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愛する君達へ  作者: ぶちハイエナ
4/7

2年後

 絆がいなくなった寂しさを埋めるように恵と会う頻度が増えた。

 恵も同じなのか、向こうから誘ってくることも多かった。

 部屋で一緒に食事をする機会が増え、一緒に出かけたりもした。

 恵といると居心地がよかった。

 いつしか会う理由は寂しさを埋めるためではなくなっていく。

 年も明けて冬の寒さが本格的になった頃、1歩踏み出した関係になろうと決意した。

 それはこの関係を壊してしまうことになるかもしれないが、2人の関係に友達以上の名前がつけたくなってしまった。


 恵と夕食に食べにいった帰り道、夜景を見ようと誘う。

 俺の態度の違いを敏感に感じ取ったのか、恵もどこか緊張している。

 空気の澄んだ冬の夜道を車で走る。天気もよく寒い事を除けば夜景を見るには調度いいだろう。

 友人に教えてもらった工場地帯を見下ろせるスポットへ向かう。

 工場の明かりが綺麗だとお勧めされた。

 女っ気のなかった俺の突然の決意に友人は驚き、多少からかわりたりもしたがそれと以上に応援してくれた。

 教えてもらった場所に到着する。

 暖かかった車内から出ると冷え切った冬の夜の空気に包まれる。

 吐く息がタバコも吸っていないのに白く流れていく。

「わー、綺麗」

 車から降りてすぐの場所にその場所はあった。

 恵の後を追うように自分もその景色を見下ろす。

 満天の星空を地上に落としたように工場の明かりが暗い闇を照らしていた。

 澄んだ空気のためか小さな明かりまでぼやけず輝いて見える。

 どこか幻想的とさえ思える光景だ。

 タイミングとしては今なんだろうか。

 人生で初めての告白に急に緊張してきた。


「め、恵」

 まずい、噛んでしまった。

「は、はい」

 肩をびくりと体を震わせ俺の方を向く。

 恵まで俺につられたのか緊張している。

「言うのが遅くなったかもしれないけど……」

 恵は何も言わず俺を見つめると続きの言葉を待っている。

 口の中が妙に乾いて寒いはずなのに汗が出る。

 今更引き返せない。

「好きです。付き合って下さい」

 恵の瞳を見つめ返して気持ちを伝える。

 色々と告白の言葉を考えていたのに頭が真っ白になってその言葉しか言えなかった。

 そんな飾り気のない言葉を搾り出すだけで今までで一番の勇気を使ったかもしれない。

「はい。よろしくお願いします」

 何故か恵は目尻に涙を浮かべていた。

 悲しみの涙ではないのだろう。

 その涙は眼下に広がる夜景なんて比べ物にならないほど美しく見えた。

「もう、言うのが遅いです。待ってたんですよ」

 涙を拭ぐうと嬉しそうに微笑んでくれる。

 恵にはこの笑顔が1番似合っている。

 恥ずかしいのか頬に手を当て赤くなった頬を冷やしている。

 恵は恥ずかしいときこの仕草をすることに最近気づいた。

 そんな仕草がたまらなく好きだった。

「絆との事もあって、すぐに伝えるのは違う気がしたんだ。自分の気持ちをちゃんと整理したかった。今は恵の事を絆がいなくなった寂しさを埋めるためのものじゃなく、1人の女性として好きだと自信を持って言える。待たせてごめん、恵の事が本当に大好きだよ」

