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迷宮街血風録  作者: 天堂秋男
第一章 新宿迷宮街
3/7

血染めの外套

 背後からサトシのちょうど盆の首あたりに噛みついていた白猫は、彼の背を蹴って宙返りを決めると、音もなく床の上に降り立った。

 大きく開いた口から、大人の人差し指ほども長さのある牙が二本生えていた。

 サトシは、糸が切れた操り人形のように力を失うと、床に崩れ落ちたきり二度と動かなくなった。

 倒れたサトシの首筋には二つ穴が空いている。傷口から溢れた血が床の上に広がっていった。

 白猫が舌を出してその血を舐めようとすると、ノゾミが後ろから近づいて白猫の背中を掴んで持ち上げた。

 白猫は抗議するように低い声でニャアと鳴いた。


「シロ、人間の町で暮らすつもりなら、それは我慢なさい」


 人の言葉が理解できるのかシロと呼ばれた猫が口を閉じると、伸びていた牙がスルリと奥へ引っ込んだ。

 それでもまだ諦めがつかない様子で、ウニャウニャと要領を得ない念仏のような鳴き声をあげている。

 ノゾミが持ち上げていたシロを床に下ろすと、シロは廃屋を飛び出して、そのまま闇夜の向こうに姿を消してしまった。


「さて……」


 ひとり残されたノゾミは辺りを見回した。

 部屋の中には死体が二つ。加えて、攫われてきたらしい半裸の女がひとり気を失って倒れている。

 女の怪我の様子だけを検めて、あとは知らぬ顔の半兵衛を決め込もうか?

 面倒になってきて、半ば本気でそうしてやろうかと思いつつ、身体はノゾミの思いとは裏腹に後始末をし始めていた。


 攫われてきたらしい女の傷は手持ちの「〈上級回復薬〉(ハイポーション)で治療し、奥の部屋にあるソファーへ寝かせた。

 次にノゾミは、自らが殺害した男たちの持ち物を改めるが、身元の手がかりになるようなものは見つからなかった。

 なにかが書き留めてあるメモを見つけたが、符牒が使われていて、他人が読んでも内容はわからない。


(困ったな……)


