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1.しかしてその時勇者が現れ

初投稿です。楽しんでいただけたら嬉しいです。



1:しかしてその時勇者が現れ



昔むかし、まだこの国が国でなかった時のこと。

世界を震撼させる魔獣が突如として現れた。

魔獣はその力でもって世界を蹂躙し、人々を恐怖に陥れた。

魔獣が狙うは美しい娘。娘を守るため、多くの騎士、戦士、魔法使いが戦いを挑んだが、彼らはことごとく敗れ去り、もはやこれまでかと諦めていた。

しかしてその時勇者が現れ、友である魔法使いと共に魔獣との決戦を繰り広げ、ついにこれを倒す。

勇者は娘を娶り、魔獣の棲みかに街を築いた。

街は発展しやがて国となり、勇者は初代王となる。


―――勇者王「エルドラン」、これが彼の名。


永遠の友「オフィーリア」は魔獣の傷跡深い大地を鎮めるため山に籠り、その魔法で大地を潤した。



***********



「いや、ないわー」


 カシュ、と小気味良い音を立てて缶ビールを開けた。


「国がなかったっていうけど、あったよな。ネモフィラス国」

「本によっては名も知らぬ国、ってなってるけどね」


 アハハ、と乾いた声で笑う。それを言うならこっちの名前だってもっと長かった。


「オフィーリア・オルフェウス・アルドラド…。オフィーリアは領土の名だし、オルフェウスは家名、俺の名前、アルドラドなんだけどな……」

「最初に来る名がファーストネームって、いつからそうなったんだろうね」

「その点お前はいいよ、エルドラン」

「こちとらしがない村人Aなもんで」


 顔を見合わせて同時にため息。こりゃないぜ。


「今の名前が押井理奈」

「今の名前は榎戸翔」


 そして同時に言った。


「どうしてこうなった」






 正史というものは時の為政者にとって都合よく、そして敗者に対しては悪辣に残される、ある意味残酷なものだ。

 エルドラン建国史もまた例外ではない。まず第一に建国の祖となったのは彼ではなかった。


「ひどいと思わない?結婚式が済んでさあお待ちかねの初夜!って時に暗殺だぜ。せめて一発やらせろ」

「田舎出身の剣士なんか姫には野蛮人としか見られないだろ。王家を甘く見たお前のミスだよ」


 あの時、せっぱつまっていたネモフィラス国王は、魔獣を倒した者になんでも好きなものを与えると宣言していた。田舎から立身出世を夢見るには十分だろう。

 国だけではなく大陸中から若者が集い、王の征伐式典を眺めていた。王の隣には大陸一の美女と名高い姫が立ち、祈りを唱えていた。エルドランだけではなく多くの若者が姫の為にと出陣していっただろう。

 しかしその時姫にはすでに決まった相手がいた。王の護衛として傍に控えていた近衛騎士隊長である。姫と歳も近く、勇猛果敢にして冷静沈着、王家への忠義も篤く政治能力もあった。そしてなにより、姫と騎士は相愛の仲であった。王には姫しか子がおらず、婿を取って国を継がせるのが当然の未来である以上、どこの馬の骨とも知れぬ脳筋馬鹿では困るのだ。


「なんでもくれるって言うから姫様を望んだんだ。国が欲しいなんてひと言も言わなかったのに…」


 未だにそれについて納得できない翔はビールを煽ってテーブルに突っ伏した。


「本人や王、大臣がそれを真に受けるわけないじゃん。言った手前承諾しなくちゃならない。それが王ってもんだ」

「おあずけ…姫様が薄着一枚で笑いながら「はい」って渡してくれたワインが俺の最期…」


 ぐすっと鼻を啜る音が聞こえ、理奈はどうしたものかと天井を見上げた。見慣れた彼女の部屋だ。

 エルドランも、今の榎戸翔も、決して醜男ではない。黒い短髪はあの頃こそ珍しかったが、外で戦う男らしく日焼けした肌や精悍な顔、筋肉のついた体つきは女の目を惹いた。

 だが、それはあくまでも庶民から見た目だ。王室の箱入りであった姫からすれば、エルドランは粗野で野蛮な男としか映らなかっただろう。おまけに彼女にはきちんと紳士として育てられた騎士がいたのだ。なおさらエルドランなど眼中には入らない。嫋やかな温室の花が、野生の熊に踏みつぶされるような恐怖を抱いたのは想像に難くなかった。


「ま、わりと後悔してると思うよ?」

「……なんで」

「英雄王エルドランなんて物語になってることみればわかるでしょ。姫の夫――あの近衛騎士なんて名前どころかいなかったことにされてるんだから。人の功績奪って結婚したはいいものの、大臣たちはみ~んなそれ知って心の中では舌を出して蔑んで、反対に国民は何も知らずに湛えてくる。よほどの厚顔無恥でも自分の存在がなかったことにされるのはきついわ。おまけに肝心の姫様は、こっちの苦悩を理解しないくせにネガとポジの繰り返し。…ま、人殺しなんてしたことない姫様じゃあ無理もないけどね」

