死因と祭典
鈴蘭祭、四日前。日曜日、午後。
「兄さん。今から、作戦のデモンストレーションをしよう」
「わかった」
誰もいない学校に、俺と兄は忍び込んだ。
「まず、アドバンスクラスに移動だ」
「了解」
アテナの智力で教室の鍵を一瞬にして開ける。
「よし。いいぞ」
「座ろう」
誰かの椅子を借りる。
「まず、俺の話を聴いてくれ」
「わかった」
「俺は、確かに暴走した。でも、自分から飲んだんじゃない。あの過去のビジョンではわからなかった部分の真相を、今、話そう」
二年前、俺が最も忘れられない日。最も忘れたくない冬の日、朝。事が起こったのはこの高校。その時、兄、智楯陽多と、当時の彼の化学担当教師、草野は、第三講義室にいた。
「こんなところに俺を呼び出して、一体何の用ですか?俺にはこんなところ、もう縁はありません」
「まぁそう言うな。私は、もう一度君のあのパフォーマンスを見たいだけなのだ。だから、もう一度だけ、これを飲んでくれ」
草野が手に持っていたのは、「限界到達」ポーション。
「いいえ。いくら草野先生の頼みでも、それは聞けません。俺は、それのせいで、クラスメイトでさえも傷つけそうになった。もう飲みたくない」
「では、こうすればいいのだ。教室の中に、クラスメイトたちを避難させる。そうすれば、クラスメイトを誰も傷つけずに済む」
「一度、クラスメイトたちに訊いてみます」
「わかった。ただし、この話に私の名前は出してはならない。私のことは『ある人』と言いなさい」
「わかりました」
そして、作戦会議の時間、二年生アドバンスクラスの中で兄は、こう話した。
「すまない、みんな。一つ、提案があるんだ。今回のバトルイベント、俺一人にやらせて欲しい」
教室全体がざわめき始める。
「待ってくれ。反論はあとで聞く。とりあえず、俺の考えを最後まで聞いて欲しい。俺は、前回、みんなに悪いことをした。これは、何やったって償えない。でも、だからこそ、もう一回やってみたいんだ。何やったって完全には償えないけど、少しでも、みんなのためになれればいいと思う」
クラスメイトの一人が、兄にこう言った。
「お前の考えはわかった。けど、まさか何の策もなく適当に突っ込むだけ、なわけねぇよなぁ?」
「当たり前だ。ちゃんと、策はある」
「どんな?」
「俺は、もう一回『限界到達』ポーションを使おうと思う。もちろん、みんなに迷惑かけないために、みんなは教室の中にいるだけでいい。今度は、その力を乱用したりはしない。絶対に」
「ちょっと待て。俺らはただ、指咥えて見てるだけってのか?」
「そうだ。だから、ここでみんなに問いたい。俺が一人でやってもいいか。それとも、『限界到達』を俺が飲まずにみんなで戦うか。ただ━━━」
「ただ?」
「━━━ただ、この、俺が一人でっていう作戦は、俺が提案するものじゃないと思ってくれ。ある━━━そう。『ある人』の提案なんだ」
「『ある人』って………誰だよ?」
「それは、言えない。だから、俺が進んでやるってわけではない」
「そいつは、信用していいのか?」
兄は、その時、盗聴の気配を察知していた。だから、嘘を吐くことしかできなかった。
「ああ。絶対的な信頼を寄せていい。その上で、みんなに問う。どうだ?」
「確かに、陽多のアレは強かったと、俺は思うぜ。だから、俺は陽多に任せてもいい」
「私たちに危害を加えないなら、それで」
「どうせ、毎回アドバンスクラスの勝ちなんだ。なら、さっさと終わった方が早いだろう」
クラスメイトみんなが頷いてくれた。
「その時、俺は思った。期待をほぼ100パーセント、裏切ることになるだろうと。そして、俺は草野に報告した」
「先生、聴いていたとは思いますが、みんなも納得してくれました」
「なんだ………。気づいていたのか」
「えぇ、まぁ。ということで、やります、俺」
「あぁ。期待している」
そこで、バトルイベント開始時刻が来た。
「━━━とまぁ、こんなところだ。ということで、一方的に悪いのは草野だ。だから、一泡吹かせてやりたい」
「一泡じゃ足りない。何万泡と吹かせてやろう」
「はははっ、そうだな」
「さて、それなら、そうだな………兄さん、こうするのはどうだろう。俺が━━━」
話はまとまった。あとは、実行するのみ。決行の日まで、あと十一日。
鈴蘭祭、一日前。水曜日、午前中。今日は、一日中鈴蘭祭の準備だ。
「弦歌、どうしたの?」
「あのね、風花。どうしても聞いて欲しいお願いがあるの」
