表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第1章 都市伝説
5/178

第2話 夜の小屋・アルトの日記


 深夜。山頂付近の小屋の中にて。


 辺りは静まり返りベッドの上で少女が寝入っていた。アルトは椅子に座り机の上で日記をつけながら、これからの事を考えていた。


「ふぅー。今回はあまり収穫がなかったな。それに……もう三日も山の中だ。本来なら今頃は街について風呂でも入って、腰を落ち着けているんだけどな」


 そんな愚痴をこぼす。あまり聞いていて話していて楽しいものではないが、心に不満を溜め込むよりは吐き出した方がマシだ。それにこの愚痴を聞いているのは自分だけなのだから……。


 確かに遺跡はあった……しかしだ。今回の地震のせいで入り口は倒壊し、中に深く入るのは危険が多いため、途中までで断念したのだ。得るものは少ない。遺跡を見つけるために、情報量を払うだけ払って……お金と体力だけを消費してしまった。


 けれど──ちらとベッドをみる。


 確かに遺跡の方は収穫はなかった。だが思わぬ拾い物をしたのだ―まぁその拾い物のおかげで山の中を動けずにいるのだが―。拾い物というのはセアと言う女の子のことで、山頂で傷ついて倒れていた所を保護したのだ。見つけた時は全身傷だらけで、非常に危険な状態であった。そのセアと出会った日から今日までの三日間はずっと彼女にかかりきりだったが、自分の献身的な看護が功を奏したのか、彼女の体調は日を増すごとに劇的な程回復していった。

最初は立ち歩くことさえできなかったが、驚異的な回復力をみせ今では走り回るに至る。まだ一番傷の深かったお腹や胸、右腕、頭などは包帯が外せないのだが、それでも彼女の回復力はちょっと、いやかなり異常なもので、とても驚いている。


 そんな風に拾い物ということだけでも面倒なのに、彼女は厄介なことにもう一つ爆弾を抱えていた。それは一般に記憶喪失と呼ばれるもので、セアは親や兄弟、友人そして自分の事すらも忘れてしまっていたのである。


 ただなにが引き金になって思い出したのかは知らないが、お互い……といっても彼女は【自分】をもっていなかったので、こっちの一方的な自己紹介になったが、それを終えた後少しの間をおいて突然彼女は、自分も自己紹介をすると言い出し、自分の名前がセアであることを告げた。

 よくよく聴いてみると、この言葉だけを今さっき思い出したそうなのである。他にも何か見えた気がしたとは言っていた。


 その後彼女自身の自己申告で、物の名前なども多少覚えていると言っていたのだが、どれもこれも名称がメチャクチャであったり、よくわからない発音をしていた。恐らくは記憶齟齬が発生しているのだろう。なのでこの数日彼女の体調を回復させる事はもちろん、知識面からも色々な事を教えていった。とりわけ基礎の基礎、日常的なことから教えたのでとても苦労した。


 それと話はそれるが、彼女を助けようとした時、俺はそれなりの医学と【色々な経験】を積んでいた。それに魔法と呼ばれる奇跡の力も使える。けれどそれらをもってしても彼女を助けることはできなさそうであった。

 もちろん彼女を助けようとした時に手は抜かなかった。しかし奇跡の力といっても万能ではなくて出来ることに限界がある。その上扱いがとても難しかった。だからこそ自分のできる事全てを用いても、自分が彼女にしてやれたのはある程度の回復までだった。

 その途中に自分の医療技術ではどうやっても治せないことが分かってしまった。……というよりも常人なら死んでいてもおかしくない程、あらゆる器官が損傷していたのだ。


 ともかく今のこの世界の医療技術では無理だと半ば自分が諦めかけた時に、彼女は喉奥に詰まっていたのだろう血をゲホッと吐くと、ヒュー、ヒューと息を吹き返したのだ。その音を聴いてその光景を目の前にして本当に驚いた。


 彼女はじきに完全に回復するであろう。しかし忘れてはならないのは、【普通であればもう死んでいた】ということだ。彼女にはこの事を伝えていない、あまりにも謎が多すぎるためだ。……あの傷はどこでおったものだろうか。あんな傷は人為的に行われるのも難しいだろうし、ましてや自然的になるものでもない。


 セアは一体何者なのだろう? 本当に一緒にいていいのか?


 色々な疑問が浮かぶ。だが……一度拾ってしまったものだ。それなのに、よくよく考えたら怖いので、やっぱり捨てますだなんて、それは人としてありえないだろう。彼女は物ではないのだ。捨てられる辛さは知っているつもりだった。

 だからせめて、彼女がひとり立ちできるまでは面倒をみよう。あの子は知らない世界に、ほうり込まれたようなものだから。

 結論付けて思考するのをやめようとした。そんな時、あることを思い出した。


「そうだ、最後にこれのことだけは考えなくちゃな」


 机の上の小箱に手を伸ばす。その箱の中に入っているのは真っ白な茎に緑の花弁を持つ花の蕾だった。セアと出会った時、彼女が大事そうに抱えていたものだ。実は密かに小箱に入れておいて、彼女の目に触れないようにしておいたのだ。


「茎が白くて花弁が緑? これじゃあべこべだ」


 この大陸の花の茎は普通、どれも緑色をしている。花弁に関しても赤や青それから白なんかはあるけれど、花の類で花弁が緑というのはなかなかに見ないものだ。彼女が大事そうに持っていたのだから、これもきっと彼女関係のことなんだろうと想像は出来るが、情報が足りない。


 セアに関しては謎が深まるばかりだ。ただ意識が無い状態にも関わらず彼女が大事そうに抱えていたものだ。そのことを考えれば、この花くらいは彼女に返した方が良いのかもしれない。今は忘れているが、彼女にとって大切なものかもしれないし。


「だがやはり不安だな。彼女には未知の部分が多すぎる」


 自分の中で相反する意見が交差する。雁字搦めになった頭をほぐすため、深く深呼吸をした。それから日記を閉じて机の上にでも置いた。

 花は小箱の中へ閉まうと、元々は手記を入れておいた懐にでも、忘れないようにと入れておいた。


 寝ようと思ってベッドを見たら、そこには当たり前だがセアがいるので、ここ数日、何度も使用することになった簡易用の寝袋を、また部屋の隅から引っ張り出した。


 結局花の処遇を考えることは出来ずじまいだ。けれど今日も色々なことをセアに教えて、とても疲弊してしまっている。もう寝るべきだ……。

 それに彼女の【異常な】回復力なら、明日は山を降りる事も恐らく可能だ。そうしたら街まで行く。そこで彼女の知り合いが見つかるかもしれない。そうなれば花の処遇についても自ずと決まってくる。


 ひとまずそう考えて目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