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2020年2月12日(水)

前半はまだ甘さがあります。

すれ違うのは後半からです。

 初デートの翌朝、むくりと起き出した私は枕元に置いた指輪を確かめて何度も頬をつねった。

 何度つねっても痛みを感じて、これが夢じゃないのだと実感する。

 初デートだけでも飛び上がるほど嬉しかったのに、ペアリングまで貰ってしまって嬉しくて嬉しくて、指輪を握りこんで頬擦りしてしまう。

 その時ふとキャビネットの紙袋に目が留まった。

 紙袋を見た私の脳裏に、チョコレートを買ったときに中学生が言っていた言葉が浮かんでくる。


『両思いでもないのに、そんな高額なチョコ渡したら引かれない?』


 確かに彼女はこう言っていた。

 そしてその時は私も両思いになれると思っていなかったから、このチョコを買ったのだ。

 だが現実はチョコを渡す前に両思いになってしまって、それはもちろんとても嬉しいし感謝しかないのだが、両思いともなればこのお手頃チョコではいけないのではないか? と思えてくる。

 買い直そうかと考えたところでハタといいことを思いついた。


(そうだ! チョコと一緒にあのマフラーをプレゼントしよう!)


 須賀君は来年また一緒に買いにこようと言ってくれたが、どうせなら今、彼の喜ぶ顔が見たかった。

 そうと決まれば善は急げとばかりに、指輪を嵌めてマキちゃんへラインを送る。


『今日は午前中の講義は休むから、ごめんね』


 そう送るとすぐに既読のマークがついて返信がきた。


『どうしたの!? 体調悪いの!? 看病しに行こうか!?』


 マキちゃんの返事に慌てて買い物に行く旨を送ると、安堵した兎スタンプが返ってきてホッとする。

 マキちゃんは水曜日は午前中しか講義を入れていない。

 だから今日は会えないなと考えたら少し寂しくなったけど心を奮い立たせる。

 身支度を済ませてデパートが開店する時間に合わせて家を出ると、またラインが届いた。


『今日のお昼一緒に食べよう?』


 ラインは須賀君からで思わず頬が緩む。


『うん。お昼に学食でね!』


 ハートマークをつけようか悩みに悩んで結局恥ずかしくなってつけずに返信すると、須賀君から特大のハートマークが届いて嬉しくなってしまう。

 少し迷って、一つだけ小さなハートマークを送ると特大のハートマークが三つも送られてきて苦笑した。


 銀行に寄って可能な限りのお金をおろした私は真っすぐに目的のお店に向かう。

 開店したばかりの平日のデパートは人影もまばらで「いらっしゃいませ」と人が通る度に挨拶する店員さんに恐縮しながら、やっとあの青色のマフラーが置いてあったお店に辿り着いた。

 幸い彼が欲しそうにしていたマフラーは昨日と同じ所に陳列されていて、他の人に買われていなかったことに安堵しつつ速攻でレジに持っていく。

 プレセント用だと告げると微笑んだ店員さんが綺麗にラッピングをしてくれて、お礼を言ってお店を出た。


 早足で歩きながら、マフラーを渡した時の須賀君の顔を思い浮かべて幸せな気分になる。

 好きな人に喜んでもらえるって思うと自分も幸せになるんだな~なんて、ほっこりと考えてしまい、どうしても頬が緩むのを抑えきれない。

 ニヤニヤしながら早足で歩く私は、たぶん傍から見たら変な人だと思われているに違いない。

 でもそれでもいいか、なんて考えて苦笑する。そんなこと須賀君と付き合う、つい3日前なら思えなかっただろう。

 好きな人がいて、その人が自分を好きになってくれたことで自分が少し強くなれるなんて考えもしなかった。

 マフラーの入った袋を抱きしめて微笑む。

 通帳とお財布の中身はかなり寂しいことになったけど心はとても温かくて、私は須賀君とお昼を共にするため大学へと急いだ。



 早足で急いだおかげか昼前に大学の学食へ着いた私は、無事に須賀君と合流できて一緒にお昼を食べることができた。

 時折、須賀君を狙っているであろう女子から刺すような視線が向けられたが、地味な私では彼女認定はされないらしく、大抵は嘲笑の表情を向けてくるだけだった。


(私が須賀君と付き合ってると知ったら彼女たちは一体どんな顔をするんだろ?)


