挑戦と天雷
鈴蘭祭、十一日前。「Daybreak」は、またリーダーの家に集まっていた。
「天、曲はどう?」
「書けたよ。ちょっと見て欲しい。曲名は、『Stand up, stand by me』」
それから、四人は、静かに歌詞や楽譜を読んでくれていた。読み終わって直ぐに、弦歌が言った。
「うん、風花への気持ちが、よく現れてる。これなら………」
「これなら?」
「うん。あたしが考えてるのはね、まず、文化祭のステージのセトリの変更。変更後は、『シュガビタ』、『This game』、『Shuttle』、『スタスタ』、『Daybreak』」
『スタスタ』というのは、僕の曲だと思う。ふたつのスタンドのスタを採ったのだろう。
「それで、上手くいけば、『Daybreak』を風花に歌ってもらえるかもしれない。天が、『スタスタ』で、思いを伝えてくれれば。あと、一応あたしも、『Shuttle』に風花への思い、込めたんだ」
「どういう所に?」
「ほら、ここ」
『うわぁ、すげぇ(すごいね)!』
「弦歌、天才」
「これくらいならまだできるよ。逆に、作詞で浮かんでこない時にこのやり方使うと、思い浮かぶことあるから」
「よしっ、なら、頑張ろう!」
『おう!』
「とりあえず、最悪の場合を考えて、『Daybreak』も練習しておこう」
「そうだね。誰が歌うの?」
「とりあえず、歌詞を少し変えてきた。あたしと天のデュオってことで」
「オッケー」
「じゃあ、最初は、『スタスタ』の編曲、みんなで考えよう。その後、セトリを一回全部通してみよう」
『了解!』
鈴蘭祭、十日前。月曜日、放課後。大会が終わって、バドミントン部はモチベーションがバブル景気のような超絶インフレーション中だった。ただ、バブル崩壊はしないはずだ。しかし、大会が終わったばかりということで、今日は能力戦をすることになった。相手は、雪薙君。セブンポイントマッチ。主審は、潮。
「ラブオール、プレイ!」
雪薙君のサーブ。ショートサーブ。サンダーロブで返す。ラケットが凍ってきた。さっきのサーブは、たぶん、「コールドサーブ」だ。触れたものを凍らせる、それが、雪薙君のスカディの力だ。ロブが落ちる前に、雪薙君は高翔する。「ブリザードハイジャンプ」。そのまま、スマッシュ。「セツナペネトレーション」。普通に打つスマッシュより、五倍は速い。しかし、テレボルテージミクロを使って移動し、フォールドロップで対応する。僕のショットは、アウトになることがない。なぜなら、電荷を操作することができるのだから。雪薙君は、対応できなかった。電荷を操作することで、抜群のコントロールを生み出しているのだ。
「オーバー、ワン、ラブ」
雪薙君の顔は、あまりに涼しかった。僕のサーブ。フォールドロップ。「コールドドロップ」。サンダーロブ。ブリザードハイジャンプ、セツナペネトレーション。フォールドロップ。今度はちゃんと対応してきた。コールドドロップ。間に合わない。テレボルテージミクロ、フォールドロップ。そして、雪薙君の次のショットは、想像を絶するものだった。高く上がったかと思えば、視界がだんだん狭まってきた。もしや、これは………。
「ホワイトアウトロブ」
くっ。でも、翔ぶしかない!「蒼雷の高翔」!そして、雷霆スマッシュ!しかし、タイミングが合わなかった。空中で空振ってしまった僕は、それでもなお、足に正電荷、コートに負電荷を付与。シャトルより速く落ちて、そのままサンダーロブ。対する雪薙君は、「ホワイトアウトクリア」。体勢を崩しながらだ。ここでタイミングを合わせるためには、あの霧をどうにかしないといけない。ル・ヴォル・ブレケラヴノス。霧が晴れた。しかも、たまたまシャトルがいいところにあった。雷霆スマッシュ!
