表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

⑬横取りする奴等。




 深夜の首都上空。



 高高度の薄い大気を捉えながら、一機の自立飛行型メガグライダーが滞空し、その機内のコンソールに張り付く一人の男が居る。


 《……出てきたぞ……待ってろよ、今ズームしてやるぜ……》


 マイク付きのヘッドセットを着けたオペレーター役の男が端末を操作し、画面に映されためぐみの口元を拡大解析していく。


 《……あ…き……し、ま……なんだこれ……地名か?》


 男が画像をデータ化し、めぐみのアゴの動きを解析しながら、正確な音声を再現していく。聞き慣れない単語に眉を寄せていると傍らから助け船を出される。


 《……ふぅん……多摩地区か……成る程ねぇ……隠れるには丁度いいか?》


 オペレーター役の男が目的地を検索し、詳細をデータに纏めながら保存し思案していると、傍らに現れたもう一人の男が画面を眺めながら、彼の言葉に続ける。


 《さてな。もしかしたら土地勘が有るから選んだのかもしれんぞ。そんな場所に馴染みがある奴は、東京に居る田舎者だな》

 《おいおい……そーいう差別的な事は言わない方が……》


 オペレーター役の男が後ろを振り返ると、機内の一番奥に人影が腰掛けている。


 服装は体型を見せない為かダボッとした地味な作業着然で、身動きもせず腕を組んだまま顔を伏せ、前髪で陰になって表情は読み取れない。


 その様子に寝ているのかと思った二人だったが、


 《……余計な事を言っても構わな……どさ……ちゃんと仕事し……んない? アンタらと違って、コッチは出来高な……から》


 不機嫌そうな雑音混じりの声がヘッドセット越しに伝わり、それまで饒舌だった二人が沈黙する。


 暫く機内は外を吹き抜ける風の音以外は機器の駆動音のみが響き、言い知れぬ緊張感に包まれていたが、不意にヘッドセットから小さな溜め息が漏れてから、先ほどの声が再び響く。


 《……まぁ、身内の縄張りにドローンを配置しておいた事がバレたって、何も問題は無いでしょ? ……誰だって、互いを警戒して出し抜いて稼いでるんだし……》


 幾分明瞭になった声でそう言うと、機体の中央に透明な遮断ガラスが降りると同時に、後部ハッチが静かに開く。


 ≪……警告……後部ハッチのロックが解除されています……機内気圧が急速に低下する為、迅速に閉鎖してください……警告……≫


 《はいはい……じゃ、そんな感じだからサッサと降りるわ……》


 機体の異常を示す音声に促されるよう、女性特有の声でそう言いながら、座席のシートベルトを外すと人影はハッチの端に手を掛け、躊躇無く漆黒の闇へと身を投げ出した。




 《……行ったな……やれやれ、やっと気が休まるぜ……》

 《そう言うなよ……どこで聞いてるか判らんぜ?》


 暫くしてから、二人の男が会話を再開した頃、グライダーから飛び降りた人物は身体を傾けて速度を調節し、手首に着けた高度計を頼りにパラシュートを開き、音も無く滑空しながら目的地近くのススキが茂る空き地へと着地した。直ぐにパラシュートを回収しながら丸めて畳み、背嚢から小さなビーコンを付けて空き地の真ん中に隠す。


 (……さて、地図通りだと……あれか?)


 データを受信した端末を眺めてから、空き地にしゃがみ込んだまま周囲を見回して、空き地の脇を通る道路沿いに林立する団地を確認すると、人影は静かに動き始める。


 人影は空き地を囲む金網を軽々と飛び越し、道路を横断すると並ぶ他の団地の脇を抜けて、【13】と表示された目標の団地に到着する。そして背嚢から新たに黒い銃のような物を取り出すと、弾倉を装填し上部をスライドさせて弾丸を籠める。


 (……判ってるのは場所だけか……さて、問題は何号室か、だけど……)


 心の中で呟きながら、人影は周囲の様子を窺いながら一階へ上がる階段をゆっくりと昇り、幾つもの扉が続く廊下へとやって来た。


 (……まさか、表札に書いてあったりはしないよね……ッ!?)