 どうやらあの二人組は単なる強姦魔ではなく、裏家業を生業としている者であるらしい。

 男二人の雇い主が組織的なものであった場合、あるいはそもそも二人が組織の構成員であった場合、報復にくる相手と更なる争いになるだろう。

 まだ新宿に着いてもいないのに、厄介ごとに巻きこまれつつある。ノゾミは溜息をついた。


 最後に遺体の始末が残った。

 とはいえ、詳しい事情が分からないから、勝手に遺体を燃やしたり埋めたりするのは如何にも不味い。

 この廃屋の物置から失敬した毛布で遺体を包み、部屋の隅に並べて寝かせた。


「…………」


 ノゾミは両手を合わせ目を瞑った。彼女は別に仏教徒ではなかったが、他に弔いの作法を知らなかった。

 この百年で地球土着の信仰は、その多くが大きな変質を遂げている。

 なにせ異界(アンヌン)由来の神には、〈奇跡〉という形で現実的な御利益が目に見えて存在するのだ。

 文明崩壊後の混乱期にそれが、どれだけの救いを地球人にもたらしたか。

 地球の信仰がすべて途絶える事態には至らないまでも、大きな変化は避け難かった。


 そういえば――と、ノゾミは思い返す。

 ゴロツキの手より救い出した女性も、異界(アンヌン)様式の僧服を身に纏っていた。

 宗教がらみの揉め事に巻き込まれた可能性に思い至り、目を瞑っていたノゾミの眉間に深いシワが刻まれる。


 その時、部屋の中にコン、コン、とノックをするような音が響いた。

 出入りできないよう木板で塞がれている窓を、外から誰かが突いている。

 ノックの音に続いて鳥の羽ばたきが聞こえ、それが遠ざかると部屋は再び静寂に包まれた。

 すぐさまノゾミは刀をひっ掴むと、廃屋の外へ出た。


 ノゾミは、廃屋の出入り口より漏れる光の中から、闇の中へと無造作に踏み込んでゆく。

 コンクリートと砂利の混ざった地面を踏みしめる音が周囲に広がり、夜の向こうへ消えていった。

 薄曇りの夜空に月が微かに見える。降り続いていた雨は大きく勢いを減じ、今や雨具は要らないほどになっている。

 瓦礫や雑草の影から虫の鳴く声が聞こえる。どこか離れたところからはカエルの声もする。

 ノゾミが廃屋の脇へぐるりと回り込むと、元々は駐車場だったらしい開けた場所へ出た。


「事情を知っているなら、話が聞きたいのだけど」


 ノゾミは暗闇の向こうへ、誰とも知れぬ相手へ呼びかけた。

 しばらく待っても反応がない。ノゾミは重ねて呼びかけた。


「覗き見したいだけなの? 用事があるならさっさと済ませて」


 周囲に転がる大きな瓦礫の中からひとつを、鞘に収められたままの刀で指す。

 やがて観念したように、コンクリート塊の向こうからひとりの人物が姿を現した。


「拙者の隠形を見破るとは、お見事にござる」

「……ゴザル?」


 微かな月明かりに照らされたのは、暗緑色の忍び装束に身を包んだ人物だった。

 無理に低い声を出そうと努めているようだが、隠しようもなく若い女の声だ。


「……ニンジャ?」

「左様」

「左様って」


 ノゾミの困惑を他所に、ニンジャは尋ねた。


「其方こそ何者でござるか? よもや人攫いの仲間ではあるまい」

「何故そう思うの?」

「勘でござる」

「勘、ねぇ……」


 そんなに不確かな根拠でなにを言うか。だが現に当たっているのだから、それで不都合はないのか。

 ノゾミが判断に困っていると、ニンジャは更に尋ねた。


「して、ミヨサワ殿はあの建物の中に?」

「それが長い茶髪で僧服の、攫われてきた女性のことなら」

「悪漢どもは?」

「二人始末した。残りは?」

「なっ」


 ノゾミの言葉にニンジャは小さく驚きの声をあげた。


「……拙者が知る限りは居らぬ。してミヨサワ殿は大事ないか?」

「ええ、怪我をしていたけど、傷はもう癒したから」

「それは重畳、かたじけない」


 廃屋に向かおうとするニンジャを、ノゾミが鞘に入ったままの刀で制した。


「いったいナンでござるか!?」

「いや、貴方が何者かわからないでしょ」

「もちろんミヨサワ殿を助けに参った者でござるよ。フィーリングでわかるでござろう?」

「フィーリングで判断するけど、あなた百点満点の不審人物よ」

「フッ、我が心と行動に一点の曇りなし。全てが『正義』でござる」

「言葉だけなら、それ以上なにを言っても無駄よ」

「むむむ」


 会話が微妙に成立しない。あのゴロツキ二人の相手よりも疲れる。


(いっそのこと簀巻きにして、あの女性が目を覚ますまで床に転がしておこうか? いや、それなら――)


 ノゾミの脳裏に物騒な考えが、浮かんでは消えていった。


「なにか良からぬことを考えてはござらぬか?」

「……とにかく、そのミヨサワさん? が目を覚ますまで待って」

「拙者の後を追って、他にも助けの者がすぐに来てござる」

「じゃあ、その人たちも待って」

「むむむ」

「後から来る人たちに説明をお願いね」


 ニンジャをその場へ置き去りにし、廃屋へ引き換えそうとしたノゾミに、背後から声がかかる。


「そういえば申し遅れた。拙者ハットリ・ハンゾウと申す者。サムライの御方、名は何と?」

「別に侍じゃない」


 ニンジャの名前については全力でスルーしたノゾミが、心底嫌そうな顔で答えた。

 彼女は封建制度における支配者階級の人間ではない。仕える主君を持たないし、そもそも捜してすらいない。

 自分は凶器を振り回している只の一般人だと、かなり本気で彼女はそう思っていた。


「エェ――ッ!? このご時世、刀なんぞ趣味人しか選ばない武器ではござらぬか~」


 ノゾミは無言で振り返った。


(――斬るか)


