1日目
自分で書いておいてジャンルがよく分かりませんでした。
恋愛に入れるべきなのかホームドラマに入れるべきなのか。
ご指摘があった場合など変更するかもしれません。
5万文字程度のあまり長くならない話になります。
1人でも多くの読者の方に楽しんでいただけたら幸いです。
「お前は10年後に死ぬ」
いきなり目の前の女の子にそう告げられた。
決意を込めた瞳に俺を映している。
仕事が終わり自分の住んでいるアパートに帰ってきた途端の突然の出来事だった。
思考が追いつかずどう返事をしていいかも分からない。
「私を助けようとして死ぬんだ。だから私を助けないで」
俺の返事など待っていなかったように女の子はそう言葉を続けた。
夏もだいぶ過ぎて虫が音色を響かせ始める夕暮れ時だった。
時折吹く風が熱を連れ去り肌を冷やす。
言いたい事を言って立ち去る女の子の表情に影が差しどこか悲しげに見えた。
何も言い返せぬままただそこに立ち尽くしていた。
10年後の俺の事がなぜ今日会ったばかり女の子に分かるのだろう。
そういえば小学生の頃、学校の授業の一環で10年後の自分に手紙を書いた事を思い出す。
10年後に届いた手紙を見て的外れな内容に苦笑したのを思い出す。
あれは将来への自分への手紙だ。
10年後を予知するものではなかった。
的外れな事を考えているうちに女の子の姿は見えなくなっていた。
俺はその場で自分の過去を振り返りこの状況のヒントがないかを考える。
大学を卒業して地元の小さな企業に就職した。
学生時代も就職してからも特に女性にもてる様な事もなく、別段恨みも買っていないと思う。
就職してから3年以上、自然と仕事をこなせるようになったが、その3年間でも特に仕事以外のトラブルはなかったはずだ。
あの女の子に会った記憶はやはりない。
知らない間に脳をいじられていない限りは間違いないと思う。
もしかしたら女性と親密になった記憶がないのは能をいじられたせいかもしれない。
もちろんそんなことはない。
立ち止まってまで振り返った過去の女っ気のなさに虚しさを感じる。
黄昏時に染まる周囲の景色がより一層虚しさに拍車をかけてきた。
自分の住んでいる決して綺麗とは言えないアパートが茜色から暗い色へと変わっていく。
このままここに佇んでいても不審者としか思われないので気を取り直して部屋へと歩き出す。
部屋に向かう途中アパートの1階で大家の娘さんと誰かが話していた。
相手の顔は見えなかったが、まさか見られていたのだろうか。
もしそうなら顔が会わせ辛いので逃げるように階段に足をかけた。
6部屋あるアパートは1階に3部屋、2階に3部屋ある。
アパートの側面に付けられた2階へと上がる鉄製の階段は少し錆びており、築年数の大きさを物語っている。
階段を上り一番奥まで行くと俺が住んでいる部屋だ。
俺の部屋の手前、真ん中の部屋へ差し掛かったとき部屋のドアが開かれる。
誰も住んでいない空き部屋と思っていた部屋のドアから先ほどの女の子が顔を覗かせる。
少し不満げな表情で俺を睨んでいるようにも見える。
「おっさん、名前は?」
女の子との歳は10代の半ばか後半に見えるが、これくらいの女の子からしたら26歳はおっさんなのだろうか。
「自分から名乗るものじゃないのかな?」
初対面のはずの女の子に笑顔を作って向ける。
「……名前は?」
眉間に皺を寄せている。
「奈月 啓だよ」
名前を名乗るが、女の子の威圧に負けたとは思いたくない。
「歳は?」
「26歳」
「ふーん」
少し満足したのか眉間の皺が消えた。
「君の名前と年齢は?」
「え?」
目を大きく開き驚いた表情をする。
名前はともかく、年齢まで聞くのはまずかっただろうか。
女の子は少し上を向き何か考えるような仕草を見せる。
「小池 絆。年齢は16歳」
小さい声でぼそぼそと喋るが、なんとか聞き取れた。
「その部屋に引っ越してきたのかな?」
先ほど疑問に思った事を尋ねる。
「少しの間だけここに居させてもらう」
そう言ってドアが閉じられた。
彼女なりの挨拶だったのだろうか。
女の子の部屋の前で立ち止まるのもよくないと思いすぐに自分の部屋の前に移動した。
慣れた動作でドアの鍵を開けると部屋に入る。
着替えを済ませると、風呂を入れている間に夕食の準備と洗濯物の片付け、洗った洗濯物は夜の内に部屋に干しておく。そうすると朝は外に出すだけなので忙しい朝も楽になる。
習慣化された家事を機械的にこなしていく。
この流れが終わるのに時計の長い針は1周回らない。
独り身が長い成果だと思うと悲しくなる。
風呂のお湯を止め夕食を食べようとした時ピンボーンと部屋の呼び鈴が鳴る。
自分の家に誰かが訪ねてくることなんて滅多にない。
新聞の勧誘とかだと面倒だと思いそっと扉を開けた。
そこには先ほど別れたはずの小池と名乗った女の子が立っていた。
「どうしたの?」
何か言い忘れたことでもあるのだろうか?
