挑戦と問答
鈴蘭祭、八日前。クラスやバンドで色々忙しいにも拘わらず、僕らはクイズ研究に勤しんでいた。読みは日文。
「問題。人間の居住できな/い、あるいは居住することが非常に困難な地域を何という?」
押したのは、謎太君。
「アネクメーネ」
「正解」
ほとんどみんな押していたが、謎太君の早さが勝った。クイズ研究と言うが、ただクイズを楽しんでいるだけだという見解もある。
「問題。ギリシャ語で『塩/を作るもと』という意味がある、メンデレーエフの周期表で17族の元素群の呼び名は何?」
押したのは、僕。
「ハロゲン!」
「正解」
これもみんなが押せる問題だ。
「なぁ、タイマンで回していかないか?」
先輩が提案する。
「いいですね」
「やりましょう」
ということで、僕と謎太君の対戦になった。僕は、バドミントン部としては雪薙君を、クイ研では謎太君を、それぞれ同級生の中では最も尊敬している。それもあって、昨日と似ていると思った。読みは、日文がやってくれた。
「問題。1998年のFIFAワールドカップ公式球 の名前にもなっている、青、白/、赤の三色からなる、現在のフランスの国旗の名前は何?」
押したのは、謎太君。
「トリコロール」
「正解」
一マル対零マル。七マル、または二バツで勝負が決まる。
「問題。『メモを取/る』と言ったときの『メモ』とは、何という言葉の略?」
押したのは、謎太君。
「メモランダム」
「正解」
二マル対零マル。着々と、スフィンクスは牙を剥き始める。
「問題。シングルスではア/ウト、ダブルスではインとなる、テニスコートの両端に位置する細長い区画を何という?」
押したのは、僕。
「アレー!」
「正解」
一マル対二マル。
「問題。これまでに『大地の汽笛』『風のタクト』『/時のオカリナ』などのタイトルが発売された、主人公のリンクをプレイヤーが操作する任天堂のゲームシリーズは何?」
押したのは、僕。
「『ゼルダの伝説』!」
「正解」
二マル対二マル。追いついた。できるなら、このまま追い越したい。
「問題。乳脂肪分が多いほどその温度は低くなる、チョコレートを/作る際に滑らかな口当たりにするために行う温度調節を何という?」
押したのは、謎太君。
「テンパリング」
「正解」
三マル対二マル。それにしても、どちらも間違えない。
「問題。代表曲に『パンダヒーロー』や『マ/トリョシカ』などがある、ミュージシャンの米津玄師がニコニコ動画で活動する際に用いる名義は何?」
押したのは、僕。
「ハチ!」
「正解」
三マル対三マル。
「問題。地表からおよそ2/900キロメートルの深さにある、地球のマントルと外核の境界面を発見者の名から何という?」
押したのは、謎太君。
「うわぁ、なんだっけ。モホロビチッチ不連続面………?」
「不正解。正解は、グーテンベルク不連続面」
「あ、そっかぁ。2900キロだもんなぁ」
三マル一バツ対三マル。
「問題。篠原夏希と付き合うふりをすることになった主人公・小磯/健二が夏希とその家族とともに仮想世界と現実世界で起こる危機に立ち向かう姿を描いた、細田守監督の映画は何?」
押したのは、謎太君。
「サマーウォーズ」
「正解」
四マル一バツ対三マル。
「問題。フランス語で『国家に対/する一撃』という意味がある、暴力的手段によって起こされる政変を何という?」
押したのは、僕。
「クーデター」
「正解」
四マル対四マル一バツ。
「問題。著書『悲劇の誕/生』の中で芸術をアポロンとディオニュソスという二柱のギリシャ神話の神に喩えたドイツの哲学者は誰?」
押したのは、謎太君。
「フリードリヒ・ニーチェ」
「正解」
五マル一バツ対四マル。
「問題。映画『マグノリア』ではこれを描いたシーンがある、魚や蛙などの通常降る/はずのないものが空から降ってくることを何という?」
押したのは、謎太君。
「ファフロツキーズ」
「正解」
六マル一バツ対四マル。彼は、他のにも結構強いが、現象系にはめっぽう強い。
「問題。これによりナポレオンの百/日天下が終わりを告げた、1815年に現在のベルギーでイギリス・プロイセン連合軍がフランス軍を破った戦いは何?」
押したのは、僕。
「ワーテルローの戦い!」
「正解」
五マル対六マル一バツ。
