苦悩と福音
それは、僕と弦歌がギター練習を四回やった次の日だった。珍しく、チャットで風花に呼び出された僕は、窓の外に夕陽が煌めく学校に来ていた。
「やぁ、風花。珍しく僕を呼び出して、どうしたの?」
「天さ、弦歌とギター練習何日やった?」
「それは、二人きりでってことかな?」
静かに彼女は頷いた。
「四日分くらい」
「思い出して。この夏休み、私と二人きりになったのは、何日分か」
「い、一日………だね」
「それって、さ………私たち、付き合ってるって、言えるのかな………?」
言えると思う。それは、甘いのか。それとも、彼女が辛いのか。
「じゃあ、僕を呼び出したのって………!」
「うん、私から告白したのに、ごめん、やっぱり、別れてください」
僕は、自分を責めた。なんで、なんでもっと、彼女と一緒にいてやれなかったのか。いや、この表現では、まるで僕が上の立場に立っているみたいだ。だから、なんで、彼女と一緒にいなかったのか、が正しいのだろう。きっと、彼女は、待っていたのだ。僕の誘いを。彼女は彼女なりに、自分の夏休みを作り上げようとしていた。それを、僕は害したのだ。僕は、「Daybreak」のためと言えど、彼女と過ごす時間を、あれだけ楽しいと感じたにも拘わらず、無意識に避けてしまっていたのだ。
「風花が、そう決めたのなら、そうさせてもらう。ごめん、苦しめて」
「じゃあね、今まで、楽しかった」
彼女は、そう言い残して去った。嘘だ。何も、こんなところで虚勢を張らなくてもいいのに。一番身近なところで、僕に苦しめられている人がいたなんて。ショックを受けた。一度、決意したはずだった。彼女の悲しそうな眼を見て、決めたはずだったのに。とても後悔した。彼女の、苦しみの涙を思い出して。
Fuka『ごめん、クラブが忙しいから、バンド辞めたいです。ここまで一緒にやってきて、迷惑だとは思うけど、もう、続けられない』21:47
つるか『わかった。悲しいけど、そんな理由ならしょうがないね。クラブ、頑張って!』21:49
Fuka『うん………今まで、ありがとう』21:49
『Fukaが退出しました』
なんて酷いやつなんだ僕は。今まで「Daybreak」のために頑張っていたのに、そのせいで風花どころか、「Daybreak」にさえも迷惑をかけてしまうなんて。
それから僕は、ギターに更に打ち込むようになった。夏休みが明けて、隣の席の風花とは、ほとんど話さなくなった。彼女は、友達の女子や、煌輝とよく話すようになった。
実力テストがあった。全ての力を注ぎ込むことなど、できるはずがなかった。
実力テストが終われば、次は鈴蘭祭だ。あと二週間。鈴蘭祭のステージに向けた「Daybreak」の準備は、万全といえるものではなかった。ヴォーカルは抜けたし、そのショックでみんなのテンションは下がるしで、僕の所為で全てが崩壊してしまった。鈴蘭祭にはクラス企画というものもあり、ピンククラスは、「妖怪探し」にすることになった。といっても、妖怪に模した人形を作って、それを校舎中に隠すだけだ。その人形を二週間で作るのが、至難の業なのだが。僕は、「妖怪探し」をしに来てくれた人たちに、捜索に入ってもらうためのシナリオ作りをする、シナリオライターの役割をすることになった。昔から、文章を書くのが好きで、自分から望んだのだ。ただ、シナリオは、企画が決まった三日後に完成させた。だから、今は妖怪人形の作製を手伝っている。
「青澤君、井戸を手伝ってくれ!」
「大河君、了解!」
「大河、こっち来てくれ!」
「わかった!青澤君、あとは頼んだぞ!」
「げっ、まじっすか………」
僕は、元々工作が得意ではない。対して、大河君は、工作が大の得意なのだ。工作が得意というのは、とても羨ましいことだ。そんなことを思っていると、あることに気づいた。
「あ」
「ん、どした、天」
「忘れてた、クラス対抗能力対決の説明!勇、あとは頼んだ!」
「お、おい、天!」
勇に任せて、集合場所に急ぐ。
「すいません、遅れました!」
と言いつつ、メンバーを確認。クリムゾンクラスは、やはり光だ。スカイブルークラス、心。パープルクラス、日文。ネイビークラス、伊達。ビリジャンクラス、安定の知らない人。アドバンスクラス、こちらも安定、智楯君。
