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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第4章 自分の話
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第114話 君が恐れ


 服屋での買い物はダングリオの街以来だったので、大変久しぶりで時間を忘れるほど夢中になった。色んな服を手に取ってどれが似合うか、億劫そうにするアルトさんへ無理矢理尋ねたり、ヘテル君の服はどれがいいか悩んだりと、充実した時間で……。


 ただヘテル君は服屋に入ったことがないのか、最初は戸惑う……というよりは恐れたように、おどおどとしていた。まぁ似合いそうな物をいくつか勧めると、途中からは手に取ってくれたので良かったが。

 印象的だったのは、初めて服に触れた時、ほわっと顔を緩ませていたことだ。


 楽しい時間は過ぎるのが早い。服屋を出る頃には、夕焼けが街を茜色に染めあげていた。

 買った服を荷台に乗せて、宿屋へ向かう道中、大きな湖を見た。空の赤を反射して、それは暖色へと変化していた。


 ぼんやりとそんな景色を見ていたら、いつの間にか宿屋へ着いていた。シーちゃんは馬小屋に預けられ、わたし達は受付を済ませると、自分達が泊まる部屋へと向かった。


✳︎


 ガチャリとドアを開ける。いつもだったら最初は、部屋の中を少し眺める所。しかし今回は部屋に入ると早々に、買い物袋を隅に置いて、すぐにベッドに寝転がった。アルトさんにねだってまで買ってもらった服なのだから、本当はその戦利品を、眺めたりしたかったのだが、疲れが上回ってしまった。


 それでぐったりと脱力して言う。


「なんだか今日は疲れましたね〜」


 返事は無かったが、皆その想いは共通していて、無言で頷いていた。


 ただ少し分からないのは、【普段の方が疲れる事をしている気がする】。ということだ。


 毎朝、気が狂うほど走らされて、お昼ご飯を食べ終わったら、魔法の練習がすぐに始まって、休む間もない日々だ。

 今日は商談という別の負荷がかかったが、いつもの方がずっと大変な筈だ。


 けれどわたしは今、ベッドで横になっている。


 何でだろうなぁ。考えて寝返りを打つ。

 そうして天井の染みでも見ていたら、思いつくことがあった。


 逆に何も無い安全な場所にいるからこそ、普段の疲れがどっと出ているのではないかと。

 伸ばしきった掌をぎゅっと握る。それでしばらくぶりに訪れた、大切な休息なのだと改めて気がつく。深呼吸して、身体を休めることに没頭する。


 ただその内に雑念が入った。どうせ明日か明後日には、出発することが分かっていたから。


 その事が気になって、思うように身体を休められず、いつの間にか閉じていたまぶたを開けて、アルトさんに尋ねる。


「ね、アルトさん」


「どうした?」


「この街は、後どれくらいしたら発つんです?」


 脱力しきったゆるゆるな声で言うと、アルトさんは乾いた笑い声を上げた。彼は部屋に入ると真っ先に、平机の上に地図や手記だとかを並べて、金勘定をしていたから、わたしの態度に呆れているのだろう。

 でも疲れているんだからしょうがないし、アルトさんだって休めばいいだけの話だと思う。だからなるべく気にしないようにして、聞こえて来る言葉だけに意識を傾けた。


「あーー。実はしばらくの間、この街に留まる予定なんだ」


「…………えっ!?」


 驚いて、跳ねるように半身を起き上がらせる。


「所用でな。この街で知り合いと待ち合わせているんだ。だからそいつに会うまでは、しばらくの間この街に留まる」


 予想外の言葉に、ヘテル君も驚いていた。上品にも口元に手を当てているからきっとそうだ。


「ほえぇ。そうなんですか。あっ、だからこれですか。部屋も普段より広い感じがしますもんね」


 ぽんぽんと弾むベッドを叩く。サスラの村ではこんな良いベッドのある宿屋は泊まらなかった。村と街という差はあるものの、この宿屋の部屋は良質な物に見えた。


「そんな所だ。相手が相手だから、そこまで気を使う必要はないんだけど……。一様礼儀としてな」


 単純に長い間泊まるから良い部屋にしただけかと思ったけど、そういうことじゃないらしい。そこまでのことを見通しての言葉では無かったのだが、どうも過大評価されたみたい。でも損はないから、訂正しなくても良いだろう。


 感心の態度を受け取って、にんまりとする。

 アルトさんには「なんでそんな変な顔すんの?」と言われたが、気にしないことにした。彼はそんなわたしの事を訝しんでいたが、やがて気を取り直したように平机の前の椅子を引いた。多分、くだらない事だと察したんだと思う。


 そうしてアルトさんが椅子に座ろうとした時、その椅子がさらに後ろへと引っ張られた。行き場所を失ったアルトさんの臀部は、そのまま地面へと落ちていった。


「いったぁ!! ぐぉお」


 情けない悲鳴を上げるアルトさん。まぁ実際痛そうだから、同情してしまう。不意を突かれてのことだから、さぞ痛かっただろう。普段の彼であれば、鋭敏に反応しただろうけど、疲れもあってか油断していたみたいだ。


 ヘテル君とわたしは、その悲鳴と倒れた音の響きに気を取られ、何をするでもなく、じっとそちらを眺めていた。つまりわたし達がやったのではない。

 そんな悪戯をする子なんて、正直この面々じゃわたしくらいなものだが、人間以外でだったらやる子はいる。


 そう。サスラの村で、アルトさんにおしっこをひっかけた子が。


「ソフィーちゃん。ダメだよ」


 椅子の脚を噛んでいたソフィーちゃんを、そこから引っ剥がすと嗜めた。


「ああ〜椅子に歯形がついちゃってますね」


 椅子を触ると一部ざらざらした箇所があった。触って分かる程だから、弁償する事になるかもしれない。


「この椅子は宿屋さんの物ですから、大事にしないと器物損害罪で訴えられちゃいます。今度は気をつけて下さいね」


「心配する所って、本当に他にもない?」


 なんてアルトさんの言葉が聞こえて来るが、それはまぁほっといて、ソフィーちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でた。すると彼女はむっとしたような、しゅんとしたような複雑な感情を面に出した。

 それで一度「ワン」と吠えると、尻を抑えて痛がるアルトさんに近寄った。


「このクソ犬……」


 四つん這いで、尻を抑えながらすごむアルトさん。

 そしてこの後アルトさんの罵声が飛ぶことを予感して、わたしは耳に掌をぴったりとくっつけた。予測が可能なら回避はちゃんと出来るんだ。


 そのまま目を瞑ってしばらく待っていたが、どれだけ経っても、空気が振動する事はなかった。おかしいなと思って、手をどけて耳をすます。すると……。


「ああ、そういうことか」


 という落ち着いた声が、意外にも聞こえて来た。


 それで目を開けると、尻を抑えながらも立ち上がるアルトさんが居て、「ちょっと出かけてくっから、待ってろ」なんて続け様に言っていた。


 ソフィーちゃんと一緒に部屋を出て行く姿を、そのままぽかんと見送って、ヘテル君と顔を見合わせた。

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