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迷宮街血風録  作者: 天堂秋男
第一章 新宿迷宮街
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精霊使いの庭

 シロは、少し歩いたところで裏路地に入っていった。

 増築を重ねて三~四階建てになったバラックが路地の両側に並び、周囲は昼間なのにどことなく薄暗かった。

 大通りから通りを一本挟んだだけなのに、あちらに比べると道を行く人影は極端に少ない。

 しかも常に誰かが見張っているような気配がある。

 ここではノゾミが歓迎されざる他所者であるのは明白だが、彼女は臆することなく通りを奥へ進んでいった。


 路地の突き当たりには立派な門があった。門は両開きの鉄格子で、前には警備員も立っている。

 警備員の装備は地球と異界(アンヌン)のハイブリッドで、短機関銃に加えて腰には小剣も吊るしていた。

 ヘルメットを被り顔を覆面で隠しているが、背丈や身体つきからして女性のようだ。

 警備員の横を通り過ぎたシロは、そのまま鉄格子の隙間をすり抜け中へと入っていった。


 ノゾミは門の前で立ち止まり向こう側を眺める。

 そこには、この場所がまだ「新宿御苑」と呼ばれていた頃と同じに、人の手が入った緑が残されていた。


(さて……)


 フェンスを乗り越えることは造作もないが、昼間から堂々と不法侵入というのは流石に気が進まない。

 ノゾミが悩んでいると、目の前で鉄格子の門がひとりでに開いていく。

 警備員に目をやれば、彼女は無言のまま一礼し手振りで中へ入るよう促してきた。

 ノゾミは警備員に軽く会釈を返すと、誰のものとも知れぬ敷地の中へ入っていった。



     *****



 門を潜った先には木々に囲まれた池があり、その中央に浮かぶ島まで橋が架かっていた。

 中央の小島には、日除けの野点傘と床几が設置されている。

 床几に座って待っているのは、ノゾミをこの場所へ招き入れた当人だろうか。その後ろには使用人らしき者も立って控えている。


 橋を渡って二人の方へ近づいて行くうちに、ノゾミは喩えがたい未知の違和感に囚われていた。

 更に近づいて、彼女は違和感の原因に気づいた。

 緑を基調にした単衣の着物に身を包み、膝の上で丸くなったシロを撫でている女性。

 その、腰まで届く長い金髪の両側から、先端の尖った耳が突き出ている。

 彼女はエルフだった。


 いま地球にいる人間以外の知的生命体は、全て異界(アンヌン)からやって来た者たちだ。

 その為には、大迷宮の最下層にある〈門〉を通る必要がある。

 目の前の女性は地球にいるエルフという時点で、〈竜殺し〉(ドラゴンスレイヤー)〈巨人殺し〉(ジャイアトキラー)と呼ばれるような人物。あるいは、そういった人物を何人も雇える身分で、自分もある程度は戦いの技を身につけた者なのだ。


 背後に控えていた、髪をツインテールに結った給仕服の少女が小さく頭を下げる。

 ノゾミはすぐ床几に座らず、立ったまま給仕の顔をまじまじと見ている。

 視線に耐えられなくなった少女は躊躇いつつも尋ねた。


「……ワタシの顔になにか?」

「頭巾の下はそんな顔だったのね」


 目を見開いたツインテールの少女――ハンゾウの驚きをよそに、ノゾミは荷物を足元に置き床几に腰かけた。

 二人のやり取りを、向かいに座るエルフの女性は笑顔で見守っていた。

 ノゾミをこの場へ導いた張本人といえば、そのエルフの膝で丸まったまま大きなアクビをして見せた。

 ハンゾウがここに居る以上、得体の知れない気配を身に纏う目の前のエルフも、前日の件と無関係ではあるまい。

 シロをジロリと睨んだノゾミが冷えきった声で告げた。


「しばらくはオヤツ抜き」

「ニ゛ャッ!?」

「あまり叱らないであげてね。私が頼んだのだから」


 ノゾミに跳びかかろうとするシロを手であやしながら、エルフの女性が口を開いた。

 続いて、彼女は胸の前で拳を握る異界(アンヌン)式の礼をして見せた。

 ノゾミも同じ礼で応じる。


「ピナ・クレインです。どうぞ、お見知りおきの程を」

「シラヤマ・ノゾミよ、宜しく」

「昨晩のご活躍については、既にシノブから」

「シノブ?」


 訝しげな顔になってノゾミがハンゾウへ目をやると、既に衝撃から立ち直っていた彼女が種明かしする。


「この格好でハンゾウなんて名乗ったら、目立って仕方ないでしょ」

「……そっちが素なの?」

「素とか無いから。ニンジャだから。身分偽装(カヴァー)ぐらい当たり前だから」


 ノゾミは思わず雇い主の顔を窺った。


「彼女これでいて意外と優秀なんですよ。使いどころを間違えなければ」

「それは大抵、誰だってそうでしょ」


 容赦のない指摘で、ピナの笑顔に若干の陰りが見えたのは気のせいだろうか。

 彼女は話題を変えるように切り出した。


「とりあえず、お茶にしましょうか」


 ハンゾウ改めシノブがお茶を用意する。変装でやっている女給の割には如何にも手慣れていた。

 わざわざ、この場でお湯を沸かせるマジックアイテムまで用意してある。

 お湯が沸くのを待つ間に、しばしの沈黙が訪れた。

 お茶請けの団子を頬張りながら、ノゾミはのんびりと気持ちで庭園を眺めた。


 吹き抜ける風が池にさざ波を立てると、その水面を割ってカイツブリが浮かんでくるのが見えた。

 他にはコサギやカルガモの姿も見える。まるで水鳥たちが一時の涼を得るため集っているようだ。

 人間には住み辛い土地になった東京だが、どうやら鳥たちにとっては事情が違うらしい。


(ハンモックとかデッキチェアとか、そういうの欲しくなるわ……)


