春を届けに
この小説は、「春の旋律」をテーマにした企画小説です。
春の妖精を知っていますか?
春の妖精は、春の女神様に仕える子供達です。明るい色の髪とパステル色の瞳を持っています。
普段は妖精達の住む「花の街」に住んでいますが、二月になると春一番に乗って世界中を旅するのです。
春を運んで回るのが、春の妖精の大切なお仕事なのです。
小さな野原に、五人の妖精が降り立ちました。
降りると同時に駆け出したのは、空色の瞳を持った一番小さな男の子です。
「こら、ピーター」
慌ててその男の子の襟首を掴んだのは、別の妖精。
とても綺麗な緑色の目をした男の子でした。
「初めての旅なんだから、みんなと一緒にいなきゃいけないって言っただろ?」
この妖精はグリーンと呼ばれています。
グリーンは他の四人よりもずっと長い間、このお仕事をしています。だから他の妖精たちから、お兄さんのように慕われているのです。
ピーターの名前は、グリーンがつけました。
何故ピーターなのかと聞かれると、グリーンは必ず笑って、「ほかの名前が思いつかなかったから」と答えます。
妖精たちの間では、元気いっぱいのやんちゃ坊主は「ピーター」だと決まっているのです。
「だったらみんなが、僕についてくればいいじゃないか」
野原を見た時から、駆け出したくて駆け出したくて仕方がなかったピーターは、唇をとがらせました。
「追いかけておいでよ。誰が一番最初に春を見つけるか、競争しよう」
ちっともじっとしていないピーターに、グリーンはいたずらっぽく笑います。
「そういう事なら、僕がいちばんだ」
グリーンが足下を指さすと、そこにはふきのとうが小さな頭を出していました。
「グリーン、ずるーい」
風に広がるスカートに気をとられて出遅れた女の子、マーチがぷっと頬を膨らませます。
「じゃあ、僕は二番っと」
そう言って地面を軽く叩いたのはエプリルです。
たちまちに地面がもくもくと盛り上がり、ふたつめのふきのとうが顔を覗かせました。
「もう、男の子って本当にずるいんだから」
腕を組んで膨れるマーチに、男の子たちが笑います。
マーチとエプリルは姉弟なのだそうです。
二人とも、たんぽぽの綿毛のような髪とたんぽぽ色の瞳を持っています。
妖精にはお父さんやお母さんがいません。だから妖精に兄弟や姉妹があるのは本当は変な話なのですが、そういう事もあるのでしょう。
「ずるいよね」
そう言ってカスタネットを取り出したのは、ラヴィ。長い水色の髪と薄紫の瞳を持った、五人の中ではちょっとおとなびた妖精です。
「マーチ、踊って」
ラヴィがカスタネットを叩くと、マーチが軽いステップを踏みます。
すると、マーチの足下から次々とふきのとうが芽吹きました。
「数では、私たちの勝ちね」
得意げにマーチが胸をはると、
「女の子だってずるいじゃないか」
エプリルが呆れた声を出しました。
ピーターは突然芽吹いた緑に驚き、みんなに拍手を送っています。
「ピーターにも出来るんだよ」
やってごらん。
グリーンに促されてピーターがそっとふきのとうに触れます。硬かったふきのとうのつぼみがふわりとほどけました。
「花を咲かせたから、やっぱりピーターがいちばんかな」
ピーターの柔らかな髪を撫でるグリーンに、
「グリーン。それはひいきよ」
ラヴィが軽く睨みながら言いました。
「ごめんごめん」
あははとグリーンが笑い、右手でピーターの手を左手でラヴィの手を取りました。
五人の妖精たちは手を繋ぎ、輪になって駆け回ります。
妖精達の駆けた後には、スミレやイヌフグリが咲き始めました。
寂しかった野原に、小さな春が訪れたのです。
「ねぇ、グリーン。あそこ」
それに気がついたのは、ラヴィでした。