 彼女の脳裏にちらりと浮かんだ考えが、ハンゾウの背筋に悪寒を走らせる。

 命の危険を鋭く感じ取ったハンゾウは強引に話題を変えた。


「さ、さ、部屋に戻るでござる。目覚めを待つ間、拙者もせめて茶の一杯ぐらいは頂戴したいものでござるが」

「……ノゾミよ」

「は?」

「シラヤマ・ノゾミよ」



     *****



 攫われてきた女――ミヨサワ・マコは、目を覚ますと同時にソファから床に転げ落ちた。

 意識を失う直前の記憶から、考えるよりも先に身体が回避行動を取ったからだ。

 頭にかぶさった毛布を払い落としながら、跳ねるように立ち上がる。

 着ていた僧服は切り刻まれたうえ血まみれになっていたので、脱がされていて今は下着姿だ。

 ボコボコに腫れ上がっていた無惨な顔はすっかり元に戻っていた。

 その、綺麗というよりは先に愛嬌を感じさせる顔が、今は困惑に彩られていた。


「此処は……?」

「大丈夫そうね」


 背後からかけられたノゾミの声に反応したマコは、即座に身を翻すと半身になって拳を構えた。

 数歩ほど後ろに下がったところで、ソファに足を引っかけて盛大に転んだ。

 なんだか不憫になって、ノゾミは思わず目を逸らしていた。


「アイタタタ……」

「血が足りてないのに、いきなり動くからよ」


 ノゾミが拾った毛布を投げて寄こすと、自分の格好に気付いたマコが身を強ばらせた。

 赤くなった顔でパクパクと阿呆のように口を開き、声にならない悲鳴をあげる。

 熱くなった頬を思わず両手で覆ったマコは、己の傷が完全に癒えているのに気づく。

 彼女がハッと顔を上げると、視線に気付いたノゾミが口を開いた。


〈回復薬〉(ポーション)を使ったわ」

「えっ、でも――」

「頭を打っているようだったから、念のため」


 マコは驚きを隠せない。

 かなりの傷を負っていたはずなのに、まったく不具合や違和感がないから、おそらくは〈上級回復薬〉(ハイポーション)が使われたはずだ。

 地下迷宮の中層以下でドロップする〈上級回復薬〉(ハイポーション)は、迷宮街であればそれなりの数が出回っている品ではあるが、見ず知らずの人間にポンと躊躇なく使えるほど安くはない。

