六人と昇陽
「ちょっとぉ、そこのラブラブカップルぅー?早く買わないと置いてっちゃうよぉー?」
『はぁい』
そんな大声で言われると恥ずかしい。みんなも、カップルをバンドに抱えているとなると、やりにくいのだろうか。もしそうなら、そんな僕らに構ってくれていることに感謝だ。大急ぎでパンを買い、帰路につく。そこでは男女にわかれて話した。
「問題。ロボロフスキー、ジャンガリアン、ゴールデンなどの種類がある、ペットとして有名な鼠の仲間は何?」
この問題は、予習済みだったので、直ぐに答えることが出来た。『ロボロ』の辺りで僕が「はいっ!」と手を挙げ、
「ハムスター!」
と答えた。
「正解!」
「うわぁ、これは知ってたのにぃ」
村詩が悔しがる。そうやって、このバンドの昼休みは、嬉しくも、なのか、残念にも、なのかはわからないが、終わったのだった
そこから僕らのギアは、再びフル回転し始めた。心は、『シュガビタ』をノーミスで弾ききったし、弦歌は、それに合わせて熱い音色を奏でていた。それぞれ二人ずつにわかれて練習し、組分けを変えてはまた練習し、僕らの技術やコンビネーションはどんどん上がっていった。そうして、四時間と少しが経った。
「うはぁ、もう、歌えないよぉ」
「風花、よくあんなに頑張ってたね」
「うんうん!風花、ナイスファイト!」
各々労っていたところ、申し訳なくも僕は思い出してしまうのだった。
「あ、曲、作れてない!」
「あ………あたしも」
「ありゃー………私もだ」
「せっかくだから、誰かの分、みんなで考えよっか!」
「いいね」
「じゃあ、誰のにする?」
「まずは、あたしたちの代名詞、みたいな曲にしたいよね」
「そうだね!」
「僕は、後で自分で考えることにするよ」
「じゃあ、私の、みんなで考えてもらっていい?」
『いいよー』
「えっと、使いたい言葉をまとめたメモがあるんだけど………」
風花は鞄から紙を取り出す。
「うーん………あ!この言葉、いいね。『一人で全て出来るわけない』。だからみんながいるってことでしょ?」
「そうそう!ここは凄いなぁ。一瞬でわかっちゃうんだねぇ」
「まぁ、現代文は得意な方だから」
「あ、そうだ。十一月には、もうみんな文理選択しないといけないけど、どっちにするの?」
「あたしは、まだ迷ってるけど、今のところ理系にしようかなって考えてる」
「私は、文系にする」
「俺も、文系」
「俺も」
「僕は、理系かな。風花は?」
「私は、理系!でも、だからと言って、文系の人に歌詞は任せる、なんてことはしないからね!あくまでもみんなで考えようって事だから」
「でも、文系の方が語彙とかよくわかってそうだから訊いてみたってことだろ?」
「夕辺、当たり!」
「ねぇ、曲は、できてるの?」
「うん、大体はね」
この苦笑は、そんなにできてないサインだ。
「Aメロとサビは、できてる。でも、Bメロが、まだいいのが思いつかないの」
「うーん。聴かせてもらっても、いい?」
「心ちゃん、弾けたりする?」
「ちょっと見せてくれる?」
数十秒、ほんの数十秒だった。
「うん、やってみる」
「ほんとに?!」
「弾けるかどうかはわからないよ?」
「でも、お願い!」
心は、緊張した面持ちでキーボードに手を添える。
「じゃあ、Aメロから」
彼女の指は、するりと動き、まるで舞踏しているかのようだった。そして、先程に数十秒見ただけの譜面を、完璧に(僕はその譜面をしっかり見ることはできなかったので完璧かどうか正確にはわからないがそう聴こえた)、弾ききったのだ。
「すごい」
「心ちゃん、浮かんできた!『一人で全て出来るわけないから、あたしは全部なんて出来なくたっていい』」
「いいな、それ」
「俺もそう思うぞ」
「うん、この調子でいこう!」
「心ちゃん、サビも弾いてもらっていい?」
「うん。ちょっと待ってね」
いや、待て。「ちょっと待ってね」で弾けるのがすごいのだ。これが普通だと思っていてはいけない。僕なら絶対、無理だ。また数十秒後、心は弾き始めた。
「うん、しっかり流れてる。風花、作曲初めてでしょ?」
「そうだよ」
「初めてでこれだけ作れるなんて、すごいね」
「ありがとう!あ、ありがとね、心ちゃん」
「うん!また、何かあれば、弾くよ」
「それは心強い」
心だけに?とは思ったけど、白けてしまいそうなので言うのはやめた。
「よし、じゃあ、あたしはこれをギターとベースとドラム用に編曲するから、みんなで歌詞を考えておいてくれる?」
「わかった」
「弦歌、俺も手伝おうか?ギターとベースに関しては特にこだわりたい」
「いいよ。じゃあ、村詩とあたしが編曲するね」
「よーし、動いてきた動いてきた!そうと決まれば、私たちも作詞、頑張ろう!」