訪れた街の片隅で、暗い瞳の女の子が座り込んでいました。
うつろなまなざしで、行き交うひとたちを見つめています。
女の子の足下には、汚れた人形と枯れた花束がいくつか、置かれておりました。
「どうしよう?」
ラヴィが聞きます。
「やっかいな子を見つけたね」
グリーンが困ったように言いました。
女の子は、妖精たちには全く気づいていないようです。
見えていないのです。
心を閉ざしてしまった子には、妖精たちの姿も見えないし声も聞こえないのです。
「連れて行ってあげようよ。闇妖精に見つかる前に」
エプリルがグリーンの袖を引きます。
「あたしの事を呼んだかね。春の妖精さんや」
背後から聞こえた声に、エプリルは飛び上がりました。
振り返ると、長い鼻を持ったこびとが杖を片手に立っています。
闇妖精です。
「手を出すんじゃないよ。あの子は、私が連れて行くんだから」
闇妖精は、死を運ぶ妖精です。死んだ者の魂を闇の女神様の所に連れて行くのです。
闇の女神様は、死んだ者の魂に安らぎを与えたり罰を与えたりする女神様です。そして、憎しみや悲しみに閉ざされた魂を持った子供を闇妖精に変え、仕事を与えるのです。
春の妖精たちの間では、闇妖精はあまり好かれていません。
特にエプリルとマーチはこの闇妖精が大嫌いでした。
長い鼻と意地悪そうにつり上がった灰色の瞳をしています。実際に、何度も意地悪な事を言われました。
「おやおや。よく見ればグリーンじゃないかい。ずいぶん立派におなりだね」
そう言って闇妖精はまじまじとグリーンを見つめます。
「眼の色もずいぶんと濃くおなりだ。もうじきだね」
そう言うと、何がおかしいのか闇の妖精は声を上げて笑いました。
「あんたなんか大嫌い」
闇妖精の笑い声を遮ったのは、マーチです。
グリーンの旅はこれが最後だと、旅に出る前に聞かされていたのです。
グリーンは、二度と「花の街」には戻りません。それどころか、二度と会えなくなります。
だから。
この旅をいっぱいいっぱい楽しもうと、マーチは決めていたのです。
「どっかに行っちゃえ」
「これはお言葉だね。あたしがやってる事はあんたらがやってる事と同じだよ。春の妖精さんや」
闇妖精は低い声で笑って、マーチに詰め寄ります。
マーチは急に怖くなって数歩うしろに下がりました。
グリーンがそっとその肩を支えると、エプリルが慌ててマーチの前に立ちます。
仲間同士でかばいあい、助け合う春の妖精たちの様子に闇妖精はすこし気分を悪くしたようで、苛々と足を踏みならしました。
「迷った子供の魂を、春の女神様の元に連れて行くか、闇の女神様の所に連れて行くかの違いじゃないか。この子は何も見てないし聞こえていない。あんたらには何も出来ないんだから、とっとと行っちまいな」
そう言って女の子に向き直った闇妖精は驚いたように目を見開きました。
妖精達は、忘れていたのです。
手を放すとすぐに駆け出してしまう、やんちゃ坊主の事を。
「君、どうしたの?」
ピーターは女の子の前にしゃがんで、女の子を見つめています。
「もしかして、お母さんを待っているの?」
ピーターの言葉に、女の子が初めて反応しました。
暗い目が、じっとピーターを見つめます。ピーターは少し居心地が悪くなりましたが、がまんして女の子に笑いかけました。
すると女の子は、ぷいとピーターから目をそらします。
「おかあさん」
かすれるような声で、女の子は言いました。
「行っちゃったから」
女の子の視線の先にあったのは、あの汚れた人形でした。
「これ、君の?」
ピーターが拾い上げた人形を、女の子がすごい勢いで取り上げます。
「ちがうもん。私のじゃないもん」
人形を抱きしめ、女の子は泣き出してしまいました。