「ずいぶん詳しいな」

「オフィーリアはエルドランより長く生きたんだもの。おかげで何度暗殺されかけたか」

「暗殺…?」


 ようやく翔が頭を上げた。理奈はその情けない顔を見て肩をすくめる。


「エルドランの親友にして大魔法使いオフィーリアはごまかせないってこと」

「俺のせいか…?」

「うん。そう」


 理奈のそれはもうきっぱりとした返事に翔は再び突っ伏した。思い出す。オフィーリア…アルドラドもエルドランに遠慮なく物申し、姫との結婚を止めていたことを。

 オフィーリアはオフィーリア領を支配する領主の生まれだった。いわゆる貴族である。しかし、いくら貴族といえどもその4男ともなれば継承権などないに等しく、長男の兄が次期当主、次男は長男にもしものことがあったときのスペア、3男はどこかの貴族に婿入りできれば良い方で、4男はせいぜい分家を起こせと成人すれば幾ばくかのかの金銭を与えられて家を出されるのが常であった。

 慣習に従って素直に家を出たオフィーリアは、幸いな事に魔法の素質があった。

 魔法の力が多いものほど体の色素が薄くなる。オフィーリアは見事な銀髪に赤い瞳を持つ青年だった。どことなく冷たい印象を与える顔立ちだが、それは早くから自分の運命を受け入れたからで、彼はまったくひねくれた性格をしていた。エルドランが熱血直情型ならオフィーリアはクールな策士型であった。

 それでも二人は良いコンビだった。魔法が使えないエルドランをオフィーリアは良く助け、魔獣との戦いも彼の作戦があってこそだったのだ。

 だからこそ、最後の最後で自分の我儘を通したことを、翔は後悔し、申し訳なく思っている。


「ごめんな。あんなにお前が止めたのにな」

「別にいいよ。死んだのは俺じゃないし」


 エルドランの死は自業自得だ。理奈はそっけなく言った。


「あちらさんが勝手に罪悪感を持って、勝手に逃げようと攻撃してきた。それだけだ」

「…殺されたのか」

「馬鹿、俺がそんな玉か。山に逃げたよ」


 王の宣言により、オフィーリアが褒美に貰ったのは山だった。今では聖オフィーリア山脈と呼ばれている、この国の北から南を貫く膨大な土地が彼の物になった。いつまで、という期限を設けていなかったため、今でもこの山はオフィーリアの所有物であり、彼が認めたもの以外は入れない聖山となっている。


「そっか……」


 ほっとする翔に少しばかり湧き上がった照れをごまかすように、理奈がビールを飲む。炭酸が薄くなっていた。


「アルドラドは66まで生きた」


 翔がハッとして理奈を見る。


「基本山に籠ってたけど、望むものには魔法の講義をした。魔獣の一件から魔法が忌憚され排除される風潮になっていったからな。貴重な文化を失わせたくなかった」

「聖オフィーリア教導会を作ったのも?」

「あれは弟子が勝手にやらかしたんだよ。魔法使いの保護も含め、必要なことだった」


 聖オフィーリア教導会は国立魔法院と対立する組織だ。聖オフィーリアを頂点とした純粋な魔法の研究をする組織である。現在魔法使いがいるのもここだけだ。

 国立魔法院に魔法使いはいない。ここも研究機関だが、魔法とは名ばかりで、かつてのアルドラドのように行き場を失った貴族の子弟たちが年金目当てに所属している、いわば天下りのための組織であった。


「国魔は金食い虫だしな。貴重な古文書があるっつっても建国からのしかない。俺たちの時代のものは、やつらがみんな捨てちまった」


 魔法だけではない。町、村、本、人、果ては言語までことごとく破壊しつくされた。ゆっくりと、千年の時をかけ、王家は歴史を塗り替えたのだ。


「そして誰もいなくなった、か」

「たったひとつ、勇者を殺したという事実はそれほど重い。たぶん、未だに恐れてる」

「俺はもうなにかしようと思わないけどな」

「言葉では信じない。自分たちで祀り上げたものの重さに怯えてるんだもの。…どうなることやら」


 呆れ口調で言って、理奈はつけっぱなしになっていたテレビに目をやった。

 この一ヶ月、ほぼ同じ内容のニュースが繰り返され、世間を煽り、話題を振りまいているのだ。

 古代樹の森、と呼ばれている樹海で、洞窟が発見された。国立魔法院の調査の結果、前時代の遺跡ではないかという。

 前時代、それはエルドランとオフィーリアが活躍した時代だ。魔獣だけではなく、魔物と呼ばれるモンスターが闊歩していた。今ではゲームなどでしかお目にかかれない想像上の生物が、実際に生息していたのだ。

 国立魔法院は伝説の古代魔物との戦いに備え、各地から冒険者を募っている。魔法院所属の魔導士(魔法使いは聖オフィーリア教導会所属)だけではなく、退役軍人、傭兵、武道家など、ジャンル問わずだ。

 勇者の国、英雄国。

 その威信をかけた発掘に、


「…どうする?」

「行かね。めんどくさい」


 転生した勇者と魔法使いは、まったくやる気がなかった。






読んでいただいてありがとうございました!

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