2020年2月11日(火)
迎えたデートの朝は快晴だった。
昨日、深夜までネットで「おススメ! デートコーディネート」をガン見しつつ、手持ちの服をとっかえひっかえして「これなら、いい線いってるかな」と決めた服に袖を通す。
待ち合わせは11時だというのに、8時には用意が済んでしまって苦笑した。
まだ会う時間までだいぶあるのに心臓がやたらとドキドキして、気を紛らわせるために読書をするが内容が全く入ってこない。
気になってつい見てしまう時計は「針が止まってるんじゃない?」と思ってしまうほど進みが遅くて、結局私は家を出る時間までほとんど時計を見つめて過ごしたのだった。
私が駅前に着いたのは約束の時間の5分前だった。
遅刻するのは厳禁だけど、あんまり早く行くのもどうかなと思いこの時間に着くようにしたのだが、もうちょっと早めにしておけばよかったとちょっと後悔していた。
それというのも私より先に着いたであろう須賀君がベンチに腰掛けていて、その前には2人の女の子が立っていたからだ。
仲良さそうに話している様子に胸がギュウっと締め付けられる。
須賀君と話している女の子には見覚えがあった。
違う学部の子だがしょっちゅう学食で須賀君とランチをしている姿を見かけたし、一人は元カノだと噂もある。
茶色の髪に華やかなメイクをしたその子は、須賀君の袖を引っ張ったりして甘えている様だった。
その髪色が須賀君のものと同じ色で、無意識に自分の髪を触ってしまう。
私の髪は真っ黒だ。
以前は腰位まで伸ばしていたが弟に「お前、その髪だと井戸の中から出てきそうで怖いんだけど」と、揶揄われたので今はセミロング程度にしている。
不器用だからメイクも下手だし、つけまつげとか付けられる気がしない。
それでも初デートだし、自分なりに可愛く見えるように頑張ったつもりだったけど、須賀君と話す子に引け目を感じてしまう。
本当は堂々と「お待たせ~」ってな明るいかんじで割り込んでいけばいいのだろうけど、まだ付き合っている実感もないし、そもそも私みたいな地味子にそんな大それたことができるはずもなかった。
勇気のない自分に小さく溜息を吐いた私は円になっているベンチの反対側へ移動する。
11時までまだ5分あるし、時間になったらもう一度様子を見に行こうと時計を確認すると私の正面に影がかかった。
「坂崎さん! 何で逃げるの?」
びっくりして顔を上げると、そこには須賀君がいて眉を寄せている。
「えっと、別に逃げたわけでは……」
「じゃあ、何で俺との待ち合わせなのに俺がいる反対側のベンチに移動してんの?」
「それはその……」
「俺、坂崎さんとのデートが楽しみで30分も前から待ってたんだけど!」
「え!? そんなに前から!?」
「そう。それなのに俺の姿見て逃げるって酷くない?」
「ごめんなさい」
素直に謝って俯くと、須賀君は私の頬を両手で包んで覗き込んだ。
「なんてね。ごめん、ごめん。デートなのに他の女と話してた俺が悪かったよね」
須賀君の言葉に、自分が彼らを見ていたことが気づかれていたと解って赤面する。
そんな私の赤らんだ顔を見た須賀君がお道化た声で訊いてくる。
「もしかして、やきもち焼いてくれてたりした?」
途端に最大級まで赤くなってしまった私の顔に、瞳を真ん丸にした須賀君が自分の口元を手で押さえた。
「えっ!? マジで!? ヤバイ、すげー嬉しい」
そう言うと人目も憚らず抱きしめられ、羞恥のあまりに気を失いそうになった私をしっかりと支えた須賀君に促されるまま駅前を後にしたのだった。
私の頬の火照りが漸くおさまった頃、デパートに着いた私達は当初の目的のため紳士服フロアへ向かっていた。
「どんなマフラーが欲しいの?」
「う~ん、なるべくシンプルなやつがいいかな?」
「色は?」
「青か黒かなぁ」
エスカレーターに乗りながら須賀君に聴いたことを参考に売り場のマフラーを手に取る。
「これは?」
「横線が気に入らない」
「これは?」
「色が鮮やかすぎ」
「これは……ちょっと高いね……」
「うん。いいかんじだけど、予算オーバーかな」
「う~ん……」
最後にきいたマフラーは私もすごく好みで、須賀君も気になってたみたいだったが如何せん値段が学生には厳しかった。
生活費を切り詰めれば何とか手が届く値段だけれど、月末までもやし生活が確定だ。
きっと買ってあげたら喜んでくれるんだろうな、でも初デートでこんな高い物買ってあげたら逆に引かれるのかな、と思い悩んでいると須賀君に腕を引っ張られた。
「それよりさ、坂崎さんは何か欲しい物ないの?」
「私?」
「うん」
斜め上を見上げて考えて一つだけ思いついた物に、思わずまた赤面してしまう。
私の顔を見た須賀君が嬉しそうな笑顔を向けた。
「何? 今、思いついたでしょ」
「な、なんでもない!」
(初デートの記念にお揃いの物が欲しいとか恥ずかしくて言えないよぅ! それに須賀君はドライな恋愛が多いって噂だし、初デートでこんなこと言ったら100%引かれる!)
