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愛する君達へ  作者: ぶちハイエナ
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10年後

 結婚してから月日が流れた。

 時には激流のような日々もあったが概ね穏やかな流れだった・

 1人で見ていた景色も2人で見ると違う見え方がする。

 同じ景色なのに色が違っているかのように感じ方も違った。

 結婚して2年にもならない、夏の暑さが過ぎて吹く風に冷たさを感じ始める秋に待望の赤ちゃんが産まれた。


「やっと出会えたね」

 産まれてきた赤ちゃんを抱いて恵が泣いている。

 じんと胸に来るものがあり俺だって泣いてしまいそうだ。

 弱々しく見える赤ちゃんは、その存在を証明するかのように泣いていた。

「名前は考えた?」

 2人で考えようと思っていたが、恵が俺に考えてほしいと言うので、必死に考えていた。

恵子けいこ

 女の子だったので恵から1文字もらって恵子にした。

 自分の名前と似ていると思ったが、他に考えた候補もあったが何故かこれだと思えた。

「いい名前だね」

 恵も気に入ってくれたようで、早速赤ちゃんをその名前を呼んでいた。

 触れれば壊れてしまいそうな存在にゆっくりと手を伸ばす。

 そっとその体に触ると命のぬくもりを感じる。

 産まれてきてくれた娘に何か言わなければと考える。

 言葉はまだ分からないし、素直な気持ちを伝えることにした。

「お父さんだよ。産まれてきてくれてありがとう」

 一瞬泣き止んでピクリと体を震わせるとまた元のように泣き始めた。


 赤ちゃんが家に帰ってきてからは生活が一変した。

 大変だったけど幸せでもあった。

 時計の針が今まで以上に早く進んでいく。

 ハイハイするようになって感動した。

 言葉を口にするようになって嬉しくて思わず泣いた。

 目を離すと危ない事をして困惑した。

 その他にも数え切れないほどの何気ない一挙手一投足に夫婦で感動し、困惑し、笑って泣いた。

 3人で見る景色はまた違って見えた。

 静かだった景色に音が付いた。

 腕の中で眠る命の音だ。

 静かに眺めることは出来なくなったけど悪い気なんてしなかった。

 その音が映る景色に新たの色を加えてくれるのだから。

 とても幸せな時間だった。


 恵子が5歳になった。

 絆と出会って後1年で10年になる。

 あれから絆と再会することはなかった。

 絆との約束は忘れていない。

 絆を助けようとしたら死ぬ。

 どういった状況なのかは分からないが、絆が嘘を言っているとは思えなかった。

 もし絆を助けようとしなければ俺は生きていけるということだろうか。

 もしそれで絆が死んでしまうなら、俺は迷わず絆を助けてしまうだろう。

 たった3日しか一緒にいなかった女の子だが見捨てることなんて出来ない。

 決して見捨ててはいけないとさえ不思議と思えた。

 でも、俺には守りたい家族が出来たしまった……。

 一緒の部屋にいる恵と恵子を見つめる。

 視線に気づいたのか恵子が絵を描いていた手を止めこちらを向く。

「お父さん、どうしたの?」

 愛娘の小首をかしげる姿が愛おしくなる。

 そのまま見つめているとこちらにやってきて俺の手を引いた。

「お父さんも一緒に絵を描こ」

 嬉しそうに俺の手を引いてくれる。

「恵子はお父さん大好きね」

 そんな姿を見て恵が微笑んでいる。

「お母さんも大好きだよ」

 手を引いたまま恵に顔を向けて嬉しそうにしている。

 なんて幸せなんだろう。


 こんな幸せな時間と過去にあった女の子を天秤にかけている自分がとても愚かに見える。

 生活の苦労はかけたくないのでもしものために保険金は多めにかけておいた。

