ガチで気持ち悪い見た目のモテナイ様と実力者モテルンダ
「これが比翼連理の丘」
使子の眼前に聳え立つは、対となる二本の大木だった。この木の頂上に丘がある。
「急いで登らないと」
比翼連理の丘に行くためには、大木の周囲に生えている枝階段を登らなければいけない。その道は非常に険しい。
頑張れ使子。
「はい!」
彼女は枝階段を登った。さすが天使大王の娘。登るのがめちゃくちゃ速い。……羽、生えてるんだから飛べばいいのに。
「無理です。これ飾りなんで」
飾りだったのか。なんて使えない羽だ。宝の持ち腐れとはまさにこのこと。
ナレーションだったら恥ずかしくて、天使とは名乗れない。名乗りたくもない。末代までの恥だ。
「それ以上言ったら、泣いちゃいます」
ナレーションはお口にチャックした。でも喋る。だってナレーションだもの。
「おっとー、待ちやがれ。この先はモテナイ様が通さんぞ」
ガチで気持ち悪い見た目の奴が来た。横レインボーイのルックスがいかにマシだったか、よく分かる。
「俺様は気持ち悪くなんかない」
口から液体が飛んだ。それはそれは汚いツバだった。あれほど急いでいた使子の足を止めてしまうくらい汚い。
近づくのもイヤ。これでは正午に間に合わない。どうする使子。
「これでも食らえ!」
おおっと、石を投げつける。よっぽど近づきたくないようだ。
「そんなもの効かん」
徐々に距離を縮めるモテナイ。吐きそうになる使子。涙目になるモテナイ。完全に吐いた使子。涙が止まらないモテナイ。
使子、絶体絶命の大ピーンチ。
「――レディを泣かすのは感心しないよボーイ」
どこからともなく飛んでくるロープ。モテナイは拘束された。泣いているのは俺様だという声が聞こえたような気がするが、多分気のせい。
「誰ですか?」
使子とモテナイの間に降り立つ一つの影。そこにいたのはカウボーイスタイルに身を包んだ美女だった。
「ミーはアメリカ生まれのカウガール、シバール。力男の元カノさ」
修羅場の予感。ワクワク。
「元カノが何のようです?」
あっ、怒ってる。嫉妬むき出しだ。可愛いぞ使子ちゃん。
「ユーを助けに来たのさ。先に行きな。こいつはミーが引き受ける」
シバールはロープを引っ張り、モテナイを転ばせた。グフッというむさくるしい声が聞こえる。近寄りたくないタイプだ。
名前からして、いや見た目からしてモテないだろう。恋人がいたら神経疑う。
「俺様をバカにするなー!」
なんとロープを力ずくで引きちぎった。モテナイは使子とシバールに近づく。
「いやぁ」
使子、ドン引き。モテナイ、ガチ泣き。
「女の子を泣かせるとは感心しないよ、ボーイ」
シバールは使子の前に立ち、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「ウェスタンガン」
轟く雷鳴の音。銃口から直線状の電撃が伸び、モテナイの体を直撃する。黒焦げになって、より気持ち悪い見た目になった。
「今のうちだよ、レディ。力男の元に行きな」
シバールは使子の背を押した。
「どうして助けてくれるんですか?」
「同じ男を愛した同志だから」
使子の問いかけに答えを返し、シバールは二発目を撃つ。
「ありがとうございます」
使子は頭を下げ、モテナイの横を通り過ぎ、頂上へと向かった。
「許さんぞ、お前らー」
怒り狂ったモテナイはシバールに飛び掛った。
「くっ」
モテナイの巨体はシバールごと枝階段をぶち抜いた。枝階段は崩れ、シバールは落ちてゆく。
「シバールさーん!」
「ミーのことには構わず、力男を助けるんだ。レディ、あいつを必ず救ってくれ!」
シバールの姿は見えなくなった。枝階段が地面に衝突した音が聞こえる。
「必ず……助けます」
歯を食いしばった使子は先へと進んだ。
ナレーションは非力な自分を憎んだ。実況しかできないことに、これほど腹が立ったことはない。
見ていることしかできなかった。シバールが落ちてゆくのを。
"私"はなんて無力なんだろう。
「ここから先を通すわけには行かない。我が名はモテルンダ。いざ尋常に勝負」
二人目の敵が現れた。漆黒の鎧に漆黒の剣。只者ではなさそうだ。
「はっ!」
避けるんだ! 使子!
