プロローグ~運ゼロ岡田京~
20XX年7月、朝7時00分、目覚まし時計が部屋中に爆音で鳴り響く。俺はたまらず飛び起きた。今の時代、スマホ内臓のアラームもあるけど、やっぱこのエくリプすん(税込4000円)のようなパンチのある音を出せない。眠気を飛ばすにはこれが一番だし、何よりこの哀愁を誘う、雄ライオンをモチーフとしたデザインが最高にイかしてる。
「今日もありがとね、エくリプすん。」
たてがみのスイッチを切って、寝巻姿のまま部屋を出て、階段を下りた。リビングでは、俺の愛すべき家族たちが食卓を囲んでいる。
「あら京、おはよう。」「おはよう。」「京、おはよう。」
「おはよう。」
挨拶を適当に交わし、既に俺の分の朝食が置いてある、手前の席に座った。山盛りのご飯と味噌汁、卵焼きとウインナー。朝食を作っているのはばあちゃんの梅子で、日中は身を削って仕事をこなしている父さんの哲雄や母さんの真理の代わりに家事をしてくれている。俺の生まれた頃の育児も、その大部分はばあちゃんにしてもらった。
俺のことを一番分かってくれているのは間違いなくばあちゃんだ。母さんが俺に学業や進路について怒涛の質疑をしている中、ばあちゃんはただニコニコとほほ笑んでいた。
朝食を終え、自分の部屋に戻ってきた。スマホで適当に時間を潰して、制服に着替えた。外に出るときには両親はもう仕事に出ていた。
玄関からリビングに向けて挨拶をしようにも、過老で遠くなったばあちゃんの耳に届きはしない。自転車に乗って、学校へ向かった。
俺はなんてことない普通の高校一年生だ。ただ一点を除いて…。自転車で約1.5kmの通学路を、20分かけて爆走していた。駐輪場に着くまでに俺のワイシャツに付着した鳥のフンは3発。あり得ない。爆走してたんだぞ?どんなエイムだよあのクソ鳥ども。タオルで丁寧にふき取っていると、知った顔が目に入った。
「タナ、おはよう。」
「京か、おはよう!って今日は鳥のフンか!相変わらずだな!まぁフンで済んでよかったな。」
「たまったもんじゃねえよ。」
棚田は同じ帰宅部の部員で、仲の良い俺の友人だ。フンで汚れた俺のタオルを哀れむように見ている。昨日、棚田と放課後に、近所の河原でエロ本を探していたところ、近くにいた野良犬が俺に向かって、歯を剥き出しにして威勢よく飛びかかってきた。俺はこの男を連れていなければ、今この世にいなかったかもしれない。
そう、俺は異常に運が悪い。人生楽ありゃ苦もあるというけれど、俺には苦しか見えっこねえ。
放課後、俺は朝よりも速く爆走し帰宅した。その間にできたワイシャツの2発のシミを見てげんなりしているときに、玄関からばあちゃんが出てきた。やるせなさを半ばぶつけるように、俺は聞いてみた。
「ばあちゃんは、運命とかって信じる?俺が何をしても運には勝てない気がするんだよ。」
「わたしには難しいことは分からないけど、人間、できないと思ってしまうと、本当にできなくなるんだ。だから、絶対に諦めないこと。挑戦すること。それが大事だよ。」
「ふーん。」
「ばあちゃんは、京が元気ならなんでもいいけどねぇ。」
まぁ前向きに頑張れってことだな。頑張ってフンをかわせる漢に俺はなるよ。
今日俺が爆速で帰宅したのには理由がある。今日発売の大人気ロールプレイングゲームシリーズの新作、エくリプすんファンタジー7だ。急いで階段を駆け上がり、荷物を投げ捨て、制服を脱ぎ捨て、私服に着替えて街に繰り出した。
いつものゲーム屋までは約3km。1km進んだあたりで茜色だった空が灰色に濁り始めた。2km進んだあたりで、ゴロゴロゴロと不穏な音がすぐ側で聞こえるようになった。
とても嫌な予感がする。だけど止まるものか。ばあちゃんが言っていた。できないと思えばできなくなるんだ!俺はできる!俺はできる!
より力を込めてペダルを踏もうとした、その時だった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
轟音と共に全身を痛みが駆け巡った。雷の速度に挑むのは、さすがに無謀だった。
全身が焼け焦げ、声が出せない。遠くにいるサラリーマンが俺の方を振り返ったが、見て見ぬフリをして逃げやがった。意識が遠のいていく。やはり運には勝てずに、俺は死んでしまった。
※キョウは雷の素質Lv.2を修得した!。