表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

②極北かよ!?



 ……ゴンゴン。


 分厚い鉄製の扉をノックする音に気付き、無言で扉を開けると、そこには天井に頭が届きそうな巨体を窮屈そうに縮めた大男と、華奢な身体に服を張り付けたような細身の男の二人が無言で立っていた。


 「……早かったね。さあ、上がって上がって」


 俺が声を掛けると、大男と細男はピョコンと頭を下げてから、スルリと扉の隙間をくぐり抜けて室内へと入ってきた。


 二人とも濃いグレーのスーツ姿で、夜ならば帰宅を急ぐサラリーマンにも見えるとは思うが……大男の方はプロレスラーにもなかなか見掛けないような体格で、角刈りの頭と無表情の顔を一目見て警察官が即座に職質する程の威圧感を醸し出していた。


 だが、室内へと入った二人を見た人工知能ちゃんは、嬉しそうに瞳を輝かせながら手を振り、気さくに挨拶をする。


 「お疲れ様。【ヒグマ怪人】も寒い中歩いて来て疲れたでしょう」

 「……。」


 しかし、【ヒグマ怪人】と呼ばれた大男は無言のまま懐に手を入れると、取り出したタブレット端末をポチポチと指先で突つき、印字された文章を見せながら音声出力で答えた。


 【うん、ホント寒かったよ……ねぇ、何か食べるモノないの?】


 そう発せられた声(しかもショタっ子系の甘ったるい声だ)と文章に、人工知能ちゃんは楽しげに微笑みながら台所のガスコンロの上に有る鍋を指差して、


 「そう言うと思って、あなたの好きな甘口カレーを作っておきました。遠慮せず食べてください」


 そう告げて椅子から立ち上がり、台所に用意されていたライス山盛りの皿とスプーンを差し出すと、手を打ち鳴らしながら受け取った【ヒグマ怪人】が鍋からお玉でカレールゥを、これでもかという勢いでライスの山へと掛けていく。


 「……お肉は、抜きで……」


 控え目に、いや弱々しい程に小さく囁きながら、傍らに佇む影の薄い青年は、人工知能ちゃんが盛り付けた少な目のライスと、これまた少な目なカレールゥを見て、小声で呟いた。


 「相変わらず【戦闘員A】君は少食ですね。はい、どうぞ」


 人工知能ちゃんがお皿とスプーンを手渡すと、ほんのり微笑み、どっかりと座ってモリモリとカレーを口に運ぶ【ヒグマ怪人】の隣にちょこんと座り、少しづつ境界線を崩しながら食べ始めた。


 「……あ、引っ越しの挨拶をしてなかったな……お隣さん、おばーちゃんみたいだから明日の朝に伺うか」


 俺がそう言うと、人工知能ちゃんは甲斐甲斐しく盛り付けたカレーを手渡してから、


 「そうですね、もう遅い時間ですし。引越蕎麦……ですよね。それを持っていきましょう。でも何故にお蕎麦なんでしょうか」


 そう言いながら顎に手を当てて、やや小首を(かし)げながら不思議そうに呟いた。


 「さぁなぁ……お側にお邪魔するから、って洒落なんじゃないか?」

 「博士は博識で、何でもご存知なのかと思ってましたが」

 「引っ越しなんて、した事が無いからね。ウチの組織なんて来る者は拒まずだったから、いちいち挨拶する習慣にも縁遠かったからなぁ」


 そう言いながらスプーンでカレーを口に運ぶと、その強烈な甘さに思わず仰け反っちまった……いや、甘口ってのも、なかなかに破壊力があるもんだな!?