 町の外にあるのは廃墟か、人間を拒む剥き出しの自然ばかりで、心安らぐロケーションというのは滅多に存在しない。

 出されたお茶も悪くなかった。ノゾミは玉露を飲んだことはなかったが、いつも口にしている代用茶よりはずっと高級なのは見当がついた。

 そうして彼女が久しぶりに穏やかな時間を満喫していると、用事があるらしいピナがとうとう沈黙を破った。


「シラヤマさんは新宿には、迷宮が目当てで?」

「ええ」


 隠す必要もないので素直に答えた。ノゾミが逆に問い返す。


「クレインさんは、〈地下研〉の偉い人だったりするのかしら?」


 〈地下研〉すなわち〈地下迷宮戦術研究会/ダンジョン・タクティカル・スタディーズ・アソシエイション〉は、地球のフィクションに影響されたある異世界人が、異界(アンヌン)で立ち上げた組織だ。

 設立の際には「別に『冒険者』でも『ギルド』でも無いよな」という話になったとか何とか。しかし一部の人間からは冒険者ギルドと呼ばれているし、それでも普通に通じている。

 もちろん、超法規的な国を超えた繋がりがあったり、組織の施設内が治外法権だったり、構成員が一般市民の義務を免除されたりといった優遇は(残念ながら)無い。

 そもそも、地球にある〈地下研〉の支部は、守るべき法律そのものが存在しない地域にある場合も多い。


 日本国内にも幾つかある迷宮街においては、〈地下研〉の幹部はかなりの重要人物だから、そういった人物が新宿の顔役であっても不思議はない。

 ノゾミはそう考えたが、ピナの答えは違った。


「いいえ、人の住む町の運営にエルフが口を挟んでも、良いことなんてありませんから」

「……それは差別とか?」

「まあ、無いとは言いませんが。それよりも根本的な問題は寿命の違いでしょう」

「エルフの国って権力者の腐敗とか、きっと大変なんでしょうね」

「フフフ」


 わりとシャレにならない問題らしい。どこか遠い目になったピナは笑って誤魔化した。


「私は新宿迷宮街を立ち上げる際に出資しただけですよ。それが縁でこの場所も」

「十分に凄いと思うけど」


 もっぱらブチ壊したりブッ殺したり専門の自分を顧みて、ノゾミは素直に感心していた。

 彼女は投機だの投資だの持ちかけてくる手合いにはウンザリしていて、とにかく苦手意識しかなかった。

 二人がお茶とお菓子の時間を十分に楽しみ、とりとめの無い会話も一段落すると、盆に乗せられた金属製のカードがノゾミへ差し出された。


〈巨人の財布〉ジャイアント・ウォレット?」

「東では〈魔女のがま口〉(ウィッチ・パース)と呼んでいますが、まあ、要するに同じものですね」

「それで?」

「差し上げます」


 ノゾミは眉間にシワを寄せ渋い顔になる。

 屋台のオヤジも持っているような品だから、西でそうだったように、身元の保証さえあればすぐ手に入る品だろう。

 もっとも、目の前の〈魔女のがま口〉(ウィッチ・パース)には、金が幾ら入っているかまだ分からないが。

 しかし……。


「貰う謂われがないもの」

「ミヨサワさんを助けて頂きました」

「私が勝手にやったことよ」

「シラヤマさん……」


 ピナは、それまでずっと浮かべていた笑みを引っ込めると、真剣な顔でノゾミに言葉を投げかけた。


「誰の味方にもならないままでいたら、下手をすれば全員が敵ですよ」

「……ご忠告をどうも。お茶をありがとう、お邪魔するわ」


 ノゾミは席を立つ。それまでピナの膝で寝ていたシロが、目を覚まして地面へ飛び降りた。

 駆け寄ってきたシロを抱き上げたノゾミは、足元の荷物に手を伸ばしたところで、その手を止める。

 ノゾミは天を仰ぐ。空の高いところで一羽の大鴉が、悠然とその翼を広げ飛んでいる。

 双眼鏡で見る者が居れば、その鴉には足が三本あることに気付いたかもしれない。

 視線を空から地上に戻したノゾミは、腕の中にいるシロを下に降ろすと、二本ある刀のうち黒塗りの鞘の方を手に取った。

 それまで後ろに控えていたシノブが、険しい表情でピナを庇うように前へ出る。

 ノゾミは目の前で自分を睨むシノブを無視し、その背後にいるピナを問い質す。


「これは、あなたの手引き?」


 ノゾミの問いかけに、ピナは困惑で眉をひそめた。

 ハッと表情を変えたシノブが、エプロンの下から無線機を取り出しスイッチを入れた。


「B-9より各員へ、状況を報告っ」

《N-5よりB-9、異状は認められません》

《N-4、異常なし》

《N-3よ、特に異常ないわ》

《こちら正面ゲート……あの、ちょっとマズイかも……》

「『マズイかも』じゃ分かんないでしょ!?」

《ご、ゴメンなさいぃ。ええと――》


 無線会話はまだ続いていたが、既にノゾミの姿はそこに無い。

 恐るべき速度でひと息に庭園を走り抜けると、既にその正面ゲートへ到着しようとしていた。

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