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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第2章 神を殺した竜
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第42話 vsアルゴザリード


 歪む視界。地面に倒れる身体。動かない四肢。とにかく絶望的な状況だった。かろうじて口は動かせるが、逆に言えばそれ以外はまともに機能しそうになかった。体全体がピリッとする。


「あれ?」


 草っ原に横たわったわたしは、目を動かして、自分をパクリと噛んだやつの姿をなんとか確認する。ーー大きい。

 自分が横たわっているのもあるだろうが、とても大きく見える。


 その大きさはユークリウスさんよりも一回りかそれを上回るくらいの大きさだ。あの人が多分190cmくらいだから、2mは越えてると思う。

 さらにその巨体は鱗によって全身を覆われていて、鋭利な刃物を防ぎそうな程、防御力がありそうだ。


 顔は爬虫類のようで、トカゲや蛇に似ている。「しゅるる」と、舌を時折素早く出し入れする動作なんか、まさに爬虫類のそれだろう。

 それに爬虫類らしく、長い尻尾もあったりして……。この巨大だと強力な武器として使えそうだ。

 そしてこの生物について、さらに特筆すべきことは三つある。


 一つ目が二足歩行で、二つ目が背中に生えた翼か羽っぽい器官。この巨大で空飛べるのはやばいでしょ。

 これは化け物……などと頭の中で茶化した言い方をして、緊張をごまかす。実際こんな生き物が目の前に現れたら、誰だって驚くと思う。でも、そんな生物が目の前で、じゅるりとよだれを垂らしても、余裕を持っていられる理由が一つある。それこそが特筆すべきことの三つ目。


