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迷宮街血風録  作者: 天堂秋男
第一章 新宿迷宮街
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屠龍剣・木霊返し

 話は昨晩に戻る。


 ミヨサワ・マコの命を狙った二人が返り討ちにあった件は、探索者集団〈斧頭団〉(アックスヘッズ)へ昨晩のうちに伝わっていた。

 自警団〈血染めの外套〉(ブラッドコート)のメンバーは、ほぼ全員が副業を持っている。

 構成員が町中で働いているから、その諜報能力には意外と侮れないものがあった。

 だが、素人の悲しさで防諜はサッパリ駄目だった。末端ではあるが内部に金を握らされた協力者が居たのだ。


 〈斧頭団〉(アックスヘッズ)幹部のうち残った三名は、各々が見事に対照的な動きを見せた。


 幹部のうち最も若かったニイクサ・カイトは、自ら〈血染めの外套〉(ブラッドコート)の事務所へ出向いた。

 そもそもニイクサは、借金や暴力を伴う恫喝により他の幹部からは半ば奴隷のように扱われていた。

 今回の件を好機と捉えた彼は、自分の家族の保護を条件に、〈斧頭団〉(アックスヘッズ)壊滅に率先して協力した。

 他人に強制されたとはいえ余罪はあるだろうが、三権分立もクソもない世の中なので全て有耶無耶になるだろう。

 生きている被害者はニイクサに受けた仕打ちを決して忘れないし、彼自身が誰よりも自分の罪を自覚していた。


 チームの金庫番だったコンノ・タツキは、陽が昇るよりも早く殺害された二名オノダ・ショウキとヨキ・サトシのヤサへと潜入。その財産を根こそぎ奪った挙げ句に新宿からの逃亡を図った。

 が、ニイクサのタレコミを元に動いていた〈血染めの外套〉(ブラッドコート)の目は欺けず、戦闘能力もメンバー内では最弱クラスだった為、アッサリとお縄になってしまう。

 「俺じゃない」「あいつ等がやった」「知らない」「済んだこと」

 彼の言い分が通るか否かは、最終的には新宿の住人たちの手に委ねられる。


 チームの頭であり、殺害されたオノダ・ショウキの兄であり、同じく殺害されたヨキ・サトシとは昔からの友人であったオノダ・レンセツは、すぐさま報復のため人を集め始めた。

 とはいえ、ゴロツキ連中が朝から勤勉に働くわけもなく、実際の行動は昼以降になってしまうのだが。

 「若い女」「他所者」「刀を二本所持」「黒髪のポニーテール」「ペットの白猫」「魔獣使い」etc...