 知りたいような知りたくないような複雑な気持ちで隣に座る須賀君を見ると、目が合った彼がニコリと微笑んだ。


「坂崎さん、午後の講義が終わったら一緒に帰ろう? 俺、校門のところで待ってるから」

「うん」


 コクンっと頷けば頭を撫でられて、それを見た数名の女子が悲鳴をあげる。

 それにちょっとだけ優越感に浸っているとさらに頭をグシャグシャに撫でられて、さすがにちょっとやめてほしいと少しだけ顔を顰める。


「ごめん、ごめん。坂崎さんの髪、触り心地良くてつい」


そんな私の眉間の皺を両手でほぐしながら破顔した須賀君はやっぱり恰好よくて、また私の中での好きが増えてしまったのだった。



 午後の講義が終わり、携帯が振動してラインがきたことを告げる。

 予想通り須賀君からのラインに喜び勇んで携帯を見て、綴られていた文字に落胆した。


『ごめん、今日は一緒に帰れなくなった』


 理由を聞きたいのをぐっと我慢して返信をする。

 まだ付き合ったばかりだし、束縛して嫌われたくなかった。


『わかった。またね』


 何だか悔しくてハートマークは意図的に入れなかったのだが、既読はついたものの彼からの返事はなかった。

 そのことに少しだけ不安を覚えながらも、一人で帰るべく廊下を歩いているとゼミの先生に呼び止められ、図書館に本を返しておいてくれと頼まれる。

「暗くなる前に帰りたいんだけどな」と思いつつ先生から渡された本を持って図書館へ向かった。




 本を返却したついでに新しい本でも借りようかと思い、3日前に須賀君と出会った書棚へ向かう。

 ここで本を書棚に戻すのを手伝ってもらわなかったら今頃付き合ってなかったんだなと考えてたら、ついそのあとの告白シーンまで思い出してしまって赤面する。

 あの時、私の告白を聞いた須賀君が言ってくれた言葉は……と回想に耽っていると、聞こえてきた声に耳を疑った。


「ありがとう、嬉しいよ」


 あの時と寸分違わぬ声と科白にごくりと喉が鳴る。

 本棚の隙間からそっと声がした方を覗けば、そこには見間違うはずもない茶髪にピアスの私の大好きな人がいて、紛れもなくその横顔は……須賀君だった。


 私の瞳に映った須賀君は正面に立つ女の子に柔和な笑みを湛えている。

 女の子は俯いていて顔は見えないけれど綺麗な長い髪の子で、茶色の髪色が須賀君とお揃いだった。

 その同じ髪色に口内に苦い味が広がり瞬きも忘れて食い入るように私が見ている目の前で、その子は引き寄せられるように須賀君と抱き合った。

 

 目の前の光景から咄嗟に視線を逸らし、一歩、二歩と後退る。

 ギリギリと痛む胸をマフラーの入った袋で押さえつけて、そっとその場を立ち去った。


 図書館を出て、家路を歩く。

 暗い路地に入る手前の角で躓いて転んでしまいその場に蹲ると涙が滲んできて、慌てて誤魔化す。

 擦り剝いてしまった足を見て顔を歪めた。


「痛い……。痛いよ……須賀君」


 そう呟いたら次々と言葉が溢れ出してきて、誰も通らないことを良いことに独り言にしては少し大きな口調で自嘲的に吐き出す。


「なんだ、誰にでも言ってたんだ……。嬉しいよなんて言葉に浮かれてた。そういえば須賀君は一言も付き合うなんて言ってなかったもんね。デートなんてモテる彼には日常茶飯事だし、ペアリングだってきっと誰にでも渡してたんだ。……何だ……私……バカみたい……!」


 指輪を外して抱きしめていたマフラーの入った袋ごと投げ捨てようとして、でもやっぱり出来なくて、振りかざした手を元に戻す。

 ノロノロと立ち上がって指輪を握りしめて袋を抱きかかえると、ゆっくりと歩き出した。


 いつもの暗い路地の半ばまで差し掛かると、もうすぐ自分の部屋へ着く安心感なのか堪えていた涙がついに零れてしまう。

 一度決壊してしまった涙腺は抑えがきかなくて、上を向いても瞬きをしても全く収まってはくれなくて、運悪く赤信号に変わってしまったアパートの近くの横断歩道の手前で私は嗚咽を噛み殺して泣いた。


 緩慢な足取りで部屋に戻ると、キャビネットの上に置いた紙袋の隣に指輪とマフラーの入った袋を放り投げてベッドへ横たわる。

 今日の昼までの幸せだった出来事が走馬灯のように頭に浮かんできて、また涙が零れた。


「地味なくせに大それた夢を見るから、こんな目にあうんだ」


 自分に言い聞かせるように呟くと虚しさが胸に広がって、その晩私はただずっと泣き濡れて初恋を終わらせる決意をした。

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