蒼雷と光将
そして、その日はやってきた。あの、最高の鈴蘭祭から一週間。バトルイベントはやってきた。
「なぁ、青澤」
不意に感じる違和感。僕が彼に話しかけられたのは、実に二ヶ月ぶりなのだ。
「やぁ、煌輝。久しぶりに話すね」
彼は、その言葉には何も返さずに、自分の話を続ける。
「バトルイベントが始まったら、第三講義室に来てくれ」
「え?」
それだけ言って、彼は去った。僕は、約束は守る男だ。だから、行くことを決断した。
「風花、弦歌」
「どしたの?」
「何?」
「ちょっと用事があるから、開始直後から少し、ここは任せる」
「了解」
「オッケー、頑張る!」
「うん、ごめん。すぐに戻るから」
『二学期中間バトルイベント、只今より開催します。皆さんの健闘を祈ります』
始まった。煌輝には悪いけど、さっさと終わらせるために急ぐ。途中で誰かとすれ違った。あれは、アドバンスクラスの羽田君、だっけか。そして、第三講義室に着く。
「よぉ、来たか」
「うん。それで、どうしたの?」
「………前回、俺は、伊達の槍で呆気なく敗けた。俺は、お前を守るのに必死だった。あの時、俺は、新しい技も考えてて、それもやりたかった。でも、俺はお前を守った。その方が、可能性があったんだ。クラスのために」
それがどうかしたのか。あれには、今でもとても感謝している。クラスのために必要だったのも、知っている。何も言わなかった。彼の話には、絶対に続きがある。ここで終わることは、有り得ない。
「それなのに、俺にお前は言った。『早く保健室に行ってくれ』。俺が、どんな思いをして、お前を守ったと思ってるんだ………!」
そういう事か。納得がいった。
「それは………ごめん。言い方が悪かった。僕は、君が━━━」
「言い訳はいらない。ただ、俺がきっちり教えたいだけだ。俺は、お前より強い」
そう言って、彼は手に持った瓶の中身を飲む。
「それは………!」
「『限界到達』。これで、お前に勝つ。遠慮はいらねぇ。来い」
彼の茶色の双眸は、燃えているように見える。しょうがない。ここで逃げるなんて、僕のためにも、彼のためにもならない。
「わかった。君の気が晴れるまで、存分に相手するよ」
ここは、雷霆スマッシュで(青澤天、残り837点)。
「あぁ?!効かねぇよ!」
いとも簡単に弾かれる。煌輝の体から、炎が漏れ出す。
「おらおらぁ、もっと来いよ!」
こちらに向けられた煌輝の掌から、火炎弾が何発も放たれる。必死で避ける。当たったら、たぶん即死だ。彼の残り点数は、1点だ。あのポーションの効果だろう。だから、一回でも攻撃を当てることができれば、勝ち。それでも、それができそうにないほど、彼の気迫は凄いし、火炎弾も凄まじかった。どうすればいい。考えろ、僕。考えて、考えて、雪薙君にも勝ったじゃないか。
「考える暇なんか、与えてやんねぇよ。これが、俺の中の隠れた能力だ。これが、俺の全てだ。全部見て、それから、堕ちろ」
また、火炎弾が放たれる。それに、炎の渦が伴う。全方位に火炎の矢が放たれ、三本当たってしまった(青澤天、残り777点)。どうやら、一本当たれば十点取られるようだ。完全に、煌輝の独壇場だ。これは、まずい。
「雷霆スマッシュ!」(青澤天、残り627点)
十発撃った。さすがに当たって欲しいところだが………
「何発撃ったって、無駄だよ。全部、跳ね返すだけだ」
「くっ………」
「駄目だ。お前とやってるだけじゃ、完全燃焼できねぇ。つまんねぇよ」
そう言って、彼は去った。追わなければ、大変なことになる。すぐに一階まで下る。
「煌輝?!どうしたの?!体から炎が!」
ピンククラスに、彼はいた。
「ネイビークラス、全部こっち来いよ。俺が全部、いただく」
「それは心外やなぁ。いくらスタンダードスターでも、お前と青澤では訳がちゃう。お前では、俺ら一気には倒せやんでぇ」