 賞金に目が眩んで集まったゴロツキ共は、僅かな情報を元に町を走り回る。

 それらしき女が〈玉藻園〉へ入っていったという情報を、彼らが得るのは時間の問題だった。



     *****



 路地のど真ん中で一組の男女が、口角泡を飛ばして互いを恫喝していた。


「手前ェらが匿ってンのは分かってンだよォ!!」

「だから知らねえッつってンだろ、証拠見せろや! あ゛あ゛ぁ!?」

「入ってったトコロを見た人間が居ンだよォ!!」

「こっから先が〈画餅肆〉のシマだって手前ェ分かってンのかっ、あぁ゛ン?」


 彼と彼女の背後には、各々その仲間たちが控えていた。

 強引に押し通ろうとする男どもと、そうはさせまいとする女たち。

 総勢で四〇人ほどの人間が二つの集団に分かれ、狭い路地の突き当たりで対峙していた。


 男たちは報復のためオノダが掻き集めたゴロツキどもだ。

 その大半は迷宮の第一~二階層をウロウロする半端者たちだった。

 何の訓練もされていない有象無象だが、日頃から暴力に慣れ親しんでいる彼らを侮るのは危険だ。


 女たちは、ピナ・クレインがオーナーを務める〈よろずや画餅肆〉の従業員で主に構成されていた。

 彼女らは装備でも練度でも相手側を上まわっているが、実戦経験が致命的に足りていなかった。

 自衛のため武器を手に取った者たちだ。自ら好き好んで暴力を振るう人間ではない。

 人としての真っ当さが、真っ当ではない局面で足枷になる。

 女たちの側に数丁ある猟銃や拳銃が火を吹けば、男どもの側には確実に多数の死傷者が出る。

 だが、それ故に、簡単には先に引き金を引く決断が出来ない。

 そして、いったん乱戦になってしまえば、女たちも何人かは無事で済まないだろう。同士討ちで仲間が傷つく可能性もある。

 ゴロツキどもはその躊躇を敏感に嗅ぎとっていた。


 睨み合う両陣営から気の短い者たちが、相手を威圧せんと叫び声をあげる。

 暴力の気配が路地に満ちていく。危うい兆候だ。

 彼ら、彼女らは自らを奮い立たせ、精神状態は日常から非日常へと移っていく。

 興奮が最高潮に達したとき、実際の暴力が振るわれるだろう。

 辺り一帯は、何かの切っ掛けで今すぐ爆発しそうなほどの緊張感に包まれていた。


「みんな暇なの……?」


 門柱の陰に隠れ通りの様子を窺っていた少女が、背後からの声に慌てて振りかえる。

 翻った前掛けには<画餅肆>のロゴが描かれていた。


「ひゃっ、わっわっ」


 声の主を目にして彼女は小さく悲鳴をあげる。

 若い女性、町では見ない顔、刀、ポニーテール、etc...

 今まさに騒ぎの渦中にある人物に間違いなかった。

 自分の顔を凝視する少女に目もくれず、ノゾミは門を通って正面から路地に出ようとした。


「まままま待ってくださいッ」

「……あのね、あなた。迂闊に他人の武器に触れたら下手すりゃ殺されるわよ」


 ノゾミが振り返ると、少女は青い顔で立ち竦んでいた。咄嗟に掴んでしまった鞘から、震える手をおそるおそる離した。


(そこまで脅すつもりは、無かったんだけど……)


 僅かに罪悪感を覚えて、ノゾミは自分から声をかけた。


「どうしたの?」

「あ、あ、あの人たち、アナタを探してるんですよっ!?」

「そうみたいね」

「殺されちゃいますよ!? 他の出口に行きましょ、ねっ?」


 赤の他人を心配して匿おうとする少女を、新鮮な驚きと共にノゾミは見ていた。


(なるほどね……)


 ノゾミはピナのことを、新宿の顔役にしては些か性急に過ぎると感じていた。

 彼女が何を焦り、何を守ろうとしているのか。その姿が朧気ながらノゾミにも見えつつあった。


「だから笑いごとじゃないんです――って、なんでこの状況で笑えるんですかっ!?」

「あぁ……」


 ――私、笑っていたのね。

 今度は意識して、ノゾミは獰猛な笑顔を見せた。少女は余計に怯えた。


「あなたが思っているようにはならないから、大丈夫。ただ、少し刺激が強いかもしれないけど」


 そう言い残すと少女が止める間もなく、ノゾミは敷地の外へ出る。

 人混みを掻き分け彼女が最前列に出ると、ゴロツキのひとりが彼女を指差しながら大声で喚いた。


「やっぱり匿ってやがった!!」


 男と言い争っていた女が振り返り、ノゾミを目にした途端に絶望の叫びをあげる。


「ナンで出て来ちまうンだよぉ――ッ!?」

「私の喧嘩だからよ」


 ノゾミの返答に絶句する女をよそに彼女は前へ出る。殺気立つゴロツキの集団を目にしても平然としていた。

 口汚く喚く連中の顔をひとり、ひとり、確かめるよう順に見ていった。


(なんて嫌な顔……)