引越しの品を渡しに来たのだろうか?
「……ない」
小さい声でよく聞き取れなかった。
「ごめん、よく聞こえなかった」
小池は少し恥ずかしそうに俯くとポケットに突っ込んだ手をもじもじとさせている。
「ご飯がない」
今度は聞き取れた。
初めに会った時と今目の前にいる女の子の印象がまったく違うのに内心すごく驚いている。
もしかしたら、こちらが本来の姿なのかもしれない。
「何か作ろうか?」
恥ずかしそうに俯く姿が可愛く思えてそんな言葉が自然とこぼれた。
「本当?」
顔を上げて晴れやかな表情を見せる。
この子はこんな表情も出来るんだな。
そう思っていると小池は俺の脇を通って部屋に上がってくる。
え?
料理を作って持って行くつもりだったのだが、まさか部屋に入るとは思ってもいなかった。
こんな若い子を部屋に上げたら社会的に何かまずそうな気がする。
気がするというか捕まる所まで想像できてしまう。
それでも今更出て行けとも言えない自分が情けなく思う。
「おいしそう」
俺の気持ちなど知らず、小池がまだフライバンの上で湯気を立てているオムライスを見ながら今にも涎が垂れそうになっている。
そんな姿を見て苦笑交じりの笑みが自然と浮かび上がる。
「すぐ用意するからテーブルの所で待ってて」
「分かった」
素直に頷いてテーブルがある奥の部屋に移動した。
2DKの部屋で手前の和室を通って奥の和室へ行く間取りになっている、生活のスペースはほとんどが奥の1部屋で済ませており、手前の部屋にはあまり物を置いていない。洗濯物を干しておくくらいだ。
皿を出してまだ温かいオムライスを乗せる。
それだけでは味気ないのでレタスを千切ってトマトを切っただけの簡単なサラダを作ると皿の脇に添える。
彩としては悪くない。
スプーンとフォークを持って小池が待つ部屋に行く。
「呼び方は小池さんでいいかな? 味の保障は出来ないけどどうぞ」
テーブルに皿を乗せる。
「絆でいい」
「ん?」
「……呼び方。絆でいい」
視線を逸らしながらそう呟く。
今の姿からやっぱり出会った時のインパクトが想像できない。
「分かった。絆だね」
「ん」
頷いてスプーンとフォークを受け取るとどこから食べようかスプーンを皿の上でさまよわせている。
「飲み物は? お茶でいい?」
「ん」
頷いているので問題ないのだろう。
すぐに冷蔵庫から作っていた麦茶を出すとコップに入れる。
とくとくとコップに注がれる音が心地よい。
お茶を汲んだコップをお皿の傍らに置く。
「ありがと」
食べ始めずお茶が来るのを待っていた絆が小さな声ではあるがお礼を口にする。
なんだかそれが嬉しかった。
礼儀を知らないわけではないようだ。
自分の分のオムライスを作ろうと思ったが、ご飯がなかった。
仕方なく他の物を作ろうかと思ったが、1人テーブルでご飯を食べる絆が気になった。
なので、買い置きしてある即席めんにお湯を入れると自分の麦茶と一緒に持って絆の対面に座った。
「あっ……」
絆が即席めんを見て声をあげる。
「ごめん」
次の瞬間にはあんなに嬉しそうにしていた顔に影が差してしまった。
「気にしなくていいよ。これが食べたくなっただけだし、誰かと食事を食べれるのは嬉しいから」
後半の言葉に嘘はなかった。
「ん」
それを聞いた絆の顔から影が消えた。
口の端が少し上がっているところを見ると絆も嫌ではないようだ。
「いただきます」
そう言ってやっとオムライスに口を付けてくれた。
オムライスの端をスプーンで小さくすくって口に運び、ゆっくりと味を確かめるように咀嚼する。
「おいしい……」
目を大きく開けて驚いている。
「気に入ってもらえてよかった」
俺の言葉は聞こえていなかったのか、黙々と食べは始めた。
お腹が空いていたのか、オムライスが見る見る減っていく。
俺も自分の即席めんに手をつけながらその光景を眺めていた。
目の前の女の子が気になって味はよく分からなかった。
絆がスプーンをテーブルに置いた。
食べ終わったはずなのに、皿の上にはトマトが残っていた。
「嫌いなのか?」
トマトが嫌いな友人を何人か知っているので別に意外ではなかった。
「人間が食べるものじゃない」
絆が目を逸らして気まずそうに答える。