 金で残された家族の幸せを買えるなんて思ってはいないが、ないよりはあったほうがいい。

 残された1年を刻み込むかのように恵子が産まれてすぐに買ったビデオカメラで沢山の家族映像を記録した。

 記録した映像が増えるとパソコンでいつでも家族で見れるように編集にも挑戦した。

 そんな姿を見て恵はよく悲しそうな表情をした。

 家族の姿としては当たり前な光景に不釣合いな顔だった。

 もしかしたら俺の行動に何か予感めいたものを感じさせてしまったのかもしれない。


 あっという間に1年が過ぎる。

 恵子も6歳になった。

 このまま家に居れば俺は死ぬことはないかもしれない。

 それでもやる事があったのでタバコを買いに行くといって部屋を出る。

 手には枯れ草色の封筒を持っている。

 この封筒を郵便局に出しに行かなければ行けない。

 慣れ親しんだ階段を降りる。

 結婚後アパートの外観をリフォームしたので絆と出会った頃より綺麗になっていた。

 アパートの庭の榊は時を感じさせないほどに変わらぬ存在感でそこに立っていた。

 歩きながら空を見上げれば雲ひとつない綺麗な青空が広がっている。

 最近は雨が多かったのに今日は見事に晴れた。

 時折視界に映る自然に秋の色が見える。

 郵便局はよくタバコを購入していた酒屋の近くにあった。

 今ではtaspoが必要になってタバコはコンビニで購入している。

 恵子が産まれた時に辞めようと思ったが結局辞めれなかった。

 それでも恵子がいる近くでは1度も吸っていない。

 情けない自分の小さな抵抗だったのかもしれない。

 郵便局に無事着くと用事を済ませた。

 連絡していた為友人が無理に時間を作ってくれて対応してくれた。

 配送が主で受付の仕事なんてやらないくせに俺のために待っていてくれたと思うと嬉しくなる。

 また一緒に酒でも飲みたいものだ。

 コンビニに寄ってタバコを購入する。

 店の脇にある灰皿へ移動し、タバコに火を点け大きく息を吸った。

 もしかしたら絆に会えるかと心のどこかで思っていた。

 浮ついた気持ちでは決してなく、あの日欠けてしまった大切な何かを探すように目を凝らしていた。

 大きく息を吐くと煙が秋空へと広がっていく。

 もしかしたら絆の予言は当たらすに俺はこのまま家に帰るのだろうか。

 大きく息を吸った後上を向いて煙を吐く。

 澄み渡った空に白い雲が流れていくようだ。

 何も起こらなければそれでもいい。

 そう思うが、絆の言葉が脳に焼きついたように離れてくれなかった。

 なぜ絆がこんなにも心配になるのか自分でも答えは出ていた。

 でも、絆に会えないとその答えあわせが出来ない

 タバコを灰皿に捨てるとアパートへと向かう。


 アパートの下にある大きな公園が道路の向こうに見える。

 久し振りに晴れたせいか公園で遊ぶ子供達の姿が見える。

 恵子もよくこの公園で遊んでいるので見知った顔も確認できる。

「お父さーん」

 公園で遊ぶ子供達を眺めていると聞きなれた声が聞こえる。

 ハッとしてその方向に顔を向けると恵子が道路をわたってこちらに向かってきている。

 視界の隅に車が見える。

 次の瞬間に耳をつんざくようなブレーキ音が鳴り響く。

 急いで飛び出す。

 その時、恵子へ飛び掛る人が見えた。

 絆だ。

 絆は恵子を抱きしめると反対の車道へ転がる。

 まるでこの出来事が分かっていたかのような動きだった。

 俺も慌てて身を引くと車が俺建ちがいたであろう場所を通り過ぎて止まる。

「危ないだろうが!」

 車を運転していた男が叫ぶ。

 危ないのはこんな道を勢いよく走っているお前だと言ってやりたかったが今は恵子と絆が心配だ。

 運転手に「すみませんでした」と一言謝ると二人の下へ向かう。

「大丈夫か?」

「啓、久し振り」