 先ほど暖まった心がみるみる冷えていくような。

 こんなモノを見せられるぐらいなら、いっそ逃げてしまえば良かったとすら思う。

 こみ上げる不快さを噛み殺したノゾミは、先ほど先頭で声を張り上げていた男に話しかけた。


「要件は?」

「手前ェ――」


 ほとんど習い性で、相手を威圧する罵声を浴びせようとした男は、喉まで出かかったソレを慌てて飲み込んだ。

 理由のわからない悪寒に襲われた。彼にしか聞こえない警報が過去最大レベルで悲鳴をあげている。

 これまでの人生、危険を察知する才覚だけで生き延びてきた彼は、己の直感に従って態度を改めた。


「昨晩アンタが(バラ)したモンの身内が、アンタに話があるそうだ」


 途端、背後のゴロツキどもがやんやと囃し立てる。男の弱腰を嘲笑っているのだ。


(馬鹿がっ!!)


 苦り切った表情の男を、ノゾミは冷めた目で見ていた。


「長生きしたいなら、友達はもっと選んだ方が良いわよ」

「…………」


 男には一言もない。まさしくその通りだからだ。


「用があるなら自分で来い――と、言いたいところだけれど。あなたにそれを言っても仕方ないでしょうね」

「頼むから止めてくれ」


 男の喉から、惨めなほど弱々しい声が出た。



     *****



 新宿迷宮街の中央には、石畳の敷かれた広場がある。

 そこは市が開かれたり、祭りやぐらが組まれたり、罪人が処刑されたり、探索者(シーカー)同士が決闘したりするのに使われる。

 がっくりと肩を落とした男を先頭に、背後にゾロゾロとゴロツキを引き連れた状態でノゾミがやって来ると、広場を取り囲んでいた人波が二つに割れた。


「やっぱり、みんな暇なんじゃないの?」


 嫌悪も露わにノゾミが周囲に目をやれば、戦いを見逃すまいとする者、歓声をあげる者、賭をする者、酒杯を呷る者と色々だ。

 しかし、彼女の問いに答える者はない。


 広場の中央には、ひとりの男が立っていた。

 全身を金属の鎧で固め、尋常ではなく巨大な両手斧を携えていた。

 人の胴体を両断できるほど巨大な刃を持った戦斧は、おそらく五〇キロ近い重さがあるだろう。

 常人が使う斧の十倍は重い。これを自由に振り回せるだけで人間の域にはいない。

 彼はその斧に見合うだけの立派な体躯をしていた。ノゾミはその巨体と顔つきに見覚えがあった。

 大男は、近づいてくるノゾミを見た途端、パチパチと目をしばたたかせた。


「クッ、クッ、クッ……」


 喉から漏れた笑い声は、やがて哄笑へと変わる。

 突然の反応に、周囲の人間たちは意味がわからず戸惑うばかりだ。

 ただひとりノゾミだけが静かに相手を見据えている。

 やがて笑いの収まった大男は、小さく口内で呟いた。


「酷ぇな。こりゃあなんの冗談だ?」


 思わず愚痴が口を衝いて出た彼は、しかし、すぐに気を取り直して名乗りを上げる。


「お前が殺したショウキの兄で、サトシとは友人だったレンセツと言う。要件は分かるよな?」

「九頭流、シラヤマ・ノゾミ」


 短く名乗り返したノゾミは、背後を指し示しながら尋ねた。


「あの連中は助っ人?」

「いや」


 レンセツは首を横に振った。


「あんたを此処に連れて来るため雇っただけの連中だ」

「そう、良かった」


 彼らが果たし合いの助っ人であれば、全員を斬り捨てる必要があるからだ。

 彼女が口にした言葉の意味に気付いて、レンセツが苦笑いを浮かべた。


「……俺が言えた義理じゃないが、弟は根っからクズだった。碌な死に方はしないと思ってたよ」

「そう」

「人生ってのは上手く行かねぇもんだな」

「そうね」


 両者は後ろに下がり、七メートルほど離れて対峙する。

 片や二メートル近い大男が、ミスリルの鎖帷子を金属の板金(プレート)で補強して着込み、頭にも鉄兜を被り、両手で巨大な戦斧を構えている。