 マコがその旨を伝えると、ノゾミの返答は――


「あんなもの使用期限があるんだから、ケチッてても仕方ないでしょ」

「は、はぁ……」


 〈上級回復薬〉(ハイポーション)の代金なんて捻出しようと思ったら、大してない貯金が全部なくなるな――などと考えて、マコは少し落ち込んでいた。

 そしてすぐに、命が助かっただけでも信じられない幸運なのだと、自らの現金な考えを恥じた。

 まさか、ノゾミに代金を請求するつもりが微塵もないとは、彼女は考えてもいなかった。

 ノゾミにすれば、失った手足が生えてくるような希少品ならばともかく、この程度の〈回復薬〉(ポーション)は単なる消耗品に過ぎない。

 高位の探索者(シーカー)と一般人の金銭感覚は、貴族と平民ほども違っているのだ。


 ノゾミはソファに腰掛けて足を組み、マコが混乱から立ち直るのを待っていた。

 ソファの反対側に行儀よく腰掛けたマコは、ノゾミの顔を覗き込み、様子を伺うようにおずおずと話しかけた。


「あの、私、ミヨサワ・マコと申します」

「シラヤマ・ノゾミよ、宜しく」

「はい、よろしくお願いします。……で、ですね。私を助けて頂いた方――で、良いでしょうか?」

「どうやらね」

「有難うございます。本当に、なんて言えば……」

「私も連中に襲われたから、返り討ちにしただけ。ついでよ」


 自分の不法侵入を棚に上げて宣った。

 此処には、その事実を指摘できる者が誰も居ないので会話は滞りなく続く。


「ここは、シラヤマさんのお住まいで?」

「あなたを攫った連中のアジトよ」

「い゛ぃっ!?」


 ギョッとした顔でマコが周囲を見回す。

 安心させるようにノゾミが声をかけた。


「連中ならもう大丈夫……もっとも、まだ仲間が別にいないとは限らないけれど」


 あまり安心はできそうもなかった。

 取り繕うようにノゾミは話を続ける。


「あなたを助けに来た、と。言っている人たちが外で待って――」

「どうして……」


 ノゾミの目を真っ直ぐに見ながらマコが尋ねる。


「こんなに親切にして頂けるのですか?」


 悪い人から助けてくれたから、この人は信用できる善人だ。それで済めばどんなに良いだろうか。

 恩人かもしれない人間を疑う罪悪感を理由に、無警戒でいられるほど彼女は脳天気ではなかった。

 本人に直接聞いてしまう辺り、愚直に過ぎるが。


 ――どうして?

 改めて問われると、それはノゾミにもよく分からない。少しの時間、無言のまま考えた。

 正直なところは単なる成り行きなのだが、あえて言うならば――。


「あのとき、あなた『助けて』じゃなく、『逃げて』と叫んだでしょう」

「えっ?」

「そういう人間は、できれば生きてる方が良いと思ったから、かしら」


 そのときのマコは意識が朦朧としていて、自分が何を口走ったのか全く憶えていなかった。

 マコの、なんとも言えない微妙な表情を目にして、ノゾミはなんだか気恥ずかしさを覚えていた。

 居たたまれなくなった彼女は話題を変えた。


「……部屋着みたいなもので良ければ、着替えが余ってるけど」

「お願いします」



     *****



 マコが着替えるのに合わせて、ノゾミも部屋着から着替えて身なりを整えた。

 彼女が、芋ジャージに着替えたマコを伴って廃屋から出ると、待ち構えていた一団が二人の周囲を取り囲んだ。

 大半が厳つい男たちだったが、女性も幾人か混じっている。

 一団は揃いの赤黒いレザーの上着を羽織り、思い思いの凶器で武装していた。

 刃物や鈍器だけでなく、数は少ないが携行火器も用意している。

 その、なんとも物騒な集団が、喜びも露わにわっと歓声をあげた。


「アネさん! 良かった、無事で――ッ」

「畜生、あっしらが不甲斐ないばかりにっ」

「連中め、ザマアミロってんだ!」

「本当に……本当に……ありがとう……それしか言う言葉がみつからない……」


 二〇人ほどの面子が口々に喜び、安堵し、後悔し、感謝の言葉を口にし、死んだゴロツキどもに呪いの言葉を吐く。

 彼らは新宿の住人であり、〈闘争の神ウォニオス〉の信徒であり、自警団〈血染めの外套〉(ブラッドコート)のメンバーでもある。

 昨今、法や行政による治安維持が失われて久しく、住民は自らの手で自分たちを守るしかないのだ。

 彼らのような存在を快く思わない者たちがいて、精神的支柱であるマコを亡き者にせんと画策したのが、今回の事件の顛末だった。

 偶然ノゾミが通りかからなければ、今ごろマコは陵辱の果てに命を失っていただろう。

 これが神のお導きというヤツなのかは、神に聞いてみなければ分からないが。

 少し離れた所から一団の様子を見ていたハンゾウが感慨深げに呟いた。


「良かったでござるな。しかし……」

「大変なのはこれからね」


 ハンゾウの背後からノゾミが姿を現した。

 彼女は、次々に寄せられる感謝の言葉を適当にあしらって、囲いの外に出ていた。

 荷物の詰まったボストンバッグを手にし、肩口からはベルトで背中に吊った二本の刀を覗かせていた。


「まあ、それは今日の無事を喜ばない理由にはならんでござるよ」

「…………」


 あまりにも真っ当なことをハンゾウが言ったので、ノゾミは言葉に詰まってしまった。

 人を外見で判断してはならない、という教訓だろうか?