「問題。ローザ・ルクセンブル/クやカール・リープクネヒトらを中心にドイツで設立された、マルクス主義者による政治団体は何?」
押したのは、僕。
「スパルタクス団!」
「正解」
六マル対六マル一バツ。次で、勝負は決まる。僕が誤答しなければ。
「問題。五十周年を迎えた2019年8月にはワトキンズグレンで記念祭が開かれた、1969年8月15日から3日/間行われた大規模野外コンサートを、開催地であるニューヨークの地名から何という?」
押したのは、謎太君。
「ウッドストック・フェスティバル」
「正解」
やっぱり、謎太君は強かった。その後も、時間の許す限り、みんなで交代しながらタイマンクイズを楽しんだ。
鈴蘭祭、六日前。金曜日、放課後。
「じゃあ、今から、通してみよっか」
「そうだね、頑張ろう!」
「よっしゃ、いくぞー!」
僕ら「Daybreak」は、視聴覚室で練習していた。
「そうだ、ナレーション、あたしがやるね」
「お願いする」
弦歌がマイクを持つふりをする。
「こんにちは。あたしたちは、『Daybreak』です!あたしたちの演奏を聴いてくださるために、こんなに沢山の方々が集まってくださったことに感謝しています。それでは、まず、メンバーと楽器の紹介をさせていただきます。まずは、あたし。美辻弦歌、ヴォーカルとギターをやっています」
弦歌がギターを少し弾く。そして、僕たちの方に振り向く。
「こんな感じで、前に言ってたように、自分で決めた曲があれば、弾いて欲しい」
みんな、了解の意を伝える。
「次に、彼」
僕に向かって、弦歌の腕が伸びる。少し慌てて、話す。
「青澤天、ヴォーカルとギターをやっています」
「続いて、彼」
「村田優詩、ベースをやってます」
「そして、彼」
「緋空夕辺、ドラムをやっています」
「最後に、彼女」
「佐倉心、キーボードやってます!」
「それでは、全員の紹介が終わったところで、一曲目を演奏させていただきます。一曲目は、『シュガーソングとビターステップ』です!」
夕辺が静けさを破って叩き始める。そして、僕と弦歌と村詩と心が弾き始める。前奏が終わりかけた頃に、息を吸い込み、歌にして吐き出す。
「♪超天変地異みたいな狂騒にも慣れて━━━」
そして、歌って弾いてで疲れながらも、「♪━━━Lalalalalalalala get your happiness, phrase and your melody!」まで歌い切った。
「天、疲れてるよ」
「しょうがないじゃん。キツイんだよ、『シュガビタ』」
「はいはい、次、いくよ?続いての曲は、『This game』です!」
部屋は一瞬で静まり返り、一呼吸置いて心が弾き始める。二十小節以上の長いソロパートを弾き切り、更にそれだけでは終わらずに、弾き続ける。ここが、彼女の一番の見せ場であり、一番の山場でもある。しかし、彼女はノーミスで弾き切った。それどころか、演奏する側の僕まで惹き込まれるような演奏だったので、入るところを少しの間見失うくらいだった。幸いきっちり入ることができたのだが。そして、五十秒を超える長い前奏の後に、弦歌は歌い始める。
「♪回り続ける歯車には成り下がらない━━━」
今日の弦歌は、いつもより調子が良いようだ。本番もこれ以上でいけたなら、聴衆を熱狂の渦に巻き込めそうだ。でも、そのためには、僕のミスもないようにしないと。そうこう考えながら、何回ミスったかわからないくらいになったとき、弦歌はこう歌った。
「♪━━━二人だけは二人信じてる」
はっと気づいた。もう、ラストだったのだ。本番はこんなにぼーっとしないようにしよう。
「カヴァー曲二曲を演奏させていただきました。ここからは、あたしたちが作詞作曲をした、オリジナル曲を演奏させていただきます!まずは、『Shuttle』!」
『Shuttle』の見せ場は、たくさんある。一つ目は、一番最初の、弦歌のかっこいいギターパート。弦歌は、自分で作曲したのだが、今の自分にはできないようにしたと言っていた。前の練習でも、完璧にはなっていなかった。これから完璧にする予定なんだろう。向上心と自信の塊だ。それが終われば、弦歌は歌い始める。その後は、ギターのメインは僕になる。