 恵の瞳から拭ったはずの涙がこぼれ落ちる。

「やっぱり、啓さんは優しいです」

 こぼれる涙を拭うこともせず恵が俺の胸へと飛び込んできた。

 腕が背中へと回される。

 俺もそんな恵の背中に腕を回した。

「私も大好きですよ」

 少しくぐもった囁きが聞こえた。

 小さな声だったが静まり返った夜のおかげで聞き漏らさずにすんだ。

 この後どうしていいかも分からなかった俺は恵が何か言ってくれるまでただその小さな体を抱きしめていた。


 2人の付き合いは順調だった。

 大家さんにはすぐに付き合っている事が知られて会うたびにからかわれた。

 同じアパートに住んでいるのに一緒にいる時間を少しでも増やすかのように、俺の部屋に彼女の物が少しづつ増えていく。

 コップだったり歯ブラシだったり。

 長期休暇は2人で旅行に出かけた。

 時には喧嘩もすることもあった。

 そんな思い出や一緒に過ごした時間が2人の仲を深めていった。


 付き合い始めて2年が経った。

 三十路手前になった俺は重大な決心をした。

 1人で普段は行かない店にいく。

 昔からの友達で今でも付き合いのある友人に紹介してもらった店だ。

 その友達は郵便配達員で地域のことに詳しく結婚もしている。

 夜景を教えてくれたのもこの友人だ。

 そんな友人に相談したところこの店を教えてくれた。

 店に入ると色とりどりの装飾品がが飾られていた。

 ショーケースの前で唸る。

 どれくらいそうしていたか分からないが、店員が見かねたのか話しかけてきた。

「指輪をお探しですか?」

 そのショーケースには色々な指輪が飾られていた。

 正直言えば違いもよく分からず、どれを渡すべきなのかも分からない。

「婚約指輪を」

「素敵ですね。どういったものをお探しですか?」

 どういったものと言われても指輪の知識がまったくない。

 店員に色々聞いてみて、ソリティアというパソコンに入っているトランプゲームでしか聞いたことのない名前のデザインが気に入った。

 丸いリングに付いた爪が宝石を固定している。

 ドラマや映画でよく見るこれぞプロポーズの指輪だと感じるデザインだ。

 経済状況も考えて40万円以内で相談すると色々と紹介してくれた。

 給料3ヶ月分というイメージがあったので選択肢は少ないと思っていたがそうでもないようだ。

 指輪のサイズは大家さんに聞いていた。

 彼女に結婚を申し込むより先に親に指輪のサイズを聞くというのもおかしな話ではあるが、サイズの図り方さえ知らなかった。

 本人に聞くわけにもいかないので頻繁に会う大家さんに相談したらすぐに調べてくれた。

 世の中のプロポーズする男性はどうやって相手の指輪のサイズを調べるんだろうか。

 シンプルなデザインのダイヤの指輪、なんの捻りもないが一生懸命考えて彼女に合うデザインを選んだ。

 気に入ってくれなかったらどうしよう。

 そもそも、プロポーズが断られないか今から不安になってしまう。

「結婚指輪も取り扱っていますのでまたご相談ください」

 指輪はすぐに出来上がるのかと思ったが1ヶ月以上かかるようだ。

 昔何かのドラマで見たときはすぐに買って帰っていた気がしたが、あれはテレビだけの世界なのだろうか。

指輪が出来るまでの間、どこでプロポーズするか悩んだ。

 高級レストランでディナーをした後でとかドラマの影響を受けたような考えしか浮かばなかったが、何だか違う感じがした。

 色々と考えている間にあっという間に指輪が出来たという連絡が入った。


「久し振りに夜景を見に行こうか」

「夜景って?」

 部屋で2人で夕食を終えた後に恵に提案した。

「えっと、思い出の夜景……」

「うん」

 何だか照れてしまった俺に恵は嬉しそうに頷いてくれた。

 目的地に着くまで会話をしていたのだがよく覚えていない。

 自分の心臓が早鐘を打ち手が震えそうになるのを必死に抑えていた。

 告白したときより緊張しているかもしれない。

 あっという間に目的地についてしまった。

 2人で車から降りると恵は夜景の見える場所に歩いていく。

 俺はポケットに入っている指輪の箱を握り締めるとゆっくりと後を追った。

 この場所で告白して2年まだまだ寒い夜だった。

 恵と並んで見下ろす夜景はあの時と変わらず光り輝いていた。

 この夜景を指輪にしたほうが彼女は喜んでくれるかもしれないな。

 不安のせいか弱気になってしまう。


「め、恵」

「は、はい」

 あの時のようにお互いに緊張が走る。

 恵も何か感づいているのだろうか。

 緊張のせいで考えていたプロポーズの言葉を忘れてしまう。

 まるで成長していない自分に笑ってしまいそうだ。

 こちらを見つめる彼女の顔が自分の瞳に映る。

 俺はこの人とずっと一緒にいたい。

 その気持ちが少しだけ勇気をくれた。

 ポケットに入った指輪の箱を取り出し開いて恵に見せる。

 手が震えてかっこ悪い。

「あなたを大切にします。これからも一緒にいて欲しい。どうか結婚してください」

 飾り気のない言葉だが本心だ。

 この言葉が伝わって受け止めて欲しい。

「嬉しい……」

 恵の瞳から涙が溢れ出す。

「それじゃあ……」

「待って、その前に話さないといけない事があるの」

 了承してもらえたと思った。

 話さないといけないこととは何なんだろう。

 もしかしたら断られたのだろうか。

 体から力が抜けていく。

「少し長くなるから車で話そ」

 そう言って俺の手を引いて車に連れて行かれる。

 恵の答えも聞けないまま宙ぶらりんになった気持ちでエンジンをかけて暖房を入れる。

 エンジンはまだ温まっていたのですぐに暖房は効いてきた。


「私の話を聞いて。それでも気持ちが変わらないならもう一度さっきの言葉を聞かせて欲しい。断られるかもしれないから。それはすごく悲しいけど、あなたがそう望むなら私は身を引きます。もしかしたら断ってくれた方があなたのためになるのかもしれない」