「心外なのはこっちだよ。俺って、そんなに舐められてたんだなぁ。いいぜ。教えてやるよ」
大量の火炎弾。
「ミッドガルドシールド。破ってみぃ、スタンダードスターの端くれさんよぉ」
「簡単だ。もう楽しめたか?」
そう訊いて、彼は、退屈そうに指を鳴らす。そうすると、一学期中間の時にあんなに破るのに苦労したシールドが、刹那、崩れ去る。
「なんやて?!」
そのまま、ネイビークラスの扉は突破され、四十人はたった一人に壊滅されられた。
「んー、やっぱ、青澤とやってた方がまだ楽しいわ。なんてったって、こいつら脆いもん」
「煌輝、君は、同級生をなんだと思って━━━!」
「るせぇ。んな事言ってねぇで、もっと俺を楽しませろ」
「━━━っ」
火炎弾が僕を襲う。オリュンポスシールドで防ぎ(青澤天、残り527点)、破壊されることを念頭に身構える。そして、彼が指を鳴らし、僕はその瞬間かわす。真・雷霆スマッシュを撃ち込む(青澤天、残り452点)。これなら届くか。
「だぁかぁらぁ!それは意味ねぇって言ってんだろぉ!」
淡い期待は外れ、簡単に跳ね返される。
「もういいよ。そろそろ終わりにしてやる。食らえ、青澤………天」
煌輝が両腕を突き出す。両脇を炎の渦に包まれて、動けない。
「もう、駄目だ………」
そう思った時だった。
「だめ!煌輝、だめ!」
夢だと思った。いくら仲直りしたからといって、クラスメイトだからといって、彼女が僕を助ける義理などどこにもないのだ。
「そんなこと、仲間同士なのに………だめだよ………!」
少なくとも彼は、風花に好意を持っている。これなら、僕は助かるかもしれない。彼女は僕の希望だった。それまでもだが。しかし、
「うるせぇよ。俺に逆らうんじゃねぇ」
その風花を、なんの躊躇いもなく炎で吹き飛ばしたのだ。
「………え」
その瞬間だった。溢れ出す風花の涙が、僕の、目覚めさせてはいけないものを目覚めさせた。これが目覚めるのは、一学期期末以来か。
「ふざけんな」
「………あ?」
「ふざけんなって、言ってるんだよ!」
体に、雪薙君との試合の時以上の電流が流れる。
「嘘だろ………ポーション飲まなくても、限界到達できんのかよ………」
確かに、僕の点数は1点になっている。
「お前が!風花に!なんの!恨みが!あるってんだ!!」
一言ひとこと、言葉と共に雷霆を放つ。
「………知るかよ。邪魔だったから退けた。そんだけだろ」
完全に、とはいかないまでも、かすり傷程度で済ませながら言葉を返す煌輝。怒りが込み上げる。
「許さない。お前だけは絶対に!!」
雷霆を無尽蔵に放つ。火炎弾が、それを相殺するように放たれる。爆破で、ピンククラスの周りに煙が充満している。火炎旋風が巻き起こり、刹那、煙が晴れる。
アドバンスクラス四十人で分担して、ビリジャンクラスと、風邪で月島が欠席中のクリムゾンクラス、そしてスカイブルークラスをものの一時間で全滅させ、あとはピンククラスとネイビークラス。一時間もあれば、ネイビークラスはピンククラスにやられるだろう。だから、実質残りはピンククラスのみだ。兄とは無線で連絡している。
「そっちはどうだい、兄さん」
『借りた姫路さんがパストビジョンで職員室の先生全員に真実を見せた。これで草野は大目玉食らって終わりだ』
「上手くいったようだね。こっちも順当に片付いてる。ピンククラスに集合しよう」
『わかった』
そうして来たら、このザマだ。焔の炎は、ある事件を連想させた。たとえ、そこで被害者を出す一介の教師が今、身動きが取れないとしてもだ。
「おい、嘘、だろ………?」
隣では、いつの間にか来ていた兄の呟く声が聞こえる。
「あれじゃ、まるで俺と………」
青澤も焔も、俺たちを意識の外に置いている。何か、できないか………。
「い、痛てぇ………。さっさと終わらせようぜ?」