そこまで嫌いなのか。トマトが嫌いな友人もそこまで言ってはいなかった。
俺は好きなので皿から切ったトマトを箸でつまむと口に入れる。
「うえ」
自分が食べてもいないのに気持ち悪そうな顔をしている。
気にせずに残りのトマトも平らげた。
空いた皿を流しへと持っていきさっと洗い水切り籠に置く。
「コーヒー飲む?」
「甘いのなら」
インスタントのコーヒーでブラックと砂糖を少し多めに入れて牛乳を混ぜたコーヒーを作って部屋に戻る。
「どうぞ」
テーブルへ甘く作ったコーヒーを置くと、絆はすぐにそれを両手で持った。
ふーっふーっと息を吹きかけながらゆっくりと1口飲む。
「甘い……」
目じりを下げる姿を見ると気に入ってくれたようだ。
「さっきの話なんだけど」
出会った時の言葉が気になって話を切り出す。
絆もそれに気づいたのだろう。飲んでいたコーヒーをテーブルに置くと真剣な目でこちらを向く。
「あの言葉を忘れないで」
俺の目を射抜かんばかりの真剣な眼差しだ。
「なんで10年後の話が分かるんだ?」
「それは……秘密」
まさか未来から来たとでも言うのだろうか。
そんなSFのような世界があるとは考えられず苦笑する。
そんな俺の態度が気に入らなかったのか絆がじろり俺を見る。
「信じてない」
信じていないというよりは信じられない。
「ごめん。でも、その言葉は覚えておくよ」
「絶対忘れないで」
「分かった」
俺の言葉に満足したのか、コップを持つとコーヒーを再び飲み始めた。
絆の話が本当だとすると、10年後にまた絆と出会うのだろうか。
それか36歳まで絆と親交があり続けるのだろうか。
漠然とした想像しか頭には浮かんでこなかった。
「それ飲んだら部屋に帰りなよ」
ちびちびとコーヒーを飲んでいる絆に告げる。
時計を見ると夜の8時になっている。
それを聞いた絆はまだ飲みかけのコップをテーブルに置いた。
「じゃあ飲まない」
まるで子供のような反応だ。
いや、16歳だから子供なんだけど。
帰りたくないのだろうか。
「何かして遊ぼう」
「いや、風呂にも入りたいし」
「私も入る」
「え?」
今日会った女の子と風呂に入るなんておかし過ぎる。
「だめ?」
「一緒に入るなんてだめだよ」
絆の顔が赤くなる。
そのまま俯いてしまった。
しまった……、その反応を見て大きな勘違いをしていた事に気付く。
絆が俯いたまま視線だけを俺に向ける。
「エッチ」
「ごめんなさい」
部屋の風呂にお湯をはっていないのでここで入るということだったのか。
それはそれで問題な気もする。
しかし、失言をしてしまって断れない空気になってしまった。
タンスからタオルを出して渡す。
「着替えがない」
「え? 部屋にないの?」
こくりと絆が頷くとピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に誰だろうと思い玄関に向かう。
ドアのノブに手をかけたとき絆の存在を思い出す。
さーっと頭から血の気がひく。
この状況はまずくないだろうか、知らない人ならなんとでも誤魔化せるが、もし知ってる人だったらアウトな気がする。
知っている人なら来る前に携帯に連絡くらいすると信じて扉を開いた。
そこには大家の娘さんがいた。
挨拶や世間話なら何度もした事がある。
完全にアウトだ。
1階に住んでいる大家の娘さんは俺が1人暮らしだと知っている。
確かまだ二十歳にもなっていない娘さんにこんな状況を見られてしまったら「気持ち悪い」と言われて終わるか警察に連絡される未来しか見えない。
「こんばんは」
俺の気持ちなど知るはずもなく屈託のない笑顔で挨拶をしてくれた。
笑顔のとても似合う女性だ。
そんな女性の口から気持ち悪いなんて言われてしまったら心に深い傷を負ってしまいそうだ。
部屋の中が見えないように視線を遮るような位置に自然を装いつつ移動する。
「こんばんは、どうしたんですか?」
顔に無理やり笑顔を作って対応する。
ドアから入る冷えた空気が血の気のひいた頭をさらに冷やす。
「こっちの部屋に来ているかと思って」
「え?」
目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねてドアの向こうを覗こうとする。