「あの、あのね」
ピーターは困ってしまい、グリーンに助けを求めます。
グリーンたちは、びっくりしたようにピーターを見ていました。
「感情が戻った」
と、グリーンが呟き、
「驚いたね」
闇妖精が、感心するような声を上げます。
「あんた、その子の心が解るのかい。そして、あんたの言葉はその子に届くのかい」
闇妖精はしばらく考え、やがて何かを思い出したように手を打つと、もう一度ピーターをまじまじとみつめました。闇妖精の唇が意地悪そうにつり上がります。
「そういえば、あんたも確か同じだったっけね」
その言葉に、グリーンは顔色を変えました。
「聞いちゃだめだ、ピーター」
ピーターに駆け寄ろうとしたグリーンを、闇妖精が杖を振り上げて遮ります。
「ずっとお母さんが迎えに来るのを待っていた。そうだったよね、透ちゃん」
透ちゃんと呼ばれて、ピーターは不思議な気分になって闇妖精を見上げます。
毎日がきらきらしていて。それは楽しくて。
ピーターは春の妖精にしてもらう前の事を忘れてしまっていました。
「会わせてあげようか、お母さんに」
闇妖精がピーターの手を掴んでそう言います。
「私も」
そう言って闇妖精の服の袖を掴んだのは、あの暗い目をした女の子です。
「お母さんに会いたい。お母さんの所に連れて行って」
「いいとも。あんたがあたしの願いを聞いてくれるならね」
闇妖精は楽しそうに笑っています。
「だめだ、ピーター」
グリーンが慌ててピーターに手を伸ばします。
ピーターもおびえるようにグリーンを振り返りました。
でも、片手を闇妖精に捕まれているので、グリーンには届きません。
黒い風が、三人を包み込みました。
後には、残された四人の妖精だけが立ちつくしていました。
春の妖精は、子供の姿をしています。
なぜなら春の妖精は、幼くして死んでいった子供達なのです。
グリーンは、生まれてすぐに。
マーチとエプリルは、五歳と四歳の時に火事で。
ラヴィは六歳の時に病気で。
ピーターは二歳の時に、真夏の車の中で。
ひとりぼっちで、死んでしまいました。
難しい事はよく解りませんが、世界に生まれた者はみんな、罪を背負っているのだそうです。
そうして、生きている間に罪をつぐなった者だけが生まれ変わる事が出来るのです。
罪をつぐなう機会をあたえられなかった子供達に、二人の女神様が仕事を与えてくれました。闇の女神様と春の女神様です。
女神様たちの仕事を手伝ってくれた妖精は、時がくればちゃんと生まれ変わることが出来るのです。
だから、春の妖精たちにお父さんやお母さんはいません。
仲間達と力を会わせて春を運ぶことが、何より大切なお仕事なのです。
「どうしよう」
やっと、そう言ったのはラヴィでした。
「ピーター、連れて行かれちゃった」
「ラヴィがいけないのよ。あんな子を見つけるから」
いらいらと足踏みをしながらマーチが言います。
「だって」と言ったまま、ラヴィは黙ってしまいます。
「ピーターだって、そうだったよね」
エプリルが小さな声で言いました。
街の片隅で、小さな子供が泣いていた。
ラヴィが見つけて、グリーンが話しかけて。
マーチが歌って、エプリルが踊った。
子供はようやく笑って、妖精達についてきた。
「それは、そう、なんだけど!」
と、マーチは唇を噛みしめました。
マーチだって解っているんです。
ただ、八つ当たりをしたかっただけなのです。
おとなしいラヴィに、甘えていたかっただけなのです。
「ごめんね、ラヴィ」
「こっちこそ、ごめんね」
ラヴィの声は、涙声です。
「じゃあ」
仲直りをした二人の間にグリーンが入って来ました。二人の頭をぽんぽんと軽く叩きます。
「前に進もうよ。ピーターを捜そう」
でも、どうやって?
