⑮団地改革開始!!
募集を始めて一週間が過ぎた。
イメージキャラクターの役目を仮装させた千乃に託した結果、都会での暮らしに憧れる地方在住者や、高額な家賃に喘ぐ都内在住者からの問い合わせメールが次々と送られてきた。予想通りの注目度だが、俺の目指す状況には程遠い。
「……博士、まだクラウドファンディングの申し込みはゼロです。如何いたしますか」
指先から出したコードを直接ノートパソコンに繋げ、大量の問い合わせメールへ返信しながら千乃が聞いてきた。
「……予想通りだね。誰だって最初から【美味しい話】に飛び付いてくる訳はないし、身銭を切って投資するんだから、慎重になるのも当然さ」
俺はそう答えながら手にした書類を捲り、必要な箇所に署名してから封筒に入れた。
「……さて、と。そろそろ来る頃合いだろうが、まだかな?」
俺が千乃に尋ねると、彼女は少しの間、宙を見詰めてから答えた。
「……博士。上空に待機させていたドローンが【ヒーロー管理本部】所有の移動車両を捕捉しました」
「遅かったなぁ……てっきり竹山さんの直ぐ後に来るのかと思ってたが……」
「これは私の予測ですが、データを参照するに【魔法少女ティンダロス】は行動時間に一定の区切りが有ります。朝九時から夜十時の間だけ活動する傾向が有ります」
「……未成年だから、な訳無いか? どっちにしても順番に来て貰った方が、俺も楽なんだがね」
そう言い交わしながら、俺は出迎えの支度をする為に、部屋着のジャージからいつものスーツに着替え始める。そして、奥の部屋に向かって声を掛けた。
「お~い、郁郎くん! 出掛けるぞ~!!」
「……どこに、ですか……?」
小さな声で答える郁郎に、俺は元気良く答えてやる。
「どこだって? 決まってるだろ~、団地の真ん中の公園だよ!!」
イライライライラ……トントントントン……
「……うるさいよ? 貧乏ゆすりと指先で膝を叩くのを同時にしないでくんない?」
「無~理~!! だって、直ぐに来たかったのに【出動は翌朝の九時だから待機してろ】なんて言われたら……あぁ~、焦れったいぃ!!」
自衛隊所有の重厚な装甲車の中で、めぐみの苛立ちに横に座るティンダロスが釘を刺すが、効き目は無い。【ヒーロー管理本部】を出た彼女は駐屯地の門で足留めされて、そのまま本部に逆戻り。そして厳重に監視下に置かれたまま一夜を明かし、やっと出動となったのである。
「……もう、そろそろ到着するわよ? そりゃあ直ぐにでも行きたかったのは判るけど……何事も準備は大切よ?」
二人の前の助手席から橋本二尉にそう言われためぐみは、不貞腐れながら頬を膨らませて反論する。
「でもさ~!! もしかしたら逃げちゃってるかもしんないんだよ!? 今まで大人しく隠れてたって、行ってみたら、もぬけの殻とか……」
そんなめぐみの言葉に、溜め息混じりで橋本二尉が返す。
「……実はね、既に竹山さんが博士の元に行っていたらしいの……」
「えぇ~!? な、何でよ!! 私は足留めされたのに、アッチは好き勝手に行けるなんてズルいよ!!」
「……確かにそうね……でも、【ヒーロー管理本部】には一枚岩の組織じゃなくて……幾つかの下部組織も存在するの。彼等は自分達の利益優先で行動する。竹山さんも何らかの方法で、私達の動向を察知して先行したみたいね」
橋本二尉の言葉に、めぐみはやりきれないと言いたげな表情を浮かべたが、
「……利益優先、か……。確か、私達以外の人は対象が【超越者】以外でも関係無くやっつけちゃうんだよね……その、普通のヒトでもさ……」
「……そうよ。彼等は【ヒーロー管理本部】以外の誰とでも組むし、我々もそれを止める権限は無いわ。その相手が誰だろうとね」
二人がそんな話をしていると、突然ティンダロスが割り込んだ。
「二人とも、向こうに見つかったから準備してくんない?」
「ふぇ!? は、早くない!?」
装甲車は街道から交差点を曲がり、団地の近くを走る電車の踏切に向かって、昭嶋市図書館の前に差し掛かろうとしていたが、まだ団地の姿は見えていない。