 恵が何を言っているのか分からなかった。

 遠まわしに断っているのだろうか。

「聞かせてほしい」

 今は恵の言う話を聞くしかない。

「私と結婚したらあなたが不幸になるって言ったらどうする?」

 どこかで聞いた事のあるような台詞だ。

 記憶を掘り返す。2年前に夢で思い出した過去に占い師から聞いた台詞に似ている。

 恵にそのことは話してはいない。

 どうしてその言葉が恵の口から出るのだろうか。

「私ね、前に占い師を名乗る人から愛する人と結婚すると相手を不幸にしてしまうって言われたの。初めは信じていなかった。それでも何故かその言葉が私の胸に残り続けるの。啓と仲が深まるに連れてその言葉が真実のように思えてきた」

 助手席に座る恵の声が涙声に変わっていく。

「私は啓が好きだよ。でも私のせいで啓を不幸にしたくない。それでも一緒にいたいなんて我侭なのかな? 啓が幸せになるために他の人を好きになってなんて言えない。私だけを見てほしい。私って自分で思っていた以上にひどい女みたい。付き合うときにこうなるんじゃないかって分かってたのに、それでも一緒にいたくて、離れたくなくて。私どうしたらいいんだろう」

 暗い車内に恵の心の叫びが響く。

 涙を抑えることも出来ずにしゃくりあげて泣く音が聞こえる。

 まさか恵も俺と同じ言葉を聞いていたとは思わなかった。

「たとえ不幸になっても恵と一緒にいたい」

「え? どうして……」

 恵の濡れた目が驚きによって開かれる。

「やっぱり啓なんだね」

「やっぱり?」

「占い師に会ったのは1度じゃないの。私を説得するように何度か私の前に現れて色々話してくれたの。不思議と不審者だとは思わなかった。その人が教えてくれた言葉を啓が言ってくれた。やっぱり啓が不幸になっちゃうんだよ。愛する人と一緒になると不幸にするなんて酷すぎるよ。こんな未来知りたくなかった。こんなことなら聞かなければよかった」

 俺の言葉のせいで再び恵の心の叫びが溢れ出てしまう。

 ここまで言うつもりはなかったのか恵が申し訳なさそうな顔をして手で顔を覆うと俯いてしまう。

「こんなに辛い幸せがあるなんて知らなかった。どうしらいいか分からないよ。誰か私を助けてよ……」

 恵の誰に聞かせるでもない言葉が車内に小さく響いた後、堰を切ったように慟哭どうこくした。

 苦悩に満ちた恵の姿を初め見た。

 俺と一緒にいるとき楽しそうにしている裏でこんなにも悩んでいたのか。

 俺は少しも気付いてやる事が出来なかった。

 占い師の言葉は呪いのように恵の心を蝕んでいた。

 俺は恵の突然の告白を必死に受け止める。

 恵を傷付けていたのは占い師の言葉だけではない、俺も恵を傷付けていたのだ

「俺が助ける」

「え? でも啓が不幸になるんだよ?」

 恵が顔を上げてくれた。

 俺の言葉で恵の呪いが解けるとは思わなかったが自分の気持ちを必死に伝える。

「他の人と一緒になってもそれが幸せなんて俺には思えない。どんな不幸が押し寄せようとも俺は恵と一緒にいる事を選択する。未来なんて分からない、たとえ決まった未来だったとしても俺は恵と一緒にいたいんだ。俺が不幸になろうとも恵を幸せにする。いや、恵と一緒になった未来を不幸だなんて誰にも言わせない。だから俺と結婚してほしい」