 対する女は背丈こそ並よりは少し高いが、スカジャンにジーンズの軽装で、鞘に収まったままの刀を一本携えているだけだ。

 普通に考えれば、もはや果たし合いではなく一方的な処刑にしか見えない。


「おいおい、真剣(マジ)()るのかよ」

「勿体ねェ……」

「誰か助けてやれよ」


 見物する人々は口々に言うが、本気で果たし合いを止めようとする者など居ない。

 探索者(シーカー)は迷宮から富をもたらす存在だが、同時に嫌われ者の鼻つまみ者でもある。

 自分たちに被害が及ばなければ、互いに殺し合うのは「勝手にやってろ」というのが正直なところで、〈斧頭団〉(アックスヘッズ)もご多分に漏れず町での評判は悪い。

 今も観衆の中にあって、彼らへ嫌悪や憎悪の眼差しを向ける者は少なくない。


 衆人環視の中、レンセツが懐から何かを取り出す。毒々しい色をした水薬(ポーション)だった。

 彼は瓶の中身を一息で飲み干すと、空き瓶を地面に投げ捨てる。

 足の裏で踏み砕かれた瓶が耳障りな音を立てた。


「グゥ゛ゥ゛ゥ゛……」


 レンセツは全身を震わせ、喉から獣じみた唸り声を漏す。

 目は充血し、歯を剥き出しにした口から泡を噴き、皮膚の至るところに血管が浮き出ている。

 彼の尋常ではない様子を目にした観衆がどよめき、あちこちから歓声や悲鳴が起こる。


「〈狂化薬〉だっ!」


 観衆の中から誰かの叫ぶ声がした。

 今から流れる血への期待感が、暴力の熱狂が広場を覆う。


「勝ち筋を見誤ったな、レンセツ!」


 大喝と共にノゾミは刀の鯉口を切った。


「オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛――ッ!!」


 耳にした者の魂を凍らせるような雄たけびをあげ、レンセツは七メートルの距離を一瞬で詰める。

 あまりにも強い踏み込みが地面の石畳を砕き、破片が周囲に散らばる。

 巨大な鉄塊が、稲妻の速さで振り下ろされた。

 叩きつけられた戦斧が地面へ巨大な穴を穿つ。

 そのとき観衆は確かに、大地が轟音と共に震えるのを感じた。


 神速の一撃をノゾミは後ろに退いて躱した。

 いつの間にか抜き放たれた闇夜のように黒い刃を、片手で無造作に下段で構えている。

 対するレンセツは、一撃を加えた体勢のまま微動だにしない。

 観衆は静まり返った。


「フ――ッ」


 静寂のなか、ノゾミが、肺から搾り出すように大きく息を吐いた。

 構えを解くと、ポケットから取り出した懐紙で刀身を拭って、刀を鞘に収める。

 彼女は、未だ身動きひとつしないレンセツへ一礼すると、後ろを振り返って歩き出した。

 両者の行動に、観衆から戸惑いの声が漏れた。


 チリン、チリンと、微かなその音に、最初に気付いた者は果たして誰だっただろうか。

 切断されたミスリル製の鎖が、零れ落ちて石畳を打つ音だった。

 支えを失った戦斧が石畳に転がり大きな音を立てた。

 鉄兜と鎧ごと縦に両断された巨体が、ぐしゃりと倒れて地面に血だまりが広がる。

 数人の観衆から悲鳴があがるも、それは次第に途切れていった。


 無言の観衆が、ノゾミの歩みと共に道を開けていく。皆の表情には明らかな怯えが見て取れる。

 ノゾミの進む先には、彼女の荷物を抱えたシノブの姿があった。

 ノゾミは、なんの表情も浮かんでいない顔のまま無言で右手のひらを突き出した。

 呆けていたシノブは我に返ると、動揺も露わな様子で彼女の荷物を手渡した。


 荷物を受け取ったノゾミが広場から悠然と立ち去る姿を、その場にいる全ての者が沈黙のうちに見送った。

 彼女に声をかけられる者は誰ひとりとして居なかった。

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