三人の妖精たちが、声を揃えて聞きます。
「そうやって」
と、グリーンは笑いました。
「みんなの力をあわせるんだ。僕たちだけじゃ力が足りないから、みんなを起こそう」
グリーンの手には、オカリナが握られています。
「解った」
マーチが納得してうなずきました。
ラヴィとエプリルも顔を見合わせてうなずきあいます。
グリーンのオカリナから、やわらかな旋律が流れます。
それは、妖精達が大好きな歌でした。
高音、低音のパートに分かれてマーチとエプリル、ラヴィが歌い出します。
歌えば心が弾んできて、やがて妖精たちは歌いながら輪を描き、くるくると回り始めました。
その歌声に誘われ、眠っていた花の精霊達が目を覚ましました。
先ず、目覚めたのは水仙の精。まだねぼけているスミレの精を連れて春の妖精たちの前に現れます。
「どうしたの? 妖精さん。ずいぶん早いお呼びね」
そう言って、水仙の精はおおきなあくびをひとつ。
「ピーターが闇妖精に攫われちゃったの。お願い、みんなで捜して」
マーチの言葉に、花の精たちはすっかり目が覚めたようでした。
「妖精さんたちの頼みじゃあ、断れないわね。ミモザを起こして来るわ」
水仙の精が言いました。
「じゃあ、わたしはタンポポを」
スミレの精が目をこすりながら言います。
花の精たちが仲間を起こしている間に、蝶や小鳥もやってきました。
話を聞いて、仲間を集めに飛びます。
土の中からモグラが顔を出しました。
木の幹から、リスが飛び降りて来ます。
蛇が目を覚ました時にはひと騒動がありましたが、それもすぐに収まりました。
精霊たちが、動物たちが鳥たちが、歌いながら走り出します。
空色の瞳の男の子を捜して。
ピーターを捜して。
夢のようにうつろな世界で。
ひとりの女が泣いておりました。
たったひとりの子供の名前を呼びながら。
「思い出した?」
闇妖精は笑っていました。
「あれが、あんたのお母さん」
そう。ピーターは透という名の男の子でした。
暑い夏のある日、ショッピングセンターの屋上駐車場で透くんは小さな命を落としました。
お母さんを待っていたのに、お母さんはいつまでたっても迎えに来てくれませんでした。
そこから連れ出してくれたのは、グリーンたちです。
「おかあさん、どうして泣いているの?」
「可愛い子供を自分の失敗で死なせてしまった自分が、すごく可哀想だからさ」
闇妖精の言い方はすごく意地悪でした。でも、自分のせいでお母さんが泣いているのだと知り、ピーターは悲しくなりました。
ゆっくりと女の人に歩み寄りそっとその頬にキスをします。
「泣かないで」
そう言って、ピーターは女の人の手を握りしめました。
「もう、泣かないで。僕、幸せだから」
やわらかな風が、女の人の頬を触って行きました。
女の人はふっと顔を上げます。
周りを見回し、自分の手の中をみつめます。
そこには一輪のスミレの花が握られていました。
女の人はゆっくりと、ゆっくりと。
うつろな世界から外の世界へ、足を踏み出しました。
「大正解」
そう言った闇妖精はちょっと悔しそうでした。
「あんたのおかげで、あたしの仕事がひとつ減っちまったようだね。さて、そっちの子は」
「私のお母さんも、泣いてるのかな」
女の子は、透くんのお母さんを見つめています。
「どうだろうね」
「おかあさんに、会いたい」
「勿論会わせてあげるよ。でも、その前にこっちのお願いを聞いてくれなきゃ」
「約束だっただろう?」と告げると、闇妖精は女の子の耳元に口を近づけ何かをささやきました。
女の子はとまどうように闇妖精を見つめましたが、すぐにこくりとうなずきます。
「約束、する」
「待ってよ」
二人の間に割り込んだのは、ピーターです。
「その約束、僕がするよ。だからその子に可哀想なこそしないで」
いきなりのピーターの申し出に、闇妖精はたいそう驚きました。
だってピーターは「約束」の中身を聞いてもいないのです。
「ま、どっちだってあたしは別にかまわないんだけどね」
と言って、闇妖精はため息をつきました。
「おかあさん、どこにいるの?」
女の子の言葉に、
「そこに」
と答えると、闇妖精は人形を指さします。
「あんたが心配で、行けないんだ。もう、自由にしておあげ」
闇妖精の手と人形を女の子は何度も何度も見比べます。