「絆を知っているんですか?」
「絆? 絆って名前なんですか? 母に頼まれて隣に着替えを持ってきたんですが、いなかったのでここかなと」
血が巡っていない頭でうまく思考が出来ないが、大家さんは絆が着替えがない事を知っていて娘さんに届けさせたのか。
「絆ー」
知っているなら問題ないだろうと思い絆を呼ぶ。
呼ばれて絆が少し小走りで部屋の中から玄関へやってくる。
「あっ……」
娘さんの姿を見て絆が少し驚いたように口が開いたまま固まる。
「やっぱりいたんですね。絆ちゃん着替えです」
娘さんは絆に着替えの入っているであろう袋を差し出した。
「え? あ、ありがと」
「どういたしまして」
少しぎこちない絆に娘さんは朗らかな顔で応えた。
「一緒に……遊ぶ?」
絆が娘さんに少し恥ずかしそうに提案する。
なんだか微笑ましい光景ではあるが、この家の家主を無視して話が進みそうで怖い。
「私も一緒してもいいんですか?」
娘さんが小首をかしげる。
その何気ない仕草に胸がドキッとする。
「3人で遊ぼ。入って」
「はい。ではお邪魔します」
見蕩れていた相手がいつの間にか部屋に入っていった。
嫌な予感は見事に的中していた。
ていうかここは俺の家なのに絆が我が家のように振舞っている。
俺の家だよな?
表札を見ると奈月と書いてある。
間違いないようだ。
明日から休みなので遊ぶのは仕事的には問題はないのだが、こんな夜中に若い女の子2人が家にいるのは社会的に問題ではないだろうか。
そういえば借りていたビデオを見ないといけなかった。
もうなるようになれと思い諦めてドアを閉めると部屋に戻った。
部屋に戻ると絆と娘さんが自己紹介をしていた。
「小池 絆です」
「榊 恵です」
名乗りあって2人がお辞儀をしている。
大家の娘さんは恵さんというのか。
大家の苗字が榊というのも忘れていた。
戻ってきた俺に2人の視線が向く。
自己紹介しろと言われた気がした。
「奈月 啓です」
2人がしていたようにお辞儀をする。
なんだか可笑しくて3人共が自然と笑みをこぼす。
「恵さんっていうんだね」
「恵でいいですよ。絆ちゃんも絆って呼んでいるみたいですし」
柔和な顔に微笑を浮かべてそう言った恵の顔にドキドキとさせられた。
「分かった。恵って呼ぶよ」
顔が熱くなるのを感じる。
赤くなっていなければいいのだが。
絆が遊ぶ前に風呂に入ると言い出した。
恵はもう風呂は済ませたようなので、絆が上がったら俺が入る事にする。
絆が風呂に行ったせいで恵と2人っきりになってしまう。
なんだか気恥ずかしくなる。
「タバコを吸ってくる」
「分かりました」
俺のそんな一言にも丁寧に答えてくれて、その顔に浮かんだ微笑が俺の胸を高鳴らせてくる。
タバコをくわえてライターと携帯灰皿を持って部屋の外に出ると火を点けてゆっくりと息を吸う。
ちりちりと小さな音を鳴らしながら暗い外に赤い1点の光が灯る。
肺に溜めた煙をふーっといっぺんい吐き出すと紫煙が風に揺られて流れていく。
アパートに庭に立つ大きな榊の木が見える。
大家と同じ名前の木だ。
2階の屋根を越すのではないかという大きく育った榊は暗い夜でも変わらぬ存在感がある。
タバコを吸いながら先ほど感じた違和感を思い出す。
恵はどうして俺の部屋に絆がいると思ったのだろうか。
今日初めて会った相手が夜中に部屋にいるなんて想像できないと思うのだが、俺の考えすぎだろうか。
直接本人に聞けば済む問題を1人であれこれ考えている間にタバコを吸い終わってしまった。
もう少し外の冷たい空気に触れていようかと思ったが知らない男の部屋に恵を1人残すのも可哀相だと思い、携帯灰皿でタバコの火を消すと部屋に戻った。
「おかえりなさい」
その言葉に一瞬体が動かなくなる。
久し振りに聞いた言葉だ。
「た、ただいま」
返事がぎこちなくなってしまう。
「何して遊びましょうか?」
恵は嬉しそうに部屋をきょろきょろと見回している。
「ゲームかトランプくらいしかないかな。あと麻雀もあるけど」
「麻雀やったことないです」
知らない遊びに興味をひかれたのか目を輝かせている。
「3人で出来なくもないけど4人いた方がいいかな」
「そうですか……」