「……あー、そーゆー事。ドローンを地面に這わせてたって訳か」
「地面に……でも、それじゃ凄く小さくない?」
「当ったり~♪ さっすが二尉ねぇ~めぐみとは出来が違うわねぇ?」
「なっ、何よそれ! ……で、どーゆー意味?」
思わず声を荒げかけながら、しかし橋本二尉の意図が判らず尋ねると、
「……私達から見えず、でも向こうが判る為には……小さなドローンを沢山地面にばら蒔いて、振動を感知させて相手の位置を把握する……かしら?」
「たぶんそれだと思うなぁ。街道筋には飛行型ドローンが沢山飛んでたけど、この辺は一切見掛けてないし。きっと上空から私らを目星付けて、近くに来たらおおよその大きさで質量を算定してさ、その質量と同じ位の振動を出す車を見つければ、簡単じゃない?」
そう説明するティンダロスに、橋本二尉がちょっと待って……と前置きしてから、
「でも、そんな事しようと思ったら……一体何台のドローンを操って情報収集しているの?」
「う~ん、そりゃあ……何百台でしょ?」
「……有り得ないわ……」
返す言葉を失う橋本二尉に、ティンダロスは平然としながら答える。
「そう? 相手はあの博士と助手なのよ? マイクロマシン技術を駆使して常識外の対電子戦特化型義体を簡単に組み上げた博士と、その身体に連結対話型量子電脳を合わせた最強のアンドロイドの助手。大量のドローンを束ねるなんて朝飯前じゃない?」
橋本二尉はそう言われて納得はしたようだが、その表情は複雑である。だが、そんな彼女にティンダロスは更に畳み掛けた。
「まぁ、気持ちは判るけどねぇ。あ、そうそう。そろそろ私とめぐみ降ろして、二尉は戻った方がいいよ? ドローンがこの車に照準合わせてるから」
「照準……? ドローン達が?」
「そう。ねぇ、小さなドローンって言っても、豆粒位の爆薬は載せられるかもよ? それが何百と同時に爆発したら装甲車でも耐えられないよ?」
それを聞いた橋本二尉と、無言のまま運転を続けていたドライバーは血相を変えた。
「……ごめんなさい、めぐみさん……そういう訳で、最後まで見送れ無くなっちゃった……」
「いいよ、気にしてないから……そんじゃ、行ってきます!」
「うん……気をつけてね……お兄さんに会えたらいいわね」
「い、今はそれどこじゃないよ!! じ、じゃあね!!」
別れ際の言葉に顔を赤らめながら、めぐみはティンダロスと共に路肩に停まった車両を降り、引き返す橋本二尉を見送った。
「……さて、それじゃ【お仕事】を始めよーか……」
めぐみの言葉を合図に、スーツ姿の女性形態を解いて元の不定形に戻ったティンダロスが、ブレザー姿のめぐみの身体を這い上る。
【ねー、着替え位は本部に置いておけば? 一張羅なんでしょ?】
「え~? 面倒なんだもん!! それに破けたら新しいの買ってくれるんじゃない~?」
【破く前提かよ……まーいーや。ほれ、さっさとメタモルフォーれ】
「ぞんざいだなぁ~! 最後だけ略すなよ……」
僅かの間戯れていた二人だったが、直ぐに緊張感漂う雰囲気へと変わっていく。
【……さーてと……そんじゃいくよ~】
ティンダロスが自らが在った次元と現在居る環境を繋げ、その狭間に生じる【時空の歪み】へとめぐみを巻き込む。
(うぇ……いつもと変わらずビリビリするぅ……)
めぐみの身体は一度分子まで分解されるが、元居た空間に残された魂に引き戻されて、消滅する事は無い。
そして……再び現したその姿は、完璧な【魔法少女】……。
【そのヒラヒラ、何の意味あんの?】
「女の子のロマンよ、ロマンッ!! ……たぶん?」
ヒラリと裾を靡かせて、優雅にふわりと着地するめぐみを(眼があれば)生温かい眼差しで迎えるティンダロスに、疑問形で返しつつ、
「……それじゃ、行きますか……!!」
【魔法少女ティンダロス】として、めぐみは一歩を踏み出した。しかし、白く透き通った手袋に包まれた指をボキボキと鳴らしながら進む姿は……ちょっとイメージと違う感じでは、あるが。
「……で、博士って何処にいんの?」
【判んないまんまで歩くなよ……】
……ついでに当てずっぽうだった。