緊張と変更
鈴蘭祭、十二日前。僕は、ある大きな体育館の前に来ていた。そう、バドミントンの試合に出るのだ。どうにも、実感がわかなかった。更に、今のタイミングでは、「初試合への不安」、「鈴蘭祭のクラス企画への不安」、「『Daybreak』への不安」、「『マキアー』への不安」、「風花への不安」など、試合に集中するには、肩に乗っかっているものが多すぎる。更に、ここでは能力を使ってはならない。僕らの街の人が、能力を持つということは、他の街には秘密なのだ。この街は、閉鎖されている。他方からこの街に来る時は、ライセンスが要る。その厳格な閉鎖体制が、僕らの秘密を守っているのだ。だから、外の人々がいるところで、能力を使った瞬間、本当に一瞬で、能力は使えなくなる。能力というのは、システムのようなものなのだ。それを知ったのは、中学の時だったが、今は思い出すべきではない。これ以上、心の負担を増やすのは避けよう。さて。この日初めて会った、家族以外の知人は、幸い友人であった。夕辺は、体育館の外の手すりに、腰掛けるようにもたれていた。軽そうな、一見プラスチック製に見えるネックレスを着けて。何ら、おかしいことはない。僕らは、このネックレスを着けている間は、能力に対するイメージができなくなる。つまり、能力が使えない。だから、僕もちゃんと着けている。産まれた時に、街から無料で配布されるのだ。
「おう、天」
「おはよう」
「緊張するなぁ」
「そうだね」
その後、十分もすると、みんなが集まり、体育館も開いた。
「いよいよだな」
そう言う潮は、シード選手なので、二回戦からだ。
「うん。頑張ろう」
「おう!」
そして、大会は始まった。戊奈や夕辺は一回戦に勝って、でも負けた仲間もいた。僕の番は、遠かった。早く来て欲しいと思った。でも、ゆっくり、ゆっくりと試合が近づいてくるにつれ、まだ来ないでくれと思うようになった。勝つ為に当日にできることなんて、そんなにないというのに。そんな僕の思考の裏で、刻々と時間は過ぎ行く。そして、とうとう、僕の番になった。
コールされたコートに向かい、少しウォーミングアップし、相手を確認する。僕と同じくらいの身長で、そんなにがっしりとはしていない。どうなるかはわからない。でも、勝つつもりで行かなければ。ジャンケンで勝って、サーブを選択する。
「ラブオール、プレイ!」
サーブを打つ。高く、遠くへ行って欲しい。しかし、浅かった。そう易々とスマッシュを打たれてたまるか!しかし、その意志とは裏腹に、打たれてしまったのだった。
「オーバー、ワン、ラブ」
フィフティーンポイントマッチ。こんな一点くらい。相手のショートサーブ。ロブで返す。また、浅い。まずい、またスマッシュが来る!後ろへ下がる。予想通りのスマッシュ。これなら、返せないまでも、ラケットには当てられる。これも予想通り当てたが、やはり、悔しいながらも、ネットの奥までは届かなかった。
「トゥー、ラブ」
相手も、高校から始めた初心者のはずだ。それなのに、これほどまでに差があるなんて。相手のサーブ。ショート。ロブで取られるなら、ヘアピン。相手は反応できず。
「オーバー、ワン、トゥー」
よしっ!やっと一点。次は、僕のサーブ。ロングサーブで。クリアが返ってくる。そこを、少し弱めにしてドロップ。何とか、入った。相手のヘアピン。ヘアピンで返す。早く、戻らないと!僕のヘアピンは、浮いてしまった!ドライブを打たれる。必死でラケットを持った右腕を伸ばす。しかし、届かない。
「オーバー、スリー、ワン」
これは、酷い。僕、酷い立ち回りだ。相手のサーブ。ショート。またヘアピンで返す。今度は、ロブで取られる。これは、アウトと見た。見逃す。だが、期待も虚しく、しっかりインであった。
「フォー、ワン」
相手のショートサーブ。ヘアピン。ネットに当たって跳ね返る。
「ファイブ、ワン」
相手のショートサーブ。ロブ。スマッシュ。返すも、中途半端に浮く。プッシュ。フィニッシュ。
「シックス、ワン」
次は勝負をかけてやる。相手のショートサーブ。プッシュ。ネットに当たって落ちる。はい、失敗。
「セブン、ワン」
もう、心が折れそうだ。相手のショートサーブ。ヘアピン。相手が体制を崩す。返ってきたヘアピンは、少し浮いていた。飛びすぎないように、ドライブ。相手は、取れなかった。
「オーバー、トゥー、セブン」
少し、光が見えた気がした。それでも、気は緩めてはならない。ここからが勝負だ。僕のサーブ。ロング。クリア。返す。スマッシュを打ちたかったのだが、低弾道クリアになってしまった。ドライブ。ヘアピン。そして、そのままシャトルはコートに落ちた。
「スリー、セブン」
光は、少し近くなった。僕のサーブ。ロング。スマッシュ。レシーブ。ヘアピン。ヘアピン。ロブ。ドライブ。ドライブ。ドライブの応酬だ。そして、先にミスったのは、僕だった。
「オーバー、エイト、スリー」
フィフティーンポイントマッチなので、先にどちらかが八ポイント取ると、チェンジエンドといって、コートチェンジと、少しの休憩がある。その間に、顧問の先生から、アドバイスを受けた。もう、一人でコートに立つのが困難なくらいに緊張と、不安に押し潰されていた。その状態を、先生の言葉が少しばかり和らげてくれた。よし、少し、策が浮かんだ。
「エイト、スリー」
相手のサーブ。ロブ。相手は、当然スマッシュ、っと、ミスったのか、低弾道クリアのようになった。ここは、ドライブ!相手もドライブ。ドロップ。相手が体制を崩す。ドライブ。シャトルはコートに落ちた。
「オーバー、フォー、エイト」
よしっ。サーブ権をとった。ここで、さっき浮かんだ策を使う。能力は、もちろん使えない。でも、僕は僕なりに考えたのだ。ショートサーブの構えをとる。しかし、ショートサーブは打たない。思い切り、コートの奥の方へ。相手は、ショートサーブだと思っていたのだろう。思惑は当たった。相手が焦って打ったドライブは、ネットに当たって跳ね返った。
「ファイブ、エイト」
このサーブ、やけくそだったけど、結構いけるかもしれない。僕のサーブ。もう一度、あのサーブで。さすがに相手も対応してきた。返すも、決められた。
「オーバー、ナイン、ファイブ」
それからは、取って取られて、ついに相手のマッチポイントとなった。
「オーバー、フォーティーン、ナイン」
相手のサーブ。絶対、負けたくない。ロブ。スマッシュ。弱い、とれる!レシーブ。ドライブ。ヘアピン。ヘアピン。ロブ。ドライブ。そして、次の僕のショットだった。僕のドライブは、ネットに当たって、自分の方のコートに落ちた。
「フィフティーン、ナイン」
悔しかった。それは、生涯で一番なくらいに。
『ありがとうございました』
泣きたくなったけど、涙は出なかった。不思議と、身体の疲れはなかった。それが、僕を後悔に導いた。なんで、もっと疲れなかったんだ。疲れるくらいに、動けなかったんだ。久しぶりに、自分を責めた。それが、精神の疲れとなった。
家に帰って、精神の疲れを回復するために、思い切り歌を歌った。『ピースサイン』に、『シュガビタ』に、『プライド革命』。とにかく、テンションが上がるような曲を、歌いまくった。それほどに、悔しかった。




