序章 ~彼の夢~転生前日
青年は夢を見る。
いつか、自然と共存出来る世界を。
青年は願う。平和な戦争を。
奪うのでは無く、生み出す争いを。
いつか、自分の大好きな兵器が
壊す為では無く、何かを作り出す道具になることを。
「おーい、海山さーん、起きなさーい。授業中よー」
間延びしているせいで威厳もへったくれもない説教と
周囲の愉快な笑い声に起こされた俺は
素晴らしい夢の続きを見る事を、あえなく断念する。
教室の一番後ろの列、窓際の席。
硬い机から顔を上げ、シャーペンを持つフリをして、
数字と落書きだらけのノートを半目で睨む。
数学を担当しているユミ先生は
昼寝常習犯の俺、海山悠の目覚めを確認し、授業に戻る。
どうしてこうも、昼休みの後の授業は眠いのだろうか?
夢の中といい今といい、数学と無関係なことを熟考する。
数学は答えが決められており、
解けばそれで終わってしまう科目だ。
そんな作業の時間が50分もあれば
眠くなるのも仕方ないのでは無かろうか。
きっとそうだ。眠くなるのは仕方が無いのだ。よし。寝ようそうしよう。
この授業を惰眠で過ごそうと決意。懲りる気はない。
決して昨夜に夜更かししたからとか
そういうしょーもない理由ではない。
誰かが聞いてる訳でもないし
言い訳をする必要もないのだが…
授業を聞かずに寝るという罪悪感と背徳感を
しっかりと味わい(決して楽しんではいない。いないぞ。)
教師の諦めたような視線を浴びながら、俺は改めて惰眠を貪ることにした。
その日の学業を終え帰宅した後の、とあるマンションの一室にて。
一組の男女は彼らの実家から贈られた特産品を片手に談笑する。
「で、今日も寝ちゃってたわけか~」
柚餅子を齧りながら数学教師こと我が姉、海山 悠美は
俺の下らない言い訳にうんうんと頷く。
「そうそう。だからね、俺が眠くなるのは決して」
「決して夜更かししたからじゃあ、無いのよね?」
見透かしたような笑顔で睨んでくる。
「知ってるよ~?ユー君がまた、夜遅くまで船のこと調べてたの~」
「貴様わざとだな?わざとだろ。いやそうに違いない。
眠くなるの知ってて、更に退屈になるように
いつも昼寝しちゃう生徒への対策に挟む面白い話とか抜いたのだろ?!」
「あら~?そうだったかしら~?ゆーくんの寝顔見るのが面白くて
つい忘れちゃったのかしら~」
とても、とても仰々しく、わざとらしい仕草で姉は言う。
これは確信犯だな。
悪いのはコイツだ、俺じゃねぇな。うん。
「悪いのは自分じゃない、とか考えてる顔ね?」
「貴様、やはり超能力者か何かだな」
「さぁねぇ~?でも、授業を聞かないってのは感心しないな~
そもそも、それが理由で授業聞けなくなっちゃうなら
天才でも凡才でも、麒麟児でもドジっ子でも関係なくポンコツ認定よ?」
「うっ…」
痛いとこを突かれた。
やはり、いくら理解とその証明が出来ても
おサボりはダメらしい。
「判決。被告、海山 悠…」
「(ゴクリ…)」
「ぎるてぃ~~~っ!!!」
「それ言いたいだけでしょ」
「とか言いつつノってくれるユー君大好き!!!
ってことで、宿題のプリント、22枚追加で~す!」
罰をしぶしぶ受け取る。
大好きといいつつ慈悲のカケラも無い。
本人は自分の年齢で思いついただけのようなので
そこは特に、深い意味は無いとは思うが。
どうせなら、その大好きな弟の年齢に設定して
5枚ほどオマケしてくれても良さそうだと内心で愚痴を零し、
課せられた罰へ向き直る。
増えたプリントを機械の如く処理し
勉強とは名ばかりの作業の中、姉は俺に問いかける。
「それで、昨夜は何の兵器を調べてたの~?」
「ここまでお見通しなら別に聞かなくとも調査済みなのでは?」
「当り前よ~。でもね~、ユー君が語るのをね~、直接聞きたいのよ~」
「さらっと言ってるけど
ハッキングって軽くHANZAIですよ超能力者さん」
「昨日ユー君が見てたエロ漫g」
「ごめん悪かった。もう言わないからその脅し方やめて。
男の子のハートがズタボロになるから」
「は~い、じゃまた明日にするね~」
「できれば未来永劫に封印して欲しいのだが」
「う~ん、無理かな!ユー君いじるの楽しいし!」
知ってたよチキショーめ。
見透かされるのもストーキング紛いも他愛無い意地悪も
いつものことではあるのだが、やはりツッコミたくなる。
そして毎度の如くこのやり取りをするのだ。
ん?もう言わないって言ったばかりだって?
記憶に御座いませんねぇ、ハイ。
懲りる気も御座いません。
以前、数か月に渡りPCのパスワードを毎日変え
暗号にした時があったが
まるで児戯の如く全て見破られた。
それ以来、俺は姉をエスパーとして扱うことにしている。
エスパーで愉快犯、しかも俺を溺愛してる。タチの悪いことこの上無い。
隠したお菓子の在り処も、PC内の秘蔵ファイルの奥に隠したお色気マンガまで
大抵のことはバレてるのだ。
「私は~、エスパーではないので~、
君が語ってくれるのを~、楽しみにしてるのです~」
ほらな?思考は全て筒抜けと考えてもおかしくないであろう?
エスパーって単語まで読まれてやがる。
さっきまで超能力者と言って誘導してたのに
ひねくれた性格を読み切られてるのか
心の中で呼び方を変えてもお見通しなのだ。
俺は平和でしょーもない、小さな戦争をやめ、素直に語りだす。
「…そうさな。昨日は戦艦の歴史を変え、弩級の語源となったドレッドノートについてだな。」
「おお~」
「まず名前の由来でな、これがとてもカッコイイのだ。恐れ無き者、勇ましき者と訳してだな…」
俺は語り始める。俺を溺愛し、俺が敬愛する姉に、憧憬を抱いた兵器達の話を。
戦いの為に作られたモノ達の話を。
いつか、平和の象徴に塗り替えてやろうと野望を抱いている、
鉄と油と海、血と争いの時代を駆け抜けたモノ達の話を。
これは、兵器に夢を抱き、平和を得る為に戦った者と
それに寄り添った者の物語。
「平和」と呼ばれた世界を出て、
新たな世界で平和を勝ち取った者達の物語。