「トゥー、ラブ」
しかし、僕は異変に気づき始めていた。一回目のル・ヴォル・ブレケラヴノスと、二回目のそれでは、まるで感覚が違った。それについて、あまり深く考えなかった。僕はサーブを、『いつも通り』打った。そう、本当に、『いつも通り』。しかし、そのフォールドロップは、ネットを越す前に、落ちそうになった。慌てて、電荷を適切に付与する。ギリギリ、サーブがショートサービスラインまで、シャトルは行ってくれた。そろそろ、自分の直感が、正しいのではないかと考え出すようになった。返ってきたのは、コールドドロップ。また、フォールドロップで返そうとした。しかし、ネットに行く手を阻まれたシャトルは、為す術なくコートに落ちた。
「オーバー、ワン、トゥー」
そして、僕の、当たって欲しくない直感が当たってしまっているかどうかを確かめるために、ラケットを見る。ラケットには、小さな氷柱が何本もでき、グリップと掌はくっついてしまっていた。試合中だったため、そんなことになってしまっているなんて全く気づかなかった。これ、どうすればいいんだ。ガットも凍っていて、思ったようにシャトルが飛ばない。更に打ち続けたら、腕まで凍ってしまうかもしれないし、実際少しずつ凍ってきている。なんてこった。でも、とりあえず構えないと。これ以上、雪薙君を待たせる訳にはいかない。雪薙君のコールドサーブ。僕には、直前の総合教科テスト、つまり、一学期期末テストの得点に対応したゼウスとワタツミの能力があるんだ。雪薙君とは能力のパワーでは、大差がついているはずだ。でも、パワーだけじゃ勝てないことは、知っている。能力戦が、能力だけじゃ勝てないことは、知っている!頭を使うんだ、青澤天!何度も自分に問いかけるが、何も戦況は変わらなかった。僕の打ったシャトルは、ネットという、低いようで高い壁を越えることはできなかった。
「トゥーオール」
こうなったら、能力をフルに活用しよう。できるかどうかわからないけど、頭が疲れ果てるまで、やれるだけやるんだ。雪薙君のコールドサーブ。サンダーロブ。コートに、ではなく、エンドラインに電荷付与。綺麗な軌道を描くように、できるだけ高速で軌道を描くように、微調整。少しでもいつもと変えると、人は誰でも、最初はついていけなくなる。慣れる速さは違えど。一瞬以上、どこかで躊躇うのだ。その躊躇いは、下手をすると命取りとなる。本当にエンドラインギリギリに落ちたシャトルは、勢いを一度で殺しきれず、もう一度高く跳ねた。
「オーバー、スリー、トゥー」
「天、少し変えてきたね。でも、そのイメージを維持するのは、至難の業であるはずだ」
「それでも、僕は雪薙君、君に勝ちたい」
「僕は負けない。たとえ能力戦であっても、天を始め、誰にも負けたくない」
僕のサーブ。今度は、フォールドロップでショートサービスライン上に乗るように。
「天。僕は、前回のテスト、クラス最高点を取ったんだ」
僕には、それが何を意味するのかわかった。焦りが、徐々に僕の心を蝕む。以前、850点以上を取れば、能力は二つになるということを紹介した。ただ、総合でクラス最高点を取っても、能力は二つになるのだ。
風が巻き起こった。シャトルは、雪薙君の打ちやすいところに吹き寄せられていった。
「風神………それが僕の、二つ目の能力」
シャトルは徐々に上に移動する。風に巻き上げられている。それは決して暗喩じゃない、現実だ。蒼空高く上がったところで、ブリザードハイジャンプ、セツナペネトレーションのコンボ。驚きと恐怖で、体が動かなかった。
「オーバー、スリーオール」
「すごい………」
「僕は絶対に気を抜かないよ。それだけ、伝えておく」
「あぁ。僕も、今まで通り全力で挑むよ!」
雪薙君のコールドサーブ。重いラケットを、何とか、思い通り動かない腕で構える。幸い、テレボルテージミクロで動くことができるので、追いつくことはできる。しかし、問題は、そこから打ち返せるかどうかだ。
「サンダーロブアノー!」
エンドラインギリギリに、サンダーロブを。
「それでは変わらないよ」
また、シャトルは雪薙君の思い通りになる。そして、ブリザードハイジャンプ。また、セツナペネトレーションが来る!重いラケットに覚悟を込めて。しかし、返ってきたのは、あの怪物級スマッシュではなく、静かな、初冬に降る雪のようなカットだった。
「スノウカット」
でも、僕はまだ諦めない。テレボルテージミクロで追いつき、雪薙君の真似をする。シャトルとコートと自分に正電荷を付与する。シャトルと自分が浮き、更にラケットを振った時、ラケットに正電荷を付与した。蒼雷の高翔、雷霆スマッシュのコンボだ。雷霆スマッシュは、雪薙君の風をものともせずにコートに落ちた。
「オーバー、フォー、スリー」
しかし、僕の右腕は、もう限界だった。もう、ほとんど動かない。そんな自分が、悲しくなってきた。おい、動いてくれ、頼む。こんなところで終わるのか、青澤天!考えろ………考えるんだ。どうすれば、この状況を打破できるのかを。その時、ふと、僕の頭に舞い降りてきたのは、諸刃の剣のような策だった。できるかどうかもわからない。でも、そんな時、僕をよく知る人たちなら言うだろう。天は、そんなことでさえもやろうとすると。