焔が痛みを感じ始める。これが、青澤が与えたものではないとしたら、今すぐ止めないとまずい。
「ああ、終わらせてやるよ。僕の、最高の雷霆で!」
青澤が、冷静さを失いかけている。今の状況は、完全に、普通じゃない。一呼吸あって、それからは、雷霆と火炎が激しくぶつかり合う。そして、青澤が圧される。
「結局、その程度か?笑わせんなよ。なぁ、立ち上がって見ろよ━━━」
煌々と燃える炎。敗ける。そう、悟る。一人のクラスメイトは、嘲笑っている。
「結局、その程度か?笑わせんなよ。なぁ、立ち上がって見ろよ━━━」
他人にできない事が出来る彼と、他人にもできる事がよく出来る僕。彼と僕は、真逆の生き方をしてきたのだ。衝突は、起こるべくして起きたものだったのかもしれない。
尚も火炎弾が襲いかかる。虚しい抵抗も、いつまで続くか。そんな時、だった。意識の外から、槍が飛んで来た。それにいち早く反応した煌輝は、それを掴んで引っ張った。
「誰だよ?!俺らの戦いに割り込むんじゃ………って、智楯じゃねぇかよ」
「割り込んで早々なんだが、今すぐこの戦いをやめろ。さもないと、まずいことになる」
「んだよ、その『まずいこと』って。さっさと話せよ」
「いいか、俺の兄も、炎系能力の使い手だった。その兄が、『限界到達』のポーションを飲んだことがきっかけで、死んだんだ。俺は、過去を見て知った。その時の兄の状況と、今の焔の状況が、酷似しているんだ」
煌輝の顔が、焦りを見せた。またも意識の外から、誰かが中に入ってきた。
「で、俺がその兄だ。今はある事情で、蘇ってる。俺を殺したのは化学教諭の草野だが、その草野が、呟いていたんだ。『焔も、今日で終わりだ』、と。何を企んでいるのかは知らんが、このまま戦いを続けるべきではないと俺は思う」
「ちっ、わかったよ。わかったから、事情を説明しろ」
「ああ。実はだな━━━」
智楯兄弟は、事情を事細かに説明してくれた。
「なるほど、事情はわかった。なら、青澤、ピンククラスに説明して、アドバンスクラスに負けるように説得してくれ」
「わかった」
正直、彼の指示には従いたくなかったけど、そんなことも言っていられない。アドバンスクラスの戦力低下が原因なら、悔しいけれど、僕らが負けるしかない。草野先生はもうすぐ職を解かれる。だから、次の定期テストからは、全力でぶつかれるはずだ。
「ありがたい」
「これで、俺の役目は終わった。たぶん、ここでお別れだ。槍都、じゃあな」
「ああ。とても名残惜しいが、しょうがない。じゃあな、兄さん」
陽多さんの体が、光となって、消えていく。それからは、智楯槍都君の眼が、夕影の色になることはなかった。
あれから、湊かなえさんの『告白』を読んだ。正直、思ってたのとは違ったけれど、名作には違いない。読んでない人には、おすすめしたい一冊だ。『告白』を読むことによって付けようとしていた勇気は、その作風によって付けることが叶わなかったが、一度やると決めたことはやるしかない。立ち寄ったのは、花屋。初めて入るのだが、案外簡単に買うことができた。
「薔薇、三本下さい」
普通に考えれば少ないかもしれないけど、この想いを伝えるには、ぴったりの本数だ。
薄暗い、冬の夕刻。東の空は群青色で、西には輝く夕影。世界の裏側では、僕らの象徴、Daybreakが起こっていることだろう。前には、その風景が最も似合うような、我らがヴォーカル。伝えられる限りの言葉を並べて、そうして後ろ手に隠した花束を渡す。「Daybreak」の始まりは、朝焼け。僕らの再開は、夕焼け。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!ラストのサブタイトルの光将というのは、「光に満ちた将来」という意味を込めています。みなさんにも、光将がありますように!次作も、乞うご期待!




