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①団地暮らしの初夜。

この作品はフィクションであり、全て作者の想像の産物です。



 国立照和(しょうわ)記念公園を横目に駅から出発した電車は、モーター駆動特有の身体を後ろに引かれるような、独特の加速感を与えつつスピードを上げていく。


 ……電車で通学していた若い頃の自分は、ボクサーって枕木を眼で数えられるなんて噂を信じて、ドア際に立ってはひたすら下を眺めていたっけ。


 そんな事を思い出しながら車体の揺れに身を委ねて居ると、不思議と微睡みを感じてしまうのは、母親の胎内で体験していた揺らぎに似ているから、なんだろうか。



 ガタタン、ドトン……ダタン、トン……


 電車の天井付近に貼り付けられている路線図の中応(ちゅうおう)線から大梅(おおうめ)線に変わる周辺を目で追い、目的地の停車駅が近付いている事を察しながら車窓の景色を眺める。


 線路の脇に生えたススキが風に身を委ね、波が広がっていくような揺らめきを眺めていると、隣に座る人工知能ちゃんが少しだけ顎を逸らして低い位置から何とか視野に入れようと、背筋を伸ばしたり頭を左右に揺らしたりしている。


 「……見たいなら、抱っこしようか?」


 俺は片目を瞑りながら暫く眺めていたが、つい悪戯心でそう聞いてしまい、言われた彼女はジッと俺の顔を見て、その後勢い良くアカンベーをしてから、


 「……必要ありません。ただ、同じ視界から外の景色を見てみたかっただけです。それに博士と私の座高の高さは七センチしか違いませんし、現在は小学生の成長記録検診でも座高は計測しません」


 と、ピシャリと言って口を閉ざした。でも、ツンと済ました横顔は冷たい印象だが、さっきの言動とセットになると、実に味わい深いな。





 【……東内神(ひがしうちがみ)駅に到着いたしました。お降りの際には……】


 車内に録音されたアナウンスが流れ、プラットホームに電車が到着する。暖房の効いた車内から降りる人々が、一瞬だけ寒さに身を強張らせつつ、疎らな間隔で冬の薄日が差す構内を歩み去っていった。


 俺と共に停車した電車から駅に降り立ち、黒く長い髪をはらはらと風に靡かせながら、駅前のロータリーを颯爽と渡る人工知能ちゃんの小柄な背中を追いつつ進むと、踏み切りの向こう側に大きな団地が姿を現した……


 ……のだが、ちょっと様子がおかしい。次第に近付いて行くと、眼に入る大半の部屋の窓には入居者が居ない事を示す銀色の遮光カーテンが掛かり、多くの居住者が住める五階建ての団地にも関わらず、一階にポツポツと入居者の洗濯物やら何やらが見えるのみ。


 建物の前には各階層毎に区切られた小さな庭が配置されているが、殆ど雑草が生い茂るか、雑草避けのビニールシートが被せられているだけ。それ以外の区域も生い茂るススキや生命力旺盛な草花が勝手気儘に伸び、長く放置されているようだった。


 「博士……ここはほとんど廃墟です」

 「いや……廃墟じゃないから……と言っても説得力無いけど」


 俺は傍らに佇む人工知能ちゃんに反論してみるが、言ってる事はよーく判る。誰が見たって、廃墟一歩手前にしか見えん。


 「……十三号棟の一番端の部屋……ですと、ここでしょうか」


 二人で肩を並べて扉の前に立ち、手にした鍵を差し込みシリンダー錠を回すと、ギギギと重苦しい音を立てながら鉄製のドアが開いた……。






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       稲村皮革道具店本館・謹製


 【朝日団地の秘密基地!!~博士と助手と熊と人~】


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 「うっわ!! この電子レンジ……『エレ◯ク』じゃないか!? まだ動くのかなぁ……」


 俺は目の前に置かれた緑色のレンジ《初芝エレッ○》の独特な横置き糸車型タイマーをカチャカチャと回しながらスマホで写メを撮り、ついでに形式番号を調べて最初期型だと判って軽く興奮した。すげぇな、団地恐るべし……。


 「博士、この炊飯器は『炊飯』と『保温』しかありません。炊き込みご飯モードもおこげモードもないとは……不可解です」


 人工知能ちゃんが同じくタイグァーの炊飯ジャー【炊きつけ!!】とおぼしき特徴的な鍵盤型スイッチを押しながら考え込んでいる。うん、内蔵タイマーとサーモスタットだけでご飯を炊く、シンプルな構造が売りの長持ちしそうな炊飯器だな。ちなみにクルクル回すダイヤル式の後付け時限型コンセントで予約炊飯が出来るようになってるみたいだ。もちろん、そのコンセントも初芝製。


