⑭竹山嬢、監禁される。
私は夢を見ていた。
繰り返し同じ場面、同じ状況の中で、自分が同じ過ちを繰り返し、拒んでも決して止まる事の無い馴染みの夢。
始まりは必ず、十代の終わりに郷里から東京に出て、独り暮らしに馴染み始めた頃の……あの頃の自分の部屋からだ。
寒々しいガランとしたアパートの一室。家財道具は全て処分して何も無い。有るのは僅かな衣服と化粧品を詰め込んだキャリーバッグだけ。借金の支払いを滞って違法な高利貸しを転々とし、身支度を終わらせた私に残された選択肢は……お約束の自殺、だったら少しは可愛げもあったろう。だが、私の選択肢はそんな柔なモンじゃなかった。
職場の飲み屋で偶然知り合った、金は有るが身寄りの無い年老いた資産家の元に転がり込み、付かず離れずの関係を維持しながら機会を待ち、機を見て彼を病死に見せかけて殺し、上手いこと資産だけ手に入れようと画策したのだ。
……紆余曲折を経て迎えた決行の日、けれど間の悪い事に定期検診が舞い込んで彼は病院へ。身体に巡った毒が効力を発揮して死んでくれる筈だったのに、辛くも一命を取り留め、お陰で私の企みはご破算……そして、逮捕勾留……後は刑務所に服役して年老いてやっと放免される……。そう、なる筈だった。
「……君は、自分の能力に気付いていないのか?」
拘置所で面会を希望してきた男は、そう言いながら私に向かってイライラとした態度を隠そうともせず、ボールペンの先を突き付けてきた。
「……能力? はぁ……馬鹿馬鹿しい。ただの保険金詐欺紛いの私が? アンタこそ何様なのよ」
「……私の事はどうでもいい。今は質問に答えてくれればそれで充分だ。……タダでとは言わん。答えてくれた数だけ、勾留期間が短縮するが……どうする?」
……私はそれから直ぐ、素直に答えてやった。
昔から【身に迫る危険】ってのに敏感だった。
借金取りがやって来るタイミングを見極めて家を離れ、最後に逮捕されるまで軽微な犯罪を繰り返しても易々と逃げ回っていられたのは、何かが起こりそうになった時、チリチリと頭の中で火花が散るような感じがして、何かが危険を報せてくれたからだ。
そう告白した瞬間、私は突然言い知れぬ【身に迫る危険】を察知し、椅子から立ち上がって目の前のテーブルの陰に身を隠した。
「……ふん、眼で見てから動いても、間に合わないタイミングだったのだがな……」
テーブルの下で男の声を聴いていると、面会室の四方からジワジワと眼が眩むような光を放つ妙な服を着た、自衛隊っぽい格好の男が突如現れた。
二人が私の両脇に立ち、残る一人は目の前の男の背後に立つと手にしたマシンガンを私に向けて、狙いを定める。
「で、今は危ないとは思わんのか?」
「……さっきとは違って、危ないとは思いません」
私がそう答えると、男はフンとつまらなそうに息を吐いてから、テーブルの上に広げられた資料の紙を手に取り、
「……【危険予知】か……まぁ、合格だが……問題はお前自身がどうするか、だ」
そう言いながら男は資料の【特質者】の文字に赤いペンで輪を書き、私の顔を見た。
……夢は続く。
死ぬ程辛い、って比喩はたまに聞くが、本当に死ぬ程辛い目に遭ったのは初めてだった。
あの時に会った山田、と名乗った男(どうせ偽名だろう)とは、あれから度々顔を合わせた。私の身柄を移送した時や、新しい身分証明を偽装する為に知らない土地の役所を訪ねた時、そして訓練所に放り込まれた時にも現れた。
「お前の能力は、使い道次第で役に立つ。但し、使い方に選択肢は無い」
そう冷たく言い渡されながら、自衛隊の飛行場まで見送りに来た山田に私はどこに連れて行かれるのか、と尋ねたが、
「……日本には非合法的な技術を教える訓練施設は存在しない。だから、お前は一時的に【国際警備会社】に就職してもらう。そこで爪楊枝でヒトを殺せる技術を身に付けろ」
まるで犬に芸を仕込む程度の気安さで告げながら、人間を運ぶ為に飛ばすようには見えない輸送機に乗せられて、荷物のようにハーネスで身体を固定された私を、山田は閉まるハッチの向こう側から見送った。
……その後はお定まりの【地獄のような訓練】の繰り返し。
けれど、私はそこで自分の新しい才能を発見し、訓練を乗り切った。生まれてから一度も触った事も無い筈の【武器】の数々を、ハサミや箸のように平然と扱い、手足のように使いこなしたのだ。それが元々備わっていたモノなのか、【危険予知】の新たな能力の一面なのかは判らないが。
山田と名乗る男は【コーディネーター】と自称していた。
「お前のような社会落伍者の中には、社会から爪弾きにされるだけの理由と能力を持って生まれた奴も、時々現れる。そう言う奴を見つけ出すのが俺の仕事だ」
訓練を終えて、現地の【国際警備会社】で幾つかの非合法な仕事を終えた私は日本に戻り、山田と再び会った時、奴は笑いながら自嘲気味にそう言った。
「……自分の事を棚に上げて、他人にロクでもない事をさせる極悪人さ」
山田とは、その時を最後に会っていない。見た目は悪くなかった奴だが、あの性格とあの仕事では……生涯独身でも不思議ではない。
……まあ、アイツが嫌で無ければ……私は別に……
…………、…………?