 知らない間に忍び装束の中身が入れ替わっていないか彼女が疑っていると、自警団の一人が彼女たちに近づいてきた。


「お二人さんとも、いま車、出しますんで」


 暗闇の道を向こうから照明を焚いて、機械の動作音と共に何かがやって来た。

 その車は、廃材の鉄骨を組んだフレームに廃車から拾ってきたモーターとエネルギーセルを乗せ、建機のパンクレスタイヤを履かせたキメラだった。いかにも、あり合わせの部品を使って手作りした風の外見だが、一応は武装と装甲が施されている。

 一見すると、かつて日本の一部地域で農民車と呼ばれていたものに似ている。いまの日本で「車」と言えば、こういったシロモノが出てくるのだ。

 普通の乗用車がのびのび走れる舗装された道路は、少なくとも都心部には存在していない。

 今晩、彼らは正体不明の相手にカチコミをかけ、マコの生死の如何に関わらず皆殺しにする腹づもりだった。

 足を用意していたのも、その備えのひとつだ。


「ああ、私は自前の足があるから」


 と断ったノゾミは、指笛を吹いて何処かに合図を送った。

 しばらく待っていると、車がやってきた方向とは反対から、足音を響かせて何か大きな影が歩いてやって来た。

 照明に照らされたのは一匹の黒い獣だった。胴体だけで大型乗用車ほどの大きさがあり、その背中は硬い甲羅に覆われていた。

 いちばん似ている生き物は太古の地球に生息していた鎧竜だろうか。

 しかし、足が六本あるから恐竜でないのは一目瞭然だ。カイジュウとしか言いようがない。

 一同、騒然として中には悲鳴をあげる者も出た。


「ウォォッ!?」

「大丈夫だから、その爆弾は仕舞って」


 ノゾミの言葉で、炸裂弾を手していたハンゾウは動きを止めた。


「いやいや、オレサマオマエマルカジリでござろうっ!?」

「しないから」

「そういう顔をしたっ!」

「してない」


 二人が押し問答をしている間に、マコがモンスターにおっかなびっくり近づいていく。

 背後からは〈血染めの外套〉(ブラッドコート)のメンバーたちが、彼女を思い止まらせようと次々に声をあげた。

 しかし、彼らが止める間もなく、マコはモンスターのすぐ側まで歩み寄った。

 その背中には、人と荷物を載せるための装備が取りつけられている。


「騎獣ですか?」


 マコが尋ねた。

 従魔――人間に使役されるモンスターは、今の地球では大して珍しくもない。とくに異界(アンヌン)と縁の深い迷宮街にはそれなりの数がいる。

 しかし、これほど巨大な従魔は、この場の誰も見たことが無かった。

 大人しく伏せの状態で待っている従魔の顔を、触れられるぐらいまで近づいたマコが右から左から物珍しげに眺める。


「見るからに強そうな……顔もすごく怖いですし……」

「タラは、人の言葉わかるわよ」


 従魔の頭を撫でてやりながらノゾミが釘を刺すと、従魔――タラは同意するように長く鼻息を漏らした。


「タラちゃんって名前なんですか」

「ちゃん、って……」


 巨大なモンスターをまるでペットのように言うマコに、ノゾミは少しばかり呆れた様子で呟いた。

 怪物襲来の驚愕から立ち直ると一同は作業を再開し、廃屋から事件の手掛かりになりそうな物を次々に運び出していく。

 ついでに、それ以外の品も戦利品として容赦なく運び出す。どうせ死人には使えない品なのだ。

 現場から撤収する直前、最後にオノダ・ショウキとヨキ・サトシの遺体が運び出され、車の荷台に載せられた。

 運ばれていく遺体を、なにかを押し殺すような顔でじっと見つめていたマコは、深く長く息を吸い込むと両手で自分の頬を叩いた。

 表情を切り替え平静を装い、背筋を正し胸を張って、彼女は周囲の人々に呼びかけた。


「皆さん、祈りましょう」


 マコの声に〈血染めの外套〉(ブラッドコート)の一同は、しばらくの間ざわめいた。

 しかし、次々に作業の手を止めると、荷台の周囲に集まっていった。


 いつの間にか雨は止み、雲は晴れ月が見えていた。

 月光の下、皆が祈りの言葉を口にし、物言わぬ死者たちの冥福を願った。

 ノゾミとハンゾウの二人だけが祈りの輪に加わらず、すぐ側で控えて、神の僕たちの祈りをそっと見守っていた。

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