第52話 獣人の里のテテネ
前回のあらすじ
『何言ってんだこいつら』
何言ってんだこいつら。
村長さんとアルトさんが、真剣な顔持ちで話し始めて一時間半以上。話し合いの最中わたしは、完全に蚊帳の外となり、退屈を極めていた。
思わず文法がおかしくなるほどの退屈さ……!
何故こんなにも退屈しているのかというと、理由は簡単だ。アルトさんと村長さんの方に耳を傾ける。すると聞こえてくるのは。
「÷÷÷===%°#〒〒〒〆」
「::×$×÷÷<^^|〆〒〒」
いや何言ってんだよ……分っかんねぇよー!
何かわたしの理解できない、意味不明な言語を使ってやり取りをしているのだ。そんな状態だというのに、アルトさんからの助けもなにもなく、真剣な話し合いのため、部屋を抜け出すこともできない。
なんという生き地獄か。
話し合いは途中、剣呑な雰囲気になったりもしてたけど、終わりに近づいてきたらしい。なんだか二人がいそいそとやり取りをしている。
「〒〒〆||^^×++>>」
アルトさんが言う。
いや〜人間語喋ってくんないですかね?
そう考えたのも束の間。アルトさんは村長さんに握手を求める。すると村長さんは苦々しげに笑って、その握手に応えた。
アルトさんはこちらを一瞥すると、目配せしてくる。
えっ? なんです
その思いをよそに、アルトさんはまた例の動作を行い始めた。
ああ、そう言うことですか……。って、言って下さいよ!! もぉう!
なんとかアルトさんに合わせながら、ぷんぷん怒る。そして二人で右手を額に当て、目を瞑る。どうやら村長さんも同じことをしているようだ。そうして最後には二人とも温かな雰囲気で笑いあった。
「「^^^^^^^^^^^」」
なんて言ってるかは分からないけど、笑ってることだけは分かる。そして腹立つ。
アルトさんは部屋の扉に向かうと、わたしのことを手招きして呼んだ。それから最後にもう一度、例の動作を行い、その部屋を後にした。
✳︎
「……それで、どう言うことだったんです? よく分からないですけど、売れたんですか?」
部屋を出てすぐに、待ちきれなくて尋ねた。
村長さんの家の、長い廊下の途中で、アルトさんに尋ねる。彼は「敵地だからな」と笑って、耳元で囁いた。
「だいしょうりだぁ〜」
今にもげひひと笑いそうなほど、その声は喜色に満ちていた。隠そうとしようとしているのだろうが、隠しきれていない喜びが伝わってくる。若干引きつつ、しょうがないから相槌をうんうんとうってあげる。
うっわ。やだ。もいきー。
内心でわたしが、引いていることにも気づいていないのだろう。アルトさんは、なんとも嬉しそうな顔をしている。彼のこんな声初めて聞いた。
まぁ、たまにはね。いいだろう。そんなことも思ったが、なんだかデジャブだ。
まぁいいか。細かいことは気にせず、村長の家を出た。
✳︎
太陽が爛々と輝く中、思いっきり伸びをして微笑む。
「はぁふぅぅう〜〜。いやーーつっかれたぁーー」
わたしがそう言うと、アルトさんは、申し訳なさそうに笑った。
「ははは。悪いな。まさか獣人語を使うとは思わなかったんだ。だけどいい経験にはなったろ?」
言われて少し考える。今回の事が自分にとってどうだったのかを。
例えば理解できないことを聞かされて、無為な時間を過ごしたと言えばそうだろう。しかしこれをきっかけに獣人語を勉強しようと思ったり、多様な世界を知れたという意味では良い経験だったかとは思う。
それらをふまえてアルトさんに答える。
「個人的には途中途中見えた、アルトさんのドヤ顔とうざ顔に腹が立ちました」
「おい」
アルトさんはふざけんなと食ってかかる。しかしそれを無視して、アルトさんに次の行き先を尋ねる。
「そういえばアルトさん。わたし達はこれからどうするんですか?」
「いや、お前、ふざけんなって……。すぅぅー。まぁいい」
何か文句を言うつもりであったのだろうが、これ以上は不毛とアルトさんは割り切ったのだろう。そういう諦めがいいところは、彼の欠点であり美点だと思う。
アルトさんは「これからか? これからだな」独り言のように言う。
「俺たちは、これからある所に行く。その場所はここからほど近い。迷わなければ一日、かかっても二日で着くだろう」
「ふーん。その場所ってどこなんですか?」
「ああ、それはだな……」