「そうだね」
「あ、でも、待って。もう、八時過ぎてる!」
「ほんとだ」
心の言う通り、時刻は午後八時を過ぎていた。
「もう帰らないとだよね?」
「いや、いいよ。みんな、今日は家に泊まってく?」
「え、ほんとにいいのか?」
「だって、ここまでエンジンかかってきたのに、今さら止められなくない?あたしもワクワクしてきてるから」
「じゃあ、お願い!ごめんね、弦歌」
「大丈夫だよ。あたし、リーダーだし。じゃあ、作業、続けよっか」
「よし!」
それから、夜はどんどん過ぎていった。風花は、Bメロを思いつき、曲を完成させた。しかし、作詞は、基盤がまだ見つからなかったので、なかなか進まなかった。作詞が進まないと、編曲も進まなかった。
「あたしたちの象徴を、何とか思い出さないとね。何か、ないかな?」
「ごめんね、私の作詞だよね、本来は。ちょっと、みんな、一回寝ない?もう一時過ぎてる」
そう、忘れていたが、彼女はいつも十時就寝だった。
「あたしは、まだ大丈夫。みんなは、寝てて」
「俺は、ちょっとドラムで疲れたから、寝させてもらう。すまん」
「俺もだ、弦歌、そこ、頼んだ」
「うん。あ、あはは、ここ、もう寝ちゃってる」
弦歌の視線の先には、すやすやと眠る心がいた。
「僕も、寝させてもらうね。ふわぁ」
「みんな、お疲れ様」
僕は頷いて、その後眠りに落ちた。
「みんな、起きて。起きてってば!」
「んー?何、どうしたの?」
「見てよ、この朝焼け!」
「うわお、綺麗だな」
「うん、すっごく綺麗」
「これ、あたしたちの始まりって感じがしない?」
「確かに!昨日が、私たちの全員練習の始まりで、今日の深夜から曲も仕上がってきて、そこから数えて初めての朝焼けだもんね!」
「うん。だからさ、バンド名、『朝焼け』って意味を入れるのはどう?」
「いいと思うよ!」
「とりあえず、調べたところ、Daybreakっていうのが出てきたんだが………」
『それいいね!』
「じゃあ、私、この景色を歌にしたい!」
「ぜひそうして!」
「あの歌、私が完成させておくね!」
「おう。俺らは、編曲の方をやっておく」
「よぉし、私たち六人、『Daybreak』、始動!」
こうして僕たち、『Daybreak』は始まった。
「なぁ、お前そういえば、アドバンスクラスだったな?」
「あ、ああ。それがどうしたんだ?」
「なぁに、少し教えて欲しいことがあるだけだ。アドバンスクラスの方のポーション庫には、どんなポーションがある?」
「それは………言えない」
「吐け。さもないと………」
俺は、サッカー部の練習中、チームメイトの羽田 秋葉にメラメラ燃える炎を見せつける。こうすると、大抵の奴らは俺に抗えない。
「『体力回復』、『能力増強』、『体力倍増』、『体力分与』、『防壁生成』、『瞬間移動』、『戦況把握』」
「それで全部か?」
「ああ」
「本当か?まだあるんだろ?」
「………『限界到達』」
「名前だけでどんなものかだいたいわかった。サンキュー」
俺は走り去り、既に遠くにいる秋葉の安堵の溜め息を聞いた。「限界到達」………。それがあれば………。
部活帰り。連れは今日も寄ってきたのだが、一緒に帰るのを断った。今日は、歩いて来たのだ。歩いている途中、不意に立ち止まり、またあのイメージを湧かせる。全身から炎を出すイメージで。自分の中の炎を全て外へ出すイメージで。次第に体が火照る。胸に炎が灯る。この炎は、何も焼かない。ただ、イメージの実体だ。バトルイベントでのみ、真価を発揮する。気づくと炎は、胸だけでなく肩や腕の肘までの所、腹や腿にまで届いていた。
「おぉ、いいぞ、この調子だ!」
しかし、膝に届くかどうかというところで、不意に炎は消えた。
「くそっ!あと少しだったのに!」
この炎を纏う技は、何に使えるのかわからないが、何かに使える予感はする。これがあれば、青澤に勝てるかもしれない。いや、これで勝ってやると思った。
天『前に言ってた、デートの話なんだけど、どこに行く?』10:45
Fuka『うーん、映画、とかは?ってか、デート、なんだねぇ。なんか、いざってなると、変な感じ』10:52
天『映画かぁ。いいね。確か、今度の土曜日から、配給開始の映画があったよね?』10:53
Fuka『あぁ、やっぱり最初に思いつくのはあれだよね。友達の期待度も高いし。あれにしよっか?』10:54
天『風花に何か観たい映画がなければ』10:54
Fuka『こういうのは、映画の内容じゃなくて、映画館っていう場所が大事なんだよぉ!』10:55
Fuka『もう、すごい恥ずかしいんだけど』10:55
天『だね笑』10:55
Fuka『じゃあ、土曜日、映画館に15時集合ね!』10:56