「だっておかあさん。一緒に行けなくてごめんねって、これを置いて行っちゃったんだもの」
「あんたは長いこと、死んだことにも気がついていなかったからね」
と、ちょっと疲れたように闇妖精が大きな息を吐きました。
口の中でぼそぼそと「そのために、あたしがどれぐらい待たされたと思ってるんだろうね」とか呟いています。
「子供とおとなは、同じ場所には行けないんだ。だから、あんたは後で考えればいいさ。あたしと来るのかその子と行くのか」
「え?」
いきなり指をさされて、驚いたのはピーターです。
「僕らが連れて行っていいの?」
「だから、後でって言ってるだろ? 先にお母さんを安心させておあげ」
いらいらと、闇妖精が杖を振り回します。
「どうすればいいの?」
女の子の問いかけに、闇妖精は頭を抱えました。
「さっき、その妖精がお手本を見せてくれただろ? でも、同じようにやれって言ってるわけじゃないよ」
人形にキスしようとした女の子に、辛抱強く闇妖精が言って聞かせます。
その時です。
春の風が、三人の間を駆け抜けて行きました。
「みぃつけた」
まだ歌が下手なウグイスが春の妖精たちを呼びます。
「ピーター、捕まえた」
小さな蛇が、ピーターの足に巻き付きました。
「今度はピーターが鬼だよ」
そう言ってモンシロチョウがピーターの肩に止まります。
「また、ぞくぞくと来たもんだ。おせっかいが」
闇妖精は呆れたように肩をすくめます。
闇妖精の目には、歌いながら春を運ぶ四人の妖精の姿が見えていましたから。
「おせっかいついでにおしえておやり。どうすればその子の母親が安心するのかを」
ピーターが、女の子の手を取りました。
そのピーターの手をエプリルが取ります。
五人の妖精たちは女の子と一緒に輪を描き、歌います。
つられて笑う女の子はもう暗い目をしていません。そして、その手の中に人形もありません。
それに気づいて、女の子が足を止めました。
「おかあさんは?」
闇妖精を探しますが、どこにもいません。
「あいつ、春が苦手だからなぁ」
と、モグラが言いました。
「あんたのお母さんと一緒に、闇の女神さまの所に行ったんだ」
それを聞いて、ピーターが怒り出します。
「あいつ、おかあさんにあわせてあげるって言ったのに。嘘つきだ」
女の子は首を振りました。
「悪い人じゃないよ」
「どうして、そう思うの?」
呆れたようにマーチが聞きます。
「あの人と約束したの。二度と、おかあさんに心配をかけないって。悪い人じゃないと思う」
「そうだね」
と、楽しそうに笑ったのはグリーンでした。
「僕もそう思っているよ」
「じゃあ、そろそろ行きましょう」
と、マーチが女の子の手を取ります。
「春の女神様の所に」
「その子を送りがてら、叱られにね」
ラヴィが周りを見回し、小さくため息をつきます。
まだ二月なのに、妖精達の周りにはすでに菜の花まで咲いていました。
ピーターを捜す間に、春を進めてしまった妖精たちに春の女神さまは小さなかみなりをみっつほどくれました。
春の妖精は四月の終わりに旅を終え、「花の街」に戻ります。
でも、グリーンはいません。
「おかえり、エプリル、マーチ」
「おかえり、ラヴィ」
「ピーター。初めての旅はどうだった?」
春の妖精たちと入れ替わりに旅立つ夏の妖精たちが声をかけてくれました。
でも、誰もグリーンの事は聞きません。
みんな、知っているのです。
グリーンは神様の元で、生まれ変わる準備をしているのです。
「そうそう、今年も新しい子が来たよ。あんたたちの所にもひとり来るらしいよ」
それを聞いて四人は顔を見合わせました。
「あの子、春の妖精になれたんだね」
花の街で待っていた女の子は、もう暗い目はしていませんでした。
綺麗なうす桃色の瞳を持っていました。
名前をつけてあげて。
ラヴィがそう言ったので、ピーターはちょっと考えます。
そして、小声でラヴィに聞きました。
「春って、ラヴィが生まれた国ではどう言うの?」
ラヴィが小声で何かを囁くと、ピーターの顔がぱっと輝きました。
それは、ピーターが大好きな名前だったのです。
「これからよろしくね――ぷりん」
あなたにも春が届きますように。
――エピローグ
ピーターたちが花の街に戻った頃。
グリーンは最後の旅に出ていました。
神様の元に行く前に、少し寄り道がしたかったのです。
月が綺麗な夜でした。
