未来に幸あらんことを
「新郎は新婦を愛することを誓いますかでごわす」
「誓います」
「新婦は新郎を愛することを誓いますかでごわす」
「誓います」
力男と使子の結婚式が始まった。ゴワスが神父の真似事をしている。
シバール、遊花、マージョ、カンフは晴れやかな笑顔で、新郎新婦を祝福していた。そこに悲しみは見えない。
突然、比翼連理の丘が光を放った。光の玉が、枝階段を伝って降りてくる。その光は人の形を成した。
光が晴れると、木のツルを体に巻いた茶髪の女の子が現れた。
《我も祝福しよう。そなたたちの愛は永遠なり》
この声は比翼連理の丘の守護神。女の子だったのか?
「ありがとうございます」
使子は微笑んだ。その笑顔は見る者を温かくさせるものだった。
《そなたらの未来に幸あらんことを》
彼女は祝福の言葉を授け、比翼連理の丘へと戻っていった。
「誓いのキスをするでごわす」
二人は恥ずかしそうにしている。ダサ男が小さい声で、「バカ、それは飛ばせ」と言っているのが聞こえた。
「ミーたちは大丈夫だよ。ね」
てめえがそう言うならとダサ男が引き下がる。なんで"私"はダサ男と手を繋いでいるんだろう。
「お主から繋いでたぞ」
マージョの言葉に頭が真っ白になった。まさか、ありえない。
「何言ってるね。今も自分から握りに行ってるあるよ」
カンフが指差す先には、ダサ男の手をぎゅっと握り締めている少女の手があった。
ナレーションは空を見上げ、天気がいいなと現実逃避した。それくらい衝撃的だった。
「手を離す気はないみたいだな」
遊花がニヤリと笑う。違うぞ。繋ぎたくて繋いでるわけじゃないからな。
「てめえはツンデレか」
ダサ男は呆れていた。見下ろされているのが恥ずかしい。
「そう言えば、篭狼殿、男女の理想の身長差は十五センチらしいぞ」
うっかり測りそうになってしまった。絶対気づかれてる。ニヤニヤするんじゃない、モテルンダ。
「可愛いです。ナレーションさん」
使子も微笑んでいた。誓いのキスは?
「終わりました」
いつの間に。見逃してしまった。悔しい。
「大丈夫ですよ。私がばっちりと撮影しておきましたから」
ウワンがにこやかな顔で、カメラを指差していた。後で現像してもらおう。
「次はブーケトスの時間でごわす」
ピリと空気が張り詰める。シバールたちは戦闘態勢に入っていた。誰にも渡さないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
モテルンダも構えていた。手には剣を握っている。なんか怖い。ブーケトスってこんなんだったっけ?
「お、おぉ」
ダサ男はめっちゃ引いていた。モテナイ、ゴワス、通せん坊は体をぶるぶると震えさせ、怯えている。
ウワンだけが恍惚とした表情を浮かべていた。変態かな?
「あいつは女同士の争いが好きで堪らないんだよ」
ダサ男がこそっと教えてくれた。はぅ、耳がヤバい。
「あんま煽んな」
煽っているつもりは断じてない。はっ、煽られるということは、私に女を感じている? だとしたらすごく嬉しい。
「やりにくいったらありゃしねえ」
ダサ男はなぜか頭を抑えている。手を伸ばしてみた。よしよしと撫でる。盛大なため息を吐かれた。なぜだ?