「はい」
使子は漆黒の剣をギリギリでかわした。怪我がなくて良かった。
「ほう、やるな。ではこれはどうだ?」
剣が増えた。二本の剣を水平に構え、モテルンダは回転を始めた。まるで竜巻のごとき疾風の刃が枝階段を削る。
当たったら確実に死ぬ。逃げるんだ使子。
「遅い」
漆黒の剣は、使子に迫りつつあった。使子のスピードでは逃げ切れないほどに。
逃げて、逃げて、お願いだから逃げて。
「――お前がな」
突然モテルンダの体が吹き飛んだ。いつの間にかツインテールの女の子がいた。黒マントを颯爽となびかせている。
「オレは遊びの達人、遊花。力男の元カノだ」
お前もか!
「ま、また」
使子は複雑そうな表情を浮かべている。素直に喜べないのだろう。
「我の邪魔をする気か!」
憤怒の形相を浮かべているかもしれないモテルンダ。鎧をまとってるから表情が分からないのだ。
でもナレーションは声のプロフェッショナルだから、声だけで感情が分かっちゃうのだ。すごいぞナレーション。
「おもしろい」
全然分かってなかった。恥ずかしい。声から火が出そう。ファイアー!
「なんで燃えているんだお前は?」
遊花が驚きの声を上げた。モテルンダが炎に包まれている。ホワイ?
ま、まさか、ファイアーって言ったから? 新しい能力に目覚めてしまったとでもいうのか!?
「これが我の最強形態、真っ赤な鎧だ」
モテルンダの能力でした。もうやだぁ。
「ナレーションさん、ふざけないでください」
使子の目は冷たかった。ふざけてないもん。ナレーションしてるだけだもん。
「……」
無言は止めて。そうしてふざけている間に。
「やっぱりふざけてるじゃないですか」
遊花とモテルンダの戦いは始まっていた。
「使子といったか。何をぼーっと突っ立っている。正午まで時間がないんだ。さっさと助けに行け」
モテルンダの剣戟を、遊花は必要最低限の動作でかわしていた。強い。
「で、でも」
「助けたくはないのかアイツを」
「助けたいです!」
「なら行け。オレは強いから大丈夫だ」
使子は迷うそぶりを見せた。迷いを振り払うかのように目をつむり、上に向かって駆け出した。
「それでいい」
死ぬんじゃない。死ぬんじゃないぞ。遊花。
「あぁ」
置いていきたくはなかった。行かなければ、シバールと遊花の戦いが無駄になると思った。
絶対に助けなければ。ナレーションは使子を追いかけた。
「お前じゃオレには勝てない」
モテルンダは弱くはない。だがオレには遠く及ばない。
「悪いが、次で終わらせてもらう」
オレは決着をつけるべく、右足を後ろに引いた。拳を握る。気力が漲るのを感じる。
モテルンダが剣を振り回しながら、近づいてきた。隙が多い。
ここだ! オレは右拳を放った。
「拳拳波」
鎧は壊れた。モテルンダは吹き飛び、地面に落ちていく。
「オレも上に行くか」
足が沈んだ。なんだ。何か熱い。
「なっ、枝階段が燃えているだと!」
視線を下に向けると、鎧を着ていないモテルンダが目に入った。まさか、燃える鎧を投げたのか。
死にそうになっている身で。敵ながら、なんて天晴れな奴だ。
「オレもここまでか」
伸ばした右手はどの枝にも届かなかった。