 「流石の博士も甘口はお辛いご様子ですね。コチュジャンとガラムマサラも有りますから、お好きな方を掛けてから召し上がっては如何ですか」


 口直しの福神漬けを食べて落ち着こうとする俺に、人工知能ちゃんは背の低いタッパーと粉の入った小瓶を差し出してくれた。


 「……いやはや、こりゃあ参ったな……まぁ、食べられない事も無いが……いや、折角だからガラムマサラを貰おうかな?」


 俺は少しだけ戸惑ったが、折角の好意を無駄にしないよう、小瓶からサラサラとガラムマサラを振り掛けてから、赤茶色に染まったカレーを改めて口に運び、ゆっくりと咀嚼した。




 ……カチャカチャ、ジャ~……カチャカチャ……。断続的に食器が重なる音と、水道の蛇口が開閉する音が続き、人工知能ちゃんが優雅な動きと呼びたくなる程の手際よさを発揮しながら、次々と洗い物を片付けていく。


 【……ねぇ、博士? ……人工知能ちゃん、まだ、あんな固い話し方しか出来ないの?】


 【ヒグマ怪人】が、エプロンを着けて食器洗いを終えてから、布巾で拭きつつ食器棚へと仕舞う、人工知能ちゃんの後ろ姿を見ながら聞いてきた。


 「今の彼女は……必要な情報とデータ、それに以前より格段に高い処理能力は揃っているんだが、問題はどれだけ彼女自身が『過去の自分と今の自分の何が違う』って事に気付けるか、って感じだな。それに気付ければ、もっと自然な感じに……前の彼女みたいになるさ、きっと……」


 俺はそう答えながら、食後のコーヒーに口を付けた。





 ……きっと、そうだ。組織のラボで四年半に渡って彼女、【人工知能】を育てて来たが、最終段階の手前の彼女は……誰が見ても人工的な雰囲気を感じない、屈託の無い微笑みの似合う可愛らしい存在だったし……。


 だが、今の彼女は……俺が隠遁する為に必要な、多種多様のバックアップ機能を補完させたハイスペック義体と相互対話型量子電脳を備えている。いや、その性能は最早(もはや)、全状況対応型の電子戦特化兵器と呼ぶべきで、彼女がその気になれば昭嶋市全地域のライフラインと警察及び消防の情報伝達網をハッキングし、一瞬で何万人もの命を葬る事も出来るかもしれないのだ。但し、それは彼女に()()()()()()()()()()()、実行はされないが。


 だからこそ……今の彼女は軽自動車から原子力空母に乗り換えたおばーちゃん並みに戸惑っている筈だ。だからこそ、俺達が導いてやらんと……ん? げ、原子力空母を操るおばーちゃんか……居たら是非、一度は見てみたいな。






 ……と、ここまでは実に温かで楽しい団欒風景だったんだが、俺はこの後……【老朽化した旧い団地】の恐ろしさを体感するのだが……まだ、この時は知らなかったのだ。



 三人揃って遅めの夕食を終えて、俺達は寝る事にした。まぁ、人工知能ちゃんと同じ場所で寝る、という事は有る意味、心躍るときめきの時間……って、訳にもいかない。何せ、傍らには【ヒグマ怪人】と【戦闘員A】が居るのだから、俺は紳士的な態度を以て……パジャマに着替えてみんなに挨拶して毛布と布団を被り、目を瞑った。




 ……うん、寝ようとしたんだが……だが……



 ……目が覚めた。いや、正確には寝られなかったのだ。興奮し過ぎだって? 違うんだよ……そりゃあ、人工知能ちゃんの寝姿は実に清々しい程真っ直ぐで、流石はアンドロイドだよなと妙に感心はした。だが、そうじゃない。



 ……うううう……ここ、いくら何でも、寒過ぎないか!?