「イチャつくのはそれくらいにするでごわす」
イチャついてなんかない! あっ、みんなニヨニヨしてる。その顔、止めて。恥ずかしい。
「はぁ、こっちのことは気にすんな。英雄の彼女さん、さっさとブーケを」
使子はポイとブーケを放り投げた。その場に似つかわしくない衝撃音が響く。
「ブーケはミーが貰う」
「いや、オレのものだ」
「わらわに寄越すんじゃ」
「誰にも渡さないね」
「我が貰い受ける」
ブーケトスは戦場と化した。一体誰が、ブーケを勝ち取るというのか。
おおっと、ブーケが争いの余波で飛ばされた。その先には一人の少女がいる。
「ほう」
ダサ男は、ニタリとした笑みを浮かべている。ブーケは"私"の手の中にあった。参加してないのに。
彼女たちは怒ってるんじゃ……。あれ、怒ってるどころか笑ってる。くっ、生温かい目だ。
「どうする?」
興味があるのかないのか分からない平坦な声だった。どう返せばいいのか分からない。
無敵のナレーションが口を噤むことになるなんて、由々しき事態だ。
とりあえず抱きついてみよう。
「なんでだよ」
頭をぽかんと叩かれた。痛い。
「とりあえず離れろ」
手も離れてしまった。悲しい。また繋いでくれた。嬉しい。
「俺のこと好きすぎんだろ」
ダサ男の胸をぽかぽかと殴る。繋いだ左手が熱かった。
「なんか悪いな」
なぜかダサ男は、シバールたちに頭を下げている。彼女たちは気にしないでというように手を振った。
「ミーたちのことは気にするな。ナレーションが幸せなら、ミーたちも嬉しいからね」
分かってしまった。ダサ男が頭を下げたわけが。
なんてことだ。彼女たちの気持ちを考えず、浮かれてしまった。申し訳ない。
「気を使われるほうが逆に傷つくね。私たちは大丈夫ある。ナレーションは幸せな家庭を築くといいね」
カンフにぽんぽんと頭を撫でられる。ダサ男との未来を想像してしまい、嘔吐にも似た症状を覚えた。
「何でだよ」
ダサ男、子供の名前は絶対に"私"が決めるからな。
「結ばれる気満々かよ」
ブーケを受け取ってしまったから仕方ない。結婚しなければいけないのだ。
「結婚すんのはいいけどよ、その相手が俺である必要性はあるか? ないよな。てめえを可愛いとは思うが、好きかどうかは別問題だろ」
その通りだと思った。ダサ男は好きなんて言ってない。自分の気持ちを押し付けていた。どうして結婚できると思ったのだろう。
自分がイヤになる。手を繋いでいるのが辛くなった。離れた分の距離が、"私"とダサ男が相容れないことを示しているようで、心がズキズキと痛んだ。
「ナレーションさんを傷つけるなんて許せません」
使子は怒っていた。ダサ男に詰め寄る。
「俺、てめえに惚れてるって言わなかったっけ?」
彼女は瞬間移動並みのスピードで、力男の後ろに隠れた。
「安心しろよ。嘘だから」
嘘? 何でそんなしょうもない嘘を。
「目的を達成するまでは、動機を明かすわけにはいかなかったからな。結婚式を壊す理由になる、それっぽい嘘をついたんだよ」
なるほど。つまり好きな人はいないと。
「目を輝かせるな。言っとくけど、俺はてめえと結婚するつもりはねえ」
せっかくブーケを受け取ったのに。女の子を悲しませる趣味はないって言ったじゃないか。
「だからこそてめえと結婚するわけにはいかねえんだよ」
ダサ男の言っている意味はよく分からなかった。"私"との結婚が、なぜ女の子を悲しませることに繋がるのだろう。
「いずれ分かるときが来るだろう。今はまだ知らなくてもいいことだ」
ダサ男は"私"の頭をぽんぽんと撫でた。複雑な気分だ。
「さて皆様、俺の身勝手なわがままに付き合ってくれて感謝する。俺も願っているよ。皆様の未来に幸せがあることを」
ダサ男は遊花に視線を合わせた。どこか悲しげに見える。ツキンと、胸に痛みが走った。
「妹をよろしく」
ダサ男はシバールたちに頭を下げ、背を向けた。
「行くぞ、てめえら」
彼の後にウワンたちがついていく。行かせてはならないと思った。嫌な予感が頭から離れない。
「ダサ男!」
振り返りもせず、ダサ男はひらひらと振った。
「さようなら」
ダサ男たちの姿は見えなくなった。空気が静まり返る。不自然な様子が気になった。
「よろしくってどういうことだよ兄貴」
遊花の声が力なく響いた。
後に"私"たちは後悔することになる。ダサ男をムリにでも引き止めなかったことを。