「なになに?大抵のことなら聞くよ?」
「『Daybreak』のステージに、来て欲しい」
「それって、どういうこと?もう一回、私に歌って欲しいってこと?それとも、聴きに来て欲しいってこと?」
「前者ならありがたいけど、せめて後者だけは」
「聴きに行くのは、全然オッケー!でも、歌うのは、無理かな」
だって、ただでさえみんなに迷惑かけてるのに、どう考えたって、無理じゃない。私は、泣きそうになった。支えが欲しい。そう考えると、天には悪いことをしたと思った。私にはまだ、天という存在が必要なのかもしれない。最近、少しだけ話せるようになってきたけど、もう以前のような関係には戻れないのだろうか。私って、なんて自分勝手なんだろう。
「そっか。ごめんね、こんなこと言って」
「いいんだよ!私は大丈夫!楽しみにしてるね、『Daybreak』!」
「『抱え込まずに、背負わずでいいから』。何かあれば、あたしに言ってね」
「ありがとう。『Daybreak』、是非歌ってね!」
「うん。ありがとう」
それで会話は終わり、私たちは別々に、鈴蘭祭の準備に戻った。
鈴蘭祭、一日目。今日は、「マキアー」がある。公立高校のやることとは思えないような、この日のための特設会場に、僕は足を踏み入れる。もちろん、能力を使って一夜で作ったのだろう。しっかり、内部を確認しておく。砂埃舞う、荒野のような戦場。本当に、使えそうなものが何も無い。戦場には、もう他に人がいた。
「おう、天」
「やぁ、光。今日も、いい勝負ができるのを楽しみにしてる」
「俺も」
「よお、お前ら」
瞬間、僕ら二人に緊張が走った。
「やぁ、智楯君」
「おう、智楯。お前とも、いい勝負できるように頑張るぜ」
「あぁ。やってみろ。俺は、容赦しない」
彼の夏の蒼空のような双眸は、澄み渡り、輝きを高めていた。
その後、心、伊達、日文、ビリジャンクラスの代表がやってきた。
「天!」
「やぁ、心」
「明日はバンド、心合わせないとだけど、今日は、違うから。天に、私もライバルだっていうことを教えてあげるんだから」
「僕にとっては充分、心もライバルなんだけどね」
「え、そうだったの?!じゃあ、ライバルらしく、みんなにいい勝負を見せてあげよー!」
「うん!」
テンションが上がってきた。
「みなさん、集まりましたね。少し早いですが、始めましょう。それでは、マキアー、スタート!」
「存分に愉しもう。俺に来るなら、来い」
「俺が行こう。ここで、智楯を潰しておいた方が早い」
「月島………か。一人でいいのか?」
「当たり前だろ。ルール違反になるし、一人で勝たなきゃ、意味ねぇし」
「そうだったな。さぁ、来い」
光と智楯君の戦闘が始まりそうだ。僕も、誰か倒さないと。
「天。中間でできなかった分、今からしない?」
「あぁ、うん。やろう」
日文とビリジャンクラスの子は、伊達に貫かれていた。
「やったるで、青澤。次は、正々堂々と」
「ピリア・アフロディーテ(50,800、倒した敵の数×100回復)!」(佐倉心、残り349点)
驚いた。今回の実力テスト、僕は心に点数負けしていたのだ。おっと、驚いている場合ではない。かわす。
「真・雷霆スマッシュ(75,750、防御貫通)!」(青澤天、残り303点)
かわされる。今回は、元の得点が少ない分、消費は慎重に。前を見る。心の姿がない。周りを見渡す。一瞬、自分が花畑のど真ん中にいるような感覚に陥る。しかし、直後の衝撃でそれは間違いであることがわかった。横から、ピリア・アフロディーテが迫ってきていたのだ。あっけなく敗退した僕は、それでも気を抜いてはいけないことに気づく。クラスの仕事もあるし、Daybreakもある。マキアーで優勝したのは、智楯君だった。よって、アドバンスクラスには得点が追加される。「得点」、というのは、テストではなく、クラス企画のものだ。クラス企画では、食べ物を扱うA班と、食べ物を扱わないB班の二つにわかれて、三学年合わせた、A班なら十クラス、B班なら十三クラスで競われる。僕らはB班で、一年アドバンスクラスもB班だから、負けたくない。「妖怪探し」には、みんなで準備を頑張ったから、多少なりとも自信はある。ただ、問題は向こうの「射的」だ。どれくらい向こうの人気があるかが、勝敗のきっかけとなるだろう。さっきまでやってくれていたクラスメイトと交代して運営に回ると、運営の楽しさや難しさが身に染みてわかった。そして、一日目は飛ぶように過ぎた。