言うとアルトさんは後ろを振り向き、村長さんの家の柱の裏に視線を向けた。
「俺じゃなくて、あいつから詳しい話を聴くといい」
くいっと顎でそちらを指し示した。わたしは彼の指し示した方を見る。するとわたし達の視線に気づいたのだろうか。柱の陰に隠れるようにして立っていた人物が、物陰から出てこちらへポテポテ歩いて来た。
その人物はいたずらっ子みたいな笑みを作ると、背を折ってこちらへ身を乗り出した。そうして上目遣いで、わたし達の方を見る。
「ワタシはテテネ 。二人の案内役を任されているの、よろしくね」
にっこりと微笑んだ。そんな彼女を見て、つい数刻前のことを思い出した。この少女、何を隠そう、村長の家に着いた時、わたし達を出迎えてくれた幼子なのだ。
「はぁ」
呆気にとられなんとも間抜けな声で返事をする。その様子を見てクスリと、やっぱりいたずらっ子のような表情で彼女は笑った。その上、舌をちろっと愛らしくも出した。
「驚いたか?」
アルトさんに問われ、思わず頷く。なぜなら最初に村長さんの家で会った時には、こんな風なことをする子には見えなかったからだ。
真面目で素朴な感じで、わたし達の案内をしてくれた子が、今はこんなにも小悪魔な、言い換えればあざとい振る舞いをしている。最初にあった時から、可愛い子だとは思っていたが、ここに来て可愛い子の意味が、ちょっと変わってくる。
「そりゃ。驚きましたよ。だってこんな……。多くの女性を、敵に回しそうな振る舞いをするだなんて。絶対これ、女に嫌われる女ですよ」
神妙な顔でアルトさんに言う。
「そこなの?」
アルトさんは言った後、少し考える素振りを見せると「でも……まぁそれは分かるな」ゆっくり頷いた。そして続けざまに、本人の前で、心無いことを言った。
「俺もその女嫌いだしな」
「アルトさん! 相っ変わらず貴方って人は! 死んで下さい!」
テテネちゃんを庇うように彼女の前に立った。
「いや、でもなぁ」
「でもも何も関係ありません!」
わたしが言うとアルトさんは、何かを言いかけて、飲み込んだ。そして代わりに頭をぽりぽりかいた。
「えへへ。お兄さんには最初から警戒されてたからね」
にへっと笑うテテネちゃん。
「……えっ、それってどういうことです?」
尋ねるとテテネちゃんは、困ったように上空を仰いだ。
そうするとアルトさんが、先程飲み込んだであろう事を口にした。
「そいつはな。頭がいいんだよ」
「はぁ」
よくわからないと首を傾げる。だってそんなことでいちいち嫌われてたら、仕様がないと思うし。
そう思ったけれども、アルトさんは呆れ顔で、何も分かっていない、そう言わんばかりに「はぁ」とため息をついた。
あっ……これ。いつものパターンだ。
思ったのも束の間。アルトさんが口を開いた。
「最初こいつと会った時のこと。覚えてるか?」
「ええ、まぁ。可愛かったですよね」
その言葉をアルトさんは鼻で笑う。というより吹き出した感じだ。
「……それでだな。…………いや、そう。こいつは可愛かったんだよ」
わたし達の賛辞にテテネちゃんは頬を染め、恥ずかしそうにモジモジとしている。そしてその様子をアルトさんは、冷めた目で見つめていた。
「お前も感じた通り、こいつはな。可愛く振る舞ったんだよ」
眉間に眉を寄せて、アルトさんは額をコツコツと叩く。
「特に顕著だったのは、俺が商人だと名乗った時。輪をかけて幼い振る舞いをした。目的は多分油断させるためだと思うが……」
「えっ。なんで可愛く振る舞われると油断するんですか?」
アルトさんは考え込むような素振りを見せて言う。
「……俺が話したあの村長さん。あの人は武人だったけど、商人じゃない」
「はぁ?」
訊いていることと、答えている内容違くない? それでつい『はぁ?』なんて言ってしまったが、わたしの反応とは対照的に、テテネちゃんは笑みを、より強くしていた。
「けれど交渉が手間取った。最終的には結構上手くいった訳だけど。何を話しても動じないでいたあの態度は、不思議だった。ちょっと会話が予測され過ぎてる気がした。けれどいざ確信に触れたら、虚を突かれた反応を見せた。あれは冷静に考えたらおかしい。
ああいう反応になったのは多分。誰かが予め、そう言う話をすると予見して、伝えていたからだと思う。だから実際にそうなった時、自分とその人物の考えの差で、素が出てしまった。
