じゃあ、これからは『千乃』ちゃん、って呼ばなきゃダメなの?】

 「ふむ……ダメじゃないだろうが、かなり気に入ってるみたいだから、彼女の意思を尊重した方がよかろう?」


 そう答えると彼は暫く頬杖を突いて千乃の後ろ姿を眺めていたが、クルリと【戦闘員A】の方に首を巡らせてから、


 【ね~、Aさん! 人工知能ちゃんと千乃ちゃん、どっちが呼びやすいと思う~?】


 まるで朝ごはんをパンにするかお米にするかのような気軽さで、彼の返答を待ったんだが……


 「千乃さんで……いいと、思います……」


 あっさり肯定すると、彼はすっかり温くなっているお茶を音も立てずに静かに啜り、とても似合ってますから、と締めくくった。




 その後、思い付いた件を伝えるべく自治会長のスマホに電話して、アポを取り付けたんだが、思いの外長くなってしまった。


 用件を伝えた後、何気無く会長の昔を尋ねたつもりだったんだが、これがまた長い話になっちまって……でも、昭嶋市に昔から在った宇保嶋自動車の元工場長だったらしく、工場閉鎖の際に早期退職願いを出してリタイアしたそうだ。道理で落ち着いた物腰と雰囲気に納得がいったが……その頃からオカマだったのだろうか?




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