どもりながらも首を横に振る私に、ちょっとだけムッとした須賀君が私の髪に指を絡ませる。
「教えてくれないとキスしちゃうぞ」
「へ?」
「ほら、みんな見てるけどいい?」
「だ、だめ!」
「じゃあ、教えて?」
「うっ……」
絶句した私の顔に向かって須賀君の端正な顔がゆっくりと近づいてくる。
駅前で抱きしめられただけでも羞恥で気を失いそうだったのに、こんなところでキスされたら2~3日意識が戻らない自信がある!
プチパニックになった私は顔を背けながら、やけくそ気味で言ってしまった。
「す,須賀君と何かお揃いの物が欲しい!」
「マジか……」
呆然とする須賀君に、やっぱり言わなければ良かったと後悔してぎゅっと拳を握りしめる。
「ごめん、今のなし。……マフラー探そ?」
掴まれていた腕をほどき踵を返すと、グイっと再度腕を掴まれた。
「何で!? 今のあり。買おう! お揃い! いっそペアリングにしよっか?」
(ペアリング!? そんなの欲しいけど! 欲しいけど!! さすがに付き合って1日でそんな大層な物もらったらバチが当たりそう。……欲しいけど!)
「め、滅相もない!」
「滅相もないって……アハハ! 坂崎さん本当に可愛くて面白いね!」
思いもしなかった須賀君の言葉に、私の口を吐いて出たのは心とは裏腹な否定の丁寧語で須賀君が噴き出している。
ツボに入ったように一頻り笑った須賀君は、私の頬をプニっと摘まむとコテンっと首を傾げた。
「俺、結構本気で言ったんだけど?」
「へ?」
「ペアリング! 高いのは無理だけど、買お!」
須賀君はそう言うと私の手を繋いで歩き出す。
結局そのままアクセサリーのお店に行った須賀君は、まごつく私を他所にさっさとお揃いの指輪を購入してしまった。
買ったその場で指輪を嵌めてくれた須賀君に、自分がお金を払っていないことに気づいて慌てる。
アワアワと財布を取り出そうと鞄をまさぐると優しくその手を制止された。
「初デートの記念だから俺が奢る」
「こ、こんな高価な物もらうわけにはいかないよ」
「大丈夫。俺、実家暮らしだから」
「でもこれを買ったら須賀君はマフラー買えないでしょ?」
「そうだけど、別にいいよ」
「良くないよ! だって今日は須賀君のマフラー買いにきたんだもん!」
私が反論すると須賀君は困ったように笑って言った。
「じゃあさ、来年の冬にまた一緒にマフラー買いに来よう? もちろん来週も再来週もデートはするけど、マフラーは来年でいいよ。だからこの指輪は俺に奢らせて、ね?」
須賀君の言葉に胸が熱くなる。
来年もってことは私と来年まで一緒にいてくれるってことで……嬉しさで思わず涙腺が緩みそうになった私の頭を須賀君は両手でガシガシと撫で回して笑った。
甘いのは終了です。
明日からはすれ違いが始まります。
※明日から22時に更新時間が変更になります。申し訳ありません。