過去と号哭
これは、あの日の追憶である。
「草野先生、契約、忘れてませんよね?」
「ああ、もちろんだ。勝ったのか?」
「当たり前です。俺に勝てないテストはない」
「ならば、教えよう。ついて来てくれ」
「わかりました」
通された部屋は、リラックス出来るような、小さな会議室のような部屋だった。しかし、俺はリラックス出来るような状況下にはなかった。
「それでは、契約通り、教えよう。バトルイベントの制度が始まったのは、三年前。その時、三年生の学年主任をしていたのは私だ。そして、三年生のアドバンスクラスの担任をされていたのは、紺野先生。そこまではいいな?」
「はい。契約を結ぶ前に、教えて頂きましたから」
「バトルイベント規則を起草したのは、校長先生だ。現在も、ここで校長をしておられる。三年前、一学期の中間テストからバトルイベント制度は始まった。そのときには、生物準備室にも、三棟三階の第三講義室にも、他の教室と何ら変わりはなかった。しかし、中間テスト後のバトルイベントの結果は、悲惨なものだったよ。スタンダードクラスの学力向上を目指す為の制度だった筈なのに、アドバンスクラスが、スタンダードクラスの集団戦法によりいとも簡単に負けて、アドバンスクラスの学力が低いということが顕著になった」
「なるほど。それで、アドバンスクラスの強化の為に紺野先生が第三講義室に薬瓶の小部屋を造ったが、それだけではスタンダードクラスからの批判が集まる。ただでさえ、タイマンでは勝てないアドバンスクラスに、そんな強化をしても良いのかと。だから、あなたは生物準備室に、同じようなものを造った」
「少し、違うな。アドバンスクラス用の部屋には、私が調合し、スタンダードスター用に置いた『体力回復』、『能力増強』、『体力倍増』、『体力分与』の他に、『防壁生成』、『瞬間移動』、『戦況把握』、『限界到達』のポーションも置いてある」
「なるほど、飽くまでもアドバンスクラスの強化という目的は果たせるようにしたということですね?ちなみに調合したのは全てあなたですか?」
「ああ」
「それでは、あなたが調合したポーションを全て言っていただきたい。説明も加えてね」
「わかった。まずは、ウィークポーション。『体力回復』は、飲むことで、自分の体力を最大まで戻す。『体力分与』は、自分の能力を瓶にぶつけることによって、その分の体力を瓶に封じ込める。それを飲むことで、誰でもその分の体力を得る事が出来る。『防壁生成』は、瓶を割ることで、耐久力5000の防壁を一つ生成する。『瞬間移動』は、瓶を割ることで、同じ階の一棟分、または同じ棟の一階分までの範囲で、思ったところに一瞬で移動する。『戦況把握』は、飲むことで、その時に指定した生徒または先生の周囲の状況を把握出来る。続いて、ストロングポーション。『能力増強』は、飲むことで、自分の能力の限界を一段階引き上げる」
「一段階、とは?詳しく教えて頂きたいのですが」
「総合点の百の位の数を、段階という。君は、中間テストでも、期末テストでも、九段階だった」
「なるほど。では、説明を続けてください」
「次に、『体力倍増』。これは、飲むことで、自分の体力を倍増させる。そして、『限界到達』は、飲むことで、体力は一になるが、今の自分の持つ最大限の潜在能力を解放出来る。これでいいか?」
「いえ、まだ。次に、ウィークポーションとストロングポーションとの違いを教えてください」
「わかった。ウィークポーションは、一日に何度飲んでも能力に支障がないものや、飲まなくても効果を発揮するもの。そして、ストロングポーションは、一日に飲みすぎると、能力が暴走してしまうものだ」
「暴走の条件は?」
「『能力増強』と『体力倍増』は、合わせて三本まで。『限界到達』は、一本でも暴走する可能性がある」
「では、この質問の返答によっては、これで最後にします。この、バトルイベント制度が始まってから、何か事件などは………ありませんでしたか?」