「♪踏み出す一歩が自分自身 後ろ気にせずただ前を向け」
バドミントンをモチーフにしているらしいが、ちゃんとそれっぽい。
「♪歓声が沸く全て味方に 眼中に火を灯らせればいい 『いつものペースで』 なんてできないけど キャンセル利かないから」
大会の雰囲気が、肌で感じられるような歌詞。彼女は、本当に才能があると思う。そして、曲はサビに入る。サビ前の夕辺の乱打も、見せ場の一つだ。
「♪デッドオアアライブ 生き残るため ぶっ飛ばしていけ 練習じゃない 今ここで決めてやると勇気を 空気なんてないくらいに ジャンプしてく 鳴る音軽快に打て! 一番のスマッシュを!」
弾きながら想像する。これを本番でやったら、どうなるか。たぶん、すごく盛り上がるだろう。今回の曲の中で、カヴァー曲の作曲者の方々には申し訳ないが、最も盛り上がりそうな曲がこれだ。
そして、弦歌は歌い切ったし、完璧に弾き切った。流石に、『This game』からのこれにはキツいものがあると思うが、彼女はやり切った。次は、僕だ。絶対、迷惑はかけたくない。本番のように、風花の心に響くように。
「続いて、『Stand up, stand by me!』!」
夕辺のドラムから始まり、村詩のベースも響き渡る。その後、僕はスタンドにあるマイクに手をかける。
「♪ねぇわかったから背負わないで 『気にしないで』って抱え込まないで 君がいなきゃ僕だって 何もできず ただ暗闇に 迷い込んでる だけになっちゃうじゃん!」
ここまでは大丈夫。でも、次のサビが厳しい。歌詞が、怒濤の勢いで進むのだ。
「♪だから立ち上がってよ傍にいてよ 君だけなんだよ! どれだけ考え込んでも どんなに自問したって 変わらないんだ あの日さようならと言われた日の紅く燃えた空 今もさあの日と似ている 夕陽が沈みそうだけど 君はどうなのかな?」
この激しいサビを、三回歌う。その後、僕はヘトヘトになる。
「続いて、最後の曲です!最後の曲は、『Daybreak』。最後まで、盛り上がってお聴きください!」
そして、僕らは弾き始める。風花が作った曲を、風花以外のメンバーたちで。夕辺のドラムがちょうどいい存在感を醸し出している。弦歌が歌い始める。
「♪一人で全て出来るわけないから あたしは全部なんて出来なくたっていい 『抱え込まずに背負わずでいいから』 そう言ってくれる人がまだいるよここに」
そして、僕が歌い出す。
「♪果てのない暗闇さえ 僕らならば歩めるさ勇み足で」
「♪ここから始まるbeginning 光をくれたrising 朝焼けを感じてあたしたちで」
「♪クリアし難い難題前にあれど」
「♪越えてゆけるさ越えるさ 輝くDaybreak」
そして、二番に入る。村詩のベースが響く。
「♪君には全て賭けたっていいから あたしの全部全部無くなったっていい 『明けない夜も止まない雨もない』 そんな言葉がなくても君がいるだけでいい」
「♪『がむしゃらに前に進め 振り返るな』自信を持たせてくれて」
「♪煌めく涙がshining 乾きますようにpraying 大切な人たちに届けばいいな」
「♪僕の知らない今日へ過去を超えて」
「♪歩幅揃えて出来るさ 飛翔する群青に」
なんてったって、歌詞が素晴らしい。女子の感性というものは、計り知れない。心のキーボードが目立つ。やはり一つのミスもない。
「♪僕ら例え今日に飽きて 夜明けの時 待ちくたびれたとしても」
「♪変わらないあたしたちは 君でさえも大切な仲間なんだから ここから始まるbeginning 光をくれたrising 朝焼けを感じてあたしたちで」
「♪煌めく涙がshining 乾きますようにpraying 大切な人たちに届けるよ今 僕の知らない今日へ過去を超えて」
「♪歩幅揃えて出来るさ 飛翔する群青に 越えてゆけるさ越えるさ 輝くDaybreak 夜明けにまた逢おう」
たぶん、弦歌が一番疲れる曲はこれだろう。それくらいに、風花の魂がこもった歌でもある。この歌を、風花に歌って欲しい。改めて、そう思った。
「ありがとうございました!」
みんなで礼をする。
「さて、通しも終わったことだし、細かい修正していくよ?」
「よし。じゃあ、俺から━━━」
こうして、練習の時間は飛ぶように過ぎた。




