第69話 常識 ②
銀の歌
第69話
「……わたしはまた何かおかしなことを言ってしまったのでしょうか?」
自分の意見が間違っているのか、二人に尋ねる。
いつものように、間違いを正してもらうべくの質問。でも今回に関しては、引けない思いが自分にはある気がした。
人は動物から進化した生物、そういう考え方が抜けない。
だが二人はわたしの言葉に、うんと頷くばかりであった。
「……話を戻すぞ。人と動物なんて区切りはあるが。動物の中には俺達よりも賢い者や、強大な力を持つ者が数多くいる。
そんな訳で人の優位性なんてないって、俺達はいつからか気づき始めた。知性があるならば、当たり前のように受け入れた。触手もその一環だ。ヒトの形はしていないが、遺伝濃縮という概念もある。知性はあったし、亜人の一種と見ていい」
「ええっ!?」
あの方がヘテル君と一緒……?
アルトさんの説明に忌避感を抱く。でも当の本人ーヘテル君ーは気にした様子もなく、それが当たり前のことと、受け入れているようだった。
「まとめると……最初からヒトの形だったものを人と呼称する。動物からヒトの形に進化したものや、人と動物の間に産まれた子は全て動物である。
けれどそういった奴らは大抵知性があるから、配慮や親しみを込めて、民衆の単位では【獣人】や【亜人】と呼ばれている。ただ亜人や獣人を定義する上で、例外は多々あって、代表的なのは植物らへん」
たしかに分かりやすいまとめだが、やはり腑に落ちない。わたしは眉を寄せた。そうしたら何を勘違いしたのか、アルトさんは、補足説明をし始めた。
「ヘテルやテテネのことを動物だなんて、分別の意味で使う者はいるかもしれないが、わざわざ差別の意味で使う者はこの大陸にはいない。他の大陸と【あぶれ者】は知らんがな」
掴みにくい意味だったが。あぶれ者と言った時、自分のことを皮肉げに指差したアルトさんを見て、だいたいの意味を察した。
つまりは教育を受けていない人のことだ。
その後も人や動物について、細かな説明を受けたが、聞けば聞くほど、自分が持っていた常識と違い過ぎて、訳が分からなくなる。
それと副産物的に政治体制や、人々がどんな思想を抱いているのかについても知ることができた。
アルトさんが知っている範囲での話だったので、偏りはあるのだろうが、それでもこの国がどれほど優れているのかは理解できた。
だからこそ腹が立たずにはいられなかった。
「それだけ差別の無い、素晴らしい世界を作りながら……なんで…………!」
立ち上がったわたしは『なんで異業種だけが、差別の対象になるんですか!』言おうとしたけど。ヘテル君が居る手前、余計に彼を傷つけたくなくて言葉を飲み込んだ。
しかし憤懣は収まらず、拳を力強く握る。憎しみが入り混じった視線の先にはヘテル君がいて、目が合ってしまった。
やってしまったと思ったのも束の間、ヘテル君は怯えたように視線をそらして、俯いてしまった。
それを見て反射的に、違うんです! すがるように腕を伸ばすも、その手は横からアルトさんに掴まれてしまった。そして彼は、わたし達の視線を誘導するように、窓の外を見た。
「もう夜だ……。思ったより長く話しちまった。休憩は……あまりできなかったな。代わりに夕飯をたらふく食おうぜ」
「ヘテルもだ」アルトさんは言うと、ヘテル君の脇の下に腕を通し、無理矢理立たせた。
それから部屋を出ると、その先で手招きし、すぐにすたすたと歩いていってしまった。
ヘテル君と二人取り残され、多少の気まずさを感じる。
でも下に降りてご飯を食べるという、やらなければならないことがあるため、不安に心を曇らせることなく、行動に移せた。
そうか……こういうのが……。
✳︎
宿屋の一階、受付の横の扉を開けた先が、食堂になっているようだった。
本業の食事所には負ける作りなのかもだが、入ってみると考えていたよりもずっと広く、また立派であった。
壁には鉄で足場を作られ、囲われた照明器具があり、幾つかあるテーブルや椅子をぼんやりと照らし出していた。
又、部屋の奥、一段上がった足場の上には、古びた布がかけられた大きな物体が見えた。
そんな食堂を簡単に一瞥すると、すぐにあることに気づき、そちらに目がいった。
それは真っ黒のとんがり帽子をかぶった少女が、水をちびちび飲むところであったり、大柄な男性が、大雑把に口を開けて、パンにむしゃぶりついているところであった。