 恵子を抱きしめたまま絆が顔を上げると少し恥ずかしそうに笑顔を見せる。

 達成感に満ちた顔をしていた。

 その顔は10年前と何も変わっていなかった。

「恵子は無事だよ」

 教えてもいない娘の名前を言い当てる。

 やっぱりなと心の中で思った。

「絆、ありがとう」

「お姉ちゃんありがとう」

 絆に抱きしめられ、自分の状況を理解したのか恵子も絆にお礼を言った。

 絆はこの状況を知っていたのだろう。

「絆、お前は恵子の……」

 俺はゆっくりと立ち上がった二人を突き飛ばした。

 カーブを勢いよく曲がってくる車が目の前に迫る。

 ブレーキの響く音がどこか遠くに感じる。

 視界に映る絆の顔が驚愕に満ちていた。

 この出来事は想定外だったのかもしれない。

 次の瞬間経験したことのないような衝撃が体を襲い体が浮き上がる。


「啓! 啓! 起きろよ!」

 その声に意識が戻る。

 俺は倒れているのだろうか、絆が俺を覗き込んでいる。

 恵子も横で泣いているのがかろうじて見えた。

「約束……守れなかったな……」

 思うように声が出なかった。

 口の中に鉄の味がするものが溢れてくるのを必死で飲み込む。

「こんなはずじゃなかった……こんなの知らない!」

 絆が起こった現実を認めたくないと首を振っている。

 涙で顔が歪んでいる。

 可愛い顔が台無しだ。

「絆の……せいじゃない……」

 動かない右手の変わりに左手をなんとか上げて絆の頬に触れる。

 絆はその手を握り締めると自分の頬えと押し付けた。

「私のせいだ! 私が悪いんだ! 変えれなかった。私のせいでまた啓が死んでしまう」

「やっぱり……死ぬのかな……」

「こんなに血を流して、あの時と同じだ」

 頬に触れた手に涙が伝う。

「なら……また娘を……救うことだできた……んだな」

「え?」

 絆が涙に濡れた目を見開く。

 声を聞こうと俺の顔に自分の顔を近づけてきた。

「絆は……恵子……なんだろ」

 開かれた目から雫が落ちる。

「うん、そうだよ」

 温かな雫が顔にかかる。

「お父さん……。死んじゃやだよ」

 絆を恵子と言ったせいだろう、泣いていた小さな恵子が側にやってきた。

 涙を必死に拭って顔を近づけてきた。

「お父さん、痛い? 大丈夫?」

「大丈夫……だよ……」 

 絆が手を離してくれたのでその手で恵子の頭を撫でる。

「お母さんと……幸せに……なるんだぞ……」

 朦朧としていた意識が途切れそうになるのを必死にこらえる。

「お父さん?」

 様子が変わった俺を恵子が不思議そうに見つめる。

 恵子の頭に載せていた手が力なく地に落ちる。 

 幼いながらに何かに気づいたのか再び泣き出してしまった。

 そんな恵子を絆が抱きしめる。

 もっと何か伝えなくてはいけない。

「やだよ。お父さん! しっかりしてよ!」

 絆が落ちた手を強く握る。

「啓!」

 いつの間にか駆けつけてきた恵が絆を抱きしめていた。

 よかった。

 最後にみんなに会えた。

「俺は……後悔……してない……」 

 残されたものの痛みが少しでも和らぐように言葉を残さないといけない。

「啓! そんな……、こんな不幸なんて聞いてない!」

 恵も泣いているんだろうか、もうよく見えなくなってきた。

「しあわせ……だった……」

 まるで闇の中に引きずられるように意識が遠のいていく。

「私のせいだ! 私が啓を不幸にしたんだ」

 もう姿も見えなくなった恵が悲しんでいる。

 どうか悲しまないでほしい。

 俺は後悔なんてしていない。

「めぐみ……けいこ……あいし……てる……」

 もう言葉が出ない。

 それでも何とかあと一言だけ伝えたい。

「また……あえ……る…………」

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