 虱潰しに当ても無く探す羽目になるかと思っていたのだが、一番端の扉に真新しい木の表札が掛かり、そこには墨痕鮮やかな手書きの文字でしっかりと、こう記されていた。





 【朝日団地の秘密基地・御用の方は呼び鈴を押して下さい】




 「……ふっざけんなっ!! 舐めてんのかッ!?」


 意外にも鍵の掛かっていないドアのノブを力一杯回しながら引っ張り、今までの隠密行動をぶち壊しながら室内へと怒鳴り込むと……


 「やぁ、お久し振り。そろそろ着く頃だと思ってたよ」


 茶の間の椅子に腰掛けたまま、振り向きながら馬鹿丁寧に世辞を言う博士。その態度に毒気を抜かれ、一瞬固まった所に【ヒグマ怪人】がタブレットを押しながら近付き、


 【ま~ま~、そういきり立たずに座ってお話すれば?】


 暢気な口調で音声出力させながら、膝の裏に椅子を宛がってグイと押したので、その勢いに思わず腰を落とすとテーブルに押し付けられてしまう。


 「【武器の達人(ウェポン・マスター)】の竹山 静子様ともあろう方が、これしきの事で狼狽える筈も無いでしょうが、粗茶をどうぞ」

 「あ、どうも……ってフルネームで言うな!! あと面と向かって二つ名を言うな!! ……は、恥ずかしいだろうが……」


 千乃が差し出したお茶につい手を伸ばしかけて、ふと我に返り激昂した後、バツが悪くなったのか覆面で隠した顔を赤らめながら俯いてしまった。


 「……【ヒーロー管理本部】直轄の【鎮圧部】所属……と、同時に政府に雇われて掃除屋のアルバイトも兼任……ねぇ、公務員が兼業していいの?」

 「……私は公務員じゃない! ……ただ、訳が有って掛け持ちしてるだけだ……」


 現れた時の猛々しさは鳴りを潜め、拳銃を仕舞って言い訳を始める彼女はとうとう顔を覆っていた覆面を脱ぎ、手に掴みながら捻くって黙り込んだ。


 「私は非力で荒事には向いていないから、情報を集めて色々と対策するのが毎度の事でね。……で、あなたがやって来るだろうと思ってこうして待ってたんですよ」


 博士が手にした書面を見えるように差し出すと、それを食い入るように眺めていた静子だったが、やがてプルプルと震えながら、思いの丈をぶちまけた。


 「……お、おいコラっ!! 戦闘依存症だの要治療だのは、まだいいけど、何なんだよ【独身・婚姻の予定無し】って!! 誰に断ってんな事書いてんだよッ!!」

 「……ソッチはいいんだ……わざと書いたのになぁ……つまらん」


 やれやれ、と言いたげな博士の態度にカチンと来て、荒々しく叫びながら奪い取るように書面をひったくり、ビリビリと破いて撒き散らすと被っていたニット帽を床に叩き付けて、


 「もう生け捕りとか知ったこっちゃねぇッ!! ぶっ殺してやる!!」


 叫ぶや否や、眼にも止まらぬ早業で拳銃を抜き出すと、背後に立っていた【ヒグマ怪人】の頭を振り向きもせず、


 ……ポポポシュッ、


 と、撃った。









 ……まぁ、普通は即死だと思うよね?


 ……あ、突然ですが博士です。ハイハイ、いくらサイレンサー付きとは言え、目の前で拳銃ぶっ放されたんだから、もー少し驚けって?


 ……ソイツは、無理な相談だなぁ。


 【もう! いったいなぁ~! あ、血が出ちゃったじゃん!!】


 自分の顔をペタペタと触ってから、まるでケチャップが跳ねた程度のアクシデントみたいにキチンと手をティシューで拭ってから、タブレットに字を打ち込んで【ヒグマ怪人】が怒ってる。ホラね? 大丈夫でしょ?


 「……な、何なんだよコイツ!! 頭を撃たれてんのに平気だぞ!?」

 「う~ん、そりゃ当然だろ? その9ミリ弾頭で彼に致命傷を与えられる訳が無いんだから……」


 また呆然とした後、スイッチが入ったみたいにキーキー騒ぎ出す竹山さん。俺は顎をポリポリと掻きながら、丁寧に説明してあげる事にした。


 「彼はね、見た目は人間だけど、中身はほぼヒグマなんだ。だから筋肉の比率も骨密度も、ほぼヒグマ」


 そう補足してあげると、竹山さんは手に持ったサイレンサー付きの拳銃をジッと見てから、【ヒグマ怪人】の顔を眺めた。視線は彼の顔面に空いた指先位の傷に釘付けだけど、もう血が止まってるって気付いたかな?


 【あー、やっばり弾が残ってゴリゴリする! 博士~取ってぇ~!】

 「はいはい、ちょっと待ってね……えーっと、千乃、ピンセットちょーだい?」

 「はい、博士。優しくしてくださいね」


 タブレットから毎度お馴染みの甘ったるい子供声を出す彼に近付き、千乃から渡されたピンセットを傷口にそっと挿し込み、コリッとした触感を頼りに弾頭を取り出した。


 「ほーら、取れたぞ~。うんうん、先端は見事に頭蓋骨に阻まれて潰れてるね」

 【ふ~ん、だからチクチクしたんだ……もう! 痛いんだからやめてよね!?】


 彼の掌の上に取り出した弾頭を載せてやると、やっぱり無表情。でもショタボイスは感情の起伏も豊かに訴えているんだよなぁ。……誰得なんだ?


 「……9ミリが効かない……効かない……ふ、ふふふ……こ、こうなったらC4で建物ごと……」


 竹山さんがおっかない事を呟きながら、背嚢の中に手を突っ込んでゴソゴソ引っ掻き回し始めたので、


 「ん? しょーがないか……眠らせてあげて」

 【は~い】


 【ヒグマ怪人】にお願いすると、タブレットを持っていない左手を軽く振り上げて、ブラウン管を復活させる要領で手刀を振り下ろす。


 「げっ!? ……ら、乱暴にしちゃ、いやぁ……ぐう……」


 再び妙な事を呟きながら、苦悶の声と共に竹山さんは気絶した。千乃がジロリと俺を睨んだが、乱暴な事なんぞしやしないっつーの……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