 こうして俺達二人は、前の住人が残していった家電製品に驚きつつ、意外と埃の積もっていない状況に安堵しながら部屋の中を見てまわっていた。


 間取りは3DK、トイレと風呂は別だが、今時珍しいガス釜焚き湯沸かしのみの風呂に温水洗浄便座無しの質素な便器にまたまた驚かされる……異例中の異例で、家財道具一式を残して転居(夜逃げ)した前住人の代わりに、俺達が入居する事になった。(本当は残された家財道具が処分されないと新しい転居者は入れない)


 家財道具一式を置いて居なくなった前住人は、ここでどのような暮らしをしていたのかは、謎だ。古びた電化製品はちゃんと動き、長く使っていなかったようでもない。仕事で家電修理業でもしていたのだろうか。でなければ家電マニアか……ま、いいか。






 今、俺達が居るのは東京都のど真ん中に鎮座する昭嶋(あきしま)市。その東の端に残された近隣最古の公営団地が我々の新しい潜伏先、兼住居……なのだが、サラッと聞いていただけで実際に見てみると大違いである。


 転居を決めてから詳細を知ったのだが、設備が極端に古過ぎて入居者が入らない為に運営公団が取った苦肉の策が『現状維持で自治会に運営を任せてしまう』だそうだ。この後、団地の改築の予定は……まあ、無いだろう。しかし、流石は堅牢な岩盤に基礎をしっかりと打ち付けて建てられた鉄筋コンクリートの頑丈さなのか、建物自体の歪みや地盤沈下は全く見られず、外壁の細かなヒビの補修跡以外は問題は無いようだ……と、言うのが有能な助手の人工知能ちゃんが測量器レベルで観察した感想である。


 ……と、団地を誉めたり(けな)したりしても仕方がない。一先ず次の予定があるのだから出掛けるとするか。


 「いやぁ~、それにしても案外綺麗だったな。ある意味優良物件だったかも知れないぞ?」

 「そうですね。でもテレビはブラウン管でしたから買い換えないと映らないと思います」


 そんな事を話しながら、部屋の外に出た俺と人工知能ちゃんは、二人で並びながら目的地へと歩き出した。冬の太陽は弱々しいが、風が当たり難い団地の狭間は、日陰に入らなければさほど寒くは感じない。


 二人で部屋の確認を済ませてから、挨拶する為に自治会館へと向かった。団地の真ん中にごく普通の公園があり、その敷地内に目的地の自治会が入る自治会館が在った。


 平屋の瓦葺き、漆喰塗りの質素な建物に『朝日団地自治会』とデカデカと書かれた大きな看板が下がり、開け放たれた窓から昼のワイドショーが始まるアップテンポな曲が流れ、自治会長らしき人影がテレビの前に鎮座している様子が窺える。


 「すいません……十三号棟に越してきた安井ですが……」

 「あら? いらっしゃい!! 安井さんですね! お待ちしておりましたわよ~♪」


 入り口の引き戸を開けて、中に声を掛けると……立派なバリトンボイスなのに明るく朗らかな言葉を発しながら現れた自治会長さんは……


 「今日はまだ暖かいからよかったですね~! さ、ご遠慮なさらずに、上がってくださいな?」


 ワンピースを着ていて、見た目は……五十代位かな? ……うん、凄く化粧の濃い……オカマさんだった。


 「そちらは奥様かしら? 美しい方ですわね!」

 「あ……はい、ありがとうございます」


 人工知能ちゃんが一瞬固まった後、天使が舞い降りる音色のような美しい声で答えてくれる。うんうん、実に綺麗な声だと思わないか? まぁ、そりゃそうなんだよ。彼女の声を決める為に六千人以上の声を収録してだな、データ化そして実際に聞いて選定して……その苦労は怪人を作る何十倍もの労力を費やしてだな……でも、まだ固いよな……だから、


 (博士、考え事は後回しにしてください)


 ……む? あー、すまんすまん……彼女の声の事を考えると、ついつい時間を忘れてしまうんだよ。で、何か用かい?


 (……入居手続きが済んでませんよ? とにかく今は怪しまれないようにキチンと終わらせてください)


 いていて!! 判った、判ったって……人工知能ちゃんに腿をつねられながら、俺は現実(オカマさん)と向き合う事にした。




 「……はい、これで完了です! では、こちらの合鍵二つをお渡ししますので、マスターキーは大切に保管してくださいね」

 「はい、お手間取らせました……確かに受け取りました」


 俺が手渡した住民票と入居費振り込み口座用紙を受け取りながら、代わりに手渡された【入居の際の注意事項】の紙に目を通しつつ、合鍵とマスターキーを受け取った。


 「入居費の引き落としは月末なので、何か有って月を跨ぐ事が有ったら早めに教えてください! ま~、そんな事は無いと思いますけど……」


 自治会長さんの言葉に、俺は頷きながら格安の入居費二万円に想いを馳せた。確かに安いよな……でも、自動車所有は特別な理由が無いと許可されず、エレベーターも無い環境なら当然だと思うんだが……。




こうして博士は団地での第一夜を過ごすのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ┃ΦωΦ)〇芝エ〇ックさん(笑)TVCMのとき『さん』付けだったっけ。
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