途中までは、憶測として話していたが、「事件などは」と話した後につくった少しの静寂の間に、草野先生の顔が動いたので、確信に変わった。
「それについて何か知っているのか?」
「いえ。ただ………バトルイベント規則の第十三条が、あまりにも厳しいと思いまして」
「もう一度言うが、規則を起草したのは校長先生だ。私には何もわからん」
「いい加減、逃げるのはやめたらどうですか?あなたも何か、知っていることはあるのでしょう?それを、いとも容易く校長先生に投げ出して、教師として、大人として恥ずかしいとは思わないのですか?」
「口を慎め。録音をしている可能性だってあるのだぞ。もしそうなら、校長先生に証拠を提出し、お前は退学だ」
「お前」。「君」ではなくなった。相当キレている。
「契約した時に言ったでしょう。『洗いざらい』と。こちらだって、どこかにレコーダーを忍ばせているかもしれない」
「わかった。私の負けだ。その事件は、二年前、二年生が起こした。その年の二学期期末テストで、試験的に『限界到達』を置いてみたのだ。そうしたら、それを見つけたアドバンスクラスの生徒が、飲んだ。まだその時は、生徒で試していなかったのだ。他のポーションは、全て、生徒の了承を得た上で対人で試していたのだが。だから、その危険性は、予想以上だという事がわからなかった。彼が暴走してしまうまでは」
その瞬間、僕は、自分の予想が当たってしまったことに絶望した。
「まさか━━━」
「そう、その生徒とは、智楯 陽多。お前の兄だ」
その瞬間、あの日々の記憶が鮮明に蘇った。
二年前、初夏のある朝。
窓から射し込む陽射しは眩しく、少し暑い。
「お、早いな、槍都」
「おはよう、兄さん」
「おはよ。どうだ?勉強は。わからないとこあったら、いつでも教えてやるぞ?」
「すごく助かるよ。でも、なんでそんなに協力的なんだ?」
「お前にもうちの高校に入学して欲しいからな。まぁ、お前は勉強できる方だし、大丈夫だろ?」
「まぁ、今のところはね。頑張ってみるよ」
「頑張れよ。お、もう行かなきゃ。じゃあな!」
そう言って、バタートーストを咥え、リュックサックを背負い、兄は家を出た。
二年前、初夏の夜。
兄が見せてきたのは、表彰状だった。
「なぁ、槍都。俺、優勝したんだ」
全国高校陸上競技大会、走幅跳、優勝、智楯陽多………。すごいと思った。単純な言葉だったが。俺なんか、何の気なしに入部した陸上部で、練習をどれだけ頑張ったって、県優勝までだ。兄に比べれば、なんの凄さもない。兄のように、自分に自信を持てる人に。どれくらいかかるだろう。
二年前、秋のある日。
「槍都、俺、やったよ。ついに、テストで学年一位をとったんだ。すごく嬉しいよ!明日のバトルイベントも、頑張ってくるぜ!槍都も、色々頑張れよ!」
「うん。おめでとう」
「おう!」
兄は、特に英語が得意で、大好きだった。それも、テストの高得点に関係しているのだろう。
「お、外、見てみろよ。綺麗な夕焼けだ」
「そうだね」
そして兄は、英語と同じくらいに、夕焼けも好きだった。
「夕焼けってのは、終わりって感じもするし、悲しくもなる。けど、その日の気分や思考によって、前向きになれたり、始まりって感じることもできたりすると思うんだ」
次の日。
「おかえり」
「おう」
どうも、昨日の「おう!」とは違う。
「どうだったの?その、バトルイベント」
「勝ったよ。それも、圧勝だった」
「じゃあ、なんで………?陸上で優勝した時はあんなに喜んでたのに」
「見つけちまった………」
「何を?」
「部屋、部屋だよ。瓶が置いてあって、中身を飲んで、気がついたら、俺以外の全員の体力が無くなってた。仲間も、全員だよ」
「そんな………」
「最低の人間だよ、俺は」
「違う………。違う!兄さんは、最高に優しいし、きっと何かの間違いだよ!次にやり直せば、大丈夫だよ!」
「ありがとな、槍都。俺の味方はお前だけだ」