「練習時間が少ないんだ。もうサーブ打っていいか?」
「あ、ごめん。構える」
コールドサーブ。全身の運動神経に電流を強く流す。その瞬間、僕の右腕に纏っていた氷が、割れた。筋肉は高い熱を帯び、激しく、規則的に鼓動している。ラケットと、そのガットにも電流を流す。テレボルテージミクロなんか使わなくても、追いつける。サンダーロブアノー。電流ガットは、反発を強めるようだ。いつも以上に高く上がったシャトルは、ブリザードハイジャンプでも追いつけないくらいのところにあった。そのまま高速で、エンドライン目掛けて落ちていく。セツナペネトレーションを打とうとした雪薙君は、空振ってしまっていた。
「ファイブ、スリー」
「ぐっ………強い………」
雪薙君も、苦しんでいるみたいだ。僕のサーブ。サンダーロブアノーの要領で、奥へ打つ。しかし、雪薙君の風が弾道の邪魔をする。ブリザードハイジャンプ。来る!どっちだ?!その弾道は、スノウカット。ネット際に急ぐ。しかし、それは雪薙君の作戦だった。スノウカットは、風に吹かれて奥へ行ってしまった。以前の僕なら、取れなかっただろう。でも、今なら。テレボルテージミクロで、後ろへ瞬間移動。体勢が崩れているが、電流ガットの高反発でぶっ飛ばす。エンドライン上に向けて。案の定、雪薙君はブリザードハイジャンプをした。雪薙君がラケットを振り下ろすのと同時に、電荷を操作してシャトルを横に動かす。そして雪薙君は空振るが、風を使って立て直し、もう一度ラケットを振り下ろす。セツナペネトレーション。これは、打たれてもいいのだ。あの一回の空振りがあるだけで。
あの一手による一瞬の焦燥が、雪薙君を不安定にする。それによって、本人は普通に打ったと思っているであろうセツナペネトレーションは、ネットに跳ね返された。
「シックス、スリー」
僕は勝つ。その意志を、今のラリーに表した。存分に、雪薙君の心を乱しただろう。雪薙君の眼の焦点は、若干定まっていないように見えた。そんな姿の彼は、あまり見たくないのだが。
僕のサーブ。また、サンダーロブアノーで。雪薙君は、明らかに疲れていた。でも、まだ動きはしっかりしていた。僕は、体に電流が従来の数万倍流れているから、疲れというものを感じない。ただ、この状態から解放されたら、僕はどうなるかわからない。そんなギリギリの状態で、僕も試合に臨んでいるのだ。風でシャトルを引き寄せた雪薙君は、また、ブリザードハイジャンプとセツナペネトレーションのコンボをしてきた。ただし、今度は、風により超高速回転がかかっている。どれだけ速く瞬間移動しても、こればかりは打ち返すことができなかった。
「オーバー、フォー、シックス」
まだ、あんな隠し技を持っていたのかと思ったけれど、直ぐに、違うと思い直した。彼は、僕と同じように、この試合を通して、新たなイメージを創造し続けているのだ。僕も彼も、精一杯なのだ、たぶん。さて、あの超高速回転スマッシュにどう対応するか。イメージは、まだ思い浮かばない。
雪薙君のサーブ。「フォールドロップカノ」。ネットスレスレに、静かに落とす。しかし、そのイメージも虚しく、風に吸い寄せられていく。また、来る。ブリザードハイジャンプからの、セツナペネトレーションか、スノウカット。絶対、返す!あと一点、あと一点で勝てるのだから。しかし、雪薙君の動きは予想とは違った。今回は、風に天井くらいまでシャトルを運ばせることはなく、中途半端なところでシャトルは止まった。だから、ブリザードハイジャンプなしのそのセツナペネトレーションに、反応することはできなかった。
「ファイブ、シックス」
「勝負はここからだよ、天」
その言葉に答えることはせず、ただ構える。彼の息も、上がっていた。雪薙君のサーブ。ものすごい回転だった。まるで、翔飛先輩のタービュランスサーブのような。しかし、僕の電流が、それを返すことを可能にする。サンダーロブアノー!シャトルは風に吸い寄せられて、雪薙君はブリザードハイジャンプ。そして、スノウカット。いや、まだ、追いつける!諦めない限り、勝利への扉は閉ざされることはない!今度は、クロスにフォールドロップカノ。何を打ったって、全てのショットが、雪薙君に向かっていく。セツナペネトレーション。どれだけ返されたっていい。相手が疲れるまで、こっちも打ち返すだけだ!電荷を操作して、シャトルを蒼空へ高く。蒼雷の高翔!そして━━━狙うはサイドラインとエンドラインの交点上。右腕に、今体を流れる全ての電流を!雪薙君、返せるものなら、返してみろ!
「天雷スマッシュ!」
シャトルは風を切り裂き、狙ったところにほぼ正確に翔んだ。雪薙君は眼を見開きながら、コートに座り込んでいた。
「セブン、ファイブ、マッチ青澤。おめでとう!」
「あ………ありがとう」
「お、雪薙、腰抜かしてんじゃん」
「いや、最後のは、凄すぎた。また後で、どうやってやったか教えてくれ」
「うん」
コートを離れる。
諦めないって、最高だ。