彼らを見ると、瞬時に二日前の記憶が呼び起こされた。
呆然として立ち尽くす。その内に大柄な男性と顔が向き合い、しばし互いに顔を見合わせた。
やがておっさんは、空いた席から椅子を引っ張ってくると、自分達のテーブルのすぐ側に置いた。それからちょいちょいと、わたし達を手招きした。
それが意味するところ、分からないでもないけど……。
一体どんな顔をして、相対すればいいというのか。
隣にいる橙髪のおっさんは、「まぁ、途中まで一緒だったからなぁ」と、何やらそんなことを呟いていた。
✳︎
「ご知り合いでしたか。わたくし共の方としては、相席でも全然問題ありませんので。それとこちら簡単なものですが……。どうぞ」
「ありがとう。可愛いお姉さん」
料理を運んできてくれた例の触手ちゃんに、片手を振って応えるトリオンさん。そうすると触手ちゃんは恥ずかしさからか、お盆で顔? の辺りを隠した。
触手の手だと言うのに、なんとまぁ器用なことである。
「可愛い看板娘だ」
本気で看板娘だったか……。
触手……彼女の受付での仕事はもう終わったらしく、賑わってきた食堂で、配膳やら何やらを進んで行なっている。きびきびとよく働くその姿は、孝行娘を思わせる。
大変良い娘さんなのだろう。奥の方で料理を作っている、髭面のおっさんがうんうん頷いてる。
……お父さんは人型なんですね?
「食わないのか? 宿賃に食事代も含まれていたはずだぞ」
運ばれてきた料理を乱雑に頬張るトリオンさんは、もぐもぐと咀嚼し飲み込んだ。わたし達の食べ物に、今は手はつけていないものの、この食べっぷりだ。わたし達の食べ物の無事は保証されないかもしれない。
まぁそんなことを気にして、アルトさんやヘテル君が、無言になっている訳ではないと思うが。
「ここの宿屋は、元々が飯屋だったんでな。近場の飯屋と比べても、量と種類で全然負けてない。色んな品を頼むには、その度に追加で料金がかかるが、この店が宿屋であることを考えれば、十分だろう」
独り言のように呟かれた言葉は、誰に反応される訳でもないまま、周りの喧騒に飲まれていった。
この雰囲気に耐えきれず、言葉を発しようとした時だった。
「あーーーー……お姉さん。追加で注文いいか?」
「えっ? あっ、はい!」
アルトさんが彼女を呼んだ。そして黒い板に書き込まれた品の一覧を参照すると、二つほど指差して頼んだ。
次いでわたしやヘテル君にも、声をかけてきた。
「もう悩んでても仕方ねぇよ。ここまで無警戒に接せられると、こっちだけ警戒して馬鹿みたいだ。
気遣いなんていらないから、好きに食え。金ならある。適当に頼んどけ」
わたし達にお品書きを手渡すと、呆れたとでも言いたげに、トリオンさん達に向けてため息をついていた。
「おお。いいな! たくさん食え! ここの飯はうまいからな! 儂が保証する」
「よく言う。恩を仇で返したあんたがな。
見知らぬあんたに保証されても。店側としちゃあどっちでもいいだろ」
「なら、保証するに越したことはない。美味いものは美味いんだよ」
「またあんたは、のらりくらりと……」
呆れた様子ではある。でもトリオンさんが何か言葉を言う度、アルトさんは剣呑とした雰囲気を引っ込めていった。そしてついには、楽しそうにトリオンさんと話し出した。
彼ら二人は、もともと波長が合うというかなんというか……お互い話していて飽きぬ相手なのだろう。そんな二人だ。吹っ切れてからは早かった。
いつの間にか卓に置かれた料理はなくなり、わたし達が頼んだ追加料理が届く頃には、食堂の中でも、ひときわ賑やかな笑い声を上げていた。
「あっ、すいません。これも追加でいいですか?」
「分かりました〜」
わたしは彼らの会話を聞いて、それを肴に食べて飲む。何を言ってるかは、正直半分も分からなかったが、誰かが賑やかに会話している横で食べるご飯は、なんだか言いようのない幸せがあった。
会話に積極的に参加していなかったものの、隠し事をしなくて良いからか。ヘテル君も周りに気を遣わず、食事を楽しんでいるようだった。
第69話 終了
「あの〜看板娘さん。ちなみにお名前は……」
「わたしですか? 名前はツァイツァイと言います」
「じゃあツァイちゃんですね。ギン素交換しませんか?」
「えっ? あっ、はい、大丈夫ですよ。仲良くしてくださると」