「遅いぞ、青澤。数学の授業中ならず、集合までも俺の邪魔をするのか?」
よりによって紺野先生が説明担当だなんて、僕もツイてない。
「いいえ、滅相もございません」
「口では何とでも言える。さて、ようやく全員揃ったところで、説明を始める。今回のクラス対抗能力対決は、『マキアー』」
「マキアー」、ギリシャ語で「戦い」。しかし、これだけでは、ルールがわからない。
「ルールは、簡単。いつものバトルイベントを、七人でバトルロイヤル形式で行うだけだ。しかし、協力は禁止だ。そのような動きを認識した場合、直ちに関係するもの全員を失格とする」
まぁ、当然だろう。少人数なのに、協力なんかされたら、見ている側はつまらないだろう。失格も食らうし、クラスの為にも、そんなことは絶対にできない。今回の僕の点数は、388点。Layer情報によると、智楯君は430点を超えているらしい。これは、策を講じないと。
「以上で、説明は終わりだ。解散」
直ぐに、みんなが机を離れる。こんな説明、面倒くさい以外の何でもない。ただ、クラスの為なのだ。「マキアー」そのものには、興味がある人ばかりだろうけど。教室を出ると、スマホが震えた。
つるか『今から、ちょっとした話し合いをしたいから、来れる人だけでいいからピンククラス前に来て欲しい』16:25
「天、これって………」
「うん。行こう、心」
そして、「Daybreak」五人が集まった。
「それで、話って?」
「みんな、だいたい予想はついてると思うけど、風花が抜けたことに関して話したい」
「だろうな。ヴォーカルがいないのはまずい」
「それで、ヴォーカルなんだけど………ドラムのヴォーカルは、難しいと思うから、夕辺はドラムに専念してもらって、あとは………」
「私、ヴォーカルはいいかな。キーボードに集中したい。それでいい?」
「うん。それで助かる。あとは、たぶん、一番やりやすいのは、ギターだと思うんだよね。村詩がやりたいならともかく」
「いや、俺もいい。俺は、ベースをできればそれで」
「オッケー。なら、あたしと天で回していく感じでいいかな?」
『いいよ(ぞ)!』
「えっと、じゃあ、『This game』と『Shuttle』はあたし、『シュガビタ』と天が書く曲は天が歌うってことで」
「了解」
「よし、今回五人で話すのはこれだけ。あとは、天、ちょっとだけ残ってくれない?」
「わかった」
「先に行ってるぞ、天」
「うん」
ピンククラス前の廊下は、僕と弦歌だけになった。
「あの、曲なんだけど………風花に向けての曲にできないかな?」
「いや、それじゃ、ダメだよ。風花は、あんなこと言ってたけど、本当は僕の所為なんだ」
「どういうこと………?」
それから僕は、弦歌にあの日の出来事を話した。
「なるほど、そういう事なんだ。でも、『Daybreak』を辞めたのは、たぶん天の所為じゃないと思うよ」
「え?」
今度は僕が疑問を持つ番だった。
「本当にクラブで忙しそうだし」
「いや、それは………」
「あと、訊いてみたんだ。風花に、なんで天と別れたのか、なんで『Daybreak』を辞めたのかって。そしたら、天と別れたのは、過ごす時間が少なかった所為だって言ってた。でも、『Daybreak』を辞めたのは、クラブに集中したいのと、あと、『自分だけが置いていかれてる』気がしたからって言ってた」
「そんなこと、ないよ。だって、風花の声は………!」
「うん、風花の歌声は素晴らしい。それは、『Daybreak』のみんなが認めてる。でも、まだ風花自身は、認めてないんだと思う。あたしたちに見合う歌声じゃないって。あと、こんなことも言ってた。『ギタリストとしての天は、尊敬してる』って」
その言葉、いや、福音と言うべきかもしれない、が僕の耳に入った時、それは僕の涙腺を崩壊させた。ゆっくり、ゆっくりと。
「僕こそ、風花を、尊敬していた。ずっと、感謝もしていた。もう一度、歌って欲しい。『Daybreak』のためにも」
「それを、歌にすればいいんじゃない?」
「そう、するよ。うん、やってみる。ありがとう」
「うん。楽しみにしてる」
それから僕は、弦歌に引き出してもらったその気持ちを、また仕舞わないうちに、大急ぎで曲を書いた。