じゃあその入れ知恵をしたのが誰かって言う話だ。今この里には大人がいない、そう考えた時ーー」
えっ、大人いないの? 少ないとは考えてはいたけど、そこまでとは。
自分にとってはさっきから、未出の情報ばかりだ。それを既出の事のように、話すもんだから。やっぱりもうちょっと何とかして欲しい。
そんなことを考えていたら、皮肉なことに、アルトさんの話に納得してしまえる自分がいた。
つまりアルトさんと話していた、村長さんの思考は今みたいなことだ。【アルトさん(その人物)は知っているけれど、わたし(自分)は分からない】みたいな。
悲しい事実に気が付きながら、耳を傾けていく。
「こいつが頭に浮かんだ」
アルトさんが言うと、テテネちゃんはニマニマとしていた。
「まぁあの時。あの家に居たのは、こいつと村長くらいだしな。入れ知恵をしたのが誰かって考えた時、こういう風に考えるしかなかったのもあるが……。
会った時の印象としては、小狡いだけのクソガキかと思ったけど、村長に入れ知恵をしたのがこいつだとなれば話は変わる。……そんでもって、さっきまでは疑念だったけど、こういう振る舞いを見て確信した」
くねくねと身体をくねらせて、くすぐったそうに頬を染めるテテネちゃん。その様は妖艶な美女を思わせた。
そんなテテネちゃんを指差して、アルトさんは怪訝な顔をして非難するみたいに言う。
「言ったろ。俺は【頭の良いガキが気にくわねぇー】って。それから油断するってことに関しては察してくれ」
アルトさんの話は、相変わらず難しい。
それにアルトさんとわたしでは、持っている情報量が違いすぎて、なんだか話すこと話すこと、空想に空想を重ねているような気がしてしまう。
だからまだテテネちゃんが賢い理由が、いまいち分からない。
「……まぁ、その内分かる。こいつとはしばらく行動を共にするからな」
未だ納得していないのを察したのか、アルトさんはそんなことを言う。……それと今何か、おかしなことを言わなかったか?
「うん、ああ。テテネ?」
訊きたがっているのを察したのだろう。アルトさんはテテネちゃんに呼びかけると、お前に任せるという動作をしてみせた。
「それじゃあワタシの方から説明するね! アークスさんはワタシ達との【取り引き】の中で、ここの特産物とあるだけのお金。それからこの辺り一帯の情報を欲しました」
可愛く振る舞いながらも、どこか理知的な雰囲気を漂わせて喋る彼女は、確かにわたしよりは、よっぽど賢そうに見える。
「そしてこの辺り一帯の情報の中で、特にアークスさんが欲しがったのは、この里の近くにある遺跡についての情報です」
目を瞑ってポフポフとたどたどしく動きながら説明してくれる。なんだか小さな先生のようだ。──あっ、つまずいた。あざとっ。
「アークスさんは、取り引きで要求しました。『破格の値段で売ってやるのだから、この遺跡に関しては譲れない。案内人を用意しろ』と」
アルトさん……。
侮蔑混じりにアルトさんを見る。すると彼は顔をそらして、「いや、そこまで酷い言い方はしてないぞ……」言い訳するように言っていた。しかしその声は弱々しく、信用できない。
──あれ、でも案内人? まさか……そういうこと!?
驚きで目を見開くと、テテネちゃんは微笑して、こちらへ尻尾を揺らしながら走ってくる。そして手を取ると、花開く程の笑みで言った。
「うん、そういうこと! 遺跡までの案内人を務めさせていただきます。テテネと言います! どうぞよろしくね!」
テテネちゃんの素晴らしい笑顔に感化され、わたしも、できる限りの、最高の笑顔で彼女に返事をした。
「なんだか分からないことはいっぱいありますが……
うん、よろしくね! テテネちゃん」
お互いに手を広げて重ねる。そしてきゃっきゃっと黄色の声を上げてはしゃぐ。その様をアルトさんは、あくび混じりに眺めていた。
「荷物の引き渡しが終わったら出るからな」
銀糸鳥が届きました。
開きます。
“““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““
セアさんへ。
( ゜д゜)ファッ!?
シグリアより
”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””