天『わかった。また会えるのを楽しみにしてるよ』10:56
Fuka『ありがと。もちろん、私も!』10:56
それから僕らは約束した時に再会した。
「やあ、風花」
「いぇーい、天!」
「テンション高いなぁ」
「だって、初デートだよ?テンション上がらないわけないじゃん!」
「僕はそのテンションについて行く自信はないよ?」
「大丈夫だよぉ」
「よし。じゃあ、行くか」
「うん」
ショッピングモール内の映画館へは、入口からそんなに距離はなかった。でも、会話は弾みに弾み、普通に歩いてもすぐなのに、もっとすぐ着いたように感じた。
「あ、やばっ、もうすぐ始まっちゃう!」
「慌てすぎだよ。あと十分ある。ポップコーンは?」
「私、チュロス派なんだぁ」
「僕もそうだ。やっぱり気が合うんだね」
「だねぇ。嬉しい。あ、私、飲み物買ってくるね。コーラのLでいい?」
「うん。お願い。チュロスは、シナモンでいいよね?」
「えっとぉ、チョコがいいかなぁ、なんて………」
「やっぱり肝心なところで合わないなぁ。僕はシナモン以外はチュロスじゃないと思ってるよ」
「そうだね………」
「じゃあ、シアター入口の前で会おう」
「うん」
三分後。僕はシナモンとチョコのチュロスを一本ずつ持って、風花はコーラのLサイズとMサイズを一カップずつ持って、シアター入口の前で合流した。
「楽しみだね」
事前に彼女がとってくれていたチケットを、係員の人に渡す。
「うん」
ニコニコ顔の係員さんは、楽しんでくださいねと言ってくれた。
「感動系だよね?」
「うん、たぶん。前前前年の同じ監督の映画もそうだったから」
「私、泣いちゃうかも」
「泣いちゃダメなことはないでしょ」
「そこは、『俺がついてるから大丈夫だよ』じゃないのぉ?」
「あの、ツッコミポイントが大量発生中なんだけど」
「ん?例えば?」
「まず、僕の一人称は『俺』じゃない。それに、そんなセリフを言うなんて時は、百歩譲ってホラー映画を観る時だ。あとは、君は恋愛ドラマの見すぎだ」
「たまにはドラマの再現でもしてよぉ」
「壁ドンとか?」
『言われてやるもんじゃないよね』
ハモって、笑いあった。その後は、二人で黙って映画を観た。映画は、僕はラヴストーリーのように感じた。彼女は、どう感じたのだろう。
「いやぁ、素晴らしいラヴストーリーだったなぁ」
「これ以上はやめておこう。また、細かいところで合わない」
「要は、天もラヴストーリーだったって思ったんだね?」
「そういうこと」
「楽しかった?」
「僕も訊こうとしてた」
「うふふ。たまにはこういうの、いいね」
「そうだね」
もうすぐさよならだ。また会えるのに、何だか悲しくなってきて、それを和らげるために、といってはなんだが、彼女の頬にキスをした。僕らの顔は一瞬で紅潮した。
「おぉっ、公衆の面前でそんなことできるようになったなんて、成長したなぁ」
時刻は午後五時をとっくに過ぎ、空も僕らに合わせて少し紅潮してきた頃だ。
「そうだね。あ、じゃあ、ここらで」
「うん。なんか、悲しいなぁ。この空が夕焼けだったら、もっと悲しい」
「僕も悲しい。けど、また、会える」
「そうだね。じゃあ、バイバイ!」
「うん」
「天、もう全部弾けるようになった?」
「うーん、練習はしているんだけど………もう少し教えて欲しいな」
「まぁ、もうちょっとで自立できるようにはなるよ」
「本当?えっと、『This game』のここのところなんだけど………」
「あぁ、そこは、こうやって………」
今日は、ギター練習だ。また、弦歌の家にお邪魔させてもらった。二時間練習して、その後は曲を書いた。
「弦歌、曲どう?」
「うーん、あたしは、ほら、『Daybreak』ってさ、風花以外バドミントン経験者じゃん?」
確かにそうだ。僕と夕辺と村詩と心はバドミントン部だし、弦歌は中学の時にやっていた。
「そうだね」
「だから、バドミントンを題材にした曲を書こうと思って」
「だから、曲名が『Shuttle』なんだね」
「うん。天は?」
「まだ決まってない………」
「少しは焦りを持とうよ………」
「そうするよ」
もうすぐ夏休みも終わりだ。休み明けには実力テストが待ち受ける。文化祭にも、たぶん体育祭の「コロッセウム」のようなイベントがあるだろう。それに備えて、テスト勉強もしないと。
高校生活初の夏休みは、充実しすぎていた。約四十日は、二倍の長さに感じられた。でも、苦しかった訳ではなく、寧ろとても楽しかった。クラブでは、雪薙くんを始め色々な人にボコボコにされたけど、成長はできたはずだ。でも、一つだけ、大きなミスがあったのだ。
それは、僕と弦歌がギター練習を四回やった次の日だった。