「……あ、起きた」
取り留めの無い回想が次第に希薄になる中、少しづつ意識が戻り、やがて頭の上の方から聞こえる博士の声に気付いて私は目を覚ました。
椅子に座ったまま寝ていたのだろうか。それにしては首の付け根に覚えの無い怠さを感じるが……何だろう。
【手荒な事してゴメンね? でも爆弾とかは止めてよね!】
聞き覚えの有る声……甘ったるい子供が絡み付くような喋り方……そうだ、私は彼に……何かされたような?
「……はっ!? ……リュックサックが……無い!?」
「申し訳無いけど、装備は預からせて貰ったよ」
博士の言葉に、自分が捕まった事が再認識される。そうか……この後、私はどうなるんだろうか。
「……一応、身体検査は千乃にして貰ったから、安心して。君には私を含めて男性はほぼ触ってない。さっきの当て身は別だけどさ」
続けて話す博士の告白に、私は一安心した。まあ、本気で抵抗するつもりは無いし、最終兵器までは取り上げられていないようだし……
「……その、言い難い場所に隠してあるモノは、そのままだが……俺達の目の前で取り出せる場所じゃないから、ね」
……あ、バレてた? 確かにそうだけどさ……だっていきなりズボンの中に手を突っ込んでゴソゴソする訳だし、一人きりになれないと出せない場所なんだから。
「……で、私を生かしておいて、どうする気? 間違いなく交渉材料には使えないし、裏切り者としてあんたらに荷担するつもりも無いが?」
私のトゲの有る言い方に苦笑いしながら、博士は正面に座ったまま、事も無げに言い放った。
「……いや、そんなつもりは無いさ。ただ、君がそれを望むなら、って前提だが……」
若干の溜めの後、予想の斜め上をいく事を彼は言ったのだ。
「……この団地に、君も住んでみないかい?」
……はぁ? 何言ってんだコイツ。
「口説くにしても、もう少しマシな誘い文句だってあるだろ? 」
「ん~、いや、そう言う意味じゃないぞ。正確には住み良い団地にする為に協力してくれないか、って意味だ」
……更に意味が判らない。つまり、お隣さんになれと言っているんだろうか?
私の思惑を他所に、博士はもっと意味の判らない事を言い始めた。
「改築して、団地は更に住み良くなる。そうしたら俺はこの団地を【独立自治区】に昇格させて、【超越者】が平和暮らせる場所にしたいんだ」
……私の理解力を遥かに越えた妄言を並べる彼は、でも狂人には見えない理知的な眼差しで説明し始めた。
その話を最後まで聞いた私は、彼等の元を離れて家に帰った。
……その日の朝、所属する【ヒーロー管理本部】に辞表を出してから自宅に戻り、荷物を纏め、引っ越しの準備を始めた。
……あんな面白そうな話を聞いて、何もしないなんて、出来る訳がないだろう? 博士なんて名乗っているが、アイツは稀代の詐欺師かも知れない。でも、一度だけの人生なんだ。
……もう、後悔する人生なんて、まっぴらだ。誰にも邪魔されない生き方を選んでやる。
それにもしかしたら……また、山田が私の元に現れるかもしれない。