風に乗るグリーンの耳に、綺麗な歌声が聞こえて来ます。
みつけた。あそこだ。
グリーンは夜のみずうみにそっと降りました。
「おや、グリーン。どうしたんだい。道に迷ったかい?」
そこで歌っていたのは、闇妖精でした。
「あなたを捜していたんだ。長いつきあいだから。最後にお別れを言おうと思って」
闇妖精は、そっと目を閉じます。
グリーンがまだものすごく小さかった時の事を思い出して。
「あたしがあんたを見つけた時、あんたは目も見えないのにあたしを見て笑った」
あまりにも透明な魂が、胸に痛かった。
「笑ってないよ。僕は笑う事を覚える前に死んでしまったんだから」
「そう、そのあんたが笑ったのさ」
笑うことを知る前に死んでしまった赤ん坊。
神様が言うように、人間が罪を背負って生まれて来るのなら。
そして生きている間にその罪を消し去るのならば。
生まれてすぐに死んでしまった赤ん坊が、いちばん罪深いのです。
「あたしも、同じだった」
闇妖精の脳裏に浮かんだのは、雪景色。
「生まれてすぐに、死んだんだ」
寒い、寒い北の国。
食べるものにも困る家生まれた子供は、お乳を飲む力もなく死んでしまいました。
「闇妖精になったあたしは、仲間を捜した。そうしたら居るじゃないか。一度も笑う事なく死んでしまった赤ん坊が」
笑うどころか、産声も上げずに死んだ子供。さぞかし、絶望してることだろう。私みたいに。
「そう思って近づいたのにさ。あんた笑ったんだ」
花がほころんだようだと、闇妖精はその時に思ったのです。
「だって……」
と、グリーンも目を閉じました。
目を閉じると、ひとつのメロディーが思い浮かびます。
「子守歌が聞こえたから」
「あれは鎮魂歌って言うんだ」
首をかしげながら、グリーンは闇妖精を見ます。
「どうして、歌ってくれたの?」
「どうしてだろうねぇ」
闇妖精は死者の魂を闇の女神様の所に連れて行きます。
死んだばかりの赤ん坊を、連れていくつもりだったのです。邪魔をする者もいませんでした。
それなのに。
喜びも、悲しみも知らない命。
その魂に触れると、自然と歌が紡がれたのです。
そう。闇妖精は初めて、神様に祈ったのです。
「あなたは、ずっと闇妖精のままなの?」
「さぁ、知らないよ。あたしには闇の女神様以外になにかを教えてくれるひとはいないし、名前をつけてくれるひともいない」
そう聞いてグリーンは、何かを思い出したように夜空を見上げました。
そこには、淡くかすんだおぼろ月が浮かんでいます。
「実は、ずっと前からね。僕は僕だけの秘密の名前であなたを呼んでいたんだよ」
そう言って、グリーンは夜空の中に浮かび上がる青白いひかりを指さしました。
「月?」
戸惑う闇妖精に、グリーンは少し恥ずかしそうにうなずきます。
闇妖精も困ったように頭をかきました。
静かな、静かな夜でした。
やがて闇妖精が口を開きました。
「オカリナ、吹いてくれるかい?」
言われて、グリーンが不思議そうにオカリナを取り出します。
「時間が過ぎてしまう。綺麗な名前を付けてくれたお礼に送ってあげるよ」
夜のしずけさの中に、澄み渡った歌声とオカリナの音色が響きました。
すると空から一筋のひかりが差し込み、二人を包みこみました。
二人の子供が、そのひかりの中で踊っています。楽しそうに踊りながら、ひかりの中を天空に吸い込まれて行きました。
〈おしまい〉
初めて企画小説に参加させていただきました。
私らしくない爽やかな話が出来たと思っていたら――書き上げてみれば、あまり爽やかでは……(コホン)
春をイメージした曲を元にという企画で私なりの春を私が好きな曲をモチーフに描きました。
モチーフにした曲は
江間章子さん作詞・團伊玖磨さん作曲「花の街」です。
が、書いている間に別の曲がぐるぐるしはじめました。
で、よせばいいのにエピローグをつけてしまいました。
(これが、文字数との戦いを生みました……)
エピローグのモチーフとなっている曲は、谷山浩子さん作詞作曲の「風になれ〜みどりのために」です。
どちらの曲も大好きな曲なので、一度聞いて頂ければ幸いです。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
また、企画があれば参加させて頂きたいと思います。
よろしくお願いします。