 恵の瞳から新しい涙が溢れる。

「ずるいよ……。優しすぎる」

 目元にハンカチを当てて流れる涙を拭いている。

 大きくすすり上げると顔をこちらに向けた。

「そんな風に言われたらもう断れないよ」

「それじゃあ」

「はい、よろしくお願いします」

 そう言って恵は俺に左手を差し出した。

 緊張ではなく今度は嬉しさに震える手で恵の薬指に指輪をはめた。

「嬉しい……」

「よかった、俺も嬉しいよ」

 その後は言葉もなく自然と抱きしめあうと唇を重ねた。


 アパートに帰ると大家さんに早速報告をした。

 改まってお伺いしようと思ったが、アパートの前で嬉しそうに待っていた大家さんはすべてお見通しのようだった。

「おめでとう」

 そう言って恵と似た顔で微笑むと結婚を認めてくれた。

 恵には父親がいなかったので後は俺の母親に報告するだけだった。

 俺の家も母子家庭だ。

 最近では母子家庭も珍しくはない。

 早く結婚しろと言っていた母親なので断られることはまずないだろう。

 そう恵に言ったのだがすでに緊張していた。

 部屋に戻ると、報告は早い方がいいだろうと思い遅い時間だったが母親に電話した。

 なぜか恵は横に正座している。

 数回のコール音の後電話が繋がる。

「あんたが電話してくるなんて珍しいわね」

 俺は用事がないと電話しない親不孝者だ。

「あのさ」

「なによ」

「結婚することになった」

「はぁー? あんたが? 本当に? 嘘じゃないの?」

 母は俺が女っ気がないのを知っているのでまったく信じていない。

「本当だよ」

「明日休みでしょ? 連れてきなさいよ」

「明日!?」

「私も婚約者見たいもの。明日の朝……は片づけしないといけないから昼ね。楽しみにしてるわね」

 ガチャリと言いたいことだけ言って電話が切られる。

 横を見ると会話が聞こえていたのか恵が目に見えて慌てている。

 なんだかきょろきょろとして可愛い。

「明日、大丈夫?」

 そんな恵に声をかける。

「だ、大丈夫でつ」

 噛んでいる。とても大丈夫そうには見えなかった。

 明日の準備をするから今日は部屋に帰るねと言って恵は急いで部屋に帰っていった。

 もう少し一緒にいたかったが原因が自分の母親なので仕方がない。

 俺の明日の用意をして早めに横になった。


 その日2年前と同じ夢を見た。

 少しだけ違ったのは、俺が占い師に返した言葉が聞こえてきたことだ。

「たとえ不幸になっても愛する人と一緒にいたい」

 ませた子供だなと夢の中の自分に思った。

 立ち去る女性の仕草や涙が見えるのは変わらなかったが、その口元が嬉しそうに笑っていることに気づいた。

 そこで夢は終わった。


 母は恵を見て随分と喜んでいた。

 他の兄弟は結婚しており、やっと俺も結婚してくれると余計な事まで恵に話していた。

 恵も初めは緊張していたが、少し図々しい母親とすぐに打ち解けていた。

 それからも俺の過去の事を話したりしていた。

 恵が嬉しそうにそれを聞くので母も喜んで話す。

 長い会話が終わり実家を出たときは日が傾きだしており、どれだけ二人が長く話していたかを教えてくれた。


「なんだか啓に似てるね」

 帰りの道中で恵が嬉しそうに俺を見る。

「俺はあんなに図々しくないよ」

 恵がくすくすと笑う。

「そこじゃないよ」

「どこが似てるの?」

 恵は思案気に上を向くと、

「雰囲気というか、にじみ出る優しさかな」

「出汁じゃないんだから」

 それを聞いた恵がおかしそうに笑っていた。

「これからもいい出汁をだしてね」

 俺の顔を覗き込むと悪戯っぽく笑う。

「はいはい」

「むっ、はいは1回」

 恵は俺がはいはいと言うといつも口を膨らませてこの台詞を吐く。

 なんだかそれが可愛くてそう言ってしまうのが口癖になってしまった。

 たまに恵も真似して立場が逆転したりする。そんなバカップルっぽい行動もきっといい思い出になるだろう。


 翌週には母親同士の挨拶も済ませた。

 結婚式はどうしようかと思ったが、2人だけで挙げることになった。

 母親達も特に反対もせず、恵の花嫁姿だけ見に来ると言っていた。

 2人だけというのに式の準備は慣れないせいか忙しかった。

 披露宴をして友人を誘ったりする人はもっと大変だと思うとぞっとした。


 結婚しても当分はアパートに住むことになった。

 俺の部屋の隣が空いているので2部屋使えばいいだろうと大家さんが提案してくれた。

 大家さんも近くに住んでくれるのが嬉しいのか喜んでいた。

 部屋の壁をぶち抜いてもいいよと言われたがさすがに今後困るだろうと思い丁重にお断りした。

 プロポーズからここまで来るのにあっという間だった。

 いつものように部屋の前でタバコを吸うと、いつの間にか遠くに見えていた梅の花は散り桜も散っていた。

 時折吹く風は爽やかで、寒さを感じない季節になっている。

 自分の住んでいる部屋の隣を見る。

 今は俺達の使っている部屋だ。

 もう少ししたら絆がいなくなって3年が経つ。

 あの後大家さんに聞いても遠くに行って会えないと言われた。

 俺と恵が結婚したって聞いたら驚くかな。

 また3人でゲームをしたり映画を見たり出来たらいいなと思いながら吸い終わったタバコを消すと部屋に戻った。

 奥さんの手伝いをするとしよう。

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