兄の笑顔は毎日見ていた。でも、兄の泣き顔を見るのは初めてだった。
「彼は、一つ前のバトルイベントでも『限界到達』を使っている。しかし、その時は大したことにはならなかった。怪我人も出ず、もちろん死者も出なかった。だから、私たちは、『彼にはまだ理性があり、暴走していない。このポーションは、成功した』と思い込んでいた」
二年前、俺が最も忘れられない冬の日。
兄さんの高校の方で、爆発音が聞こえた。
その時、俺は授業に出ていた。だが。
「なんだなんだ?!」
「何が起きたの?!」
「あの高校だ!」
「爆発?」
大きくなってきた騒ぎに紛れて、僕は中学校を出た。そのまま、高校まで走った。ただただ走った。しかし、さすがに疲れたので、能力を使って飛ぶことにした。
「パルラスプテリュクス!」
背中から翼を出す。極彩色に輝く翼は、出したのはそれっきりだったが、記憶に焼き付いている。そのまま、羽ばたいて飛んでいく。できる限り、速く。高校に着いたのは、中学校を出た十分後だった。
その頃には、兄の姿はもう、なかった。
まだ、泣くには早すぎた。蹲って泣いたら、見つかって高校の教師に捕まる。だから、泣かなかった。外から職員室を覗く。教師達はとても慌てていた。今思えば、そこに、草野はいなかった。その後も、押し寄せる涙をなんとか耐えながら、兄を捜して飛び続けた。でも、抑えきれなくて溢れた涙が、教えてくれていたのだ。兄との、別れを。滲みきった視界に、担架が入ってきた。もう、翼を動かすほどの自我もなかった。ゆっくり着陸し、担架が見えた辺りに走る。千鳥足というのは、まさにこの時の俺の走り方だろう。いつ転んでもおかしくなかった。
「あなた、誰?!」
「おい、止まれ!」
教師達の手を振り払い、担架に近寄る。涙を拭いて、上に横たわる人が誰かを確認する。間違いなく、それは兄だった。
「よう、槍都。勝ったぞぉ、俺は。仲間にも、ちゃーんと危害を加えなかった。成功したんだ、新しいイメージの実現に。正真正銘、俺は勝ったんだ!こんな時に、お前に会えるなんて、夢かなぁ………」
「もう、もうやめてくれ………!もう、話さなくていいから………死なないでくれよ!」
もはや、そんな話になど、興味はなかった。何故なら兄の身体には、右手も右脚もなかったのだから。
「ああ、絶対、死なねーよ………」
保健室の先生にも兄を治すことはできなかったらしい。だから、兄は救急車で運ばれていった。
「それで、あなた、誰なの?」
「か、れの、智楯、陽多の………おと、うと、智楯………槍都です」
零れ落ちる涙は、もはや振り払うのも馬鹿らしいくらいに量を増していた。
「なるほどね、学校はどうしたの?」
「ばく、おんが、聴こ………えたので、あ、にを、しんぱ、いして………抜けだ、して、きました」
「なるほど。陽多君、幸せ者だなぁ。こんな弟を持って。じゃあ、一緒に病院行こっか」
「………え?俺を、罰しないんですか?」
「もちろんよ。今は、陽多君の命が危ないもの。家族が一人でも近くにいてくれた方が、彼も気が楽だろうし」
「ありがとう………ございます!」
「そうと決まったら、急がなきゃ!行くわよ、槍都君!」
「はい!」
彼女の車の中でも、俺は、思いっきり哭いていた。彼女は、やはりこの高校の教師で、 陸上部の顧問をしているそうだ。春瀬 奏美、それが、彼女の名前だ。彼女はとても若くて、見るからに新任といった感じだった。
俺と春瀬先生が病院に着いた時には、兄の手術はもう始まっていた。
「槍都!」
「母さん!兄さんは?」
「なんとか生きてるけど、命がいつ途切れるかは、分からないって………」
母は、泣き崩れてしまった。
何時間待っただろうか。春瀬先生は、とっくの前に学校に戻り、母と二人で手術の成功を祈っていた。しかし、俺たちを待っていたのは、ドラマでよくある、最悪の結末だった。
「残念ですが………お子さんはもう………」
残念ですが………残念ですが………残念ですが………残念………?