「ア、アルトさん!」


 大声を出す。アルトさんに想いを伝える。


「こいつ……アルゴザリードですよね!? 成体のフラグ回収はえーーよ!」


 そう……こいつは先程まで、わたし達が食べていたあの爬虫類の成体だ。幼体の持つ青い鱗と、よく似た色の鱗がそれを物語っていた。


✳︎


 全身が痺れて動けないわたしの元へ、迫り来る大顎。口の中には、ギラギラと光る鋭利な牙がいくつも見える。


「やばい、やばい、やばい、やばい! 助けて、アルトさ〜〜ん!」


 涙声で訴える。このままでは死んでしまう。早くアルトさんに助けて欲しくて、悪役のような言葉を言う。


「わたしという全人類の宝が死んでしまってもいいんですか!? 損失が大きいですよ! 早く助けて!!」


 血走った目でアルトさんを見る。


「すげーよお前……よくそこまで傲岸不遜ごうがんふそんな態度が取れるよな。逆に助けたくなってきた」


「逆に助けたくなってきたんですね!?」


「ああ……逆にな」


 意外とこの言葉で合っていたみたいだ。アルトさんは小さく「クリエイト」と呟くと、全身に力をみなぎらせた。


「身体強化」


 地面を思いっきり蹴ると、それ一つでアルゴザリードの元までたどり着く。そしてそのまま。


「ふん!!」


 ドゴォ! と辺りに鈍い音が響く。アルゴザリードを思いっきり足背そくはいで蹴りつけたのだ。


※足背とは足の甲のこと。


「そらよ」


 さらに押し込むようにして、深く蹴り込むと、アルゴザリードはどすどすと後ずさりをした。その隙にわたしを抱え、あの生物から距離を取る。


「ふぅ。大丈夫か」


「助けるのが遅いです!」


「お前……」


 アルトさんに抱えられながらも、文句を言う。そうすると彼は、何が不満なのか、わたしを地面に荒く叩き下ろした。


「シリウス……こいつ守っとけ」


 アルトさんに言われるとシーちゃんが、わたしの前に庇うようにして立ちふさがる。シーちゃんの後ろはなんだか安心感があって、彼よりもよっぽど格好良く見えた。


「そういえばアルトさん」


「なんだ?」


「あの子に噛まれてから、身体が動かないんですけど、これはいったい?」


 力を入れてみるが、ピクリとも動かない。あっ……いや、少し動いた。

 アルゴザリードから視線を移したアルトさんは言う。


「アルゴザリードの牙には麻痺毒があるからな。全身が痺れるやつだ。でも致死性はないから安心しろ」


 そんなこと言われても……ここまで強い即効性だと、流石にビビる。訝しげな視線をアルトさんへ送ると、彼はそれを察知して愉快そうに笑った。


「あっはっは、すまんすまん。それもそうだな」


 わたしの心を完璧に読んだのか、そんな言葉を返してきた。アルトさんの読心術? に驚いていたら、ある危険が彼に迫っているのに気づいた。


「ア、アルトさん! 危ない!」


 叫んでも、アルトさんはまだその意図に気づいておらず、縷々(るる)として語り続けている。


「ははは。まぁ見てろ。アルゴザリードくらい余裕だから。ついでに俺にできることをお前に見せよう。だからそこで大人しくして……」


 そこでようやくアルトさんは後ろへと振り返り、その脅威に気づく。


「えっ?」


ーー迫りくるごつごつとした巨大な壁。

 いや違う。あれはアルゴザリードの尻尾だ。アルトさんが話している最中にも、アルゴザリードは近づいていたのだ。そして振り放たれた尻尾による叩きつき。


 巨体から繰りだされるそれは、並みの鈍器とは比べものにならないぐらいの威力とスピードを持っている。

 ドン! とアルトさんに尻尾が当たる。凄まじい衝撃波。大気がビリビリと震える。


「ア、アルトさん!?」


 驚きと戸惑いを入り混ぜた声で言う。ここでアルトさんが死んでしまっては、わたしもろとも死んでしまう。応援しなければ。


 そんな邪な思いを抱えながらの声ではあるが、アルトさんを一様慮ってはいる。その言葉に答えるように、アルトさんは「おう……!」と苦しげに答えた。


 アルトさんはアルゴザリードの尻尾による攻撃をなんと受け止めていたのだ。両腕をクロスさせて、一番防御力が高い、腕が重なる部分で、ガッシリと受け止めていた。


「うおお!」


 さらに圧がかかったのか、アルトさんの足元の地面がひび割れる。それでも、かろうじてといった感じではあるものの、しっかり防いでいる。未だ両者の体勢変わらずと言ったところだ。しかしここで、嫌な音を聞いてしまう。


 ポキっと、何かが折れる音がしたのだ。そしてそれは、アルトさんから響いてきたように思う。彼の様子を伺うと、ダラリと左腕が垂れ、あらぬ方向へと折り曲がっていた。


「ア、アーールトさーーーーーん!!」


 彼の名前を叫ぶ。アルゴザリードの尻尾攻撃を受け止めるのが片腕だけになってしまったので、防御力が足りないのか、ずぶずぶと徐々に地面に埋まっていくアルトさん。


 やばい! 死ぬ、死ぬ! アールトさーーん!


 現実でだけでなく心の中でも叫ぶ。このままいけば、冗談じゃなくアルトさんが逝ってしまう。そして彼が逝くということは、麻痺で動けず逃げられないわたしも逝ってしまう。だから彼にはどうあってもこの場を乗り切ってもらわなければならないのだ。


 その祈りが通じらしい。アルトさんは「ぐおおおおぉ!」と咆哮し、右腕に力を込めると、片腕だけで、アルゴザリードの尻尾を持ち上げた。そして転がるようにして、脱出した。──直後。


 ズドーーーンとけたたましい音が響く。アルゴザリードの尻尾が地面に振り下ろされたのだ。凄まじい破壊力を持っていたのだろう。尻尾が振り下ろされた辺りの地面には亀裂が入り、ボロボロになっていた。


 やべぇよと内心驚いていると、アルトさんがわたし達の前に立ちはだかった。一度体勢を整えるために、距離をとったのだろう。言い換えれば、びびってここまで、逃げてきたのだ。


「アルトさん……腕が」


 調子に乗った自業自得とはいえ、一様心配から声をかける。アルトさんはダラダラと冷や汗を垂らした。


「いや……別に……油断してよそ見してたとかじゃなく、こんなん目をつぶっても勝てるからで、言うなればこれはハンデだから。そうハンデ。まず最初に相手に攻撃させてあげるという、このプロ精神」


 聞いてもないことをペラペラと語る。内心爆笑しながら、口角を吊り上げないよう懸命に堪えてもう一度呟く。


「アルトさん腕が」


「違うし、折れてないから」


※全治2ヶ月。

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