残念そうに肩を落としている。
「興味があるならいつでも教えるよ」
「はい」
表情が一気に明るくなり。嬉しそうに返事をしてくれた。
ころころと表情の変わる人だなと思った。
絆が風呂に上がる前にトランプとゲーム機を出しておく。
丁度出し終わった頃に絆が風呂から上がってきた。
「気持ちよかった」
風呂上り独特の体を上気させながら絆が嬉しそうに表情を和らげている。
その表情にまたドキッとさせられると同時に既視感を覚える。
恵の顔を見るとすぐにその正体が分かった。
笑った顔が2人共よく似ている。
もしかしたら親戚なのだろうか、大家のアパートに少しだけ住むと言っていたのでその可能性は高い。
「俺も入ってくるよ。2人で何して遊ぶか考えてて」
2人の女性に胸をときめかせたのがなんだか罰が悪くて逃げるように風呂へと向かった。
風呂から上がると2人は仲良さそうに何をするか話し合っていた。
まだ決まっていなかったのか少し呆れてしまうが、考えを任せてしまった自分が言うのもおかしいと思い黙っていた。
「トランプをしましょう」
「私はゲームがいい」
「時間もそんなにないですし、今日はトランプでゲームは後日にしませんか?」
「うーん、分かった。ならゲームは明日ね」
黙っていたら明日の予定まで決められていた。
特に予定がないので問題ないのだが、もしかしたらこの連休中付き合わされるかもしれないと悪い予感が浮かんでしまった。
「啓もそれでいい?」
事後承諾を求めて絆がこちらを向く。
期待を込めた眼差しで見つめてくる。
濡れた頭をタオルで乱暴に拭きながら頷く。
「そんな目をされたらは断れないな」
それを聞いて絆が嬉しそうに歯を見せて笑う。
「恵は?」
「いいですよ」
微笑む恵に絆の顔はより一層嬉しそうになった。
トランプでババ抜きや7並べをして楽しんだ。
いつの間にか時刻は11時になろうとしていた。
さすがに遅い時間なので今日は解散することにした。
玄関で恵が帰るのを見守る。
「それではまた明日。おやすみなさい」
丁寧にお辞儀をする恵に「おやすみ」と返すと恵は1階に戻っていった。
「私も寝ようかな」
そう言って絆が奥に戻っていく。
その肩をつかむ。
「ちょっと待て」
不思議そうな顔をして絆が振り向く。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない。絆は隣の部屋だろ?」
「布団ない」
言われて思い出した、そういえば着替えもなかったのだから布団がなくても不思議ではない。
それでも一緒の部屋に寝るのはまずい気がする。倫理的な意味でも。
客用の布団が一組あることを思い出した。
「布団を貸すからそれで寝るといい」
「本当? なら並べて寝よう」
予想していない答えが返ってきた。
「同じ部屋はさすがにまずいだろ」
「子供に欲情するの?」
そういう危険性を分かっているくせに悪ふざけをしているのか。
「さすがに子供に手を出す趣味はないよ」
「なら並べて寝よう」
「もう好きにして下さい」
仕事の疲れで眠たいのもあって好きにさせることにした。
俺は襲う気もないし、本人が気にしないならもう何も言わないでおく。
布団を敷いて電気を消すと2人で横になる。
さすがに布団の距離はテーブルを挟んで離してある。
絆が文句を言っていたが無視した。
おっさんの小さな抵抗だ。
暗く静かになった部屋にかすかに虫が奏でる音色が響く。
「もう寝た?」
横になって少しすると絆が話しかけてきた。
「起きてるよ」
返事をしようか迷ったが答える。
静寂に近い部屋では小さな声すらよく耳に通る。
「今日はありがと」
姿は見えないが声色にどこか恥ずかしさが含まれているのを感じる。
「どういたしまして」
「短い間だけど明日からもよろしく」
それがどういう意味かは深く考えなかった。
今日の事を振り返って色々大変だったが、何故か悪い気はしなかったし、今こうしている時間も嫌ではない。
初めて会ったはずなのに不思議だ。
「ああ」
短くそう返事をするとふふっと小さく笑う声が聞こえた。
喜んでいるのだろうか。
何か話しかけようと思ったが、ゆっくりと眠りに誘うまどろみに抗う事ができなかった。