何が、残念、なんだ?お前たちにとって、兄の死の、何が残念なんだ?きっと、お前たちが残念に思っているのは、手術が成功しなかったことだ。それが、兄の死に繋がっているだけなのだ。彼の笑顔を何度も見て、何度も一緒に笑ってきた俺たちの感情と、彼のことを今日知ったお前たちの感情が、同じわけがない。同じであってはならない。俺はその日、病院から逃げ出して、一人で家に走った。家に帰って、また哭いた。
『悲しいか?』
ハッとした。その時その家には、俺以外誰もいなかった。そのはずなのだ。
「誰だ?」
『僕は僕さ。お前の中の僕で、僕の中のお前だ』
「本当のことを答えろ」
『いずれ解るさ』
これが、もう一人の俺との出会いだった。
二年前、冬。
兄の死因は、こう伝えられた。「イメージの崩壊による右半身焼失」。どういう事か、その時の俺にはよくわからなかった。
兄は、手術の間際、俺に手紙を残して、いや、遺していた。それが、その日、俺の手に届いた。
「なぁ、槍都。俺、もうダメかも。絶対死なねーって言ったけど、嘘ついちまったかもしれねー。痛い。苦しい。けど、俺はダメでも、お前は生きてくれよな!俺は約束守れないかもしれねーが、絶対、あの約束は守ってくれよ!姿はないかもだけど、死んでも必ず、お前の傍にいるから!」
その一枚の紙には、涙の跡もたくさんあった。そして、俺が読んでいるうちに、涙の跡はさらに増えていった。
「傍になんて………いないじゃないか………!」
音の無い声が何か話したが、はっきりとは聴こえなかった━━━。
「しかし、彼は次のバトルイベントでもう一度飲んでしまった。途端に、彼の能力は暴走し、右半身が激しく燃え始めたらしい。彼の能力は、凄まじかった。彼以外に死人は出なかったが、重傷者は何名かいた。彼の理性は崩壊し、そのバトルイベントは五分足らずでアドバンスクラスの勝利に終わった。そして、バトルイベントが終わった頃には、彼の右半身はほぼなかった。その後、君が来た。あとは、君が見た通りだ」
「そんな………」
「彼が亡くなったのは、とても残念だ。我が校の、言うなれば、星だったのだからな」
残念、か………。この人が言うのは、わかる。彼は、あの医者よりずっと多く、兄と関わっていたのだろうから。
『いいや、違うな』
………え?
「何故、お前がわかる?」
「誰と話している?」
『僕は、お前であり、お前の兄だからだ』
「どういう事だ?!」
「おい、智楯、誰と話しているんだ?」
『僕たちの兄、陽多は、あの日、お前が担架の上の彼を見た時、能力を振り絞って、魂を炎としてお前の心に灯したんだ。そうして、その魂とお前の魂の一部が結びついて生まれたのが、僕さ』
「智楯!」
「すみません、一つ、訊いてもいいですか?」
「なんだ?」
「兄の能力って、なんだったんですか?」
「炎と光、確か、アマテラスだったな」
また、哭きそうになった。歯を食い縛って我慢する。思えば、俺が哭いたのは全て、兄に関することだ。
「傍に………いてくれたんだな………」
だから、
『こいつは、兄の死を何とも思っていない。僕の魂が言っている』
「よし。真相を追ってみよう」
「さっきから、誰と話しているんだ、言え!」
「独り言ですよ」
『ははっ。それに間違いはないな』
「では、これで。訊きたいことは訊けました。情報提供、ありがとうございます」
「ああ。もう、いいんだな?これで契約は終了だぞ?」
姫路は、占いの能力も持っている。明日、真相を占ってもらおうと思った。