 ……布団は掛けた。毛布も有る。まぁ、冬用としては若干物足りなさを感じる『オールシーズンOKな上掛けセット』というのはともかく、この部屋……やたら冷えるぞ? 隙間風なんて全く無いんだが……畳敷きだからか、床から深々(しんしん)と冷気が立ち昇るみたいだぞ!! ……あ、吐く息が白いや。


 「……あら、博士……どうかなさいましたか」


 俺の隣でタオルケットだけ掛けて【待機状態(スリープモード)】に入っていた人工知能ちゃんが、俺の異常に気付いて身を起こした。


 「い、いや……何だか寒くて、眠れないんだ……」

 「それは大変です。ならば……添い寝して差し上げましょうか」


 おお!? ま、まさか人工知能ちゃんから大胆提案されちゃうとは……と、俺が答える前に、彼女が失礼します、と慎ましく言いながら俺の布団の中に入ってきて、パジャマ姿の俺にピッタリと身を寄せてきた……きた……ん、だが……




 ……ややややややややや、やばいやばいっ!? じ、人工知能ちゃんのボディー、むっちゃ冷たいんですがッ!! ちゅーか、長く整った睫毛の先に結露した粒がキラキラと光輝いてて凄く綺麗だなぁ……じゃねーから!! 良~く見たら、ほっぺたも霜降り状態で真っ白なんだけど!?


 「……あら、私としたことが……【熱変換発電モード】オンのままでした」

 「……あー、知ってる知ってる!! 周囲の熱を取り込んで、内燃炉との温度差からエネルギーを生み出す究極の省エネ発電法だよね……って!! 設計者オレだから判ってるの!!」

 「……博士の温もりで、更に発電出来ました」

 「……があああああぁーっ!!??」


 ギュッ、と人工知能ちゃんが俺の腕にしがみ付いた拍子で、二の腕辺りに柔らかなプニッという感じの触感がががががががががががが……あ、あれ? 寒く……なくなって……きた?



 ……それをさいごに……ふっ、と意識が……途切れ……た……













 ……あ、あれ……? 何だろう、何か……声が聞こえる……。


 いや、ここは団地……じゃあ、ないぞ……か、川原? いつの間に来たんだろ……ん? あれは……誰だ? ……ふおっ!! な、なんで【総統】が……もう、亡くなった筈なのに……


 ……でも、手を振ってるぞ……コッチに来いって、言ってるのかな……良く、聞こえないけど……



 (…………、……る……な!!)


 何だろう……河を挟んだ向こう側から、何か叫んでる……



 (……く……る……なっ!!)


 ……えっ!?



 (……バカ野郎っ!! こっちに、来るなっ!!)


 ……な、何で……俺は……俺は……ここは……!?








 「はあぅ!? ……あ、夢……か?」


 俺は……突然激しく身体を揺さぶられて目を覚ましたんだが、いまいち頭がハッキリしない……


 「博士、大丈夫ですか。低体温症で血圧と脈拍が異常値に達しましたので、緊急事態措置を取らせて頂きます。ご了承ください」


 と、言いながら人工知能ちゃんが俺の右腕に貯蔵タンクに保存してある液状のマイクロマシンを指先からプスッと投与して、傷口に小さな絆創膏を貼り付けてくれた。うーん、一時的に口蓋内へ貯蔵してからの経口摂取も出来るんだが、何でもそうして投与してくれる代わりに、座薬まで投与されちまったら……色々と後戻り出来なくなりそうな気がするぞ。


 「ゴメンね、気を遣わせてしまって……そうだ!! 二人は無事なのか!?」

 「【ヒグマ怪人】は冬眠スイッチが入りましたので、良く寝ています。【戦闘員A】は自己防衛機能が発動し、一番温かい冷蔵庫の裏側に待機しています」

 「なら問題ないか……いや、【戦闘員A】の温かさを求める方向性に疑問が残るけど、無事ならいいか」


 そう結論つけた俺は、人工知能ちゃんに労いの言葉を掛けてから、再び布団と毛布の隙間へと身体を潜り込ませた……。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 稲村さんの小説は面白いです。読んでいて楽しいんです、すごく。ピタとおにーちゃんの話もよかったですし(全部読んでいませんが)。文章が歯切れ良いというか、楽しんで書いている感じがよく伝わってくる…
2020/06/26 18:18 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